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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第44局 日日杯4日目(2015年8月4日火曜)
531/682

519手目 ボーダーライン

※ここからは、香子きょうこちゃん視点です。女子第16局開始時点にもどります。

 心地よい晴天の朝。私はレストランで、ゆっくりと食事を楽しんでいた。

 スクランブルエッグにベーコン、ブロッコリー中心の野菜の盛り合わせ。

 高級ホテルでの朝食も、今日で最後。

 大きな窓から見える通行人の姿も、見納め。

 味わって食べ終えた私は、コーヒーでホッとひと息。

 同じ席には、桐野きりのさんと西野辺にしのべさんがいた。H島グループ。

 桐野さんは目玉焼きを食べていた。口の周りが黄身だらけ。

「おはなおねぇさあ、もうちょっとキレイに食べられないの?」

「ふえ? お花はお残ししてませぇん」

 西野辺さんは、ハァとため息をついた。

 そういえば、西野辺さん、テーブルマナーがやたらいいのよね。

 口調はがさつなんだけど、じつはけっこうお嬢様とか?

 西野辺さんとの接点は、ほとんどない。食事で同席も初めて。

 まあ、あんまり深入りしてもしょうがないか。

 私がそんなことを考えていると、不破ふわさんが入り口に現れた。

「あ~、寝み」

 不破さんは頭をかきながら、そばを通過しかけた。

 けど、私たちに気づいて、2歩ほどもどった。

「ポニテの姉ちゃんじゃん」

「おはよ……今日も捨神すてがみくんのつきそい?」

「師匠は今朝は来ないってさ」

 そっか……理由は分かる。

 今日のレストラン、上位の選手があんまりいないのよね。

 いても、そそくさと帰っちゃうパターン。

 不破さんはきょろきょろして、

姫野ひめののババアは来てないのか」

 と言った。こらこら。

 私は、

「姫野先輩は、ホテルに部屋を取ってないらしいわよ。実家から」

 と答えた。

 不破さんは、チェッと舌打ちをして、

「リムジンでご送迎か、いい身分だなあ」

 と、これまた悪態をついた。

 んー、そういう問題じゃないような。

「大学生だから、帰省も兼ねてるんじゃない?」

「そんなもん?」

 そんなもんじゃないかしら。

 私も大学生になって帰省したら、ホテルには泊まらないと思う。

 いくら高級ホテルでも、さすがに実家のほうがいい。

 不破さんは納得したのかしなかったのか、そのままトレイを取りに行った。

 トーストに目玉焼きを乗せて、すぐにもどって来た。

 そのあとは、みんなで雑談。

 10分ほどしたところで、西野辺さんのスマホが振動した。

「あ、ごめん、私はお先に」

 西野辺さんは席を立ち、そそくさとレストランを出て行った。

 桐野さんは、

茉白ましろちゃん、なんかぴょんぴょんしてたのですぅ」

 と言った。ぴょ、ぴょんぴょんってどういうこと?

 一方、不破さんはワケ知り顔で、

「あれは男だぜ、まちがいない」

 と断言した。あのさあ、そういう勘繰りをしない。

「うにゅ? 男ってなんですかぁ?」

「カレピのことだよ、カレピ」

「なんでカレピってわかるんですかぁ?」

「あたしくらいになれば、一発でわかるぜ」

かえでちゃん、カレピいるんですかぁ?」

「……」

 朝から険悪にならないでください。

 とりま、このへんで離席。

 部屋へもどって歯を磨いて、服装をチェック。

 解説者のほうが、集合時間は早いのよね。

 会場へつくと、スタッフのひとは準備を終えていた。

「えー、本日で最後となりますが、よろしくお願い致します」

 予選最終日だけあって、解説者たちも気合十分。

 申し訳ないけど、昨日は若干ダレてた感じがする。

 順番に名前を呼ばれて、私の番になった。

裏見うらみ香子きょうこさん」

「はい」

姫野ひめの咲耶さくやさんとお願いします」

 おっと、噂をすればなんとやら。

 姫野先輩は、黒のカジュアルドレスを着ていた。

「先輩、よろしくお願いしまーす」

「よろしくお願い致します」

 着席して、タブレットをセット。

 もう手慣れたもの。

「先輩、どこか観戦希望はありますか?」 

「ボーダーラインの選手の対局は、いかがでしょうか」

 ボーラーライン──いくつかある。

 磯前いそざきvs温田おんだ、桐野vsつるぎ早乙女さおとめvs鬼首おにこうべ、西野辺vs大谷おおたに

 磯前vs温田は3位と6位の対戦。ほんとにボーダー対決。

 桐野vs剣は3位と8位の対戦。剣さんは位置的にキツイかなあ。

 早乙女vs鬼首は6位と1位の対戦。早乙女さんは負けるとキツイ。

 西野辺vs大谷は11位と3位の対戦。西野辺さんは決勝の芽がない。

「……磯前vs温田はどうですか?」

「では、そこで」

 桐野さんの応援もしたいなあ。

 とちゅうで切り替えるのも、ありか。

《間もなく開始です。ご準備ください》

 了解。


 ……ピポ


 7六歩、3四歩、2六歩、4四歩、4八銀、9四歩。

 ん? 端が早い。

 6八玉、9五歩、5六歩、4二飛。


【先手:磯前いそざき好江よしえ(K知県) 後手:温田みかん(E媛県)】

挿絵(By みてみん)


 後手はオーソドックスな四間飛車。

 しかも藤井システムっぽい。

 これはちょっと意外だった。

 私は、

「最終盤は奇をてらわずに……ってことですかね?」

 とたずねた。

 姫野先輩は、

「そうかもしれません」

 と返した。けど、そこまで自信があるわけじゃないみたい。

 とりあえず成り行きを見守る。

 5八金右、3二銀、7八玉、4三銀、7七角。

 温田さんは5二金左を選択。

 やっぱり藤井システムみたい。

 だとすれば、先手は穴熊に組めるかどうかが焦点になる。

 画面の向こうでは、小考する磯前さんの姿があった。

 椅子に深く座り、腕組みをして盤をにらんでいた。


 パシリ


 8八玉、6二玉、5七銀──穴熊を目指すようだ。

 7二玉、6六歩、6四歩、6七金、7四歩、9八香。


挿絵(By みてみん)


 姫野先輩は、

「先手としても、やや警戒したいところではあります。後手の藤井システムに対して、一直線に穴熊を組むのは、やはり怖いので。だからと言って、穴熊を避けるのは消極的に過ぎます」

 と解説した。

「組めるなら組みたいですよね」

「はい、温田さんの対策が見ものです」

 7三桂、9九玉、5四銀、2五歩、3三角。

 左銀が進出した。

 8八銀、6二金上(?)、3六歩、4五歩、7八金。

「6二金上と締まったのは、なにかあるんですか?」

 私の質問に、姫野先輩は、

「上部を固くしたのだと思います」

 と答えた。

 まあ、それはそうか。

 と思ったけど、次の手が意表をついた。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………地下鉄飛車?

 ここから地下鉄飛車にするの?

 オーソドックスに行くのかと思ったら、トリッキーだった。

 姫野先輩は、

「間に合わないように思いますが……」

 とつぶやいた。

 そうよね。先手はふつうに穴熊に組めた。

 不満があるとしたら、3枚穴熊や4枚穴熊じゃない、ってことだけ。

 もちろん、藤井システムの出だしの時点で、そうはならない。

 温田さん、考え過ぎだったのでは。

 ここから9二香~4一飛~9一飛は、ちょっときついわよ。

 とはいえ、対局者心理は別だ。

 磯前さんの手も止まった。

 姫野先輩は、

「挑発されていると感じて、開戦するかもしれません」

 とコメントした。

「3五歩ですか?」

「はい、3五歩、同歩、2四歩、同歩と仕掛ける順はあります」

「後手が本格的な地下鉄飛車に入る前に……って感じですね。でも、そんなに焦る必要もないような……」

 私は言葉を濁した。

 姫野先輩が攻め将棋だから、そう見えるだけなんじゃないですかね、という印象。先手はまだ指したい手がある。例えば1六歩とか6八角とか。角を展開するなら5九角もあるし、8六角と前に出てもいい。3八飛と構える手もあった。

 私はいろいろ読みながら、お茶を一服。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ん? 指さないわね。

 私は湯呑みを置いた。

 もしかして、ほんとに攻めるっぽい?

 もう3分も投入してる。このようすだと、姫野先輩の説が濃厚に──


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 うわぁ……ほんとに攻めるのか……。

 磯前さん、前のめりになってないわよね?

 それともチャンスと踏んだ?

 同歩、2四歩、同歩、6五歩。

 すごい。かなり過激な順で攻めた。

 温田さんも予期していなかったようで、細かく時間を使った。

 同桂、3三角成、同桂、2四飛、5七桂成。


挿絵(By みてみん)


 一気に殴り合いへ突入。

 姫野先輩は、

「激しくなりました。個人的には先手を持ちたい局面です。以下、同金、4六歩、同歩、4八角と攻めは続くものの、6七金寄が冷静で、いなせます」

 と解説した。

 あれですか、先輩、攻め将棋になってテンション上がってきました?

 盤面は、姫野先輩の予想通りに進んだ。

 同金、4六歩、同歩、4八角、6七金寄。

 後手は4六飛と走り、先手は2一飛成と成り込んだ。

「受けないとマズいですよね……4一歩とか……」

 このつぶやきの直後に、4一歩。

 よしよし、予想が当たった。

 解説者としては、1局に1回くらいは当てておきたい。

 磯前さんは3四歩。


挿絵(By みてみん)


 これは桂馬を逃げられない。4五桂には4一龍がある。5七桂成と突っ込むのは、8一角、7三玉と決めてから4六龍が激痛になる。次に8五桂と打たれれば終わりだ。

 温田さんも、さすがにそんなヘマはしなかった。

 5九角成と攻め込んだ。

 以下、6八角、6九馬、4六角、7八馬、7七金。

 飛車金交換かあ。

 駒割りは、先手の桂得。

 でも、穴熊の先手としては心細い。金銀が枯渇した。

 ちょっと後手の調子がいいかも。

 私は、

「姫野先輩は、どちらを持たれますか?」

 とたずねた。

「今は、やや後手持ちです……裏見さんは?」

「私も後手持ちかな……と」

 先手、どこかで間違えたっぽい?

 さっきまでは互角だったと思う。姫野先輩も手のひら返しをしている。

 とはいえ、一直線だったような、そうでもないような──あ、指す。


挿絵(By みてみん)


 第一感の手。

 いきなり切る順は、成立しなかったと思う。

「4七歩ですか?」

 姫野先輩は、扇子を握り締めたまま、画面をしばらく見つめた。

 怖い。

「……わたくしなら、6四角と出ます」

 えぇ、これまたスゴイ突撃。

 ただ指摘されてみると、なるほどな、と思うところもあった。

 後手からは、6八銀と絡むくらいでいい。

 先手はもっと速い手が必要だ。

「でも、6三銀で受かりませんか?」

「そこで8六角と引きます。これが守りの手になります」

 なるほど、そういうからくりか。

 どこかで6四歩も入りそう。

 磯前さんはスポーツキャップを脱いで、ひたいをぬぐい、長考に入った。

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