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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第44局 日日杯4日目(2015年8月4日火曜)
530/683

518手目 指運

※ここからは、つるぎさん視点で桐野きりのvs剣にもどります。

 2五歩、同桂、2四香。


挿絵(By みてみん)


 踏み込む。ここで躊躇してもしかたがない。

 桐野は上半身をゆらゆら揺らしながら、

「うにゅ~、正念場になったのですぅ」

 と言った。

 すでに後手がいいはず──なのだが、20手ほどまえも後手がよかった。

 いったん押し戻された感はある。私のほうにミスがあった。

 桐野は1四銀と打った。

 反撃してくるのは読みの範疇。

「2三銀」

 同銀成、同玉、3七玉、2五香、2六歩。


挿絵(By みてみん)


 ん? 1七銀で間接的な2手スキだぞ? 2五歩なら2六角、2七玉、6七とで詰めろだ。3七金上、1八銀打、3八玉とすれば逃げられるが、桐野はこれを選ばないだろう。先手玉があまりにも危ない。1七銀に、2五歩と取らないほうがありうる。

 もしや、そこでいったん2八香と支えるつもりか。

 2六香と突っ込んで? 同香、同銀不成、同玉の瞬間、先手玉は露出する。が、簡単に捕まるわけでもない。2五歩、3七玉で同じ位置にもどし……こんどは銀がない。角桂香で寄るかどうか。6七に質駒がいる以上、寄ると思うのだが。

 私はのこり7分から2分使って、1七銀と打った。

 2八香、2六香、同香、同銀不成、同玉、2五歩、3七玉。

「こんどこそ仕留める。2六角」


挿絵(By みてみん)


 桐野は2八玉と後退した。

 6七とで銀を回収し、私は持ち駒を補充。今のところは1六桂もあった。1六桂、1九玉、6七との順だ。しかし、1六には銀を打ちたい。

「2七に金を打ちまぁす」

 1六銀、3七銀。

 手順が重要な局面になった。

 べつに切らなくてもいい。取られたら、歩を進めればいいだけだ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………4一金と手をもどすか?


挿絵(By みてみん)


 (※図は剣さんの脳内イメージです。)


 これは……あると思う。先手は角を逃げるヒマがない。

 取っ掛かりがなくなって、後手の完封ペースになるからだ。

 やるなら2六銀、同歩、1六金、同歩で精算して、2五銀と上から押さえ込みにかかる順。入玉狙いだ。これなら5一の角も援護に回れる。

 私はチェスクロを確認した。残り2分。

 桐野は7分残している。

 私はここに来て迷った。4一金でも勝ちだと思う。わずかに先手入玉のチャンスが出てくる点だけが気になった。とはいえ、2七銀成、同金、3七角成と単純に切っても、後手は続かない。代替案があるとすれば──

「……2七銀成」

 桐野は、この手に反応した。

 べつの手を読んでいたようだ。

 おそらく4一金だろう。

「同きぃん」

「1六金だ」


挿絵(By みてみん)


 金銀の組み替え──というより、手渡し。

 先手は動きにくいことを利用する。

「ふええ……指す手がめちゃんこむずかしいのですぅ……」

 迷え。

 桐野は1分使って、同金とした。

 同歩、2六銀、同歩、2四歩。

 桐野は攻めに転じた。

「同銀」

 4二角成とはできないぞ。

 2七香以下で詰む。

「3二ぎぃん」


挿絵(By みてみん)


「!」

 これは読んでいなかった。

 意味があるのか? 同金、2四角成の狙いはわかるが、同玉で? 

 同玉でなにも問題はないように思えるが──はたしてそうか?

 桐野ははったりをしないタイプだ。手がなくなれば投了するはず。

 残り1分を切った。集中して読む。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ピッ

 いかん、1分将棋になった。

 私は桐野の狙いをさぐった。30秒が経過したところで、ハッとなった。

 もしや角を切って5二金か?


挿絵(By みてみん)


 (※図は剣さんの脳内イメージです。)


 取ると詰む? 金が足りないように思うが……5二同玉、5三金、4一玉……ん? 1四角がある? 1四角、3一玉、3二銀、2二玉、2三角成、1一玉、1二香は詰む。では、5三金に6一玉だと?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「同金ッ!」

 読み切れなかった。詰んだのか詰まなかったのかわからない。

 寄るような気はしたのだが……それも曖昧だ。

 桐野はまた考え始めた。

 同玉で寄っていなかったなら、同金は悪手。

 残り3分になったところで、2四角成が指された。

 59秒ギリギリまで考えて、同玉。

 2五歩、3三玉、1一角、2二桂、2四銀、4二玉。


挿絵(By みてみん)


 うッ……予想以上に手狭になった。

 しかし持ち駒はふんだん。先手玉は簡単に寄る。


 ピッ


 桐野も1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 5三銀、4三玉、4四銀成、同玉。

 5三金、3一玉と閉じ込められる順も気になったが、桐野はこれを選択しなかった。

「よ、4五歩ぅ」

 5五玉、5六金、6四玉。

 ひとまず逃げ切った。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 桐野は3七玉で、脱出を図った。

「逃がさん。4九龍」


挿絵(By みてみん)


 会心の龍切り。

 同飛なら2八角で詰む。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 2八香。

 敵の打ちたいところに打て、か。

「3九龍」

「2六玉ぅ」

 2二に桂馬がいるから、寄るはずだ。

 バラして詰みまであるのではないか。

 角や銀を渡す順だけ警戒すればいい。


 ……ピッ、ピッ、ピッ


 よし、詰む。


 ピーッ!


「1七銀」


挿絵(By みてみん)


 簡単だった。

 自玉を気にしすぎて、余計なことを考えてしまったな。

「ふえぇ……負けましたぁ」

「ありがとうございました」

 桐野の第一声は、

「3二銀に同玉として欲しかったのですぅ」

 だった。

「後手が寄るのか? 読み切れなかった」

「たぶん詰みまぁす」

 私たちは局面をもどした。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「4一玉は詰む。6一玉を読み始めたが、そこで時間が切れた」

「6一玉は6二銀、7二玉、7三桂成、8一玉に8八香があるのですぅ」

「4八の飛車で紐づけしているわけか。しかし合駒が打てる」

「合駒が悪いのですぅ。歩、香、桂、銀、角はお尻が利いていないので、7二角以下で詰んじゃうのですぅ」

「そうか……それを防ぐには8四金しかないが、同香、同龍、7二角、9二玉、8三金とごり押しして詰みだ」

「というわけで、本譜が最善でぇす」

 間一髪だった。指運だな。

 いずれにせよ、これで鬼首おにこうべの決勝進出は確定した。

 私のプレーオフの芽も残った。

 桐野は、

「とちゅうで、一回押し戻した気がするのですぅ」

 と言った。

「あれは私のミスだ。3三銀のところで、1七銀と即打ちしたほうがよかった」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「お花も、これ打たれたら困ったと思いまぁす」

「バラして寄るか?」

「こっちの4二角成より速いのですぅ」

 やはりそうだったか。

 その後の感想戦は中盤を調べて、簡潔に終わった。

 次は最終局だ。体力を温存したい。

「では、これまでとしよう」

「はぁい」

 インタビューへ。

 出たのはH庫の淡路あわじと、H島OGの小早川こばやかわだった。

 淡路は、

《おつかれさまです。全体の感想は、いかがでしたか?》

 と、定番のコメントから始めた。

「中終盤、迷う局面もあったが、おおかた満足のいく将棋だったと思う。終盤は読み切っていなかった。頓死しなかったのは幸運だった」

《対局中も、悩ましそうなお顔をなさっていましたね。頓死というのは、3二銀のところでしょうか?》

「そうだ。同玉と指しかけていた」

《まさに紙一重でしたか……小早川さん、なにかありますか?》

《小早川です。感想戦で出たかもしれませんが、5一角に3三銀と受けたところでは、1七銀と突っ込んだ方が良かったのではないでしょうか》

「うむ、あれは私の見落としだった」

《なるほど、その後の軌道修正はお見事でした。1七歩成のところ、慌てて1七角と打ち込まなかったのは、さすがです。1七角、2九玉で互角にもどるところでした》


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 これは対局中に読んであった。

 6七と、2四歩、2八歩、3九玉で、こちらの陣に火がつく。

「1七同香なら後手良しになるが、さすがに僥倖ぎょうこうは期待していなかった」

 最後は淡路が、

《コメントありがとうございました。次は最終局です。プレーオフの可能性も残っていますので、ぜひがんばってください》

 としめくくった。

「承知した」

 インタビューも終わり、鬼首を探す──ん? いないではないか。

 私は、手近にいた亜紀あきに話しかけた。

「あざみを知らんか?」

「あざみちゃんなら、だいぶ前に負けて出て行ったよ」

「なに……いつだ?」

「始まってから30分くらいかなあ。となりで急に投了したから、びっくりしちゃった」

 まずい……早乙女さおとめとの相性が、まさかここまでとは。

 早乙女にもプレーオフの芽がある。

 私は、あざみを探しに会場を出た。

 すると、犬井いぬいと出くわした。

「あ、終わった?」

「あざみは?」

「控え室から出たあと、どっか行った」

 私はスマホを──スマホは持ち込み禁止だった。持っていない。

 宿泊室か? 手洗いか?

桃子ももこちゃん、べつに追っかけなくてもいいんじゃないの」

「しかし、早乙女の……」

「予選はあと1局、決勝トーナメントは2局、修正する時間はないよ」

 そう言って、犬井は壁面ガラスから、H島の街並みを見た。

「……」

「……」

 犬井のやつ、あざみに話しかけて、なにか言われたな。

 そう勘繰った矢先、左手のほうから足音が聞こえた。

 記者の葉山はやまが、小走りに駆けて来た。

「あ、剣さん、終わった? 取材、いい?」

 横槍が入ってしまったか──まあいい。

 子守りではないからな。

 葉山はメモ帳をとりだした。

「次は温田おんださんとですよね。けっこう大勝負だと思うんですが」

「ふっ、刀のさびにしてくれる」

「あの……もうちょっと穏健に……」

場所:第10回日日杯 4日目 女子の部 16回戦

先手:桐野 花

後手:剣 桃子

戦型:先手ダイレクト向かい飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2二角成 △同 銀 ▲8八銀 △3三銀

▲7七銀 △8四歩 ▲8八飛 △1四歩 ▲1六歩 △6二銀

▲3八金 △4二玉 ▲4八銀 △7四歩 ▲3六歩 △5二金右

▲4六歩 △3二玉 ▲4七銀 △7三銀 ▲4八玉 △6四銀

▲6六歩 △8五歩 ▲5六銀 △7三桂 ▲5八金 △8四飛

▲4七金左 △5四歩 ▲3九玉 △4四歩 ▲2八玉 △2二玉

▲3七桂 △4二金上 ▲2六歩 △2四歩 ▲9六歩 △9四歩

▲6七銀 △3二金 ▲4八飛 △4二銀 ▲6五歩 △同 桂

▲6六銀左 △8六歩 ▲6五銀 △同 銀 ▲7七桂 △8七歩成

▲6五桂 △7七と ▲4一銀 △8九飛成 ▲5二銀成 △1五歩

▲4九桂 △1六歩 ▲4二成銀 △同 金 ▲5一角 △3三銀

▲2五歩 △1七歩成 ▲同 香 △同香成 ▲同 玉 △1六歩

▲同 玉 △1五歩 ▲2六玉 △2五歩 ▲同 桂 △2四香

▲1四銀 △2三銀 ▲同銀成 △同 玉 ▲3七玉 △2五香

▲2六歩 △1七銀 ▲2八香 △2六香 ▲同 香 △同銀不成

▲同 玉 △2五歩 ▲3七玉 △2六角 ▲2八玉 △6七と

▲2七金打 △1六銀 ▲3七銀 △2七銀成 ▲同 金 △1六金

▲同 金 △同 歩 ▲2六銀 △同 歩 ▲2四歩 △同 銀

▲3二銀 △同 金 ▲2四角成 △同 玉 ▲2五歩 △3三玉

▲1一角 △2二桂 ▲2四銀 △4二玉 ▲5三銀 △4三玉

▲4四銀成 △同 玉 ▲4五歩 △5五玉 ▲5六金 △6四玉

▲3七玉 △4九龍 ▲2八香 △3九龍 ▲2六玉 △1七銀


まで132手で剣の勝ち

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