41手目 高校生女子の部A2回戦 桐野vs西野辺(1)
※ここからは西野辺さん視点です。
髪お化けとキモメガネのアホーッ!
「ちょっとッ! いきなり負けてるじゃんッ!」
どういうことだってばッ!?
「正義が勝つとは限らない、ってね」
と、晶子ちゃん。正義ってなんだよ。
「あ、当たりが悪かったわ……ッ」
と、みどりちゃん。あんたの当たり、そんなにキツくなかったじゃんか。
くぅ、やっぱり素子ちゃんと組むんだった。
いくら市代表でも、香子おねぇと朱美おねぇに勝てないんじゃしょうがないよ。
「1敗したら、もう優勝の可能性ないんだよッ!?」
「ヘーキヘーキ、これだけ拮抗してたら、1敗でも優勝の芽はあるから」
髪お化けは、そう言って高笑いした。ムカつく。
だからこいつを支部長に任命したくなかったのに。
「いい、次は絶対勝つからね」
私は発破をかけた。
「よ、世の中に絶対なんてないから……ッ」
うっさい。爪噛むな。ばっちい。
《次の組み合わせが決まりましたので、対戦表を確認してください》
スタッフが、張り紙を変えた。
私たちは、大急ぎで確認する。
【第2ラウンド】
Outsiders vs Common Sense Girls
インコンパチブル vs 象棋小姐
将棋の女王様 vs お花と愉快な仲間たち
「げぇッ! お花おねぇのとこじゃん!」
っていうか、なんでお花おねぇのとこ負けてんのッ!?
「相手に不足なしね」
晶子ちゃんは、不敵な笑みを浮かべた。
「うぅ……ほんとに勝ってよね……」
私は涙目になりながら、対局テーブルに移動した。
お花おねぇは、先に1番席で待っていた。
頭がお花畑のくせに、ロングヘアの美人だからムカつく。
「あ、茉白ちゃんですぅ、こんにちはぁ」
「お花おねぇ、よろ」
さっさと座って、駒を並べる。
「そんなに急いじゃダメなのですぅ、まったりぃ、ゆっくりぃ」
《準備の整ったところから、振り駒をしてください》
「ふえぇ……急ぐのですぅ」
ぱっぱと並べ終えたら、振り駒。ここは、お花おねぇにゆずるよ。
「カシャカシャしてぇ……ポイッ」
歩が4枚。
「お花と愉快な仲間たち、奇数先ですぅ」
「将棋の女王様、偶数先」
お花おねぇの戦法は決まってるから、先後関係ないよ。
チェスクロは右側において──
《対局準備の整っていないところはありますか?》
ないない。
《では、始めてください》
「よろしくお願いしまぁす」
「よろしくお願いします」
私はチェスクロを押した。
お花おねぇは、しばらく変な動きをしたあと、7六歩と突いた。
「8四歩」
「あぁ、お花の対策してるのですぅ。悪い子ですぅ」
当たり前でしょ。アレしかやってこないんだから。
「5六歩ぅ」
8五歩、7七角、5四歩。
「お花のほんわか向かい飛車をくらうのですぅ。8八飛ぃ」
きたッ。なにがほんわか向かい飛車さ。ケダモノみたいな戦法のくせに。
「3四歩」
6八銀、4二玉、4八玉、3二玉。
「2二角成としまぁす」
「同銀」
「えへへぇ、もう穴熊さんにはできないのですぅ」
そんなの分かってるよ。県代表クラスを舐めないで。
まあ、お花おねぇも県代表クラスだけど。
「王様を囲いまぁす。3八玉」
6二銀、4八銀、7四歩、2八玉、1四歩。
端歩を突いて打診。
だいたいね、先手だって堅くならないんだよ。それがこの戦法の弱点。
「棺桶さんは、イヤなのですぅ」
お花おねぇは、1六歩と突き返した。
これは想定の範囲内。私は2四歩と、居飛車の好形を目指す。
3八金、2三銀、7七桂、7三桂、8九飛。
チェスクロを押したお花おねぇは、いきなり顔をあげた。
「茉白ちゃんは、彼氏できましたかぁ?」
うっさい、静かにしろ。
「お花もいないのですぅ」
「『も』とか勝手に決めないでよ」
「じゃあ、いるんですかぁ?」
……………………
……………………
…………………
………………
2二玉。
「やっぱりいないのですぅ」
だからうるさいってば。ひとの恋愛事情を訊くな、語るな、えぐるな。
「お花おねぇ、気が散るから静かにして」
「ふえぇ……ごめんなさぁい」
お花おねぇは、謝りながら5七銀左。
駒組みに神経を使う展開だね……5三銀。
6八金、3二金、4六歩、3三桂、4七銀。
先手は木村美濃。私は4四歩と突いて、3六歩に6二金。
角の打ち込みに気をつけていくよ。
「2六歩ぅ」
「6四銀」
さあ、これにどう反応するかな?
「うにゅ……攻めにしては、怒りのオーラが不足してるのですぅ」
お花おねぇは30秒ほど考えて、6六歩と突いた。
バレてるね。6六歩と突けば、7五歩、同歩、同銀に7四歩で不発。7六歩と打ち返しても、7三歩成(飛車当たり)、同金、6五桂で完全に空振り。7六歩に代えて8六歩は、7三歩成、同金、8六歩、同銀に8五桂打という重たい手が成立する。
というわけで、6四銀は、ただの牽制。狙いは別にある。
「8一飛」
「なんだか、あやしいのですぅ……4八銀」
「5三銀」
さあ、パクっと食いついてちょうだいな。
「6五桂をさそわれてるのですぅ」
「跳ねてもいいんだよ?」
「ふえぇ……挑発されてまぁす……パクっ」
6五桂きたッ! 同桂ッ!
同歩、4二銀。もういっちょ、誘いのスキ。9五角がみえるけど、それは7三桂の防御から、6六桂、9四歩、7七角、6五桂、8八角と押し込んで、8六歩。大優勢。
お花おねぇも、その罠には引っかからず、6六桂と打ってきた。
5三銀、7四桂、7二金。
先手の攻めは、これで打ち止め。
「やっぱり罠だったのですぅ。手がありませぇん。9六歩ぅ」
「4三桂」
さあさあ、反撃の時間だよ。
「3七銀ですぅ」
「1二香」
ここまでが、私の構想。どう? 中央をからめつつ、端に殺到するの。
「さすがは茉白ちゃんなのですぅ。これはすごいと思いまぁす」
「えへへ、そうでもないよ」
「お花は、茉白ちゃんみたいな強い子と指せて、とっても感動していまぁす」
い、いきなりそういうこと言われると、恥ずかしいから。
「とりあえず、7五歩なのですぅ。桂馬さんを守りまぁす」
5五歩、同歩、同桂、5六銀、5四歩。中央に手をつけておく。
歩を簡単に入手、ってわけにはいかないんだよね。あれば7三歩なんだけど。
「8六歩ぅ」
これは……自分から歩をくれにきたのかな?
そんなわけないよね。同歩、8三歩が狙い。同金なら7二角、同飛なら6一角。
どっちも激痛で、私の負け。
「1一飛」
予定通りの地下鉄飛車。
「どっちが速いか、競争なのですぅ、8五歩ぅ」
「望むところだよ、1五歩」
同歩、4五歩(ここも忘れずに)、同歩、1五香、同香、同飛、1九香。
こういう細かいところで間違えないのが、お花おねぇなんだよね。私だって、将棋の相手はリスペクトするんだよ。ちなみに、1五同香のところで1六歩も考えられるけど、同香、同香、1五歩、同香、同飛、1九香で、本譜と同じになるよ。ただの時間稼ぎ。
「1六歩」
ここで、お花おねぇが小考。私は、攻めの継続手を考える。
2五歩は、やり過ぎかなぁ。4五桂と単純に跳ねるか、迷うね。まあ、2五歩は同歩、同桂、2六歩、3七桂成、同金で、こっちだけ玉頭が寒くなるから、危なそう。単に4五桂跳ねを本線で読もうか。4五桂、4六銀、1七歩成、同香、1六歩、同香、同飛、1七歩、2六飛(これが4五桂の効果)。ここで2七金と上がるのは、1九角が超激痛。同玉、2七飛成は、受け駒に角しかないから必至。
(※図は西野辺さんの脳内イメージです。)
1九角に1八玉は、2七飛成、同玉、2八金、1六玉、1五歩、同玉、1四香、2六玉、2五香まで。ぴったり詰み。3八玉と逃げるしかないけど、これも結局2七飛成に同玉と取れないから、4八玉、4六角成で勝勢。
うひゃー、寄り筋がイッパイ。ようするに、2七金のがんばりは効かないから、2七歩と打つかも。だけどそれは、3六飛、3七金(3七歩は4六飛のスライド)、同桂成で、同桂は4六飛、同銀は5六飛。全滅。というわけで4五桂に4六銀自体が不成立。銀桂交換までは、確約されてるってこと。
さあ、お花おねぇ、どう対処するかな?




