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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第44局 日日杯4日目(2015年8月4日火曜)
529/682

517手目 圧倒的な相性

※ここからは、早乙女さおとめさん視点になります。女子第16局開始時点にもどります。桐野きりのvsつるぎ戦はいったん中断になります。

 昨日はカァプの試合もなかったし、ぐっすり眠れたわね。

 あいかわらず不破ふわさんが居座ってたけど。

 あとで部屋代を徴収しておこうかしら。

 対局までとくにすることもないから、着席して待機。

 開始間際になって、鬼首おにこうべさんがあらわれた。

「よろしくぅ」

「よろしく……これが初手合いかしら」

 鬼首さんは椅子を引きながら、

「おまえと指した記憶はないぜ」

 と答えた。

 それから手の指をポキポキ鳴らして、

「メックのダブルバーガー食ったし、今日は覚悟しとけよ」

 と言った。

 それって相関関係はあるのかしら。

 気になっちゃう。

 鬼首さんは歩をつまんで、

「振らせてもらうぜ」

 と、じぶんから振り駒をした。

 表が1枚。私の先手。

 駒をもどしているあいだにも、アナウンスが入った。

《対局準備はよろしいでしょうか?》

 心を落ち着けるために、素数を数えましょう。

 100189、100193、100207──

《では、始めてください》

「おなしゃーす」

「よろしくお願いします」

 7六歩、3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩。


【先手:早乙女さおとめ素子もとこ(H島県) 後手:鬼首あざみ(O山県)】

挿絵(By みてみん)


 横歩へ誘導。

 7八金、3二金、2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛。

 しばらくは研究手順。

 鬼首さんもスピードを合わせてきた。

 3四飛、3三角、5八玉、5二玉、3六歩、2六歩。


挿絵(By みてみん)


 あら、積極的なのね──好都合だわ。

「2八歩」

 7六飛、7七角、同角成、同桂。

「2七歩成だッ!」

 これは取らずに2四飛。

 2八となら、同銀で手が稼げる。しかも桂馬当たり。

 鬼首さんもそれはわかっているから、2二銀と出た。

 8八銀、3六飛、2七歩、8二歩、3七歩、3五飛、3八金。


挿絵(By みてみん)


「どうすっかなぁ」

 鬼首さんは、椅子をうしろにかたむけた。

 両手の親指を合わせて、遊んでいる。

 30秒ほど考えて、7二金と上がった。

 4八銀、6二銀、9六歩、3三桂、9五歩。

「ん? 端攻めか?」

 なくはないわね。

 ただ、個人的には鬼首さんから攻めてもらいたい。

 そして、この希望は叶った。

 1四歩と突いて、2六飛に1五歩と伸ばしてきた。

 私は、

「端を攻め合うつもり?」

 とたずねた。

「おお、いいぜ。かかって来いよ」

「そうね……むしろその手に乗ろうかしら。1六歩」


挿絵(By みてみん)


 8六飛でもよかったけれど、これには狙いがある。

 それはあとでわかること。

 鬼首さんは、

「オレにカウンターか? 舐めてんな」

 と愚痴った。

「べつに舐めていないわよ。端攻めしたかったんでしょ」

 そう、端攻めをしたかったのよね、鬼首さんは。

 でもいきなり1六同歩だと、1二歩~2一角がある。

 これには気づいているはず。

 だからほかの手を指す必要があるのだけれど──

「3六歩だッ!」


挿絵(By みてみん)


 来た。同歩に3七歩で、端を薄くする手だ。

「同歩」

 7五飛、2四飛。

 高めに浮く。

「2三銀」

「同飛成」

「チッ、切って来やがったか。同金」

 3二銀、3七歩、同桂、2二金、4三銀成、同玉。

 私は角を手にした。

「6一角」


挿絵(By みてみん)


 この時点で脳内評価値は、+400ちょっと。

 先手有利に。

 金をタダ取りできるから、というわけじゃない。

 こっちは飛車を切り、銀も捨てて駒損している。

 ポイントは端。

 鬼首さんは3二玉と逃げた。

 7二角成、5一銀。

 ここで3九金と引く。

「よっしッ! 反撃だッ! 1六歩ッ!」

 8一馬、1七歩成、7一馬、3八歩、2九金。


挿絵(By みてみん)


「ぐッ……金が邪魔すぎる……」

 でしょ。

 さっきのところ、3九金としないで8一馬には、2九飛があった。

 この金引きが絶妙。

 そして、鬼首さんが46手目に指せなかった手でもある。

 3六歩に代えて7一金なら、私の6一角はなかった。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 そう、鬼首さん……あなたは私と相性が悪いのよ、かなり、ね。

 決め打った攻めにこだわるから、読みの分岐が少ない。

 だから私のほうも、読む枝を刈ることができる。

 さっきの手で言えば、7一金以下は省略して考える。

 一直線の深さになれば、今回のメンバーで私は一番の自信がある。

 しかも私が早く指すと、鬼首さんもそれに合わせてくれた。

 そんな鬼首さんも、さすがにおかしいと気づいたらしい。長考に入った。

 私はお茶を飲み、それからまた思考回路を動かした。

 4二銀と受ける手はあるけど──それは読まない。

 鬼首さんは2七と。

 私は2三歩、同玉と叩いて、3五桂と打った。

 同飛、同歩、3七と、同銀、4五桂、3一飛。


挿絵(By みてみん)


 包囲へ。

 鬼首さんは4九銀で、なんとか先手玉に手をかけた。

 5九玉と引いておく。

 1九香成。

 次に2九成香で、金の入手ね。金があれば5八金で詰むから。

 だけど、間に合わないわよ。

「2四歩」

 同玉、2五歩、同玉、6一馬、5二香、2六金。


挿絵(By みてみん)


 鬼首さんは、がっくりと肩を落とした。

「ぼ、ボロ負けじゃねぇか……」

「それは投了宣言?」

 脳内評価値では、先手の3000超え。

 2九成香とするヒマはない。2四玉に5一馬が詰めろだから。

 鬼首さんは歯ぎしりした。

「……オレの負けだ」

「ありがとうございました」

 チェスクロの残り時間は、先手16分、後手14分。

 時間がかなり余ったわね。

「な、なんでだ……急に悪くなっちまった……」

「端攻めがムリだったんじゃない?」

「くっそ、指運が悪かったか」

 指運じゃないのよね。

 種明かしはしない。決勝トーナメントで当たる可能性があるから。

 本局は、早指し合戦の指運、ということにしてもらいましょう。

「ほかはまだ対局中だし、控え室へ移動する?」

「ん……ああ……」

 私たちは席を立って、会場を出た。

 すると、廊下で雑談をしている犬井いぬい先輩と葉山はやま先輩がいた。

 ふたりはすこしおどろいていた。

 葉山先輩は、

「あれ、終わったの?」

 とたずねた。

 私はそうだと答えた。

 葉山先輩はメモ帳をとりだして、

「最終戦を前に、ちょっといいですか」

 と、コメントを求めてきた。

 急に丁寧語になる先輩。

 まずは私から返答。

「そうですね……鬼首さんに勝ったことで、決勝トーナメントの芽は残りました。ただ、次で勝ってもプレーオフになるのではないか、という気もしています。最終戦で負けたときもプレーオフの可能性はありますが、確率的に期待していません」

「最終戦は宇和島うわじまさんですけど、感触はどうですか?」

「巨神ファンは成敗します」

 このコメントに、鬼首さんは、

「ただの私怨じゃねーか」

 と言ってきた。

「私怨っていうのは、個人の好き嫌いで恨むことじゃない?」

「へりくつだろ、そりゃ」

 あとで国語辞典でも引いておきましょう。

 葉山先輩はメモを終えて、鬼首さんに向きなおった。

「えーと、現時点ではこのメンバーしか終わってないので、なんとも言えないんですが、他の選手が負けた場合、鬼首さんは決勝確定になるパターンがありますよね」

「そんなのいちいち覚えてねーよ」

「まあ、他力に期待しないっていうのは、わかります。次の対局は、どうですか?」

「だれだっけ? ……あのへんなコスプレ坊主か」

 あれはコスプレじゃなくて、本職の正装じゃないかしら。

 鬼首さんは首を掻きながら、

「どうって言われてもな。指してみないとわかんねぇし」

 と答えた。

 ここで犬井先輩がわりこんだ。

「けっこう初手合いが多いよね。情報収集とか、ちゃんとしてる?」

「おまえ、オレにアドバイスしていいのか? おな高の記者だろ」

「おっと、ごめんごめん」

 葉山先輩は、

「フェアプレイの精神、だいじにしてるんですか?」

 と質問した。

「そりゃおまえ、素手で殴り合ってるときにバット渡してきたら、味方でもどやすだろ」

「そ、そうですか……」

 バットはダメよ。メガホンにしなさい。

 あ、メガホンといえば、訊いておきたいことがあった。

「鬼首さんはどこのファンなの?」

「ファンって、なんの?」

「野球」

「なんで腹が出たおっさんの玉遊びを見ないといけないんだよ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………バットを用意しておけばよかったわね。

場所:第10回日日杯 4日目 女子の部 16回戦

先手:早乙女 素子

後手:鬼首 あざみ

戦型:横歩取り


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩

▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲3四飛 △3三角 ▲5八玉 △5二玉

▲3六歩 △2六歩 ▲2八歩 △7六飛 ▲7七角 △同角成

▲同 桂 △2七歩成 ▲2四飛 △2二銀 ▲8八銀 △3六飛

▲2七歩 △8二歩 ▲3七歩 △3五飛 ▲3八金 △7二金

▲4八銀 △6二銀 ▲9六歩 △3三桂 ▲9五歩 △1四歩

▲2六飛 △1五歩 ▲1六歩 △3六歩 ▲同 歩 △7五飛

▲2四飛 △2三銀 ▲同飛成 △同 金 ▲3二銀 △3七歩

▲同 桂 △2二金 ▲4三銀成 △同 玉 ▲6一角 △3二玉

▲7二角成 △5一銀 ▲3九金 △1六歩 ▲8一馬 △1七歩成

▲7一馬 △3八歩 ▲2九金 △2七と ▲2三歩 △同 玉

▲3五桂 △同 飛 ▲同 歩 △3七と ▲同 銀 △4五桂打

▲3一飛 △4九銀 ▲5九玉 △1九香成 ▲2四歩 △同 玉

▲2五歩 △同 玉 ▲6一馬 △5二香 ▲2六金


まで89手で早乙女の勝ち

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