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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第44局 日日杯4日目(2015年8月4日火曜)
528/681

516手目 付き人はつらいよ

※ここからは、つるぎさん視点です。女子第16局開始時点にもどります。

 礼音れおん様へのあいさつも終えて、いざ出陣──と言いたいが、あざみはどこだ?

 私は子守りではない。しかし、不戦敗などということがあっては困る。大会としても面目が立たないだろう。

 電話をかけようとしたところで、入り口にあざみが現れた。

 スマホを片づけ、歩み寄る。

「どこへ行っていた?」

「朝メックだよ、朝メック」

 あざみはそう言うと、ニシシと笑った。

「エネルギー充填完了。今日は調子いいぜえ」

「気をつけろ。油断は足もとをすくわれる。あいては早乙女さおとめだ」

桃子ももこはじぶんの心配してな。2連勝しないと芽がないんだろ」

 あざみはポケットに手をつっこんで、その場を去った。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ふん、まあいい。

 こうでなければ、あざみらしくない。

 ここまでの大勝負、あざみにとっても初めてのはずだ。

 プレッシャーで、ひよる可能性も考えたが、その気配はないな。

 となれば──私は会場を見渡した。

 総勢32名の高校生たち。その立場はさまざまだ。

 もう芽がない者、プレーオフに賭ける者、予選通過まであと1勝の者。

 上位陣は、こうだ。

 

 1位 鬼首あざみ 13勝2敗

    萩尾萌   13勝2敗

 3位 磯前好江  11勝4敗

    大谷雛   11勝4敗

    桐野花   11勝4敗

 6位 温田みかん 10勝5敗

    早乙女素子 10勝5敗

 8位 出雲美伽   9勝6敗

    剣桃子    9勝6敗

    梨元真沙子  9勝6敗


 私にもまだ芽がある。

 11勝6敗のプレーオフは、わずかながらありえる。

 ただし、他力だ。上位陣が突っ走れば、それまでの話。

《間もなく対局が始まります。選手のみなさまは、ご着席ください》

 一直線にテーブルへ。

 私の相手は──

「えへへぇ、よろしくお願いしまぁす」

 桐野きりのはな

 まずここから落とす。

 桐野が破れれば、4敗以下は4名。

 あざみの決勝トーナメント進出は、自動的に確定する。

「桃子ちゃん、昨日の夜は、なに食べましたかぁ?」

「カップ麺」

「ふえ? 礼音くんと、めちゃんこゴージャスなディナーじゃないんですかぁ?」

 付き人はつらいのだ。

「桐野は?」

「メロンパンでぇす」

 あまり変わらないではないか。

 メロンパンは糖質がすごいぞ。

「とりあえず、振り駒をしてくれ」

「はぁい」

 表が3枚。桐野の先手。

《……対局準備はよろしいでしょうか?》

 無論。

《では、始めてください》

「よろしくお願いしまぁす」

「よろしくお願いする」

 7六歩、3四歩、2二角成、同銀。


【先手:桐野花(H島県) 後手:剣桃子(O山県)】

挿絵(By みてみん)


 戦型は予想済み。

 いざ尋常に勝負。

 8八銀、3三銀、7七銀、8四歩、8八飛。

 序盤は手なり。

 1四歩、1六歩、6二銀、3八金、4二玉、4八銀。


挿絵(By みてみん)


 むッ……変わったかたちだな。

 桐野の将棋は、型にハマったところがない。

 なにが飛び出しても、驚かないつもりではいた。

 とはいえ、準備してきた作戦も使えなくなった。手将棋か。

 7四歩、3六歩、5二金右、4六歩。

 私は即興で組んでいく。

 3二玉、4七銀、7三銀、4八玉、6四銀。

 前へ。

 6六歩、8五歩、5六銀、7三桂、5八金。


挿絵(By みてみん)


 なるほど……5六に右銀を置く構えか。

 事前研究では、まったく考えていなかった順だ。

「ずいぶんと、変わった手に出たな」

「えへへぇ、桃子ちゃん、なんかめちゃんこ調べてる気がしたのですぅ」

 さすがは桐野……というほどでもないか。囃子原はやしばらグループが選手のデータ分析をしていることは、ほかの連中も気づいているようだ。敢えて外してくる選手も、何人かいた。

 しかし、舐めてもらっては困る。

 不肖、剣桃子、力戦は嫌いではない。

「8四飛だ」

「うにゅぅ、手堅いのですぅ」

 4七金左、5四歩、3九玉、4四歩、2八玉。

 先手は入城。

 私も2二玉と深く入った。

 3七桂、4二金上、2六歩、2四歩、9六歩、9四歩。


挿絵(By みてみん)


 先手から攻めて欲しいが……むずかしいか。

 この局面で、指される可能性がある手は4つ。

 第1候補は6七銀。そのあと5六歩と突いて、陣形を安定させる。攻めの焦点がなくなるから、私も陣形を整えるくらいか。

 第2候補は4八金引。これは次に4七銀で、3枚にする構想。銀を出たり入ったりしているだけだから、心理的にはやや指しにくい。

 第3候補は4八飛。よくある飛車の位置換え。この手は少し悠長だ。私のほうから5五歩と突いて、6七銀、5四角と打ちたい。先手がなにもしないなら、7五歩で開戦する。もっとも、先手は4五歩で攻めてきそうだ。

 第4候補は7八飛。今の7筋の責めを警戒した手だ。が、これは即座に6九角と打つ手がある。先手、あまり面白くない。

 さて、桐野はどれを選ぶか──ん、6七銀か。

「3二金」

「4八飛ぃ」

 5六歩ではなかった。読みが外れた。

 攻めて来るか? それとも次に5六歩?

 ここで5五歩とすれば、第3候補の順と合流する。4九飛、7五歩となって、後手が先着できる。しかし……先手から攻めて欲しいというのが、本音だ。自信がないわけではない。先手のかたちが歪になる、そのタイミングを狙いたかった。

 4二銀として、一手スキを見せるか? 即座に6五歩なら、同桂、6六銀左、8六歩で反撃……いや、先手の6五銀、同銀、7七桂のほうが速い。


挿絵(By みてみん)


 (※図は剣さんの脳内イメージです。)


 この局面も迷う……8七歩成と行くか、そのまえに7六銀と捨てるか。

 8七歩成、6五桂、7七とは、かなりストレートな順だ。と金が銀当たりで、これを逃げるヒマはないだろう。となれば、先手は4一銀と割り打つ展開がみえる。

 7六銀と捨てるのは、同銀にいったん8一飛と引くのが目的だ。一見消極的だが、後手から8六歩とは取り返せない。どのみち8筋は破れる。もっとも、8七歩成と比べれば、と金の出来が遅い。これは事実。それに、7六銀は同銀、8一飛、4五歩で先着されるのも気になった。4八の飛車は、このまま閉じ込めておきたい。

 6五歩ではなく4五歩から開戦のときは、同歩、5六銀、3三桂で支える。これも分岐が多い。

「……」

「あんまり怖い顔で読まないでくださぁい」

「……」

「ふええ……刀に手をかけないでくださぁい……」

「4二銀」

 だいぶ時間を使ってしまった。

 一応、この手に4九飛もある。それも読んであった。

 桐野はだいぶ前から決め打ちしていたらしく、10秒で6五歩。

 私は同桂として、6六銀左に8六歩と突いた。

 6五銀、同銀、7七桂。

 よし、本線。

「8七歩成」


挿絵(By みてみん)


 直線的に行く。

 居飛車なのだから、飛車先を突破するのが本筋。

 6五桂、7七と、4一銀、8九飛成、5二銀成。

 ここまでは読み通り。

 さきほどの長考は、この次の手で悩んでいた。

「1五歩」

 敢えて端を突く。

「うにゅう、強い手なのですぅ」

 桐野もさすがに長考。

 同歩は、ないだろう。龍が直通しているから、1八歩、同香、1九銀が決まる。

 これは期待していない。

 攻め合うなら4二成銀、受けるなら4九桂。3九桂は狭すぎる。

 もっとも、4二成銀~4九桂や4九桂~4二成銀もある。

 このあたりは、手順の前後に過ぎないように思う。

「……4九けぇい」

 1六歩。

 桐野は4二成銀と寄せた。

 けっきょくどちらも入ったか。

 同金、5一角、3三銀。


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 な、なぜ1七銀と打たなかったのだッ!?

 手拍子だったッ!

「うにゅ? 受けるんですかぁ?」

 桐野は考え始めた。

 くぅ、待ったしたいくらいだ。

 1七銀、3九玉、2八銀打なら、寄っていたかもしれない。

「2五歩ぅ」

 落ち着け、剣桃子。

 指してしまったものはしょうがない。

 ここから1七銀……は銀が足りない。さっきのは2枚あったから成立する攻めだ。

 1七角か? 2九玉……次がない。

 単に端を破って暴れるほうが良さそうだ。

「1七歩成」

 同香、同香成、同玉、1六歩、同玉、1五歩。


挿絵(By みてみん)


「うにゅにゅ……けっこう厳しいのですぅ……」

 桐野は2六玉。

 2五歩と行きたいが、攻めを呼び込む可能性もあった。

 同桂、2四香で、押さえ込めればいいが──安全策なら2四歩か?

 いや、待て、さきほど安全策の3三銀で失敗したばかり。

 ここは強気に……それもおかしいな。

 コインで裏が出たから次も裏、というわけではない。

 3三銀と受けた以上、むしろ受けるのが一貫しているのでは?

「……」

「なんか迷ってるのですぅ」

「……」

「ふええ……まだ死にたくありませぇん……」

 私は残り時間を確認した。

 先手13分、後手10分。

 間もなく10分を切る。

 分岐が多いのは、直感で指す桐野の領域だ。

 後手有利だとは思うのだが、気にかかる流れになってしまった。

「……読みに従うか。2五歩」

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