514手目 ラスト2局
ついに予選はラスト2局。
はりきっていきましょう。
おめかしもばっちり、アイドルモードで出陣。
対局テーブルにつくと、伊吹さんはあくびをしながら登場。
「ふわぁ……おはようございます」
「おはようございます……って、その現れ方、アイドルとしてどうなんですか」
伊吹さんは両肩をすくめた。
「ほら、そこは私のかわいさがすべてを吸収するので~」
はいはい。
とはいえ、今日の伊吹さんは衣装も新調したみたい。
黒いスカートも、白い制服も、赤いネクタイも、よれたところがなかった。
頭に乗ってるパンプキンモンスターのアクセサリは、今日初めてみた。
「その眼帯も、新しいやつですか?」
「これはさすがに毎日変えてますよ。不衛生でしょ」
たしかに。っていうか、1日中眼帯つけてて、蒸れないの?
なんか眼に悪い気がする。
と、前座はこのあたりにして、そろそろ放送開始。
姿勢を正して、カメラへお辞儀。
「おはようございます。内木レモンです」
「夜ノ伊吹でーす」
「本日は日日杯の予選最終日となります。よろしくお願い致します」
さて、まずは成績の整理から。
「決勝トーナメント進出の可能性がある、女子のメンバーをご紹介します」
1位 鬼首あざみ 13勝2敗
萩尾萌 13勝2敗
3位 磯前好江 11勝4敗
大谷雛 11勝4敗
桐野花 11勝4敗
6位 温田みかん 10勝5敗
早乙女素子 10勝5敗
8位 出雲美伽 9勝6敗
剣桃子 9勝6敗
梨元真沙子 9勝6敗
同順位の場合は、五十音順。
伊吹さんはこれを見て、
「9勝6敗のメンバーは、決勝の可能性あるんですか?」
とたずねた。
「プレーオフの可能性は、残されています」
「……なるほど、4敗勢と5敗勢が落ちてきてくれれば、って感じですか。4敗勢同士の対局は残っていないので、3人とも2連敗する可能性があるんですね」
「その通りです。また、1位の鬼首選手と萩尾選手は、勝てば決勝進出。完全に自力です。磯前選手、大谷選手、桐野選手のうち、ひとりが負けた場合も、鬼首選手と萩尾選手は決勝進出が決まります」
「ふんふん、4敗以下が4人にまで絞れますもんね」
というわけで、私たちは長門vs萩尾を予約。
まずは選手紹介。
「本局はY口県同士の戦いです。公式戦は、県内の予選で3回当たっており、萩尾選手の3-0です」
「非公式戦も、そこそこ指してそうですね。そこ全敗だとキツイかなあ」
さすがにそれはなさそう。
長門先輩も、そこまで弱くはない。
磯前先輩に一発入るのだから、萩尾先輩に入っていてもおかしくはなかった。
《間もなく開始です。ご準備ください》
了解。
……ピポ
7六歩、3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩。
【先手:長門亜季(Y口県) 後手:萩尾萌(Y口県)】
おっと、横歩だ。
私はさっそく解説を入れる。
「研究勝負に持ち込みやすい戦型です」
伊吹さんは、
「まだ研究ストックあるんですかね? 切れてるっぽい人はいますけど」
とコメントした。
「長門選手の横歩には、まだ研究ストックがあると思います」
「理由は?」
「長門選手が横歩をぶつけたのは、早乙女戦だけだからです。もう一局、鬼首戦の先手で、7六歩、3四歩、2六歩の出だしになりましたが、これは鬼首選手が三間にしたので、横歩になっていません」
「横歩の研究ストックが1局だけのはずがない、ってことですか。まあ2、3局は用意してそうですね」
7八金、3二金、2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛。
当然だけど、序盤は指し手が速い。
3四飛、4二玉、3六飛、7二銀、8七歩、8四飛。
私は、
「後手、8四に浮きました。やや攻撃的です」
と評価した。
伊吹さんは、
「先手玉がどう態度を決めるのか、そこが重要です」
と、居玉のままでは危険なことを指摘した。
これは自然な発言だったけど、長門先輩はやや変則的に指した。
2六飛、1四歩、3八銀、3三桂、6八銀。
萩尾先輩はこれに乗じて、攻勢に。
2五歩、3六飛、2四飛、7五歩。
5八にも6八にも上がらなかった。
「伊吹さん、これはどうなんでしょうか。居玉のままになりそうですが……」
「んー……そのうち6九に入ると思います。もちろん、5九のまま進むことも、なくはないです。けど、それは序盤から空中戦になったケースがほとんどで、本譜の場合はそのうち解消するはずです」
2六歩、2八歩。
先手陣をへこませてから、後手は8三銀と出た。
長門先輩は1分考えて、5五角と飛び出した。
私はこの手を見て、しばらく考えたあと、
「個人的な感想ですが……先手を持ちたいです」
と告げた。
伊吹さんも、うんうんとうなずいて、
「伊吹も先手を持ってみたいです。先手有利ってほどじゃないですが、後手はここからまとめるのが難しいと思います」
と、同調してくれた。
カメラの映像から、萩尾先輩の感情は読み取れない。
でも、研究にハマったっぽくない?
長門先輩はやや前傾姿勢で、椅子に手をあてて読んでいる。
これは気持ちが前向きな証拠だ。
「伊吹さんなら、どう対応しますか?」
「4四歩か2五飛の2択です」
「2五飛は5六飛が、ややめんどくさそうです」
「ええ、なので4四歩が本命」
萩尾先輩も、この手だった。
4四歩。
長門先輩は、即座に7六飛。
ぐずぐずしてると攻められるから、萩尾先輩は4五歩で盛り上がった。
すこし間が開く。
30秒ほどして、天井カメラに長門先輩の手が映った。
逆用した。
私はタブレットを一手戻して、
「今のところ、先に8六飛とけん制する手もありました」
とコメントした。
伊吹さんは、
「6九玉もあったと思いますね」
と、あくまで居玉を避けることにこだわった。
伊吹さんはさらに、
「4六同歩、同角、3四飛、8六飛は、お手伝いな気もするんですよね。ここまで研究手順かどうかはわかりませんが、後手は手を外したいです」
と、同歩を否定した。
「しかし、同歩が一番素直に見えませんか?」
「このまま先手に主導権を握られるのはイヤです」
けっこう感情的な理由。
でも、わかる。気分的にイヤ、というのは将棋でもけっこうあることだ。
そして、萩尾先輩もそうだったのか、5二玉と寄った。
4五歩、4二銀、6九玉。
伊吹さんは、
「やっと入りましたね。これで先手陣は安定しました」
と好評価。
私も便乗しておく。
「後手は、しばらく受ける展開になりそうです」
とりあえず、7筋を受けないといけない。
7二金とか──あ、そう指した。
先手は7九玉と、もうひとつ深く入ってから、4三銀、7四歩。
それでも7筋から仕掛けた。
「突破できそうですか?」
私の質問に、伊吹さんはしばらく考え込んだ。
「……微妙です」
「7筋は3枚の利きなので、先手が足りないと思うのですが……」
「7筋以外に揺さぶりをかけられると、けっこう困ります」
そう? どこも備えてあるようにみえる。
とはいえ、県代表クラスが言うのだから、傾聴には値した。
6二玉、7七桂、7四銀、4四歩、5四銀、7四飛。
あ、切った。
「これは珍しいかたちです。別々の駒で、角と飛車の両当たりです」
私が興奮する中、萩尾先輩の手が、盤上を一周した。
なにか指そうとして、ひっこめたようだ。
今の動きからして、私は、
「7四歩、っぽかったように見えました」
とコメントした。
「ですね……ただ、5五銀も、かなり有力だと思います。というか、7四同歩はヘタすると、9一角成、7三桂、7五歩くらいで困る可能性がありますね。王様が7三の地点に近すぎるので」
「取れないなら、後手不利ですか?」
「いえ、そこまでは言えないような……どっちかっていうと互角……」
伊吹さんも、自信のない局面になってきたようだ。
長門先輩としては、この段階で差をつけておきたいはずだ。
パシリ
5五銀が指された。
8四飛、9二角、8二銀。
こ、これは後手が悪いのでは?
「ほんとに互角ですか?」
伊吹さんは口もとに手をあてて、アッという表情をしていた。
「そっか……8二銀と露骨に打たれたら、困るのか……」
どうやら伊吹さんは、違う局面を互角と評価していたらしい。
私はタブレットから顔をあげて、お茶を飲んだ。
解説に夢中で、肩に力が入っていた。ひとまず落ち着く。
ここまでは長門先輩の作戦勝ち。
これって一発入れる展開、ある?




