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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
524/682

512手目 3日目終了

※ここからは、磯前いそざきさん視点です。

挿絵(By みてみん)


 そっちかぁ。

 あたしは後頭部をぽんぽんと叩いた。

 同銀で読んでたんだけど。

 まあ3九玉を読んでなかったわけじゃない。微妙に寄らないのも分かっている。

「……5三歩」

 とりあえず受けた。不本意。

 お互いに腰の引けた感じになった。

 ドラグを緩めるしかないか。

 この局を釣り上げないと、あたしのほうが終わっちゃう。

 6二銀、同金、同桂成、同玉、7八飛。


挿絵(By みてみん)


 厳しい。飛車を消して馬を抜くしかない。

 4九龍、同玉、5八銀打、同飛、同銀成、同玉、8八飛。

 王手馬──だけど、先手がよくなってきた気がする。

 6八銀、8一飛成、7四角、6四金、8三飛。


挿絵(By みてみん)


 うーん……こうなったら、もう一回抜くか。

「同龍」

 同角成に6七香成と捨てる。

「くッ、捨て身か。同銀」

 もういっちょ8八飛。2度目の王手馬。

 7八香、8三飛成、8四歩、同龍、7三銀。


挿絵(By みてみん)


 こんどはこっちが王手龍。

 めちゃくちゃアクロバットな将棋になってしまった。

 観戦者は喜んでそう。

 同龍、同香成、同玉。

 落ち着いたか?

 だけどつるぎは落ち着かせるつもりがないらしく、

「8一飛だ」

 と打ち込んできた。

 あたしは手を止める。

 先手は飛車をもう一枚持っている。金もある。

 ようするに詰めろ。8三飛打以下で詰む。

 ってことは8三を受けるか、王様を逃げないといけない。

 一番単純なのは8三歩。

 だけどそれで止まる? 詰めろを受けてるだけなんだよね。

 攻めるなら……3八角。これも詰めろの回避にはなっている。

 あたしは持ち時間を確認した。先手11分、後手10分。

 そんなにない。ちょこちょこ使ってしまった。

 2、3分考えて、あとは運任せか。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………よし、決めた。

 敵陣に遠投キャスティングする。

「3八角」


挿絵(By みてみん)


 剣は「ふむ」とうなった。

「それが釣り針のつもりか?」

「んー、食いついてみる?」

 剣は小考した。

 さすがに冷静だね。

「7一飛成」

 イヤな手がきた。

 7二歩と受ける。

「8二飛」

 また詰めろ。仕留めるつもりか。

 あたしは4九角打で、いったん反撃に出た。

 5九玉と引かせてから、8三銀。

 これで先手も受けるんじゃないかな。6七角成とされたら、もたないでしょ。

 案の定、剣は5八銀と引いた。

 さて……お茶を飲む。

 残り時間は5分──決めに行きたい。

 5八角成と切れば決戦。


挿絵(By みてみん)


 (※図は磯前さんの脳内イメージです。)


 同玉に6六桂と打ちたい。

 6九玉は6七銀で詰めろがかかる。

 6八玉は6七歩と打って、同玉なら4九角成……ん? 詰むか、これ?

 あたしは考え込んだ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………詰むな。

 4九角成以下、6六玉に6五金といきなり捨てて、同玉、7六銀、7五玉、7四銀、8六玉、8五香、同飛成、同銀上、9七玉、7七飛。


挿絵(By みてみん)


 (※図は磯前さんの脳内イメージです。)


 続きは簡単。

 手数的には長いから、見逃してくれないかな? ダメか。

 とちゅうが並べ詰みだもんな。

 いずれにせよ、6六桂に6八玉とも逃げられない。

 だったら4八玉と逃げるしかない。

 でもこれは4七銀、3九玉、5八桂成で包囲できる。

 あとはあたしの王様が詰まなければいいだけ。

 詰む? 詰まない?

 あたしは続きを読んだ。時間がどんどん溶けていく。


 ピッ


 1分将棋に。もうちょっと欲しい。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「5八角成」

 同玉、6六桂、4八玉、4七銀、3九玉、5八桂成。


挿絵(By みてみん)


 剣も角切りを予想していたらしい。

 ここまでは速かった。

 そして、ここから長考。

 先手玉は詰めろだけど、必至じゃないんだよね。

 まあでも3五銀なんかはジリ貧でしょ。

 剣は1分残して、5一角と打った。

 6三玉、8三飛成、5四玉、4五銀打、6五玉、5六銀。

 くぅ、その手があったか。攻めの銀が消える。

 同銀不成、8五龍、6六玉、8四角成、7七玉。


挿絵(By みてみん)


 すり抜けた。

 剣もすでに1分将棋。

 盤面を見つめて、身じろぎもしない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 3八玉。

 あたしは髪をがしがしやった。

 当初の予定とちがうんだよ、これは。

 先手玉が解放されてしまった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 4七銀不成。

 5六で生き残っていた銀を、前に出す。

 同銀なら2七銀で詰む。

 2八玉、3六銀成。

 ふたたび詰めろ。網をしぼった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 入玉できるか?

 なんともいえない。詰んだら負け。

「7五歩」

 とりあえず堰き止める。

 剣は同龍引で切ってきた。

 同金、同龍、7六香、6七金、8八玉、8五龍、7九玉。

 これじゃあたしが逃げてる魚だね。

 7六龍、7八歩、9七角、6九玉、6八金打、同成桂、同金、同玉。


挿絵(By みてみん)


 あたしたちふたりの表情が変わった──逃げ切った気がする。

 龍と馬と角の筋が、絶妙に悪い。しかも先手は金銀がなくなった。

 剣の顔に、うっすらと苦しげな気配がただよう。

 とはいえ気は抜けない。絶対に寄らないという保証がなかった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「6五龍」

 大丈夫だよね……6七銀。予選なのに手が震える。

 剣は59秒まで考えて、同龍と切った。

 同玉、7九桂、6八玉、8六角、7九玉、9七角、8九玉。


挿絵(By みてみん)


 剣は目を閉じて、しばらくうつむいていた。

 無念そう。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「投了だ」

「ありがとうございました」

 ふぅ……あたしは帽子を脱いで、汗をぬぐった。

 いやはや、首の皮一枚つながった。

 剣はしばらくのあいだ、ああでもないこうでもないと言っていた。

「5六玉と上へ逃げたほうが、よかったか?」

「上でも捕まえる自信はあったよ」

 そこそこね。

 あたしたちは4七同銀、同桂成、同玉、4九龍、5六玉の順を検討した。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 あたしは、

「とりあえず5三銀で押さえるかな」

 と言った。

「5五銀で?」

「4四金、同銀、同歩……7三角って打つ?」

「6二金打、9一角成か……入玉できればよいのだが……」

 あたしは率直に、

「先手は6五玉から入りに行くと、たぶん急に悪くなるよ。8九龍とか7三金とか、逆に包囲網を狭める手があるからね。だから5六玉は広いように見えて、そんなに広くない」

 と返した。これは本音。

 例えば5三銀にいきなり6五玉としたら、8九龍、4二桂成、同玉のあと、受けないといけなくなる。

「5六玉に5三銀じゃなくて、6二歩も有力かな」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 この場合も、先手は6五玉とできない。7二銀、5二金上、6五玉の瞬間、7三金で即座に縛れる。7二銀に同金、同馬、5三銀、6五玉は即詰み。6四金、7六玉、7五銀、8五玉、8九龍、9六玉、8六龍まで。

 というわけで、5六玉対策はしていた。

 剣は納得したようで、

「ならばどこが悪かったのだ?」

 と首をひねっていた。

「あたしも、どこで良くなったのか、イマイチわかんないんだよね」

 これはもう外野に訊いたほうがいいか。

 あたしは疲れていることもあって、感想戦の切り上げを申し出た。

 一礼して終了。最後だから駒は駒箱へ。

 席を立ち、背伸びをしてからインタビューへ向かった。

「もしもーし」

《もしもし、お疲れさま》

 やっぱり香子きょうこちゃんか。

 半分くらい香子ちゃんに解説されてる。

「おつかれ。こっちから先に訊きたいんだけど、どこで後手良くなった?」

一之宮いちのみやさんとの検討では、8二飛が良くなかったんじゃないかな、って》


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 ん? そこは考えなかった。

「理由は?」

《これ自体は詰めろなんだけど、8三銀で止まっちゃうのよね。6一飛のほうが継続性があるんじゃないかしら》

「……ああ、なるほど、8四金、同玉、6四飛成があるのか。これだと先手有利かも」

《本局は、有利不利の評価が難しかったと思う。一之宮さんとも意見が合わないことが多かったし。ただ8二飛が疑問だった点では、一致してる》

「了解。ありがと。解説から、なにか質問ある?」

《私からはないわ。今日はゆっくり休んで……一之宮さんは?》

《わたくしからもございません。ゆっくりお休みください》

 インタビューは終了。

 最後だから、だいぶ気を遣われたっぽいな。

 ほかのところも、さくさくと終わっていた。

 もう6時。食事にしよう。

 会場を見渡すと、ひよこの姿が見えた。

「おーい、ひよこ」

 ひよこはふりむいた。

 両手を合わせてあいさつしてくる。

「磯前さん、おつかれさまです」

「どうだった?」

「勝ちました。磯前さんもお勝ちになられたようですね」

「他はどうかな? だれか決まった?」

「いえ、まだ決まっていないようです」

 そっか、意外だな。萩尾はぎおあたりは今日中に決まるかと思ったけど。

 こうなってくると、あたしたちにもチャンスがある。

「夕食、どうする? 今日は完全フリーだよ」

「拙僧は立ち食いそばにします。気分転換をしたいので」

 それはあたしにはキツイ。もっと食べたい。

「プレイオフと決勝の芽もあるし、ここはライバル同席せず、にしよっか」

「承知しました。では、また明日」

 あたしは会場を出た。

 夏の夕方。まだ空は青く、窓から見える人通りは多かった。

 11勝4敗──ギリギリだな。

 なんだかんだで、予定通りではあると思う。

 ぶっちぎりで予選抜け、なんてうぬぼれてたわけじゃない。

 逃がした魚は大きいって言うし、明日はきっちり捕まえよっか。

場所:第10回日日杯 3日目 女子の部 15回戦

先手:剣 桃子

後手:磯前 好江

戦型:後手3三金型角換わり


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3二金

▲2五歩 △3四歩 ▲6八銀 △3三角 ▲同角成 △同 金

▲7七銀 △6二銀 ▲7八金 △7四歩 ▲4八銀 △7三銀

▲4六歩 △6四銀 ▲4七銀 △9四歩 ▲1六歩 △7五歩

▲同 歩 △同 銀 ▲2四歩 △同 歩 ▲2五歩 △8六歩

▲同 歩 △同 銀 ▲同 銀 △同 飛 ▲8八歩 △7七歩

▲同 桂 △7六歩 ▲6五桂 △9五角 ▲4八玉 △7七歩成

▲9六歩 △7八と ▲9五歩 △8八飛成 ▲9七角 △9九龍

▲5三角成 △4二金 ▲6三馬 △6二香 ▲8一馬 △6五香

▲5四桂 △3五桂 ▲3六銀 △4七銀 ▲3九玉 △5三歩

▲6二銀 △同 金 ▲同桂成 △同 玉 ▲7八飛 △4九龍

▲同 玉 △5八銀打 ▲同 飛 △同銀成 ▲同 玉 △8八飛

▲6八銀 △8一飛成 ▲7四角 △6四金 ▲8三飛 △同 龍

▲同角成 △6七香成 ▲同 銀 △8八飛 ▲7八香 △8三飛成

▲8四歩 △同 龍 ▲7三銀 △同 龍 ▲同香成 △同 玉

▲8一飛 △3八角 ▲7一飛成 △7二歩 ▲8二飛 △4九角打

▲5九玉 △8三銀 ▲5八銀 △同角成 ▲同 玉 △6六桂

▲4八玉 △4七銀 ▲3九玉 △5八桂成 ▲5一角 △6三玉

▲8三飛成 △5四玉 ▲4五銀打 △6五玉 ▲5六銀 △同銀不成

▲8五龍 △6六玉 ▲8四角成 △7七玉 ▲3八玉 △4七銀不成

▲2八玉 △3六銀成 ▲7二龍 △7五歩 ▲同龍引 △同 金

▲同 龍 △7六香 ▲6七金 △8八玉 ▲8五龍 △7九玉

▲7六龍 △7八歩 ▲9七角 △6九玉 ▲6八金打 △同成桂

▲同 金 △同 玉 ▲6五龍 △6七銀 ▲同 龍 △同 玉

▲7九桂 △6八玉 ▲8六角 △7九玉 ▲9七角 △8九玉


まで150手で磯前の勝ち

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