40手目 高校生女子の部A1回戦 月代vs裏見(2)
パシリ!
駒音高く、私は金を叩いた。
同金は4八角だから、取れませんよ。
月代さんもそれは分かってるから、6八金。
ここで5三銀……じゃないか。それは5四桂、同銀、同馬がある。
「7一玉」
私は、王様を早逃げした。
1一馬、5三銀。これで、囲いの差は歴然。私のほうがいい。
3六飛(次に5七金の狙いね)、5八金。私は先手陣に絡みついた。
「5九歩」
くッ、これは手筋。
同金、5七金、3三歩。
月代さんの棋風なら、3一飛成かと思いきや、違ったわね。
そこまでメチャクチャな攻め将棋じゃ、ないってことか。
それとも、なにかイヤな筋がみえてた?
「1二飛」
ああ、そっか、飛車打ちもあるのか。攻められているのに変わりはない。
なるべく、最速の攻めをしないといけないわね。
普通なら……普通なら、4八角かしら? ただ、5八歩で簡単に受かる。
そこで継続手を……4五銀とか? 1六飛、5六歩、4六金、同銀、同飛、5七歩成、同歩、5七角成。これは、次の4二飛成行、同銀、同飛成の2枚換えが、成立してるかどうか次第ね。さすがに、飛車を入手したら、先手玉は寄るような……2八飛……6八香、同馬、同銀、8八金、7七玉(同玉は6八龍、7八合駒、7九銀以下の詰み)……ん? 駒が足りない?
4八角は、ダメかもしれない。もっと厳しく……ピッ。
私は顔をあげて、チェスクロをみた。
うわッ! もう30秒将棋になってるッ!
いい手、なにかいい手……駒が足りないなら、もっと堅実にいかないと……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
あんまり深く読んでないけど、さっきの順の応用。角と銀の順を入れ替える。
3五飛なら、5六歩、4五飛、5七歩成として、と金の拠点が残る。
「こ、これは……?」
月代さんは、まったく読みに入っていなかったのか、目を白黒させた。
ピッ。彼女も30秒将棋。
「このまま3三馬? でも、清算したあとが……」
それも怖い。3三馬、3六銀、4二馬、同銀、同飛成は、こっちが飛車得なんだけど、金銀を持ってないから、受けるのがむずかしい。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「1六飛ッ!」
ふわあッ!? そっちッ!?
これは……5六歩の防止か。受けたわけね。
5六歩とはできないから、どこかに角を……4九? これが飛車当たりだ。
2六飛と逃げて……まさか、6六に逃げたりはしないわよね?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
私は、4九角と打った。
2六飛に3八角成。ぼんやりしてるようだけど、次に4八馬だ。
「ご、5六金」
月代さんは、両取りを回避した。
しかーし、これなら4五銀を打った甲斐があるわ。
同……待った。同銀? もっといい手はないかしら。例えば、馬を寄って……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4八馬」
1六飛、5六銀、同飛。
よし、0手で馬を4八に移動できたわ。ナイス。
「5七金」
私は力強く、金を張り付けた。
4六飛、4五歩、同飛、4四歩、4六飛、5八馬。
私は優勢を確信する。歩が足りて助かったパターンだ。
月代さんは29秒まで考えて、5四歩。これは無視。
6九金、5三歩成、6七馬、8八玉、7九金、同玉、6八金、8八玉。
おたがいに、指し手は速い。月代さんも、ほぼノータイム。
「7八馬」
「9八玉」
「8八銀」
必至の手前まで追い込んだ。
9六歩は8九馬、8六歩は8九銀不成で詰み。回避するには7九金があるけど、それは同金と取って、必至が完成する。
私は背筋を伸ばして、月代さんの投了を待った。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「負けました」
月代さんは、頭をさげた。
「ありがとうございました」
私も一礼する。3人のなかで、一番早く終わったわね。90手くらい?
月代さんは、ちょっとななめに傾いて、下唇を口のなかに巻き込んだ。
納得がいかないようだ。まあ、飛車金交換からの完勝だからね。
「……3五飛と浮いたほうが、よかったですか?」
月代さんのひとことで、感想戦が始まった。局面をもどす。
「5六歩の予定だったけど……」
私は手元の歩をつまんで、小考した。そして、5六歩にパシリと打つ。
「これがイヤで、本譜は3五飛を見送りました。でも、本譜もひどかったですね」
「私も読み切れてたわけじゃないから、どっちもイヤかな。ただ、今になってみると、5六歩、4五飛、5七歩成の次に、3四角〜6七と、あるいは6七角成があるから、私のほうがいいと思う」
「あ、そっちですか。私は4五飛に4四歩があるんで、切っちゃいました」
4五飛、4四歩? ……4六飛、5七歩成ってことか。
「でも、それは4四歩に5五飛って逃げるんじゃない?」
「ああ……たしかに、5七歩成、同飛ですか。と金は残らないですね」
「4八角、5六飛、5七金……これはちょっと、私が悪いわね。4八が生角だから。4四歩とムリしないで、すぐに5七歩成でいいと思うわ」
だんだん、分かってきたわよ。あの時点で、私が有利だったみたい。
「3三歩と止められるまえに、飛車を成っといたほうがよかったですか?」
私たちは、さらに局面を巻き戻した。
私は黙って、5八歩成とする。月代さんは、6六馬と退却した。
「んー、そういう手があるのか……」
私は6八と、同銀、6九角、7七玉、7八金まで進めた。
「……これもダメみたいですね」
「即寄りはないけど、6八の銀も拾えるし、こっちが鉄板ね」
「もしかして、5六飛って罠でした?」
いいえ、読み抜けです。
「あれはちょっと、うっかりかな」
「飛車を切られてから、金で絡まれるまで、手数がほとんどないんですよね……」
えーと、何手かしら。5六飛、6五角、5八飛成、同金、6三歩、5三歩、4二金、5四角、6四歩、2一角成、5七歩、6八金、7一玉、1一馬、5三銀、3六飛、5八金……17手しかないのか。
「軌道修正できそうなのは、4二金のところかしら」
「2二飛ですか?」
局面をもどした月代さんは、ぴしゃりと飛車を打った。
これねぇ……自分で提案してみたものの……。
「対局中に読んでたのは、4一に底歩を打って、2一飛成、6四歩」
「はい、私もその順です。先手が悪いと思いました」
ふむ……軌道修正が効かないわね。もしかして、終始、私が有利だった?
「これがダメなら、もう6三歩に7五銀と引くしかないです」
「引かれたら……3三桂かな」
振り飛車の左桂跳ねは、ほんとにキモチがいい。
「3一飛、4五桂、3六飛成とか、するかもしれません」
えぇ……それはどうなの……悲観し過ぎじゃないかなぁ。
「負けました」
あ、乃々村さんが負けた。
ここは予想通りだから、しょうがないか。
「ほかに、なにかある?」
月代さんは、すこしだけ考えこんだ。
「……ちょっと気になったんですけど、5七歩に手抜くのはありですか?」
5七歩? それって……。
「金の頭を叩いたところ?」
「はい、そこで5四桂をちらっと考えて……」
月代さんは局面をもどして、迷いながら5四桂と打った。
……ん、これは厳しいわね。
「7一玉、6八金、5三金?」
「はい、そのとき、形が悪いのかいいのか、よく分からなくて……」
「んー、ちょっと私の方がイヤかな……」
5三金型よりは、5三銀型のほうが、いいもの。
2二飛と打たれたとき、5二歩と打てないのも困る。
「これがあるなら、6四歩じゃなくて5七歩のほうが先だったわね」
私は、手順前後を認めた。月代さんは、ウーンとうしろに仰け反った。
「こっちにしとけばよかったですね……本譜は自分から悪くしてます」
いやはや、結果は完勝だったけど、内容は反省点が多いわ。
「ほかには、まだある?」
「いえ、ないです」
じゃあ、感想戦はお開きにして、仲間の応援でもしますか。
「それじゃ、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
私たちは一礼して、3番席に向かった。
【先手:南海朱美 後手:渋川みどり】
ほほぉ、こうなってるんですか。
これは南海さん勝勢。入玉が確定してるうえに、渋川さんは身動きが取れない。
いつ投了しても、おかしくない局面だけど……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「さ、3二銀……ッ!」
受けましたか。でも、これはさすがにムリでしょ。
2二角成(強い)、同玉、4二飛。
これがあるから、4一銀とできないのよねぇ。王手放置になっちゃう。
3一角は、同龍、同玉、4一金、同銀、2二金まで。詰み。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「に、2四歩……ッ!」
がんばりますね。これには、ああして、こうして……。
「3二龍ッ!」
切ったわね。さすがは南海さん、読み切り。
「ど、同金……ッ!」
同飛成、同玉、4二桂成、2二玉(同玉は4三金、3一玉、3二金打まで、2三玉は1五桂、1四玉、2三銀、1五玉、1六金まで)、3二金、2三玉、1五桂、1四玉、2三銀、1五玉、1六金。
頭金まで指しましたか。いかにも団体戦らしい。
「ま、負けました……ッ」
「ありがとうございました」
一礼して、終了。チームも勝ち、と。
「途中、むずかしくなかった?」
勝者から感想戦を始めるスタイル。
「な、7六玉と上がられたときは、もうダメだと思った……ッ」
「まあ、かなり早くから入玉確定してたからね。検討するならもっと前っしょ」
ふたりはそう言って、局面をもどした。
えぇ……中盤なのに入玉模様……実は南海さん、入玉派だった……?
「ろ、6二飛よね……ッ」
渋川さんは、飛車を逃げた。当たり前。
「ここ、時間使いたかったんだけどねぇ……」
南海さんは、5三歩と打ち込んだ。本譜の進行かしら。
「な、なにかあると思ったんだけど……ッ」
「6六金、同銀のあと、すぐ5九角と打ったら?」
さくさくと駒が動く。
「こ、こんなの絶対足りてないと思うんだけど……ッ」
「4七飛、6五歩、同銀引、4五銀、同歩、8六角成は?」
「は、8七歩に5三馬……ッ?」
「そんな感じ」
「よ、4四銀が厳し過ぎるわ……ッ」
私も、そう思う。これは、渋川さんの言ってることが正しそう。
南海さんは背筋を伸ばすと、前髪を左右に分けながら、ため息を漏らした。
「うーん、そっかぁ……正直、30秒将棋で、全然分かんなかったんだよね」
「た、短時間で入玉されると、ほんとキツいわ……ッ」
でしょうね。60秒あっても、わけわかんなくなるのに。
「も、もうちょっと前じゃないと、軌道修正できない……ッ」
「どのへんかな? 5六銀って打ち込んだあたり?」
感想戦を続けるなか、アナウンスが入った。
《試合開始から、70分が経過しました。ただいまより、5分切れ負けになります。最寄りのスタッフの指示にしたがってください》
どこか残ってる? ……男子が1箇所だけ残ってるわね。
ということは、あと10分で必ず決着がつくということだ。
私がそんなことを考えていると、見慣れた面子が視界に入った。
「裏見先輩、おはようございますッ!」
「おはようございまぁす」
「おはようございます」
箕辺くん、葛城くん、佐伯くん。
「おはよ、みんなも参加してるの?」
「はい、Bクラスに『駒桜市幹事会』で出てます」
と箕辺くん。
なるほど、いつもの面子から、捨神くんアウトの佐伯くんインってことか。
箕辺くんはデニムジーンズに黄色い長袖シャツ、葛城くんは、短パンに花柄サンダルで、うえはピンクのカーディガン、佐伯くんはタキシード。服装がバラバラ。特に葛城くんは、女の子にしかみえない。
「ちゃんと勝ってる?」
「1回戦は3−0でぇす」
あら、やるじゃない。
「……あれ? 箕辺くんと葛城くんって、県大会に出たことなかった?」
「あれは団体戦ですよ。引っかかるのは個人戦だけです」
そういうことか。レギュレーション真面目に読んでないのがバレてしまった。
「ほかに、駒桜からだれか出てる?」
「高校は、古谷、新巻、五見がいました。中学も、多喜とか内木とか……」
「たっちゃんの妹も来てまぁす」
葛城くんの発言に、箕辺くんはデレた。
「ええ、妹も来てるんですよ」
「妹さんいるの?」
「はい、今年で中2です。俺と違って、市代表経験者なんです」
ほぉ、それはまた凄い。兄より優れた妹ですね。
《ただいま、全試合が終了しました。5分後に2回戦を始めます》
おっと、ようやく終わりましたか。
これ、スケジュールがキツキツだから、長引くと休憩できないわね。
「それじゃ、裏見先輩、がんばってください」
「箕辺くんたちもね。また、お昼にでも会いましょ」
場所:ジャビスコこども将棋祭り 高校生女子の部Aクラス 1回戦
先手:月代 晶子
後手:裏見 香子
戦型:右銀急戦
▲2六歩 △3四歩 ▲7六歩 △4四歩 ▲2五歩 △3三角
▲4八銀 △4二飛 ▲6八玉 △9四歩 ▲7八玉 △7二銀
▲5六歩 △5二金左 ▲5八金右 △6四歩 ▲5七銀 △3二銀
▲3六歩 △6二玉 ▲3五歩 △同 歩 ▲4六銀 △3六歩
▲2六飛 △4五歩 ▲5五銀 △5四歩 ▲6四銀 △4六歩
▲同 歩 △同 飛 ▲4七歩 △5六飛 ▲3三角成 △同 銀
▲3五角 △4四角 ▲同 角 △同 銀 ▲6五角 △5八飛成
▲同 金 △6三歩 ▲5三歩 △4二金 ▲5四角 △6四歩
▲2一角成 △5七歩 ▲6八金 △7一玉 ▲1一馬 △5三銀
▲3六飛 △5八金 ▲5九歩 △同 金 ▲5七金 △3三歩
▲1二飛 △4五銀 ▲1六飛 △4九角 ▲2六飛 △3八角成
▲5六金 △4八馬 ▲1六飛 △5六銀 ▲同 飛 △5七金
▲4六飛 △4五歩 ▲同 飛 △4四歩 ▲4六飛 △5八馬
▲5四歩 △6九金 ▲5三歩成 △6七馬 ▲8八玉 △7九金
▲同 玉 △6八金 ▲8八玉 △7八馬 ▲9八玉 △8八銀
まで90手で裏見の勝ち




