表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
519/682

507手目 クッキング

※ここからは、長尾ながおくん視点です。女子15回戦になります。

 こんにちは、長尾ながおあきらだよ。

 昨日出した僕のチョコレートケーキ、みんな食べてくれたかな。

 男子は13回戦を終えて終了、だったんだけど──

「えー、阿南あなん是靖これやすです。女子第15回戦をお送りします」

 是靖はマイクで勝手にしゃべって、それから話を振ってきた。

「どうでしょう、解説の長尾さん?」

「え、その……これ僕たちが勝手に解説しちゃ、マズいんじゃない?」

「なんで? ここの席空いてたよ?」

 そ、そういう問題なのかな。

 男子が終わったから、解散した席はあるっぽい。

 っていうかたぶん、そのひとつがここ。

 椅子が温かいから。

 是靖はタブレットのボタンをいじって、スタッフルームにつなげた。

「もしもーし、これ僕たちが解説しちゃダメなんですか?」

《謝礼が出なくてもよろしければ、オッケーです》

 い、いいんだ。そりゃ、現場判断からするとそうか。

 タダ働きになってしまった。 

「さて、では気をとりなおして……解説の長尾さん、いかがですか?」

「うーんと……女子は今、どうなってるんだっけ?」

 この【成績】っていうボタンを押せばいいのかな。


1位 鬼首  12勝2敗

   萩尾  12勝2敗

3位 磯前  10勝4敗

   大谷  10勝4敗

   温田  10勝4敗

   桐野  10勝4敗

   早乙女 10勝4敗

8位 剣    9勝5敗

 

 すっごい団子。

 男子のほうが上位はしぼられてきている。

 是靖は、

「これってのこり3試合だから、あざみちゃんともえちゃんには、決勝進出確定の芽があるんじゃないかな? ここで勝てば決まりっぽくない?」

 と言った。

 僕はのこりの当たりも確認した。

「……いや、勝っただけじゃ、決まらないね」


1位 鬼首 13-4 西野辺○ 早乙女● 大谷●

   萩尾 13-4 早乙女○ 長門● 二階堂(亜)●

   磯前 13-4 剣○ 温田○ 西野辺○

   大谷 13-4 宇和島○ 西野辺○ 鬼首○

   桐野 13-4 那賀○ 剣○ 梨元○

6位 温田 12-5 梨元○ 磯前● 剣○

   早乙女 12-5 萩尾● 鬼首○ 宇和島○


「このパターンがあるから、鬼首おにこうべさんと萩尾はぎおさんは、自分が勝って、かつ、10勝4敗のうち3人以上が負けて順位を落とす、っていう条件だと思う」

「なーるほど、ってことは女子も決まらない可能性があるな」

「のこりの対局を見ると、つるぎさんと西野辺にしのべさんがキーパーソンなんだよね。ふたりとも上位陣とのみ対局を残してるから。剣さんはまだギリギリ芽があるし、がんばるんじゃないかな」

 西野辺さんはもうムリだけど、手抜きはしないと思う。

 是靖はパンと手をたたいて、

「じゃ、みかんちゃんのところ観よう」

 と言った。

 E媛県勢だから、そうなるか。

 僕はちがうけど。

 えーと、これってどうやって操作すればいいんだろ。

 適当に押していると、UIがよかったので目当ての画面まで進んだ。


【先手:梨元なしもと真沙子まさこ(T取県) 後手:温田おんだみかん(E媛県)】

挿絵(By みてみん)


 うわぁ、相振りかぁ。

 棋譜を確認。初手から7八飛、1四歩、1六歩、4二銀、7六歩、5四歩、7五歩、5三銀、7六飛。おたがいに相振り決め打ちの進行だ。

 是靖は、

「4四角~2二飛で、2筋に振りたいよねぇ」

 とコメント。

 僕もあいづちを打つ。

「相三間より、そっちのほうがいいね」

 3四歩、7七桂、4四角、4八玉、2二飛。

 予想通り。

 3八玉、2四歩、9六歩、2五歩、2八銀。


挿絵(By みてみん)


 僕は、

「先手、金無双っぽい?」

 とつぶやいた。

 是靖は、

「2六歩~2七歩成を許容して、同銀から組み替えってできないの?」

 とたずねた。

「そういう手もあるけど、そもそも2六歩って突かなくない?」

「あ、そっか、飛車の横利きがあるんだな。じゃあ金無双か」

 是靖は居飛車党だから、こういう局面にはならないんだよね。

 僕は振り飛車党だから、僕のほうが慣れてるかも。

 7二金、6八銀、6二銀、5八金左、6一玉。


挿絵(By みてみん)


「解説の長尾さん、ここはひとつ、お得意の分野を」

 あ、やっぱり僕に全振りか。

 しょうがないなあ。

「そうだね、まずは……」

「昨日のチョコレートケーキの作り方とか」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え?

「しょ、将棋の話をしたほうが、よくない?」

「なんで? 天才高校生料理家の話、みんな聞きたいよ?」

 そ、そういう呼び方はしないで欲しい。

 あとで料理学校の先輩にからかわれる。

「ふつうのチョコレートケーキだよ」

「でも手作りなんでしょ? しかもハイカカオだったよね?」

 おっと、さすがは是靖。

「よくわかったね。ラム酒はみんな気づいてたけど」

「ちなみにカカオ70%でしょ? 80だとあの甘さは出ないね。しかもバター抜き。食後に重すぎないことと、カロリーに気配りしたのかな。あと、なにか隠し味が入ってた感じがする」

 いやあ、そこまで分かってもらえるなんて、料理人冥利につきる。

 僕はテーブルのうえで手を組んで、解説を始めた。

「チョコはエンデンジャードスピーシーズチョコレートのカカオ72%だよ。このブランドは、収益の一部を自然保護活動に使っているんだ。料理は美味しさをなによりも追求するけど、これからは地球環境や健康にも配慮する必要があると思う。これにミルクココアを少量混ぜて、あるものを生地に練り込んだんだ。さて、なんでしょう?」

「んー、ヒント」

「日本人がよく食べてるものだよ」

 是靖はくちびるにゆびをそえて、考え込んだ。

 昨日の味を思い出してるのかな。

「……米粉?」

「米粉だと、もうちょっとパサッとした感じになるかな」

「そういえば、米粉クッキーは食べさせてもらったな……あ、わかった。豆腐」

 正解。

「チョコ100gにつき豆腐100gが入ってる」

「なるほどね。ところで、この局面ってどうなってるの?」


挿絵(By みてみん)


 あれ、いつの間に。

 えーと、1七銀、9四歩、2八玉、3三桂、3八金、1二飛、5六歩、5二飛、4八金左、7一玉、6六歩、3五角か。

 とりあえずコメントしておく。

「先手は5七銀って上がるんじゃない?」

「それしかないよね。じゃあそのあとは?」

 僕はちょっとばかり考える。

「……30秒の練習将棋なら、1七角成」

「アハハ、同意。だけど練習将棋じゃないんだな、これ」

「うん、というわけで、安全策なら4四銀。攻めるなら5五歩」

 4四銀に4六銀なら、1七角成、同玉と進めて、そこで1五歩と突く手が成立すると思う。後手は4四の銀が、いいところに陣取っている。これを嫌うなら、先手は4六銀のところで6五桂と跳ねるだろう。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 以下、5五歩、同歩、同飛、5六歩、5四飛といったん収める。

 ところが是靖は、ちょっと意見が違っていて、

「2二飛ってダメなの?」

 と訊いてきた。

「2二飛……アリかな。その場合、先手は6五歩でゆるく指すと思う」

「どっちにしろ先手に先攻されるか」


 パシリ


 あ、指した。5七銀。

 温田さんは、すこし考えて5五歩。

 是靖はこれを見て、

「みかんちゃん、過激だね」

 と言った。

「進行次第では、さっきの順と合流するかも。同歩、4四銀とか」

 ところがこの予想は外れた。

 梨元さんは5五同歩とせずに、いきなり4六銀。

 以下、同角、同歩、5六歩、6五桂の殴り合いになった。


挿絵(By みてみん)


 是靖は楽しそうに、

「こういうほうが、観てる分にはおもしろいな。6四銀に、先手どうする?」

 とたずねた。

「んー、7九角?」

「角引き? そこから発展できなくない?」

「7九角は、角を使う手じゃなくて、他を動かせないからだよ」

 なるほどと、是靖は納得した。

「たしかに動かす駒がないか」

 これは当たった。

 6四銀、7九角、4二金、7四歩、8五銀。

 すごい展開になってきた。 

「彰、どっちを持つ?」

「後手」

「優勢?」

「やや有利くらいかな。7三歩成、7六銀、6二との取り合いは、ほぼ互角」


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 これも外れるか。

 僕は、

「先手ひよった感あるね」

 とコメントした。

 是靖は、

「真沙子ちゃん、いざというときピヨピヨだからなあ」

 と笑った。

 是靖もけっこうピヨピヨなタイプだと思う。

 後手は7四銀と引いた。ここの歩が消えるのは痛い。

 はっきり後手持ちになった印象。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 おっと?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ