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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
518/681

506手目 詰み逃し

※ここからは、魚住うおずみくん視点です。

挿絵(By みてみん)


 あわわわ、すばるくん、がんばって。

 少名すくなくんの攻めは切れたけど、まだ後手がいいよ。

 おいらは念のため、相方の将棋仮面さんに、

「どっちがいいと思いますか?」

 とたずねた。

「後手だ」

 うーん、ですよね。

 昴くん、どうしちゃったんだろう。なんだか調子が悪いようにみえる。

 もしかして風邪ひいちゃったのかな。ホテルはエアコンが効いてるし。

 おろおろするおいらをよそに、将棋仮面さんは解説を続けた。

「後手はまだ手がついていない。先手は攻める必要がある」

「7四桂ですか?」

「7四桂は第一候補だが、7二香の打ち返しがそこそこ厳しい」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「かと言って飛車をおろすと、先に7二香と手を打たれて、7四桂ができなくなる」

 だね。こうなると7四桂しかないっぽい。

 本譜も1分の小考で7四桂。

 少名くんは7二香。

 6二桂成、同金、9五歩。


挿絵(By みてみん)


 ん? これはなに? ……同歩に9四桂かな。

 少名くんはすぐに取った。昴くんは長考。

「これって9四桂ですかね?」

「4一飛もあるのではないか。5一角と引っかけるのもアリだ」

 なるほどね、飛車はこのタイミングで下ろしたいかも。

 5一だと6一金打が飛車当たりになっちゃうから、打つなら4一。

 おいらは、

「4一飛、6一金打と使わせたら、9五香で両サイドからイケますね」

 とコメントした。

 以下、5四歩と5筋から攻めてもいいし、そこで9四桂と置いてもいい。

 だけど、将棋仮面さんは意見がちがっていた。

「個人的には、すぐに9四桂が最善だと思う」

「え、なんでですか? 9四桂単体だと、攻めが弱くありません?」

「4一飛も5一歩、同飛成、6一金打として弾く順がある。もちろん取らなければよいのだが、そこで先手の指し手がむずかしい。9四桂、9六歩、8二桂成、同玉としても、次の手がない」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「それって最初から9四桂でも、いっしょじゃないですか?」

「飛車を温存しておけば、打つ場所はほかにもできる。先に手放すと固定されてしまう」

 うーん、高度過ぎて、おいらにはよくわからない。

「いずれにせよ、ここで最後の長考だろう。時間がない」

 えーと、先手は5分、後手は2分。

 昴くん、もうちょっと使ってもよかったと思うんだけどなあ。

 時間残して悪くしたら意味がないよ。


 パシリ


 あ、9四桂だった。こっちのほうがいいのか。

 しかもそこまで長考じゃなかった。

「8五桂と捨てて、9四香と走る順がありますけど」

 おいらの指摘に、将棋仮面さんは、

「いや、それはムリだ。8五同歩とせずに、9五香でいい。7七桂成とされても、8二桂成、同玉、9二香成のほうが速い」

 と答えた。

 あ、そっか、取らなきゃいいのか。

「すみません、おいらの勘違いです。だったら9六歩が第一感ですね」

「9六歩、8二桂成、同玉のあとが問題だ。ここでなにかひねり出さないと厳しい」

 うーん、おいらは真剣に考える。

 少名くんも時間がないから、答えが出るまえに9六歩が入った。

 昴くんの腕が、天井カメラに映った。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 え? こんな手があるの?

 おいらは混乱した。全然考えていなかったからだ。

 将棋仮面さんも、腕組みをしてじっとタブレットを見ていた。

「……アリだな」

「好手ですか?」

「なんとも言えない。残り時間のない後手が、対応できるかどうかだ」

 少名くん、悪いけどまちがって。

 対局者カメラの少名くんも、けっこうあせってる感じがした。


 ピッ


 1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 6一金打。無難。

 昴くんは30秒ほど考えて、9八銀と打った。

「今のところ、9六角がなかったですか?」

「9六角は危ない。8五桂、同角、7八金がある」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「9七桂の打ち込みを考えても、受けたのは一理ある」

 そっか、9五香とできないから、こんどは8五桂が成立するんだね。

 でもなあ、9八に銀を使っちゃったら、後手を寄せられないかも。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 少名くんは9七香。突っ込んだ。

 8二桂成、同玉、9四歩、9八香成、同玉、9七桂。


挿絵(By みてみん)


 詰めろがかかっちゃった。昴くんも1分将棋になっている。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 昴くんは7九香。

 8九桂成、同玉、6五桂。

 厳しい桂打ち。

 もう攻め合うしかないっぽい。

 昴くんは9三歩成、同香、9六角。


挿絵(By みてみん)


 え? 角の串刺しになったよ?

 少名くん、硬直。

 将棋仮面さんの目が光った。

「……罠だ。9五香は詰む」

 詰むの? ……あ、そっか、9四桂に7三玉と上がれないんだ。8二銀、8四玉、7四飛で詰んじゃう。でも9二玉なら? 9三歩、同玉、8二銀、8四玉……やっぱり7四飛があるッ! 同香、8五歩、9四玉、8六桂までだ。11手詰み。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 だぁあああああ、引っかかってくれない。

 将棋仮面さんは、お面の位置をなおした。

「先手が厳しい。少名くんがまちがえるのを祈るしかない状況だ」

 まちがえて、お願いします。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 昴くんは9八玉。

 少名くんは8四銀。受けた。

 8五桂、同銀、同角。

「……先手詰んだのではないか?」

「ほんとですかッ!?」

「9五香になにを打っても詰んでいるようにみえるが……いや、桂合いなら受かるか?」

 将棋仮面さんは、ああでもないこうでもないと言い出した。

 おいらには詰みが見えない。

 少名くんが詰みを見つけたような気配も、画面からはしなかった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


 9五香。詰まないで。

「うーむ、歩合いは簡単なのだが、桂合いがわからない……」

「それは詰まないって言うんですよ」

「いや、しかし詰む気配が……」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


 9六桂、同香、9七銀打。

 銀合い? 歩合いじゃダメだった?

 昴くんが指したのと同時に、将棋仮面さんはゆびを鳴らした。

「やれやれ、私としたことが……8九銀、8七玉に6九角で詰む。9七銀合は最善だが、5三の金と5七の成香のコンビネーションでサンドイッチにできる」

 えぇえええええええええッ!


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


「「!」」

 同香成? 将棋仮面さんの言ってた順じゃなかった。

「これでも詰むんですか?」

「……すこし待ってくれ。考えなおす」

 1分将棋なうえに、昴くんはノータイム指し。

 答えが出るまえに進んだ。

 同玉、9六歩、同玉、9五歩、8七玉。

「……マズいな。9六同角なら詰まなかったが、この順は詰む」

 えぇえええええええええッ!

「駒を有効に打てる場所がなくないですか?」

「7八銀捨がある。同香、9八角として、9七玉以下だ」

 うわあああん、少名くん、見落として。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 見落としたッ!

「ハラハラする終盤になった。しかしまだ後手がいい」

 少名くん、もしかして詰ませに行ってないのかな。

 詰みが見えてなくても、詰めろをかける努力くらいはするよね。

 昴くんもノータイム指しをやめた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 9四歩。

 少名くんは8一桂と受けた。

 もうこれは明らかにアレ。

「後手、うっかり負けの回避に入ってません?」

「そのようだ。先手にも多少のアヤができた」

 昴くん、チャンス。

 9三銀、同桂、同歩成、同銀、7五香。

 少名くん、優勢なのに苦しそう。頭をかいたり顔をしかめたり、動作が多い。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 攻めた。

「これは詰まないですよね?」

「さっきの詰み筋は消えている」

 よかった。

 あとはなんとかして、後手玉に食らいつかないと。がんばれ。

 7八桂、9六銀、同角、同歩、8五歩。

「むッ、8五歩は詰むぞ」

 えぇえええええええええッ!

 本局3度目の悲鳴。

 ところが、将棋仮面さんは冷静になって、

「待てよ……わざとか?」

 とつぶやいた。

「わざと?」

「後手が詰みを読まないから、詰む順に逃げても問題ないと思っているのでは?」

 そ、そんなのある? 合理的だけどさ。

 実戦でやったらクソ度胸だよ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 あ、ほんとに詰ませに来ない。

 これはもう、詰みを読もうとしていないとしか思えない。

 さっきの局面、詰まそうと思えば第一感で8六銀だもんね。

 昴くんは先に8六銀と打った。

 8九桂成、9六玉、8八成桂、9七飛。

 ああ、逆転の芽がなくなる。

 6八角、7二香成、同金上、8七香、8六桂、9五歩。

 少名くんの表情が晴れた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ダメだね。

 詰むとか詰まないとかじゃなくて、どうしようもなくなった。

 昴くんは目を閉じた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 天井カメラに後頭部が映って、終了。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………3連敗しちゃった。ショック。

 感想戦はほとんどなくて、すぐにインタビュータイムになった。

 まずは勝者の少名くんから。

《もしもし、おつかれさん》

 将棋仮面さんに出てもらう。

「もしもし、おつかれさまだ。最後はずいぶんと慎重に指したのだね」

《見苦しいけど勝ちやすいほう、って感じ》

「それも立派な戦略だ。6一金打と手堅く打ったのが、最後まで効いたな」

《7三歩も考えた。でも王様が窮屈になるからやめた》

「なるほど……魚住くん、どうだね?」

 おいらはすこし考えて、

「102手目に8七角成ってしたところ、あるよね?」

 とたずねた。

《手数はわかんないが、成ったのは覚えてる》

「あそこで同角に9五歩って突く手はなかった?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「同香なら9七歩、同飛、9六歩で、後手の攻めは続いたんじゃないかな?」

 少名くんは30秒ほど考えて、

「あるかもしれない。っていうか、あそこは俺が間違えた。攻めが切れたからな」

 と答えた。

 おいらの考えだと、8七飛に9七金で、上から圧殺できそうなんだよね。

 ただ少名くんは疲れてるみたいだし、具体的な検討は見送った。

 次に昴くん。

《もしもし》

 また将棋仮面さんから。

「もしもし、おつかれさま。最後はなかなかの粘りだった」

《詰み逃しがあっても、反攻の取っ掛かりがなかったのでダメでしたね》

「私も飛車の温存がいいと判断していたが、受けに使う展開になったのは残念だ。早めに打っておく手もあったということだろうか……魚住くん、どうだね?」

 おいらはマイクを引く。

 んー、どう切り出そうか。

「おつかれさま。予選リーグは明日が最終日だし、今日はゆっくり休んでね」

《ありがとう。そうするよ》

 インタビューは終わった。

 おいらはヘッドセットをはずして、大きく息をついた。

「はぁ……将棋仮面さん、おつかれさまです」

「おつかれ。きみもゆっくり休むといい。今日は夕食会もなにもない」

「将棋仮面さん、すごく元気ですね。ふだん鍛えてるんですか?」

「ヒーローは体力に自信がある……と、女子はもう1回戦あるな。それも観て行くか。ではCM」

場所:第10回日日杯 3日目 男子の部 13回戦

先手:六連 昴

後手:少名 光彦

戦型:先手居飛車穴熊vs後手振り飛車穴熊


▲2六歩 △3四歩 ▲2五歩 △3三角 ▲7六歩 △2二飛

▲3三角成 △同 桂 ▲9六歩 △4二銀 ▲6八玉 △6二玉

▲7八銀 △7二玉 ▲7九玉 △8二玉 ▲9五歩 △5四歩

▲4八銀 △5三銀 ▲5八金右 △9二香 ▲5九銀 △9一玉

▲6八銀 △8二銀 ▲7七銀右 △7一金 ▲8六歩 △5二金

▲8八玉 △7四歩 ▲8七銀 △6四歩 ▲7八金 △6三金

▲6八金右 △5五歩 ▲9八香 △6二銀 ▲2六飛 △4五桂

▲3三角 △5二飛 ▲4六飛 △5七桂成 ▲同 金 △5三飛

▲1一角成 △3五角 ▲9六香打 △5六歩 ▲同 金 △4六角

▲同 金 △5九飛成 ▲9九玉 △4九飛 ▲8八金 △2九飛成

▲6八角 △6九龍 ▲5三歩 △同 金 ▲5六金 △8四桂

▲1三角成 △5九龍左 ▲5七馬 △9六桂 ▲同 香 △5五歩

▲同 馬 △5四香 ▲4六馬引 △5六香 ▲6八馬 △同龍左

▲同 馬 △同 龍 ▲同 銀 △5八香成 ▲7七銀 △6九角

▲9四歩 △同 歩 ▲9三歩 △同 桂 ▲6六桂 △8七角成

▲同 金 △6九角 ▲9八角 △7八銀 ▲8八飛 △8七銀成

▲同 角 △同角成 ▲同 飛 △6九角 ▲9八角 △8七角成

▲同 角 △5九飛 ▲8八銀打 △1九飛成 ▲7四桂 △7二香

▲6二桂成 △同 金 ▲9五歩 △同 歩 ▲9四桂 △9六歩

▲9五角 △6一金打 ▲9八銀 △9七香 ▲8二桂成 △同 玉

▲9四歩 △9八香成 ▲同 玉 △9七桂 ▲7九香 △8九桂成

▲同 玉 △6五桂 ▲9三歩成 △同 香 ▲9六角 △7七桂不成

▲9八玉 △8四銀 ▲8五桂 △同 銀 ▲同 角 △9五香

▲9六桂 △同 香 ▲9七銀打 △同香成 ▲同 玉 △9六歩

▲同 玉 △9五歩 ▲8七玉 △8四銀 ▲9四歩 △8一桂

▲9三銀 △同 桂 ▲同歩成 △同 銀 ▲7五香 △6九角

▲7八桂 △9六銀 ▲同 角 △同 歩 ▲8五歩 △9四桂

▲8六銀 △8九桂成 ▲9六玉 △8八成桂 ▲9七飛 △6八角

▲7二香成 △同金上 ▲8七香 △8六桂 ▲9五歩 △9八桂成


まで174手で少名の勝ち

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