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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
516/682

504手目 ひとマスずれた銀

※ここからは、二階堂にかいどう早紀さきさん視点です。

 次は桃子ももこちゃん戦。いざ、尋常に勝負。

 桃子ちゃんは先に座って待っていた。

「よろしくぅ」

「よろしく頼む」

 着席──ちらり。桃子ちゃん、あいかわらず帯刀してるね。

 銃刀法違反だよ、銃刀法違反。

 まあそれはおいといて、振り駒。

 桃子ちゃんが振って、わたしが後手に。

《……対局準備はよろしいでしょうか?》

 はいはい。

《では、始めてください》

「よろしくお願いします」

 わたしは一礼して、チェスクロを押した。

 2六歩、3四歩、7六歩、4四歩、4八銀、3二銀、5八金、4三銀。

 序盤はさくさく行こうね。

 5六歩、9四歩、9六歩、7二銀。


挿絵(By みてみん)


 この手を見て、桃子ちゃんは手をとめた。

「なんだそれは? ……陽動振り飛車か?」

 もうバレちゃった。まあバレバレか。

 これこそ裏見うらみ香子きょうこをぎゃふんと言わせた戦法よ(大嘘)

 さすがに囃子原はやしばらグループでも、うちのうどん屋で指した対局*は調べてないでしょ。

 情報戦。

 桃子ちゃんは、ふんと鼻を鳴らした。

「刀のさびにしてくれる。2五歩」

 3三角、7八銀、6四歩、7九角、3二金、7七銀。

 これは振る筋もバレてるっぽい。

 6三銀、7八金、7四歩、6九玉、5四歩、3六歩。

「5二飛ッ!」


挿絵(By みてみん)


 陽動中飛車。

 桃子ちゃんは6六歩。

 あくまでもオーソドックスに指す方針のようだ。

 わたしはちゃっちゃと攻める。5五歩。

 以下、同歩、同飛、6七金右、6二玉、5六歩、5一飛と収まった。

「私も攻めよう。3五歩」

 んー、手順に反撃してきた。同歩、同角で、壁角を解消するわけだよね。

 まあこれはしょうがない。

 わたしは同歩、同角を許容して、そのまま7二玉と入った。

 桃子ちゃんは3七銀。これもかたちだね。

 7三桂、3六銀──うーん、理想形か。そろそろ打とう。

「3四歩」

 6八角、4二角。

 桃子ちゃんはさらに動いた。

「3五歩」


挿絵(By みてみん)


 これは取れない。ちょっと先手ペースになっちゃったかも。

 わたしは今後のことも含めて、1分ほど考えた。

「……8二玉」

 入っておこう。先手も6九玉じゃ、そこまで強く出られないと思う。

 この楽観は当たった。

 桃子ちゃんは3四歩、同銀まで決めて、いったん7九玉と入った。

 7二金、8八玉、8四歩。

「さすがに囲われてしまったが、それでもこちらが指しやすい。2四歩」


挿絵(By みてみん)


 ですよねえ。そこは反論できない。

 突破されないように指す。

 2四同歩、同角、3三桂、6八角、4三銀。

 ここで桃子ちゃんは3五銀。これが痛い。

 この銀がなきゃ、切れてるんだけどなあ。

 とりあえず手筋。3六歩。

 桃子ちゃんは2四歩と置いた。

「そっちか……」

 わたしはすこし姿勢をくずして、くちびるをなでた。

 2四銀もあるかな、と思った。それなら、わたしも止める自信があったんだよね。

 2四歩のほうが困る。

 一番無難なのは2二歩。ただ、2六飛と浮かれる順が気になった。


挿絵(By みてみん)


 (※図は二階堂早紀さんの脳内イメージです。)


 取られちゃうかな……回避する方法ってある?

 2二歩じゃなくて2一飛なら、2六飛~3六飛はないと思う。

 それに、2一飛なら3八飛もないしね。

 わたしは2一に飛車をスライドさせた。

 桃子ちゃんは、ふむ、とうなった。あっちはあっちで迷ってるみたい。

 桃子ちゃんは1分考えて、2六飛と浮いた。

 あれ? わたしの読みが外れた。もしかして3六飛って取れる?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………取れるかも。

 んー、ミスった。3筋に争点ができちゃった。

 悔やんでもしょうがないから、対応を考える。

 3筋の攻めが始まったら、こっちも攻めるしかない。

「……6五歩」


挿絵(By みてみん)


 攻める。

「その度胸は認めよう。しかしこちらのほうが速い。3六飛」

 3四歩、同銀、同銀、同飛。

 3四歩が手筋で、すこしは緩和されたはず。

 わたしは5八銀と打ち込んだ。

 桃子ちゃんは6五歩。金銀交換は歓迎らしい。

 では、取りまして。

 6七銀不成、同金、6五桂、6六銀、6四歩。

 桃子ちゃん、ここで小考。

 先手も方針が悩ましいと思うんだよね。

 のこり時間は、わたしが12分、桃子ちゃんが14分。

「……7七桂」


挿絵(By みてみん)


 過激。わたしも考慮時間を使った。

 同桂成とするか、それとも別の手を指すか。

 同桂成は、あんまりおもしろくないかな。

「5七歩」

 と金作りを目指す。

 桃子ちゃんは6五桂、同歩、同銀で、かなり際どい攻めをしてきた。

 いやあ、どうするかなあ。

 5八歩成でもいいし、7三桂で銀をいじめてもいい。

 あるいは4三金で飛車をいじめる。

 このままだとわたしの飛車、全然動けないんだよね。

「……4三金」

 飛車をどかせることに。

 桃子ちゃんの3五飛に、わたしは2四飛と飛び出した。

「6四歩」


挿絵(By みてみん)


 攻め合いになった。6筋のキズは、さっきから気にはなっていた。

 即潰れはないと思う、たぶん。

 同銀、同銀、同角。

 桃子ちゃんは5五銀で、角を追ってくる。

 馬を作って紐づけもできない。

 2九飛成で、いきなり寄ったりしない? 2九飛成、6四銀、8五桂とかさ。

 あ、3九歩があるからムリか。

 5五角は同飛でめちゃくちゃになるしなあ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………6六歩は?


挿絵(By みてみん)


 (※図は二階堂早紀さんの脳内イメージです。)


 この手、よくない? 同金なら2八飛成が先手になる。

 かと言って同銀もできない。

 わたしはこの手を深く読んだ。そして決断した。

「6六歩」

 チェスクロを押すと、桃子ちゃんはちらりと横を見た。

 脳内将棋盤かな? それともイヤな手だった? 後者っぽい気がする。

 わたしはとにかく続きを読んだ──悪くないと思う。

 後手がいいとは言えないけど、悪くはない。

 桃子ちゃんは8分を切るまで考えて、6四銀と取った。


挿絵(By みてみん)


 せ、攻め合い。もちろん読んである。

 わたしは6七歩成と成り込んだ。

 桃子ちゃんは8五桂と犠打を打って、同歩、同飛、8四歩、同飛、8三銀、8五飛。

 玉頭戦になった。歩切れが痛い。8四歩と収められない。

 悩ましい局面だ。気持ち的には踏み込みたい。

 わたしは1分ほど苦吟した。

 結論。もう決勝トーナメントの可能性はないんだし、守りに入る意味がない。

 突撃ィ! 6八と!

「腹をくくったか。5五角」

 ぐはぁ、これも痛い。

 わたしは6六桂、同角と捨ててから、7八と。

 桃子ちゃんはこれを同玉。

「6八金」


挿絵(By みてみん)


 これは同玉とできないでしょ。2八飛成があるから。

 桃子ちゃんもさすがに逃げた。7七玉。

 以下、6七金打、8六玉、6六金で、角を抜けた。

 桃子ちゃん、ここで最後の長考。寄せに来るはず。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 はい、これで寄ったらどうしようもない。

 わたしも長考。ただその大部分は、敵玉の寄せに使った。

 前のめりになって、小刻みに揺れながら考える。時間がもうちょっと欲しい。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「同金」

 同銀成、同玉、6三金。

 これだよねえ。飛車を成られちゃう。

 わたしは59秒ぎりぎりまで考えて、同玉とした。

「8三飛成」

 桃子ちゃんの王様も、逃げ道が広がった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


 7三桂、7五桂、5四玉、5五銀、6五玉、6六銀。

 入れそう?

 同玉、7三龍、6七玉。

 入れた。これは大きい。

 桃子ちゃん、ピーンチ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「8五玉」


挿絵(By みてみん)


 相入玉を目指してきた。

 わたしは59秒使って、9三銀と受けた。

 桃子ちゃんは8三桂成。

 ん? 桂成り?

 7五が空いたから2五飛が王手──あ、ちょっと待って、飛車の横利きがあったんだ。

 さっきまで忘れてた。これ使えない?

 ああしてこうして──


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「わかったッ! 7五金ッ!」


挿絵(By みてみん)


 どやぁ。本大会を通じて、会心の金捨て。

 桃子ちゃんの顔色も変わった。

「ま、まさか……」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 同歩、7六銀、7四玉、8五角、6四玉。

 わたしは4四の歩に手をかけた。

「4五歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 まさかの詰みぃ。

 桃子ちゃんは唖然としていた。

 ふッ、甘いわね、桃だけに、なんちゃって。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「わ、私の負けだ……」

「ありがとうございました」

 2一飛~2四飛が活きるとはね。世の中、わからないものだ。

 桃子ちゃんはしばらくのあいだ、ああでもないこうでもないと自問していた。

 感想戦が始まったのは、1分ほど過ぎた頃だった。

「……どこがおかしかった? 5五銀か?」

「6五銀のほうが、後手玉には近かったよね」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 指摘してみたけど、対局中は、べつに比較してなかった。

 わたしはこの場で考える。

「……やっぱり6六歩と打つかも。本譜と同じじゃない?」

 ところが桃子ちゃんは、全然ちがう結論を出した。

「いや、これなら同金とできる」

「え? ほんと? 2八飛成ってしちゃうよ?」

「2八飛成、3八歩のとき、後手は4二角とできない。5五銀の場合は、6六歩、同金、2八飛成、3八歩に4二角で、後手優勢だと読んでいた。だから6六同金としなかったのだ。6五銀の場合、4二角とはできない。7四銀で先手良しになる」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 ……ああ、なるほど、理解した。

「じゃあ5五銀が疑問手っぽいね」

「ヘタに1九角成を阻止したのがよくなかった。手拍子だった」

 むずかしいね、将棋って。

 そのあとわたしたちは、中盤を中心に調べた。

 かなり難解で、おたがいにいろいろ勘違いしていたことがわかった。

「まだ次があるし、これくらいにしよっか」

 わたしの提案で、おひらきになった。

 インタビューへ向かっていると、妹の亜紀あきと遭遇した。

「お姉ちゃん、どう?」

「勝ったよ」

 亜紀はびっくりした。

「え? 桃子ちゃんに勝ったの?」

 なによ、その反応。

「亜紀こそ、どうだったの?」

「んー、桐野きりの先輩に負けちゃった」

「これでわたしが4勝、亜紀が3勝。一歩リードね」

「はあ……そんな低レベルなこと言われてもね。おたがい負け越してるのに」

 こらぁ、なによ、その言い方はッ!

 あんただってどうせ気にしてるんでしょ。双子には分かるんだからね。

*15手目 陽動された讃岐うどん

https://ncode.syosetu.com/n2363cp/17/



場所:第10回日日杯 3日目 女子の部 14回戦

先手:剣 桃子

後手:二階堂 早紀

戦型:後手陽動振り飛車


▲2六歩 △3四歩 ▲7六歩 △4四歩 ▲4八銀 △3二銀

▲5八金右 △4三銀 ▲5六歩 △9四歩 ▲9六歩 △7二銀

▲2五歩 △3三角 ▲7八銀 △6四歩 ▲7九角 △3二金

▲7七銀 △6三銀 ▲7八金 △7四歩 ▲6九玉 △5四歩

▲3六歩 △5二飛 ▲6六歩 △5五歩 ▲同 歩 △同 飛

▲6七金右 △6二玉 ▲5六歩 △5一飛 ▲3五歩 △同 歩

▲同 角 △7二玉 ▲3七銀 △7三桂 ▲3六銀 △3四歩

▲6八角 △4二角 ▲3五歩 △8二玉 ▲3四歩 △同 銀

▲7九玉 △7二金 ▲8八玉 △8四歩 ▲2四歩 △同 歩

▲同 角 △3三桂 ▲6八角 △4三銀 ▲3五銀 △3六歩

▲2四歩 △2一飛 ▲2六飛 △6五歩 ▲3六飛 △3四歩

▲同 銀 △同 銀 ▲同 飛 △5八銀 ▲6五歩 △6七銀不成

▲同 金 △6五桂 ▲6六銀 △6四歩 ▲7七桂 △5七歩

▲6五桂 △同 歩 ▲同 銀 △4三金 ▲3五飛 △2四飛

▲6四歩 △同 銀 ▲同 銀 △同 角 ▲5五銀 △6六歩

▲6四銀 △6七歩成 ▲8五桂 △同 歩 ▲同 飛 △8四歩

▲同 飛 △8三銀 ▲8五飛 △6八と ▲5五角 △7八と

▲同 玉 △6六桂 ▲同 角 △6八金 ▲8八玉 △7九角

▲7七玉 △6七金打 ▲8六玉 △6六金 ▲7三銀打 △同 金

▲同銀成 △同 玉 ▲6三金 △同 玉 ▲8三飛成 △7三桂

▲7五桂 △5四玉 ▲5五銀 △6五玉 ▲6六銀 △同 玉

▲7三龍 △6七玉 ▲8五玉 △9三銀 ▲8三桂成 △7五金

▲同 歩 △7六銀 ▲7四玉 △8五角 ▲6四玉 △4五歩


まで138手で二階堂早紀の勝ち

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