504手目 ひとマスずれた銀
※ここからは、二階堂早紀さん視点です。
次は桃子ちゃん戦。いざ、尋常に勝負。
桃子ちゃんは先に座って待っていた。
「よろしくぅ」
「よろしく頼む」
着席──ちらり。桃子ちゃん、あいかわらず帯刀してるね。
銃刀法違反だよ、銃刀法違反。
まあそれはおいといて、振り駒。
桃子ちゃんが振って、わたしが後手に。
《……対局準備はよろしいでしょうか?》
はいはい。
《では、始めてください》
「よろしくお願いします」
わたしは一礼して、チェスクロを押した。
2六歩、3四歩、7六歩、4四歩、4八銀、3二銀、5八金、4三銀。
序盤はさくさく行こうね。
5六歩、9四歩、9六歩、7二銀。
この手を見て、桃子ちゃんは手をとめた。
「なんだそれは? ……陽動振り飛車か?」
もうバレちゃった。まあバレバレか。
これこそ裏見香子をぎゃふんと言わせた戦法よ(大嘘)
さすがに囃子原グループでも、うちのうどん屋で指した対局*は調べてないでしょ。
情報戦。
桃子ちゃんは、ふんと鼻を鳴らした。
「刀の錆にしてくれる。2五歩」
3三角、7八銀、6四歩、7九角、3二金、7七銀。
これは振る筋もバレてるっぽい。
6三銀、7八金、7四歩、6九玉、5四歩、3六歩。
「5二飛ッ!」
陽動中飛車。
桃子ちゃんは6六歩。
あくまでもオーソドックスに指す方針のようだ。
わたしはちゃっちゃと攻める。5五歩。
以下、同歩、同飛、6七金右、6二玉、5六歩、5一飛と収まった。
「私も攻めよう。3五歩」
んー、手順に反撃してきた。同歩、同角で、壁角を解消するわけだよね。
まあこれはしょうがない。
わたしは同歩、同角を許容して、そのまま7二玉と入った。
桃子ちゃんは3七銀。これもかたちだね。
7三桂、3六銀──うーん、理想形か。そろそろ打とう。
「3四歩」
6八角、4二角。
桃子ちゃんはさらに動いた。
「3五歩」
これは取れない。ちょっと先手ペースになっちゃったかも。
わたしは今後のことも含めて、1分ほど考えた。
「……8二玉」
入っておこう。先手も6九玉じゃ、そこまで強く出られないと思う。
この楽観は当たった。
桃子ちゃんは3四歩、同銀まで決めて、いったん7九玉と入った。
7二金、8八玉、8四歩。
「さすがに囲われてしまったが、それでもこちらが指しやすい。2四歩」
ですよねえ。そこは反論できない。
突破されないように指す。
2四同歩、同角、3三桂、6八角、4三銀。
ここで桃子ちゃんは3五銀。これが痛い。
この銀がなきゃ、切れてるんだけどなあ。
とりあえず手筋。3六歩。
桃子ちゃんは2四歩と置いた。
「そっちか……」
わたしはすこし姿勢をくずして、くちびるをなでた。
2四銀もあるかな、と思った。それなら、わたしも止める自信があったんだよね。
2四歩のほうが困る。
一番無難なのは2二歩。ただ、2六飛と浮かれる順が気になった。
(※図は二階堂早紀さんの脳内イメージです。)
取られちゃうかな……回避する方法ってある?
2二歩じゃなくて2一飛なら、2六飛~3六飛はないと思う。
それに、2一飛なら3八飛もないしね。
わたしは2一に飛車をスライドさせた。
桃子ちゃんは、ふむ、とうなった。あっちはあっちで迷ってるみたい。
桃子ちゃんは1分考えて、2六飛と浮いた。
あれ? わたしの読みが外れた。もしかして3六飛って取れる?
……………………
……………………
…………………
………………取れるかも。
んー、ミスった。3筋に争点ができちゃった。
悔やんでもしょうがないから、対応を考える。
3筋の攻めが始まったら、こっちも攻めるしかない。
「……6五歩」
攻める。
「その度胸は認めよう。しかしこちらのほうが速い。3六飛」
3四歩、同銀、同銀、同飛。
3四歩が手筋で、すこしは緩和されたはず。
わたしは5八銀と打ち込んだ。
桃子ちゃんは6五歩。金銀交換は歓迎らしい。
では、取りまして。
6七銀不成、同金、6五桂、6六銀、6四歩。
桃子ちゃん、ここで小考。
先手も方針が悩ましいと思うんだよね。
のこり時間は、わたしが12分、桃子ちゃんが14分。
「……7七桂」
過激。わたしも考慮時間を使った。
同桂成とするか、それとも別の手を指すか。
同桂成は、あんまりおもしろくないかな。
「5七歩」
と金作りを目指す。
桃子ちゃんは6五桂、同歩、同銀で、かなり際どい攻めをしてきた。
いやあ、どうするかなあ。
5八歩成でもいいし、7三桂で銀をいじめてもいい。
あるいは4三金で飛車をいじめる。
このままだとわたしの飛車、全然動けないんだよね。
「……4三金」
飛車をどかせることに。
桃子ちゃんの3五飛に、わたしは2四飛と飛び出した。
「6四歩」
攻め合いになった。6筋のキズは、さっきから気にはなっていた。
即潰れはないと思う、たぶん。
同銀、同銀、同角。
桃子ちゃんは5五銀で、角を追ってくる。
馬を作って紐づけもできない。
2九飛成で、いきなり寄ったりしない? 2九飛成、6四銀、8五桂とかさ。
あ、3九歩があるからムリか。
5五角は同飛でめちゃくちゃになるしなあ。
……………………
……………………
…………………
………………6六歩は?
(※図は二階堂早紀さんの脳内イメージです。)
この手、よくない? 同金なら2八飛成が先手になる。
かと言って同銀もできない。
わたしはこの手を深く読んだ。そして決断した。
「6六歩」
チェスクロを押すと、桃子ちゃんはちらりと横を見た。
脳内将棋盤かな? それともイヤな手だった? 後者っぽい気がする。
わたしはとにかく続きを読んだ──悪くないと思う。
後手がいいとは言えないけど、悪くはない。
桃子ちゃんは8分を切るまで考えて、6四銀と取った。
せ、攻め合い。もちろん読んである。
わたしは6七歩成と成り込んだ。
桃子ちゃんは8五桂と犠打を打って、同歩、同飛、8四歩、同飛、8三銀、8五飛。
玉頭戦になった。歩切れが痛い。8四歩と収められない。
悩ましい局面だ。気持ち的には踏み込みたい。
わたしは1分ほど苦吟した。
結論。もう決勝トーナメントの可能性はないんだし、守りに入る意味がない。
突撃ィ! 6八と!
「腹をくくったか。5五角」
ぐはぁ、これも痛い。
わたしは6六桂、同角と捨ててから、7八と。
桃子ちゃんはこれを同玉。
「6八金」
これは同玉とできないでしょ。2八飛成があるから。
桃子ちゃんもさすがに逃げた。7七玉。
以下、6七金打、8六玉、6六金で、角を抜けた。
桃子ちゃん、ここで最後の長考。寄せに来るはず。
ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
はい、これで寄ったらどうしようもない。
わたしも長考。ただその大部分は、敵玉の寄せに使った。
前のめりになって、小刻みに揺れながら考える。時間がもうちょっと欲しい。
ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同金」
同銀成、同玉、6三金。
これだよねえ。飛車を成られちゃう。
わたしは59秒ぎりぎりまで考えて、同玉とした。
「8三飛成」
桃子ちゃんの王様も、逃げ道が広がった。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
7三桂、7五桂、5四玉、5五銀、6五玉、6六銀。
入れそう?
同玉、7三龍、6七玉。
入れた。これは大きい。
桃子ちゃん、ピーンチ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「8五玉」
相入玉を目指してきた。
わたしは59秒使って、9三銀と受けた。
桃子ちゃんは8三桂成。
ん? 桂成り?
7五が空いたから2五飛が王手──あ、ちょっと待って、飛車の横利きがあったんだ。
さっきまで忘れてた。これ使えない?
ああしてこうして──
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「わかったッ! 7五金ッ!」
どやぁ。本大会を通じて、会心の金捨て。
桃子ちゃんの顔色も変わった。
「ま、まさか……」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
同歩、7六銀、7四玉、8五角、6四玉。
わたしは4四の歩に手をかけた。
「4五歩ッ!」
まさかの詰みぃ。
桃子ちゃんは唖然としていた。
ふッ、甘いわね、桃だけに、なんちゃって。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「わ、私の負けだ……」
「ありがとうございました」
2一飛~2四飛が活きるとはね。世の中、わからないものだ。
桃子ちゃんはしばらくのあいだ、ああでもないこうでもないと自問していた。
感想戦が始まったのは、1分ほど過ぎた頃だった。
「……どこがおかしかった? 5五銀か?」
「6五銀のほうが、後手玉には近かったよね」
【検討図】
指摘してみたけど、対局中は、べつに比較してなかった。
わたしはこの場で考える。
「……やっぱり6六歩と打つかも。本譜と同じじゃない?」
ところが桃子ちゃんは、全然ちがう結論を出した。
「いや、これなら同金とできる」
「え? ほんと? 2八飛成ってしちゃうよ?」
「2八飛成、3八歩のとき、後手は4二角とできない。5五銀の場合は、6六歩、同金、2八飛成、3八歩に4二角で、後手優勢だと読んでいた。だから6六同金としなかったのだ。6五銀の場合、4二角とはできない。7四銀で先手良しになる」
【検討図】
……ああ、なるほど、理解した。
「じゃあ5五銀が疑問手っぽいね」
「ヘタに1九角成を阻止したのがよくなかった。手拍子だった」
むずかしいね、将棋って。
そのあとわたしたちは、中盤を中心に調べた。
かなり難解で、おたがいにいろいろ勘違いしていたことがわかった。
「まだ次があるし、これくらいにしよっか」
わたしの提案で、おひらきになった。
インタビューへ向かっていると、妹の亜紀と遭遇した。
「お姉ちゃん、どう?」
「勝ったよ」
亜紀はびっくりした。
「え? 桃子ちゃんに勝ったの?」
なによ、その反応。
「亜紀こそ、どうだったの?」
「んー、桐野先輩に負けちゃった」
「これでわたしが4勝、亜紀が3勝。一歩リードね」
「はあ……そんな低レベルなこと言われてもね。おたがい負け越してるのに」
こらぁ、なによ、その言い方はッ!
あんただってどうせ気にしてるんでしょ。双子には分かるんだからね。
*15手目 陽動された讃岐うどん
https://ncode.syosetu.com/n2363cp/17/
場所:第10回日日杯 3日目 女子の部 14回戦
先手:剣 桃子
後手:二階堂 早紀
戦型:後手陽動振り飛車
▲2六歩 △3四歩 ▲7六歩 △4四歩 ▲4八銀 △3二銀
▲5八金右 △4三銀 ▲5六歩 △9四歩 ▲9六歩 △7二銀
▲2五歩 △3三角 ▲7八銀 △6四歩 ▲7九角 △3二金
▲7七銀 △6三銀 ▲7八金 △7四歩 ▲6九玉 △5四歩
▲3六歩 △5二飛 ▲6六歩 △5五歩 ▲同 歩 △同 飛
▲6七金右 △6二玉 ▲5六歩 △5一飛 ▲3五歩 △同 歩
▲同 角 △7二玉 ▲3七銀 △7三桂 ▲3六銀 △3四歩
▲6八角 △4二角 ▲3五歩 △8二玉 ▲3四歩 △同 銀
▲7九玉 △7二金 ▲8八玉 △8四歩 ▲2四歩 △同 歩
▲同 角 △3三桂 ▲6八角 △4三銀 ▲3五銀 △3六歩
▲2四歩 △2一飛 ▲2六飛 △6五歩 ▲3六飛 △3四歩
▲同 銀 △同 銀 ▲同 飛 △5八銀 ▲6五歩 △6七銀不成
▲同 金 △6五桂 ▲6六銀 △6四歩 ▲7七桂 △5七歩
▲6五桂 △同 歩 ▲同 銀 △4三金 ▲3五飛 △2四飛
▲6四歩 △同 銀 ▲同 銀 △同 角 ▲5五銀 △6六歩
▲6四銀 △6七歩成 ▲8五桂 △同 歩 ▲同 飛 △8四歩
▲同 飛 △8三銀 ▲8五飛 △6八と ▲5五角 △7八と
▲同 玉 △6六桂 ▲同 角 △6八金 ▲8八玉 △7九角
▲7七玉 △6七金打 ▲8六玉 △6六金 ▲7三銀打 △同 金
▲同銀成 △同 玉 ▲6三金 △同 玉 ▲8三飛成 △7三桂
▲7五桂 △5四玉 ▲5五銀 △6五玉 ▲6六銀 △同 玉
▲7三龍 △6七玉 ▲8五玉 △9三銀 ▲8三桂成 △7五金
▲同 歩 △7六銀 ▲7四玉 △8五角 ▲6四玉 △4五歩
まで138手で二階堂早紀の勝ち




