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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
513/683

501手目 ダレる解説

挿絵(By みてみん)


※ここからは、内木うちきさん視点です。女子14回戦になります。

 午後の部、第2局、はりきっていきましょう。

 私が気合いを入れていると、伊吹いぶきさんは、

「は~、さすがに疲れてきましたね」

 と、なんだかダレていた。

「伊吹さーん、カメラ入ってますよ」

「おっと、こういうダレてるシーンのほうが、視聴者ウケする可能性も」

 そういうあざといのはNG。

 とりあえずここまでの対戦成績をもういちど。


1位 萩尾  12勝1敗

2位 鬼首  11勝2敗

3位 磯前  9勝4敗

   大谷  9勝4敗

   温田  9勝4敗

   桐野  9勝4敗

   早乙女 9勝4敗

   剣   9勝4敗


「女子はトップグループと2番手集団という感じです。9勝4敗に6名います」

萩尾はぎおさんって、まだ決まってないんですか?」

「決まっていません。以下のパターンの場合は、決勝トーナメントから外れます」


1位 磯前  13-4 宇和島○ 剣○ 温田○ 西野辺○

   大谷  13-4 越知○ 宇和島○ 西野辺○ 鬼首○

   桐野  13-4 二階堂(亜)○ 那賀○ 剣○ 梨元○

   鬼首  13-4 萩尾○ 西野辺○ 早乙女● 大谷●

   早乙女 13-4 毛利○ 萩尾○ 鬼首○ 宇和島○

6位 萩尾  12-5 鬼首● 早乙女● 長門● 二階堂(亜)●


「ほかにも温田おんだ選手、つるぎ選手が13-4のパターンもあります」

 伊吹さんは、ふーんと言って、

「なかなか決まらないもんですね。じゃあここで鬼首おにこうべさんに勝つと?」

 とたずねた。

「その場合もほかの選手次第です」


1位 磯前  13-4 宇和島○ 剣○ 温田○ 西野辺○

   大谷  13-4 越知○ 宇和島○ 西野辺○ 鬼首○

   桐野  13-4 二階堂(亜)○ 那賀○ 剣○ 梨元○

   早乙女 13-4 毛利○ 萩尾○ 鬼首○ 宇和島○

   萩尾  13-4 鬼首○ 早乙女● 長門● 二階堂(亜)●

6位 鬼首  12-5 萩尾● 西野辺○ 早乙女● 大谷●


磯前いそざき選手の代わりに、温田選手が入る可能性もあります。いずれにせよ、萩尾選手が勝つだけでは決まりません。萩尾選手が勝ち、競争相手のうち少なくともひとりが負ける必要があります」

 伊吹さんはのこりの対戦カードもチェックした。

「競争相手のカード、そんなにきつくないですね。宇和島うわじま越知おち二階堂にかいどう妹、毛利もうり……14回戦だと、まだ決まらない感じかな」

 状況整理はこのへんで。

 私たちは対局のチョイスに入った。

「どこを観戦しますか?」

「もち鬼首vs萩尾で」

 了解。

 私はタブレットで対局チャンネルを合わせた。

 調べておいたデータブックも参照する。

「萩尾選手と鬼首選手は、過去、公式戦では当たっていません」

「初手合いですか。ここまでを見るに、鬼首さんは勢いにムラがありますね」

 たしかに、鬼首先輩はポロっと落とすことがある。長門ながと戦がそうだ。

 一方で桐野きりの先輩には圧勝してたりして、安定感がなかった。

 いや、それとも桐野先輩にムラっけがあるのかしら。

《まもなく始まります》

 会話中断。


 ピポ


 対局開始。


 7六歩、3四歩、5六歩、8八角成。


【先手:鬼首あざみ(O山県) 後手:萩尾萌(Y口県)】

挿絵(By みてみん)


 おっと、この出だしは。

「鬼首さんのゴキゲン中飛車を、牽制したのでしょうか」

 私のコメントに伊吹さんは、

「どうでしょうね。なんか挑発っぽい気がしますが」

 と返した。

 ここにきて盤上の殴り合い?

 力戦は、両者の得意とするところのはず──ん? 棋譜が進まない。

 通信エラーかな、と思ったけど、ちがっていた。

 対局カメラを見ると、鬼首さんはなにかしゃべっていた。

 萩尾さんあいてに啖呵でも切っているのだろうか。

 そのあと8八同銀、5七角、4八銀、2四角成、9六歩、3三馬と進んだ。


挿絵(By みてみん)


「完璧な力戦形になりました。先手は振り飛車にもどせそうですか?」

 伊吹さんは、もう振り飛車にはしないんじゃないか、と答えた。

「というと?」

「鬼首さんはオールマイティ型ですから、振り飛車にこだわる必要ないです。初手から横歩という展開もありえたわけで。こっからムリに振るかって言われると、微妙です」

 なるほど、だとすれば居飛車にするほうが棋理には合いそう。

 鬼首さんが棋理を気にするかどうかは、わからないけれど。

 5七銀、9四歩、3六歩、4四歩、6八玉。

 鬼首さんは居飛車を選択したっぽい。

 私がコメントしかけたところで、萩尾さんのびっくりな手が出た。


挿絵(By みてみん)


 えええッ!?

 ご、後手から振り飛車を選択?

 伊吹さんもちょっと驚いて、

「居飛車党の萩尾さんが振るんですか? なんか意図があるんですかね?」

 と首をかしげていた。

 私は過去の棋譜を調べてみる。

「……公式戦でも、稀に振っています」

「あ、そうなんですか。じゃあ裏芸……でもここで裏芸をする意味ってなんですかね?」

 対局カメラでは、鬼首先輩が萩尾先輩にからんでいた。

 対局者の声は放送しない、という犬井いぬい先輩の判断は正しかった気もする。

 たぶん「おまえ舐めてんのかッ!?」とか言ってるんじゃないかしら。

 鬼首先輩はそのまま荒っぽく6六銀。

 5二金左、8六歩、4三馬、6五角。

 馬を消しに来た。

「伊吹さんなら、応じますか?」

「5四歩とはできないですよね。5五歩とされたら無意味ですし、応じるしかないです」

 萩尾先輩も応じた。

 同馬、同銀。

 馬が消えてしまったのは、後手にとってマイナス。

 でも先手の6五銀は、けっこうムリをしている。ここで相殺されそう。

 萩尾先輩はこの銀に狙いを定めた。

 3五歩と突いて、同歩に同飛と走った。


挿絵(By みてみん)


 私はタッチペンでいくつか候補を示す。

「5五角でも止められますが、突っ張るなら7七桂です。いったん5五歩とする手もあります」

「5五歩、同飛で飛車の位置を悪くするわけですか? アリですけど、けっきょく7七桂と跳ねる必要がありますよね。個人的には、最初から7七桂を推奨しておきます」

 この解説は当たった。

 7七桂、6二玉、7八玉、7二銀、6八金、3三桂。

 どちらも陣形構築を急ぎ始めた。

 とはいえ、一手一手に時間をかけている。手さぐりの中盤だ。

 鬼首先輩は7五歩でプレッシャーをかけた。

 4二銀、4六角、3四飛。


挿絵(By みてみん)


 先手は7筋に狙いをつけた。

 私は次の7四歩がすぐに入るかどうかを検討した。

「この時点で7四歩は、4五歩と突く一手になります。これが角当たりになっているだけでなく、飛車の横利きが通るので、7筋の攻めが緩和されます」

「以下、5五角、5四歩、3五歩、2四飛、3七角って感じですか」

 本譜は手順違いになった。

 鬼首先輩は3五歩、2四飛を先に決めて、それから7四歩と突いた。 

 4五歩、5四角。

 伊吹さんはタッチペンでペン回しをしながら、

「合流しそうですかね」

 とつぶやいた。

 けど、これははずれた。

 5四歩ではなく6四歩が指された。

 6四歩? これは先手、一気に攻めたくなる。

 私はタブレットで7三歩成とする。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「この一手だと思いますが……後手も同銀でだいたい決まりのはずです」

 伊吹さんも同意した。

「このタイミングで同桂や同玉は怖すぎます……が、7四歩、6五歩、7三歩成で、けっきょく同桂または同玉としないといけないんですよね。そのとき先手は歩切れなので、ぎりぎり助かってはいると思います」

 歩があったら再度の7四歩で終了だ。

「先手の方針としては、どこかで歩の調達でしょうか?」

 私の質問に、伊吹さんは迷った。

「んー、調達できます? 3八飛と寄るんじゃないですか?」

「え? 2七飛成で、どうするんですか?」

「それは放置できます。3四歩のほうが速いです。だから先手は3筋へ切り替えると思います」

 だいたいの結論が出たところで、対局席も動いた。

 7三歩成、同銀、7四歩、6五歩、7三歩成、同桂。

 鬼首先輩は3分使って3八飛。伊吹さんの予想が正解。

 萩尾先輩も長考後、2七飛成とせず、5四歩で角を追い払いに出た。

「2八角、2七飛成でもいけますか?」

「いや、それはマズいですね……3六歩と置かれると、困るので……あれ? もしかして角立往生してます?」


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 あ、切った。 

 けっこう早い決断だった。

 萩尾先輩は同玉で、王様が露出した。

 3四歩、3二歩、6五桂。

 伊吹さんはこの局面を見て、

「もう王様しか見てない感じですか。この角桂交換は予定通りみたいです」

 とコメントした。

「伊吹さんは、先手持ちですか?」

「んー……持ちたいかと言われると微妙……互角だと思います」

 萩尾先輩は6三玉。

 鬼首先輩は4四桂で挟撃に持ち込んだ。

 伊吹さんは、

「これも3二桂成は狙っていないと思います。露骨に5二桂成でしょう」

 と予想した。

 解説通りに進む。

 6四銀、5二桂成、同金、3三歩成。

 鬼首先輩は桂馬を回収して、同歩に7六桂。


挿絵(By みてみん)


 これは6五銀に6四金だとすぐわかった。

 ただ……どうだろう。繋がる?

 私は、

「先手は金銀だけです。ちょっと心細い感じもします」

 と、控えめにコメント。

 伊吹さんもうなずいた。

「鬼首さん、繋げるのはうまいので、好みの展開にはなっていると思います。後手からの反撃は、2七飛成~3八龍からの角の打ち込み。萩尾さんはそこまでしのげるかどうかが勝負です」

 私は両者の残り時間を確認した。

「鬼首選手が13分、萩尾選手が10分……あ、もうすぐ切ります」

 手数のわりには、だいぶ少なくなっていた。

 後半に時間がないと、解説もたいへんだ。

 私は萩尾先輩の長考を利用して、2番手グループの棋譜も閲覧した。萩尾先輩勝ち、2番手グループ負けで決勝進出が決まったら、アナウンスしないといけない。

 えーと、形勢が悪そうなところは──

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