501手目 ダレる解説
午後の部、第2局、はりきっていきましょう。
私が気合いを入れていると、伊吹さんは、
「は~、さすがに疲れてきましたね」
と、なんだかダレていた。
「伊吹さーん、カメラ入ってますよ」
「おっと、こういうダレてるシーンのほうが、視聴者ウケする可能性も」
そういうあざといのはNG。
とりあえずここまでの対戦成績をもういちど。
1位 萩尾 12勝1敗
2位 鬼首 11勝2敗
3位 磯前 9勝4敗
大谷 9勝4敗
温田 9勝4敗
桐野 9勝4敗
早乙女 9勝4敗
剣 9勝4敗
「女子はトップグループと2番手集団という感じです。9勝4敗に6名います」
「萩尾さんって、まだ決まってないんですか?」
「決まっていません。以下のパターンの場合は、決勝トーナメントから外れます」
1位 磯前 13-4 宇和島○ 剣○ 温田○ 西野辺○
大谷 13-4 越知○ 宇和島○ 西野辺○ 鬼首○
桐野 13-4 二階堂(亜)○ 那賀○ 剣○ 梨元○
鬼首 13-4 萩尾○ 西野辺○ 早乙女● 大谷●
早乙女 13-4 毛利○ 萩尾○ 鬼首○ 宇和島○
6位 萩尾 12-5 鬼首● 早乙女● 長門● 二階堂(亜)●
「ほかにも温田選手、剣選手が13-4のパターンもあります」
伊吹さんは、ふーんと言って、
「なかなか決まらないもんですね。じゃあここで鬼首さんに勝つと?」
とたずねた。
「その場合もほかの選手次第です」
1位 磯前 13-4 宇和島○ 剣○ 温田○ 西野辺○
大谷 13-4 越知○ 宇和島○ 西野辺○ 鬼首○
桐野 13-4 二階堂(亜)○ 那賀○ 剣○ 梨元○
早乙女 13-4 毛利○ 萩尾○ 鬼首○ 宇和島○
萩尾 13-4 鬼首○ 早乙女● 長門● 二階堂(亜)●
6位 鬼首 12-5 萩尾● 西野辺○ 早乙女● 大谷●
「磯前選手の代わりに、温田選手が入る可能性もあります。いずれにせよ、萩尾選手が勝つだけでは決まりません。萩尾選手が勝ち、競争相手のうち少なくともひとりが負ける必要があります」
伊吹さんはのこりの対戦カードもチェックした。
「競争相手のカード、そんなにきつくないですね。宇和島、越知、二階堂妹、毛利……14回戦だと、まだ決まらない感じかな」
状況整理はこのへんで。
私たちは対局のチョイスに入った。
「どこを観戦しますか?」
「もち鬼首vs萩尾で」
了解。
私はタブレットで対局チャンネルを合わせた。
調べておいたデータブックも参照する。
「萩尾選手と鬼首選手は、過去、公式戦では当たっていません」
「初手合いですか。ここまでを見るに、鬼首さんは勢いにムラがありますね」
たしかに、鬼首先輩はポロっと落とすことがある。長門戦がそうだ。
一方で桐野先輩には圧勝してたりして、安定感がなかった。
いや、それとも桐野先輩にムラっけがあるのかしら。
《まもなく始まります》
会話中断。
ピポ
対局開始。
7六歩、3四歩、5六歩、8八角成。
【先手:鬼首あざみ(O山県) 後手:萩尾萌(Y口県)】
おっと、この出だしは。
「鬼首さんのゴキゲン中飛車を、牽制したのでしょうか」
私のコメントに伊吹さんは、
「どうでしょうね。なんか挑発っぽい気がしますが」
と返した。
ここにきて盤上の殴り合い?
力戦は、両者の得意とするところのはず──ん? 棋譜が進まない。
通信エラーかな、と思ったけど、ちがっていた。
対局カメラを見ると、鬼首さんはなにかしゃべっていた。
萩尾さんあいてに啖呵でも切っているのだろうか。
そのあと8八同銀、5七角、4八銀、2四角成、9六歩、3三馬と進んだ。
「完璧な力戦形になりました。先手は振り飛車にもどせそうですか?」
伊吹さんは、もう振り飛車にはしないんじゃないか、と答えた。
「というと?」
「鬼首さんはオールマイティ型ですから、振り飛車にこだわる必要ないです。初手から横歩という展開もありえたわけで。こっからムリに振るかって言われると、微妙です」
なるほど、だとすれば居飛車にするほうが棋理には合いそう。
鬼首さんが棋理を気にするかどうかは、わからないけれど。
5七銀、9四歩、3六歩、4四歩、6八玉。
鬼首さんは居飛車を選択したっぽい。
私がコメントしかけたところで、萩尾さんのびっくりな手が出た。
えええッ!?
ご、後手から振り飛車を選択?
伊吹さんもちょっと驚いて、
「居飛車党の萩尾さんが振るんですか? なんか意図があるんですかね?」
と首をかしげていた。
私は過去の棋譜を調べてみる。
「……公式戦でも、稀に振っています」
「あ、そうなんですか。じゃあ裏芸……でもここで裏芸をする意味ってなんですかね?」
対局カメラでは、鬼首先輩が萩尾先輩にからんでいた。
対局者の声は放送しない、という犬井先輩の判断は正しかった気もする。
たぶん「おまえ舐めてんのかッ!?」とか言ってるんじゃないかしら。
鬼首先輩はそのまま荒っぽく6六銀。
5二金左、8六歩、4三馬、6五角。
馬を消しに来た。
「伊吹さんなら、応じますか?」
「5四歩とはできないですよね。5五歩とされたら無意味ですし、応じるしかないです」
萩尾先輩も応じた。
同馬、同銀。
馬が消えてしまったのは、後手にとってマイナス。
でも先手の6五銀は、けっこうムリをしている。ここで相殺されそう。
萩尾先輩はこの銀に狙いを定めた。
3五歩と突いて、同歩に同飛と走った。
私はタッチペンでいくつか候補を示す。
「5五角でも止められますが、突っ張るなら7七桂です。いったん5五歩とする手もあります」
「5五歩、同飛で飛車の位置を悪くするわけですか? アリですけど、けっきょく7七桂と跳ねる必要がありますよね。個人的には、最初から7七桂を推奨しておきます」
この解説は当たった。
7七桂、6二玉、7八玉、7二銀、6八金、3三桂。
どちらも陣形構築を急ぎ始めた。
とはいえ、一手一手に時間をかけている。手さぐりの中盤だ。
鬼首先輩は7五歩でプレッシャーをかけた。
4二銀、4六角、3四飛。
先手は7筋に狙いをつけた。
私は次の7四歩がすぐに入るかどうかを検討した。
「この時点で7四歩は、4五歩と突く一手になります。これが角当たりになっているだけでなく、飛車の横利きが通るので、7筋の攻めが緩和されます」
「以下、5五角、5四歩、3五歩、2四飛、3七角って感じですか」
本譜は手順違いになった。
鬼首先輩は3五歩、2四飛を先に決めて、それから7四歩と突いた。
4五歩、5四角。
伊吹さんはタッチペンでペン回しをしながら、
「合流しそうですかね」
とつぶやいた。
けど、これははずれた。
5四歩ではなく6四歩が指された。
6四歩? これは先手、一気に攻めたくなる。
私はタブレットで7三歩成とする。
【参考図】
「この一手だと思いますが……後手も同銀でだいたい決まりのはずです」
伊吹さんも同意した。
「このタイミングで同桂や同玉は怖すぎます……が、7四歩、6五歩、7三歩成で、けっきょく同桂または同玉としないといけないんですよね。そのとき先手は歩切れなので、ぎりぎり助かってはいると思います」
歩があったら再度の7四歩で終了だ。
「先手の方針としては、どこかで歩の調達でしょうか?」
私の質問に、伊吹さんは迷った。
「んー、調達できます? 3八飛と寄るんじゃないですか?」
「え? 2七飛成で、どうするんですか?」
「それは放置できます。3四歩のほうが速いです。だから先手は3筋へ切り替えると思います」
だいたいの結論が出たところで、対局席も動いた。
7三歩成、同銀、7四歩、6五歩、7三歩成、同桂。
鬼首先輩は3分使って3八飛。伊吹さんの予想が正解。
萩尾先輩も長考後、2七飛成とせず、5四歩で角を追い払いに出た。
「2八角、2七飛成でもいけますか?」
「いや、それはマズいですね……3六歩と置かれると、困るので……あれ? もしかして角立往生してます?」
パシリ
あ、切った。
けっこう早い決断だった。
萩尾先輩は同玉で、王様が露出した。
3四歩、3二歩、6五桂。
伊吹さんはこの局面を見て、
「もう王様しか見てない感じですか。この角桂交換は予定通りみたいです」
とコメントした。
「伊吹さんは、先手持ちですか?」
「んー……持ちたいかと言われると微妙……互角だと思います」
萩尾先輩は6三玉。
鬼首先輩は4四桂で挟撃に持ち込んだ。
伊吹さんは、
「これも3二桂成は狙っていないと思います。露骨に5二桂成でしょう」
と予想した。
解説通りに進む。
6四銀、5二桂成、同金、3三歩成。
鬼首先輩は桂馬を回収して、同歩に7六桂。
これは6五銀に6四金だとすぐわかった。
ただ……どうだろう。繋がる?
私は、
「先手は金銀だけです。ちょっと心細い感じもします」
と、控えめにコメント。
伊吹さんもうなずいた。
「鬼首さん、繋げるのはうまいので、好みの展開にはなっていると思います。後手からの反撃は、2七飛成~3八龍からの角の打ち込み。萩尾さんはそこまでしのげるかどうかが勝負です」
私は両者の残り時間を確認した。
「鬼首選手が13分、萩尾選手が10分……あ、もうすぐ切ります」
手数のわりには、だいぶ少なくなっていた。
後半に時間がないと、解説もたいへんだ。
私は萩尾先輩の長考を利用して、2番手グループの棋譜も閲覧した。萩尾先輩勝ち、2番手グループ負けで決勝進出が決まったら、アナウンスしないといけない。
えーと、形勢が悪そうなところは──




