表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
512/681

500手目 5五角

※ここからは、香宗我部こうそかべくん視点です。

「はあ……まさか時間を余して終わるとはな」

 俺はメガネをなおしながら、タメ息をついた。

 横で扇子せんすをひらいていた葦原あしはらは、こちらをみた。

「あれはしかたがなかったと思います。私も詰みに気づくのに時間がかかりました」

 横歩の中盤でいきなり13手詰めが発生して終わり、だった。

 難解な詰みだったから、ワンチャン気づかないのを願ったが、いかんせん時間がありすぎた。葦原に冷静に対処されてしまった。

 というわけで、持て余した時間で観戦をしているわけだが──


【先手:吉良きら義伸よしのぶ(K知県) 後手:囃子原はやしばら礼音れおん(O山県)】

挿絵(By みてみん)


 難しいな……互角か?

「葦原は、どっちを持ちたい?」

「先手はしばらく受ける展開になりそうです。持つなら後手かと」

 そうか……10秒将棋なら俺も後手を持つな。

 後手玉はとうぶん捕まりそうにない。

 だけど後手優勢ってほどでもない。

 俺がそんなことを考えていると、吉良は8一角成とした。

 4二玉、8二馬、9五飛、9七歩、同香成、同角、7五香。


挿絵(By みてみん)


 痛いところに入った。角筋だからすぐには突っ込めないとはいえ。

 吉良は背筋を伸ばして目をつむり、後頭部をかいた。

 すこし苦しそうだ。

 葦原は、

「馬をうまく引きつけていくしかありません」

 と指摘した。

 今のはギャグか? ギャグなのか?

 葦原は笑いのツボがよくわからないから、なんともいえない。

 触れないでおく。

「いっそ、6四馬~7五角で桂香を払うか? 6四馬は王手だ」

「6四馬に5三銀と打ち返せば、7五角ではなく7五馬とする必要があります。以下、同桂、同角は生角なので戦えません」

 なるほど、そうなるか。

 だが吉良はこの不安なルートに入った。

 6四馬、5三銀──同馬。

 切った。同玉に7三歩成。

 と金で間に合うか? そもそも2筋のほうへ逃げられるから広いんだが。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 王手と金取り……だが、と金は抜けない。

 5七桂、7三角は、7六歩で香車を取られてしまうからだ。

 7三歩成は、7六歩を打てるようにする効果もあった。

 吉良は5七桂、囃子原は……ん? 飛車に手をかけた?

 そのまま9七飛成。

「切ったな」

「これは仕方がありません。切らないと7七香成はできないので」

 吉良の手が止まった。

 ペットボトルから水を飲む。くちもとを袖で拭いて、先を考え始めた。

 俺は、

「同桂以下で即寄りがあるとは思えない」

 とつぶやいた。

 葦原も同意した。

「後手はいったん4二玉と逃げたほうがよいです。とはいえ、香車を殺される前に切らないといけなかったのですから、タイミングはここしかなかったように思います」

 吉良は1分消費して、同桂。

 7七香成、同金、4二玉、6三と、7六歩、同金、7八歩、同玉、3一玉。


挿絵(By みてみん)


「攻めるなら7五歩でした。囃子原くんは慎重ですね」

 3一へ引いておかないと、飛車を打たれたときにもたないと思う。

 いずれにせよ、4二玉~3一玉の2手で、吉良にも余裕ができた。

 そろそろ反撃して欲しい。

 葦原は扇子を閉じて、

「受けつつ攻めるなら5八桂がよろしいでしょう」

 と言った。

 なかなか良さそうな手だ。

 しかし吉良はべつの手を選択した。2四歩。

 7五歩、7七金、7六銀、2三歩成、同金。

 ここで吉良は1分将棋になった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 飛車打ち。妥当だ。最悪の場合、7五飛成の上部脱出もある。

 ただこうなると、3一玉が早逃げのかっこうにもなっている。

 囃子原は5二歩と受けて、2四歩、同金、5二飛成で、最後の長考に入った。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 囃子原は7七銀成と突っ込んだ。

 同玉、4二金。

 当たり前だが受けた。俺はこれを見て、

「囃子原のほうが苦しいか?」

 とつぶやいた。

「後手の攻めのほうが若干薄いです」

 吉良は5四龍で、手順に銀を回収。

 囃子原は7六金で上部脱出を阻止する。

 吉良は7八玉と下がった。右へ逃げないんだな。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 角も切った──ん? 意外と先手も危ないか?

 同金に6六桂。

 葦原は、

「先手は思ったよりも狭いです。6八玉は7七角、7九玉と押しもどされます」

 と言った。

 後手は……さすがに詰まないか。詰めろも難しそうだ。

 吉良はテーブルにひじをついて、瞬きもせずに桂馬をにらんでいた。

 正念場だぞ。受け間違え禁止。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「6六飛」

 ぐッ、飛車切りか。これでまた分からなくなってきた。

 同金でも良かったように思うが、おそらく金を渡すほうが危ないと読んだのだろう。 

 同歩、5一龍。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 飛車を使わせた。これは大きい。

「ヘタしたら5四龍くらいでも勝てないか?」

「それは危ないように思います。4六角と打って、同金、6七歩成、8九玉、4六歩が2手スキになってしまいます。かと言って取らずに5八金は5七歩で追撃されます」

 寄せに行かないとダメか。

 吉良もそう判断した。

 4三桂で王手して、3二玉(同金は4一龍、同玉、5一飛で詰む)、5三と。

 囃子原は「ふむ」と言って、6七歩成と成った。

 まだまだ余裕が見える。先手がいいわけでもないのだろうか。

 同金、5一飛、4二と、2二玉、5一桂成、6七金、同玉、7六角、7八玉。

 先手は詰めろじゃない。後手は詰めろ。ここまでの数手で、葦原といっしょに検討してきた。3一銀、1三玉、2二銀打、同銀、同銀不成、1二玉、1三金、同桂、2一角、同角、同銀不成、2三玉、2二飛、同玉、3二銀成、2三玉、2二金まで。長手数だが、持ち駒は大量にあるから直観的にも詰むのは分かる。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 囃子原は1二玉と寄った。


挿絵(By みてみん)


 問題の局面だ。

 さっきから両者1分将棋。

 観戦者視点でも5分くらい、この局面について相談していた。

 寄るのか、寄らないのか。

 葦原は扇子で仰ぎながら、

「さきほどから考えていますが、3二銀も3一銀も微妙に寄らないように思います。3二銀を3二金に代えてもそうですし、3二飛と露骨に王手してもなにも起きません」

 と判断した。

 俺もそのあたりは読んであった。3二銀は詰めろじゃないっぽいから、2八飛、6八歩に8六歩が間に合ってしまう。3一銀は詰めろだ。放置なら2二金から詰む。だけど2二歩が単純ながら頑強な受けで、3二銀と打ったり2三歩と攻めたりしても寄らない。

「いっそ受けるか? 持ち駒は豊富だ」

「金銀を自陣に打つと、今度はそれを目標にされてしまうような……」

 のこり時間がなくなる。チェスクロは50秒を指した。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「賭けだッ! 5五角ッ!」


挿絵(By みてみん)


 攻防? 俺と葦原の反応は、一致していた。

「受けになってるのか?」

「受かっているかどうか微妙に思えますが……」

 囃子原は表情を変えず、じっと盤をにらんだ。

 すぐに指さないところをみると、この手を予想していなかったのだろうか。

 俺と葦原は詳細な検討に入った。

「受けるなら2二歩、攻めるなら6七金だと思う」

「同感です。ただ6七金、8九玉のあと、2二歩が必要な気もします」

 合流するか。だとすればどこまでかたちを決めるか、だ。

 囃子原のほうは持ち駒が少ない。金は手放しにくいかもしれなかった。

「2二歩のあとはどうする?」

「悩ましいですね……3二銀と打ちたいですが……」

 3二銀は詰めろか? ……ん、どうだ? 読み切れんぞ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 囃子原は2二歩と打った。

 義伸は59秒ぎりぎりまで考えて、銀を手にした。

 3一銀。

 これなら詰めろなのか?

 判断がつきかねていると、となりで葦原が扇子をパチリを閉じた。

「ようやく分かりました。2二銀成、同銀、同角成、同玉、3一銀、1三玉に2五桂が効いて詰みです」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 そうかッ! だったらこれも受けないといけない。

 吉良、もうひと踏ん張りだ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 囃子原は2三金と引いた。

 俺なら2四歩当たりで叩きたいかたち。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「2五香ッ!」

 ん? 香車打ち? それは──

 囃子原は6七金で王手した。

 8九玉、2九飛、7九歩(?)、2五飛成。

 香車を抜かれた。頼むから計算内であってくれ。

 吉良は1七桂。龍を狙った。

「さっきのは7九香じゃなかったか? 2五飛成に7六香とできた」

「それは2九龍が王手になります。私は本譜のほうがいいと思います」

 そうか、7九香、2五飛成、7六香だと後手番になるうえ、どこかで1七桂としても2九龍が王手になってしまう。俺だったら嬉々として7九香と打ってた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 囃子原は8八香、同玉と取らせてから、8六歩と伸ばした。


挿絵(By みてみん)


 これは詰めろだ。

 吉良は9八銀と受けた。

 8七歩成、同銀、8六歩、同銀、5四歩。

 角取りになった。

 角の逃げ場はないし、そもそも逃げる場面でもない。

 吉良はオールバックのひたいに手をあてて、敵陣をにらんだ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「2五桂」

 囃子原は即座に8七歩と打って、9八玉に5五歩と手をもどした。

 3二銀、8八歩成、同玉、6六角、8九玉、5六歩。


挿絵(By みてみん)


 手順を尽くす囃子原と、それをしのぐ吉良。

 ほかのギャラリーも集まり始めていたが、みんな黙って観戦していた。

 注目の一戦は、まもなく終わろうとしている。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 吉良は6三飛と打った。

 3二角、同と、8七歩。

 吉良は持ち駒の香車を手にした。

「これで仕舞いだな……1三香」


挿絵(By みてみん)


 さすがに詰んで……いるか。

 囃子原は腕組みをしてほほえんだ。

「3一銀で互角だと思っていたが……5五角があったか。素晴らしい。僕の負けだ。投了する」

場所:第10回日日杯 3日目 男子の部 13回戦

先手:吉良 義伸

後手:囃子原 礼音

戦型:後手右玉


▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩 ▲7六歩 △3二金

▲7七角 △3四歩 ▲6八銀 △7七角成 ▲同 銀 △2二銀

▲4八銀 △3三銀 ▲7八金 △6二銀 ▲4六歩 △1四歩

▲1六歩 △7四歩 ▲4七銀 △7三桂 ▲6八玉 △6四歩

▲3六歩 △6三銀 ▲9六歩 △9四歩 ▲3七桂 △6二金

▲4八金 △8一飛 ▲6六歩 △4二玉 ▲5六銀 △5四銀

▲2九飛 △5二玉 ▲7九玉 △4二玉 ▲4五桂 △2二銀

▲7五歩 △同 歩 ▲5三桂成 △同 玉 ▲7四歩 △4四歩

▲7三歩成 △同 金 ▲6五歩 △同 歩 ▲4五歩 △同 歩

▲6九飛 △8三角 ▲6七桂 △6四金 ▲7五桂 △同 金

▲9七角 △6三桂 ▲7六歩 △9五歩 ▲7五歩 △9六歩

▲8八角 △6四桂 ▲7四金 △5六桂 ▲同 歩 △3三銀

▲8三金 △同 飛 ▲7四歩 △9七歩成 ▲同 香 △9六歩

▲同 香 △同 香 ▲7二角 △9三飛 ▲8一角成 △4二玉

▲8二馬 △9五飛 ▲9七歩 △同香成 ▲同 角 △7五香

▲6四馬 △5三銀 ▲同 馬 △同 玉 ▲7三歩成 △4六角

▲5七桂 △9七飛成 ▲同 桂 △7七香成 ▲同 金 △4二玉

▲6三と △7六歩 ▲同 金 △7八歩 ▲同 玉 △3一玉

▲2四歩 △7五歩 ▲7七金 △7六銀 ▲2三歩成 △同 金

▲7二飛 △5二歩 ▲2四歩 △同 金 ▲5二飛成 △7七銀成

▲同 玉 △4二金 ▲5四龍 △7六金 ▲7八玉 △5七角成

▲同 金 △6六桂 ▲同 飛 △同 歩 ▲5一龍 △4一飛

▲4三桂 △3二玉 ▲5三と △6七歩成 ▲同 金 △5一飛

▲4二と △2二玉 ▲5一桂成 △6七金 ▲同 玉 △7六角

▲7八玉 △1二玉 ▲5五角 △2二歩 ▲3一銀 △2三金

▲2五香 △6七金 ▲8九玉 △2九飛 ▲7九歩 △2五飛成

▲1七桂 △8八香 ▲同 玉 △8六歩 ▲9八銀 △8七歩成

▲同 銀 △8六歩 ▲同 銀 △5四歩 ▲2五桂 △8七歩

▲9八玉 △5五歩 ▲3二銀 △8八歩成 ▲同 玉 △6六角

▲8九玉 △5六歩 ▲6三飛 △3二角 ▲同 と △8七歩

▲1三香


まで181手で吉良の勝ち

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ