498手目 逆転禁止
※ここからは、越知さん視点です。
ふむふむ、いいんじゃないでしょうか、これ。
だいぶ先手がいいですねえ。
あとは押さえ込みつつ寄せていきましょう。
「6二馬です」
亜紀さんは6六歩。
これはアレですか、6八金引に7六飛と出るんでしょうか。
それは7七歩と打ってよしです。9六飛は6三馬の王手飛車ですからね。7五飛くらいしかありませんが、そこで8四馬と引きます。ただ亜紀さんの性格からして、単に9一飛と寄りそうです。彼女、中途半端なかたちがあんまり好きじゃないんですよね。だから7五飛の位置取りはしないと思っています。
というわけで6八金引。
亜紀さんは9一飛。ハマってきましたよ。
9二歩、5一飛。
これは取らなくていいです。交換するメリットがありません。
3七銀で反対側を攻撃。飛車筋を通します。
「7六銀ッ!」
ジリ貧と見てつっこんできましたか。
無視です。2四歩。
亜紀さんは2六歩、同飛、4四角で止めてきましたが、これはすなおに2八飛。後手は歩切れなので、再度の2六歩は不可能。
とにかくこっちは焦る必要がありません。このあたりがTRPGと将棋の違いですね。将棋には一発逆転イベントがないんです。あるのは本人のポカだけ。このあたりはシビアですが、私は好きですよ。
亜紀さんは3三金寄。
私は一回受けて7七歩。
「ぐぅ、からい」
亜紀さんは6七歩成で清算してきました。
同金直、同銀成、同金、3五角。
ほおほお、そう来ますか。角を活用しましたね。
「8四馬」
これが急所です。自陣に利かせつつ、飛車をけん制。
4九銀と攻めてくる可能性もありますが、それは2三桂が速いです。
「ご、5四歩」
飛車の浮き場所を作りましたね。
6二香成に5三飛の予定ですか。
どうしましょう。ここで2三桂でも勝ちだとは思いますが──
「6二香成」
安全ルートを選択。
5三飛、6五桂、4三飛。
さすがに9三飛とは暴発しませんか。
締め上げていきましょう。
5二銀、3一玉、4三銀成、同銀、7五馬、2二玉、5三桂成。
亜紀さんは同角で徹底抗戦。
「同馬です」
亜紀さん長考。のこり1分ですよ。
ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「2四金ッ!」
おっと、2四歩があっては支えきれないとみましたか。
私ものこり3分のうち1分使って、同飛。
2三歩、2八飛、3九銀、6八飛、4六歩、同銀、8九成香。
ワンチャン狙ってきましたね。その勝負精神、買いました。
こっちもそろそろ決めに出ます。のこり時間を全部投入。
ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
4一飛。
以下、3一金打、6一飛成、5五歩に6四角。
飛車角3枚の攻め。
こうなると後手は駒を打って受けていくしかありませんね。
4二桂、5五角、4四銀打。
「切ります。同角」
同銀、同馬、3三桂、同馬、同金、2五桂。
理想形。金は逃げられません。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「に、2四角ッ!」
むむッ、まだ受けますか。
これは最後の悪あがきとみました。
悪あがきに負けると怒髪天になるので冷静に対処します。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
この手を見て、亜紀ちゃんはため息をつきました。
「合駒が悪くてダメかあ……」
同金、3三銀、同角、同桂成、同玉、3一龍のことでしょうか?
そうですね、金合いができません。っていうかうまくいけば詰むのでは?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
同金、3三銀、同角、同桂成。
ここまで指して亜紀さんは、
「あ、そっか、これ同玉だと詰みだね……負けました」
と言って頭をさげました。
「ありがとうございました」
私もとちゅうで気づきました。同玉は、3一龍、3二合駒、2二角、2四玉、2五金、同玉、2六歩、同玉、2七歩、3六玉、2六金、4七玉、5七金までです。6八に飛車がいるので、入れません。
快勝譜。今回の大会で一番良かったかも。
亜紀さんはしばらく「う~ん」とうなって、首をひねりました。
「2三歩って収めたほうがよかった?」
中盤の入り口ですね。
私たちは局面をもどしました。
【検討図】
「進行としてはあまり変わらない気もします。後手は9三桂ですか?」
「かな……でもこれは先手から1五歩があると思うんだよね」
「たしかに、2三歩、5七角、9三桂ならそこで1五歩と突けそうです」
以下、同歩、1四歩なら後手の端が破れます。
「これがイヤだから先に9三桂だったんだけど、切れちゃったからなあ。もしかしてこの時点で先手いい?」
「そこまでは分かりませんが、先手悪い気はしませんでした」
「そっか……じゃあ序盤で悪くしちゃったみたい」
私たちはそのあと、序盤を調べました。
明確にここが悪かった、という箇所は見つかりませんでした。
どうも徐々に先手持ちになっていったみたいです。
亜紀さんはまたタメ息をついて、
「うーん、お姉ちゃんも3勝で、わたしも3勝。せめてお姉ちゃんは抜きたいなあ」
と言いました。
なんだか個人的な戦いになってますね。姉妹の確執?
と、このあたりで切り上げましょう。
「次もありますし、このへんにしませんか?」
「だね。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
私たちは一礼して離席。
インタビューへ。イヤホンをすると、女性の声が聞こえました。
《もしもし、小早川です》
あ、大学生のひとに当たりました。
ちょっと緊張します。
「こんにちは、おつかれさまです」
《序盤からずっと押していましたね》
「はい、指しやすさはあったと思います」
《二階堂さんは、6五歩が指し過ぎにみえました。本譜の進行にするなら、6五歩も省略して9三桂のほうが良かったかもしれません》
【参考図】
なるほど、たしかにそうだったかも。
「あとで二階堂さんと相談してみます」
《こちらも同じ点を訊いてみるつもりです……キングさん、どうぞ》
《Hello》
キングさんとですか。こちらも話したことがないので緊張します。
「な、ナイス・トゥー・ミー・チュー」
《Ahahaha、日本語でOKデース。おもしろかったヨ。もうちょっと受け切ってkillするかと思ったけど》
「決めるときは決めないといけないかな、と」
《Oh、いい判断デスネ。Gamerはそうじゃないと。過激にいきまショー》
過激はよくないです。
やはり冷静沈着、これが一番です。
「アドバイス、ありがとうございました」
それでは次の対局まで休憩──あ、なんだか人だかりができてますね。
あれはどこの対局でしょうか。
一番うしろに阿南先輩がいたので、私は声をかけました。
「阿南せんぱーい」
「……」
「阿南せんぱーい」
「……」
き、気づいてもらえませんね。
では奥の手です。秘技・夢子ステルス。
私は存在感のなさを活かして、こっそり前列へすり抜け。
【先手:六連昴(H島県) 後手:今治健児(E媛県)】
あ、持将棋っぽいです?
ふたりとも1分将棋で、終盤独特の雰囲気に包まれていました。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
六連くんは2四歩。
となりで観戦していた今朝丸先輩は、
「200手を超えているのではないかね? このまま持将棋だろうか?」
と、おなじく観戦者の米子先輩にたずねました。
米子先輩は、
「先手は点が足りてないっすね。しかも6六馬で王手龍っす」
と答えました。
たしかに点が足りません。このままだと先手負けです。
どこかで駒を拾いましょう。
TRPG仲間ということもあって、私は六連くんを応援。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
6六馬。
六連くんは目頭を押さえて、しばらく目をつむりました。
あきらめちゃダメです。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
4四龍。これしかありません。
今治先輩は「ふむ」と漏らして、その大柄な腕を組みました。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「5五角」
おっと? これには周囲も表情を変えました。
米子先輩は、
「4四角はできないっすよね? 同金、同馬、同とは、先手も点数が足りてくるっす」
とつぶやきました。
ですよね。私もそう思います。
六連くん、すこしばかり背筋が伸びました。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
六連くんは3二玉と入りました。
今治先輩は両手の指を組んで、関節を鳴らしました。
「……4四角だ」
「「「!」」」
こ、これは……今治先輩、どうしたんですか?
私たちがおどろく中、今朝丸先輩だけは冷静でした。
「なるほど、今治くんらしく出たな。仕留める気だ」
同金、同馬、同と、同龍。
あ……れ? よく考えたら、これ詰めろですね。
だけどさすがに受かるでしょう。先手の持ち駒は多いですし。
……………………
……………………
…………………
………………受かりますよね?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
え? 攻めるんですか?
受けたほうがいいですよ。
どう受けたほうがよかったのかは、私の棋力では不明でしたが。
この王様はさすがに捕まりません。後手は入玉確定です。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
今治先輩は1八玉と入りました。
「1七金」
金捨て?
同成銀に対して、六連くんはすばやく5四角。
角捨て……この布石でしたか。また点が足りなくなりました。
というかこれだと詰まないんですか?
4二金とか4三金が全部詰んでるのは分かったんですが、これは──
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「読み切れん。同龍」
六連くんは3六角。
あ、龍を消すわけですね。
今治先輩も意図を理解したようで、肩を回しました。
「最後までめんどうじゃのお」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
2七角、5四角、同角成。
この瞬間、右どなりに立っているスーツの少年──囃子原先輩は、腕組みをしたまま小さく囁きました。
「残念だったな、六連くん……この局面自体が詰みだ」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
4三金、2一金、同玉、同馬、3二金。
今治先輩は、大きく息をつきました。
「長かったわい……これでわしも初日だ。1二銀」
……詰んでます。ということは4四龍の時点で必至?
六連くんの肩が落ちました。
右腕をテーブルに乗せて、倒れ込むようなかっこうに。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「……負けました」
場所:第10回日日杯 3日目 女子の部 13回戦
先手:越知 夢子
後手:二階堂 亜紀
戦型:矢倉急戦
▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲7七銀 △6二銀
▲2六歩 △4二銀 ▲2五歩 △3三銀 ▲4八銀 △3二金
▲7八金 △4一玉 ▲3六歩 △5二金 ▲6九玉 △6四歩
▲3七銀 △6三銀 ▲4六銀 △4四歩 ▲3五歩 △同 歩
▲同 銀 △4三金右 ▲5六歩 △9四歩 ▲9六歩 △5四銀
▲7九角 △4五歩 ▲5八金 △6五歩 ▲5七角 △1四歩
▲1六歩 △3四歩 ▲2六銀 △4二銀 ▲2四歩 △同 歩
▲同 角 △9三桂 ▲5七角 △8五桂 ▲8八銀 △9五歩
▲同 歩 △9七歩 ▲同 桂 △9五香 ▲8五桂 △9九香成
▲9三桂成 △6二飛 ▲8四角 △6六歩 ▲7七銀 △6七歩成
▲同金右 △2七歩 ▲同 飛 △6六歩 ▲同 銀 △6三香
▲7三角成 △6一飛 ▲6五歩 △同 香 ▲同 銀 △同 銀
▲6四香 △7一飛 ▲6二馬 △6六歩 ▲6八金引 △9一飛
▲9二歩 △5一飛 ▲3七銀 △7六銀 ▲2四歩 △2六歩
▲同 飛 △4四角 ▲2八飛 △3三金寄 ▲7七歩 △6七歩成
▲同金直 △同銀成 ▲同 金 △3五角 ▲8四馬 △5四歩
▲6二香成 △5三飛 ▲6五桂 △4三飛 ▲5二銀 △3一玉
▲4三銀成 △同 銀 ▲7五馬 △2二玉 ▲5三桂成 △同 角
▲同 馬 △2四金 ▲同 飛 △2三歩 ▲2八飛 △3九銀
▲6八飛 △4六歩 ▲同 銀 △8九成香 ▲4一飛 △3一金打
▲6一飛成 △5五歩 ▲6四角 △4二桂 ▲5五角 △4四銀打
▲同 角 △同 銀 ▲同 馬 △3三桂 ▲同 馬 △同 金
▲2五桂 △2四角 ▲4四銀 △同 金 ▲3三銀 △同 角
▲同桂成
まで139手で越知の勝ち
場所:第10回日日杯 3日目 男子の部 12回戦
先手:六連 昴
後手:今治 健児
戦型:角換わり力戦形
▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩 ▲7六歩 △3二金
▲7七角 △3四歩 ▲6八銀 △3三角 ▲同角成 △同 金
▲7七銀 △6二銀 ▲7八金 △7四歩 ▲3八銀 △7三銀
▲4六歩 △6四銀 ▲3六歩 △4二玉 ▲3七桂 △5二金
▲4七銀 △3二玉 ▲4八金 △4二金 ▲5六銀 △4四歩
▲2九飛 △2二玉 ▲6六歩 △5四歩 ▲6八玉 △3二銀
▲4七銀 △4三金上 ▲5八金 △5五歩 ▲7九玉 △7五歩
▲4五歩 △7六歩 ▲同 銀 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛
▲7七歩 △8二飛 ▲8三歩 △同 飛 ▲4四歩 △同金左
▲7二角 △8四飛 ▲6三角成 △8八歩 ▲同 金 △4六歩
▲同 銀 △5四角 ▲同 馬 △同金寄 ▲2四歩 △同 歩
▲2三歩 △同 銀 ▲2五歩 △3八角 ▲3九飛 △2七角成
▲2四歩 △3二銀 ▲4五銀 △8七歩 ▲7八金 △5六歩
▲8七銀 △8六歩 ▲7六銀 △4五金 ▲同 桂 △5七歩成
▲同 金 △4八銀 ▲2三歩成 △同 玉 ▲4四歩 △同 金
▲2四歩 △2二玉 ▲4二金 △4五金 ▲5四角 △3三玉
▲3二角成 △2四玉 ▲1六銀 △3九銀不成▲2七銀 △5九飛
▲8八玉 △5七飛成 ▲8五歩 △2七龍 ▲8四歩 △2二歩
▲2五歩 △同 龍 ▲5四馬 △8七銀 ▲同 金 △同歩成
▲同 銀 △8六歩 ▲6四馬 △8七歩成 ▲同 玉 △7三金
▲1五銀 △同 龍 ▲1六銀 △9五桂 ▲8六玉 △1六龍
▲同 歩 △2六銀 ▲3二飛 △3三銀 ▲4六角 △2五玉
▲7三馬 △同 桂 ▲同角成 △2八角 ▲1七桂 △同銀成
▲2九飛 △2七成銀 ▲4六歩 △7四歩 ▲7六歩 △3六玉
▲2八飛 △同銀成 ▲8五玉 △6二歩 ▲6四金 △7一金
▲8三歩成 △8八飛 ▲7四玉 △8二桂 ▲6五玉 △4四金
▲8七歩 △8九飛成 ▲8二と △6一桂 ▲9五馬 △9四歩
▲8四馬 △8二金 ▲4五歩 △7三銀 ▲4四歩 △6四銀
▲同 玉 △7三金打 ▲6五玉 △8四金 ▲4八銀 △1九龍
▲5四玉 △4七歩 ▲5七銀 △4二銀 ▲3四飛成 △3五歩
▲4六金 △2六玉 ▲1五角 △1七玉 ▲4二角成 △3三金
▲同 馬 △同 桂 ▲4三歩成 △6七角 ▲5六歩 △4八歩成
▲4四玉 △5八と ▲3三玉 △5七と ▲8四龍 △4九龍
▲3五金 △5六角成 ▲2四歩 △6六馬 ▲4四龍 △5五角
▲3二玉 △4四角 ▲同 金 △同 馬 ▲同 と △同 龍
▲2九桂 △1八玉 ▲1七金 △同成銀 ▲5四角 △同 龍
▲3六角 △2七角 ▲5四角 △同角成 ▲4三金 △2一金
▲同 玉 △4三馬 ▲3二金 △1二銀
まで226手で今治の勝ち




