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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第5局 ジャビスコこども将棋祭り☆午前の部(2015年5月5日火曜)
51/681

39手目 高校生女子の部A1回戦 月代vs裏見(1)

※ここからは香子きょうこちゃん視点です。

 はあ、H市の総合センターって、いつ来ても緊張するわね。

 それに、こどもが一杯。小学生が、うるさいのなんの。

 開会式が終わって、べつのホールに行ってくれたから助かる。

裏見(うらみ)さん、おはようございます」

 おっと、この声は……私は、視線を下にむける。

吉備(きび)さん、おはよ」

「裏見さんも出ていたのですね。ちょっと意外です」

 それはこっちの台詞よ。

 3年生チームが2つもあるとか、暇をもてあます乙女たち。

「今日は、当たったらよろしくね」

「はい、ただ、どういう方式でやるか、まだ分かりませんが」

 そうなのよ。

 HPに書いてあるのかと思いきや、書いてなかったし。

「やっぱり、トーナメントよね?」

 吉備さんは眼鏡をはずして、レンズを拭いた。

「私は、トーナメントではないと思います」

「え? どうして?」

「県内各地から集めたイベントで、一発勝負にするでしょうか?」

 ふむ……一理ある。

 でも、それを言ったら、公式県大会は全部一発勝負なわけで……。

「まあ、そのうち発表があるでしょう」

 吉備さんはそう言って、ホールを見回した。

「だれか捜してるの?」

「いえ……他県の生徒が来てるのではないかと思いまして」

 他県???

「えーと、それってレギュレーション違反よね?」

 出場選手は、H県内の学校に通っていることが条件だったはず。

 それとも、となりのO県やY県から通ってる学生のことかしら?

 H県に高校はたくさんあるから、県外通学者もめずらしくはない。

 私が疑問に思っていると、吉備さんはこちらに向きなおった。

「今年は、日日(にちにち)杯王座戦と女王戦があります。偵察に来てもおかしくないです」

「偵察? わざわざそんなことする?」

「3年前は、H県の選手が優勝でしたからね。結構、根に持たれてますよ」

 そんなもんかしら?

 たしか、ソールズベリーの三和(みわ)さんが優勝したのよね。伝説的な選手。

 私は、トイレで一回会ったことがあるわ。声をかけられちゃった。

「まだ朝早いですし、来るとしたら午後かもしれません」

 うーん、来ること前提なんだ。よく分からない。

《組み合わせが決まりましたので、掲示をごらんください》

 待ってました。

 私たちは、運営席のホワイトボードに移動する。


挿絵(By みてみん)


 【第1ラウンド】

  Outsiders vs 象棋小姐

  将棋の女王様 vs Common Sense Girls

  お花と愉快な仲間たち vs インコンパチブル

 

「男子と女子でラウンド数が違うな」

 見知らぬ男子が、そうつぶやいた。

 ……あ、ほんとだ。男子は5ラウンドまである。

「そもそも、スイス式にしては、ラウンド数が多いような……」

 と吉備さん。

「そう? 4ラウンドって少なくない?」

「3ラウンドで、全勝チームは1チームまで減ります。4ラウンドにすると、既に当たったチームと再戦する可能性が高いですね。男子のほうは10チームありますが、これも5ラウンドは必要ありません。4ラウンドで十分です」

 6チームの場合は、3→1〜2→0〜1。

 10チームの場合は、5→2〜3→1〜2→0〜1。

 なるほど、最終ラウンド前に、全勝チームが1以下になるわ。

「運営の不手際かしら?」

「これは憶測ですが……最終ラウンドは、決勝のつもりなのではないでしょうか。スイス式トーナメントの場合、トーナメントが終わったあとで、上位2名の決勝戦をやるという大会も、多くみられます。今回のケースで言うと、女子は3ラウンド目まで、男子は4ラウンド目までが予選ということになりますね」

 なるほど、それなら、最終ラウンドで同じチームが当たっても、違和感はない。

「今日限りのイベントなのに、4、5試合もできるのかしら?」

「そこが問題ですね……持ち時間が相当短いのでは……」

 私たちが話し合っているなか、アナウンスが入った。

《ルールを説明します。持ち時間は、15分30秒。千日手は、開始30分以内のもののみ指し直し、それ以降は引き分けとなります。持将棋は24点法で、これも指し直しなしですが、大会進行の都合上、開始から70分が経過した場合、5分切れ負けに移行します。対局中の席順は、最終ラウンドを除いて、変更できません。登録通りに座ってください》

 15分30秒かあ……部室の練習将棋モードだ。

 これなら平均1時間弱で終わるし、4〜5局指しても大丈夫そう。

 最後の切れ負けがネックね。私は切れ負けが、あんまり好きじゃない。

《それでは、チーム名の掲示にしたがい、着席してください》

 選手がバラバラになる。

「それじゃ、またあとでね」

「全勝同士で当たれるといいですね。おたがいにがんばりましょう」

 私は吉備さんと別れて、対局テーブルに向かった。

 相手は西野辺(にしのべ)さんのチームか……並びは、どうなってるのかしら?

 私たちのほうは、乃々村(ののむら)さん、私、南海(なんかい)さんなんだけど……。

「う、裏見さんじゃない……ッ」

 あ、このしゃべりかたは。

渋川(しぶかわ)さん、おはよ」

「お、おはよう……ッ」

 なんで年下なのに丁寧語じゃないかな。ま、慣れたけど。

「渋川さん、もしかして2番席?」

「わ、私は3よ……ッ 2は晶子(あきこ)ちゃん……ッ」

 あきこちゃん? ……西野辺さんの下の名前、なんだっけ?

 思い出そうとしていると、すごい髪型の少女が現れた。

 髪のお化け? っていうか、支部長の月代(つきしろ)さんだ。

「裏見先輩、おはようございます」

「おはよ……あれ、もしかして2番席?」

「もしかしなくても、2番席です」

 月代さんと当たったか……初対局だ。

 それにしても、すごい髪型。なんていうの? ジャイアントポニーテール?

 でもでも、ポニテは髪の量じゃないわ。形よ、形。分かる?

「さっそく、駒を並べましょう」

 さすがは支部長。大会の進行に配慮している。

 私たちは着席して、準備を始めた。

 結局、乃々村vs西野辺、私vs月代、南海vs渋川か。

 1番席は西野辺さん有利、3番席は……微妙に南海さん有利。

 私のところで勝敗が決まっちゃうかも。プレッシャー。

「振り駒をおこなってください」

 今度は、マイクなしでスタッフが大声。

(ゆず)おねぇでいいよ」

 1番席の西野辺さんは、乃々村さんに振り駒をゆずった。

 カシャカシャ、ポイ。

「……CS Girls、奇数先」

「将棋の女王様、偶数先」

 奇数先……私が後手か。

 なにをしましょうか。ひさしぶり過ぎて、いろいろと不安。

 まあ、こっそりおじいちゃんに稽古つけてもらいましたが……さて……。

「対局準備の整っていないところは、ありますか?」

 返事なし。

「……では、対局を始めてください」

「よろしくお願いします」

 大合唱のあと、私はチェスクロを押した。

 月代さんは、すぐに手を伸ばす。

「2六歩」


挿絵(By みてみん)


 ほぉ……飛車先を突いてきましたか。

 ということは、居飛車党ね。対抗型にするかどうかの選択肢は、私にある。

「……3四歩」

 15分30秒だし、初手に考えるのはやめましょう。

「相掛かりにはしないんですね……7六歩」

 4四歩、2五歩(いきなり決めた?)、3三角、4八銀、4二飛。


挿絵(By みてみん)


 私が飛車を振ると、月代さんはびっくりした表情。

「振り飛車なんですか?」

 ん? なにか文句でも?

 ……あ、もしかして、居飛車党と勘違いされてた?

 県大会だと、居飛車ばっかり指してたから……。

「6八玉」

 月代さんは、王様を上がった。

 いつまでも驚いていられない、という感じだ。

「9四歩」


挿絵(By みてみん)


 どや。振り穴ですら、ないのよ。

 にぶった勘をとりもどすには、昔のかたちに返ること。

 歩美(あゆみ)先輩と指しまくってた、藤井システムに誘導するわ。

 7八玉、7二銀、5六歩、5二金左、5八金右、6四歩、5七銀。

 月代さんは、やっぱり穴熊かしら?

「3二銀」

「3六歩」


挿絵(By みてみん)


 ん? そこを突いてきた?

 ……もしかして、対藤井システムの、右銀急戦?

 なんかイヤな予感がする。

「6二玉」

 月代さんは、ひと呼吸おいてから、3五歩。

 だぁ、懸念どおりだった。

 上級生に急戦とか、いい度胸してるじゃない。受けてたつわよ。

 同歩、4六銀、3六歩、2六飛、4五歩。

 

挿絵(By みてみん)


 急戦におなじみの、角道開け。

 月代さんは、さっさと5五銀。ここで……ここで、どうしましょ。

 5四歩とか、効く? 6六銀なら御の字だけど、さすがにそれはないでしょ。5四銀と強く取って、8八角成、同銀……5三歩があるか。これで銀が死んで……ない? 3一角、4一飛、2二角成で困るわね。

 んー……あッ、角交換しなきゃいいのか。単に5三歩だわ。

 やっぱり、ちょっとブランクがあるわね。気合い、気合い。

「5四歩」

 月代さんは30秒ほど考えて、6四銀。

 これは飛車に対するプレッシャーがないから、4六歩ね。4六歩。

 同歩、同飛、4七歩。

 ここで頑張るか、それとも飛車を引くか。頑張るなら、5六飛よね。私は念のため、角交換の筋を読む。3三角成、同銀、3五角、4四角、同角、同銀、2二角は、ありそう。


挿絵(By みてみん)


 (※図は裏見さんの脳内イメージです。)


 これは、5六飛と寄る前に、きちんと読んである。3三角と打ち直して、同角成、同銀、3五角以下、千日手になるか、あるいは、3一角成、5五銀、同銀、同角みたいな展開。最後の5五同角は、9九角成と1九角成を同時にみて、調子がいい。

「5六飛」

 私は飛車を寄って、チェスクロを押した。

「5六飛……?」

 月代さんは、けげんそうに考え始めた。

 なにか? 王手飛車は、かかりませんよ。

「……」

「……」

 ずいぶん考えるわね。私も、さっきの角交換の筋を読み直す。

「……」

「……3三角成」

 結局、月代さんは1分使って、3三角成とした、同銀、3五角、4四角。

 やっぱり、5五銀以下の対応を考えてたっぽいわね。

「同角」

「同銀」

 角を取り終えた私は、ペットボトルを開けて、お茶を飲む。

 月代さんは、角をつまんで、パシリと一回カラ打ちした。

 そうそう、2二角とし……て……。


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「お茶、こぼれてますよ?」

 私はペットボトルから口を離すと、あわててあごを拭いた。

 ひーしゃーがーしーんーでーるーッ!

 どうなってんのッ! 飛車が死んどるがなッ!

 責任者……だれか責任者を……。

 私はもだえながら、5八飛成と切った。駒損を最小限にする。

 同金、6三歩、5三歩。


挿絵(By みてみん)


 ぐッ……これも厳しい。

 同銀、同銀成、同金、2二飛がみえるけど……5二銀で固める?

 2一飛成、5五角、3六飛、9九角成、8八銀、9八馬、9九銀打は、ちょっとキツい。かと言って、1九角成は、3一飛成とされて、ほぼ終わり。

 私は真剣に考える。こういう修羅場は、何度もくぐってきてるのよ。なにかうまい手があれば、それで……ん、4二金と寄れる? 一見、ありえない手だけど、銀交換に持ち込めないなら、先手は7五銀と引くしかない。そうなれば、5三銀ともどれて、先手の歩打ちは完全に不発だ。もちろん、4二金に2二飛はみえる。ただそれも、4一歩と固めて、2一飛成に6四歩。これがまた、角当たり。以下、5四角、5三銀は、手順に駒を回収しつつ、自陣を整備してる。5五角も残ってて、グッド。

 この時点で、のこり時間は、私が5分、月代さんが4分。ほんとに短い。

 私はかるくうなずいて、4二金と寄った。

「4二金……?」

 月代さんは、5六飛のときと同じ反応。

 今回は、さすがに読み抜けてないわよ。

 っていうか、飛車金交換に持ち込んでも、意外と戦えてるわね。

「……そっか、銀が死ぬ」

 月代さんも、やや前のめりになった。難しいことに気づいたようだ。

「……5四角」


挿絵(By みてみん)


 攻めてきた。

 これは、銀を見捨てて、桂馬を入手する順だ。

「6四歩」

 当然に銀を拾わせてもらう。月代さんは、ノータイムで2一角成。

 さあ、調子ももどってきたし、反撃させてもらうわよッ! 

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