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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
508/682

496手目 エンジン再始動

※ここからは、阿南あなんくん視点です。男子第12局開始時点にもどります。

 長尾ながおに勝って3連勝。調子出てきたんじゃないの。

 後半星が伸びるのって楽しいよね。

 さて、次はY口の嘉中ひろなかとか。

 僕は対局テーブルへ向かう。

「よろしくぅ」

 対局テーブルに突っ伏していた嘉中は、顔をあげた。

 よく日焼けしてるね。アウトドア派。

「昼寝してたの?」

「10分だけ」

「僕、3連勝中だから、覚悟してね」

 嘉中はタメ息をついて、大きく背伸びした。

「俺は捨神すてがみ吉良きら六連むつむら少名すくなで4連敗した。もうダメだ。燃え尽きた」

「じゃあ初手で投了してくれる?」

「アホか」

 燃え尽きてないじゃーん。真っ白な灰になろうよ。

 とりあえず着席。

 駒は並べてあるから、やることなし。雑談。

「さすがに僕たちの位置からは決勝狙えないね」

 嘉中はあきれて、

「そんなネガティブな会話してどうするんだよ……」

 と言った。

「現状把握はだいじでしょ」

 嘉中は、

「把握してもなにも起きないけどな」

 と言ってから、大きく背伸びをして、

「あ~、司会の魚住うおずみと、日本の食糧危機について語ってたほうがマシだ」

 と漏らした。アハハ、主催者が聞いたら怒るよ。

 まあ、僕も解説やってみたいけどね。8割くらい雑談で。

《……対局準備はよろしいでしょうか?》

 おっと会話はここまで。

《では、始めてください》

「よろしくお願いします」

 チェスクロ、ポチっと。

 7六歩、3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩。


挿絵(By みてみん)


 おっとっと、横歩だね。

 嘉中は、

「これまた疲れるかたちだな」

 と言った。

 いやいや、横歩なんてパパッと指せばいいんだよ。

 どうせアマチュアだから定跡どおりにはならないのさ。

 7八金、3二金、2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛。

「3四飛」

「3三角」


挿絵(By みてみん)


 嘉中はここまで指して、

「さて、どうすっか」

 と頭をかいた。

「投了しよう」

「アホか」

「アハハ、冗談だよ。横歩の序盤なんだし、そんなに考えることなくない?」

 嘉中は右ひざを立てて、それに両手をあてた。そのまま椅子をうしろにかたむけた。

「横歩の研究ストックは全部使っちゃったんだよなあ」

 じゃあゲリラ戦で。

 嘉中は1分考えて5八玉と上がった。

 5二玉、3六歩、2六歩、3八銀、2七歩成。

 歩を即捨てして銀を吊り上げるよ。

 同銀、8八角成、同金、7六飛。


挿絵(By みてみん)


 比較的攻勢。

 嘉中は7七角と受けた。僕は2八角と打ち込む。

 嘉中は持ち駒の歩を手にして、

「これでどうすんの?」

 と言い、2二歩と打った。

 手筋だね。同金も同銀もできない。

「3三桂」

 2一歩成、4二銀、8四飛。


挿絵(By みてみん)


 嘉中も攻勢に出た。

 7二銀と受けてもいいけど……どうせなら派手にやろう。

 どうせ受ける手はない。

「1九角成」

 8一飛成、4五桂、2二と、同金、6八銀。

 中央に殺到したいね。

 僕は1分ほど考えて5五香と打った。

 嘉中は椅子をもどして、すこし前かがみに考え込む。

 どうかな。こっちもギリギリな攻めの自覚はある。

 先手も攻め合うなら3四桂だよ。

「……取る」

 なにを?


 パシリ


挿絵(By みてみん)

 

 へぇ、同角か。

 どうなんだろ。中央が明確に潰れるなら切るしかなかったんだろうけど……そんなに厳しい攻めだったかな? 5七桂成以下でも潰れなかったような?

 まあいいや。ちがう局面を考えてもしょうがない。

「同馬」

「7七香」

 んー、なるほど、飛車取り……飛車はあげちゃってもいい。

「2六歩」

 7六香、2七歩成、8五飛、5四歩、9一龍。


挿絵(By みてみん)


 8五飛って打つようだと、苦しいんじゃない?

 いざというときの馬取りと、8筋の防御だよね、それ。

「というわけで、傷口に8七歩ぅ」

「うげぇ、めんどくせえ」

 同金、3七と、6九玉、9九馬、3七桂、同桂成。

 はい、包囲。

 嘉中は7三香成としてきた。

 うーん、どうしよっかなあ。

 とりあえず水分補給。ペットボトルから直飲み。

 8六歩と打ってもいいし、4七成桂と寄ってもよさそう。

 ただ4七成桂は、なにかの手順で消される可能性があるか。

「8九馬」


挿絵(By みてみん)


 手堅く寄せていくよ。

 嘉中は片目をつむって頭をかいた。

「かーッ、これもう俺が悪いな」

「敗勢ってほどじゃないでしょ」

「とりあえず8八金だ。どけ」

「同馬ッ!」

 切っちゃうよーん。

 同飛、7六桂、8三飛成、6八桂成、同玉。

「7六桂」


挿絵(By みてみん)


 包囲網再構築。

 ただ入玉が気になるかたちになっちゃったな。

 抜けられると負けそう。

 嘉中も入玉する気マンマンで、7七玉と上がった。

 この時点で先手はのこり9分、後手は11分。

 手数のわりに使ってる。

 僕はとりあえず入玉を止める手を考えた。

「んー、これで止まるんじゃないかな。7五金」

「6三成香」

 王手か──だけど先手玉のほうが危ないんだよね。

 4一玉、6二成香なら、6八角、7八玉、7七銀、8九玉、7九角成、9八玉、8八銀成、同龍、同馬で詰むからね。先手玉は詰めろなんだ。

「4一玉」

 嘉中は5二成香と捨てた。

 詰めろ解除もしないのか。それともこれが解除の準備?

 だとすれば、次の手はだいたい予想がつく。

「同玉」

「9六角」


挿絵(By みてみん)


 だよねえ。

 王手王手で詰めろを解除するなら、これしかない。

 だけどなあ、んー、どうなんだろ。受けには利いてるか。

 嘉中は軽く口笛を吹いて、あたりをキョロキョロしている。

 対局中はお静かに。

「一回バラそうか。7四歩」

 駒音がして、嘉中は盤面に向きなおった。

 あごをなでで、それから同角。

 僕は同金と取った。

「お、金がいなくなるのか。同龍だ」

 嘉中、俄然ヤル気になった模様。

 敗勢から入玉できそうになると、テンション上がるよね。

 5五角、7六玉、7二香、6三金、4一玉、7三歩、同香、同金。

 ごりごりだなあ。僕は軽く返そう。

「9五角」


挿絵(By みてみん)


 嘉中はオヤッという顔。

「2枚角……?」

 よーく見よう。金はもう助からないよ。

 阿南あなん是靖これやす、会心の角の舞。

 8六香、7三角右、9三龍、6四銀、6六香、7五金。


挿絵(By みてみん)


 王様の両脇に香車って、めずらしくない?

 触れないように寄せていく。

 同龍、同銀、同玉。

 両者のこり1分。慎重に寄せる。安全運転。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「7七飛」


挿絵(By みてみん)


 一見7六歩で止まる。でもノープロブレム。

 嘉中も1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「7六歩」

「送りの手筋じゃないよ。6七飛成」

 単成り。だけど激痛。

 次に6六龍か6六角でほぼ終わりだからね。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


 嘉中は7八桂の捨て駒。

 これは……いじらないほうがいいな。

 僕は6四角と引いた。


挿絵(By みてみん)


 香車で取らせれば、自動的に龍の道ができる。

 嘉中も取るしかないから、同香。

 同龍、8五玉、9一香、7四角。

 おっと、王手だね。見落とし禁止。

 僕は6三歩と打った。

 9一龍、8四銀、9六玉。

「さあ、非常口が閉まるよ。7四龍」


挿絵(By みてみん)


 これを見て、嘉中はさじを投げた。

「あ~、投了」

「ありがとうございました」

 嘉中は椅子にのけぞって、

「阿南に負けるかあ」

 と言いながら、頭に手をあてた。

 ハハハ、天才阿南さまに勝とうなんて、100年早いよ。

「とちゅうからめちゃくちゃ悪くなったな。どこがいけなかった?」

 急激に先手が悪くなった感じはするね。

 僕たちは検討を始めた。

 僕は、

「8三飛成が微妙じゃなかった? なんで先に成香を捨てなかったの?」

 とたずねた。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 嘉中の回答は、

「いや、これは最後いっしょになる。4一玉、8三飛成、6八桂成、同玉、7六桂、7七玉、7五金だ」

 だった。

 いやいや、僕の提案はちがうんだよ。

「8二飛成って勝負しない?」

 嘉中は眉間にしわを寄せた。

「8二飛成? ……同銀狙いか?」

「まあ取らないだろうけど、これくらいしないと逆転できないよね?」

「んー、取っても逆転してないと思うが……5五角で香車を取ったところのほうが、まだ選択の余地があった」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「ああこれね。たしかに3四桂のほうがイヤだったよ」

「ただ手抜かれたときが怖かったんだよな……」

「3二金もあるし、2六歩もあるね」

「2六歩が微妙にイヤだった。2六歩、3八銀とへこまされてから3二金」

 嘉中って心配性なんだな。

 僕ならサクッと3四桂と指すね。

 そのあとは中終盤を口頭で一通りやって、それから解散した。

 えーとインタビュー……ん? なんか盛り上がってるところがあるな。

 なんだろ。たしかあの席は──ちょっと寄ってみよう。

場所:第10回日日杯 3日目 男子の部 12回戦

先手:嘉中 平三

後手:阿南 是靖

戦型:横歩取り


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩

▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲3四飛 △3三角 ▲5八玉 △5二玉

▲3六歩 △2六歩 ▲3八銀 △2七歩成 ▲同 銀 △8八角成

▲同 金 △7六飛 ▲7七角 △2八角 ▲2二歩 △3三桂

▲2一歩成 △4二銀 ▲8四飛 △1九角成 ▲8一飛成 △4五桂

▲2二と △同 金 ▲6八銀 △5五香 ▲同 角 △同 馬

▲7七香 △2六歩 ▲7六香 △2七歩成 ▲8五飛 △5四歩

▲9一龍 △8七歩 ▲同 金 △3七と ▲6九玉 △9九馬

▲3七桂 △同桂成 ▲7三香成 △8九馬 ▲8八金 △同 馬

▲同 飛 △7六桂 ▲8三飛成 △6八桂成 ▲同 玉 △7六桂

▲7七玉 △7五金 ▲6三成香 △4一玉 ▲5二成香 △同 玉

▲9六角 △7四歩 ▲同 角 △同 金 ▲同 龍 △5五角

▲7六玉 △7二香 ▲6三金 △4一玉 ▲7三歩 △同 香

▲同 金 △9五角 ▲8六香 △7三角右 ▲9三龍 △6四銀

▲6六香 △7五金 ▲同 龍 △同 銀 ▲同 玉 △7七飛

▲7六歩 △6七飛成 ▲7八桂 △6四角引 ▲同 香 △同 龍

▲8五玉 △9一香 ▲7四角 △6三歩 ▲9一龍 △8四銀

▲9六玉 △7四龍


まで110手で阿南の勝ち

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