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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
507/682

495手目 29手詰め

※ここからは、囃子原はやしばらくん視点です。

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 4四歩か……なるほど、それが捨神すてがみくんの答えなのだな。

 1四歩という単純な攻めでなかったことは、喜ばしい。

 そしておそらく4四歩が最善だ。次善で1七香だろう。

 僕もきちんと正着を指さねばならん。

 一見4二金引だが……僕はちがうと思う。1六桂でもない。

 4二金引は初見最善。しかし深く読んでいくと先手がよくなる。とちゅうから後手に寄り筋が発生してしまうのだ。だとすれば──こうだ。


挿絵(By みてみん)


「!」

 捨神くんの表情が、びみょうに変わった。

 本命で読んでいた手ではないようだ。

 この手は奥深いぞ。ぞんぶんに堪能してくれたまえ。

「……1四歩」

「2二玉」

「引くんだね……1七香」

 挟撃に持ち込むつもりだな。それは正しい。

 1六歩、1三歩成、同玉、1六香、1五歩、1四歩、2二玉。

「4五桂ッ!」

「2五桂」


挿絵(By みてみん)


 3三桂成を許容する。

 3七の金を取るつもりもない。

 捨神くんはこの方針にすこしとまどったらしい。手が止まった。

 まだ演奏をやめるには早すぎるぞ。

「……3三桂成」

「同金」

 捨神くんは2六金と上がった。

 僕は1七香と放り込む。

 捨神くんは、また手が止まった。

 残り時間は先手が2分、後手が3分。

 捨神くんはそこから1分使って、1三歩成とした。

 同玉に2五金と切ってくる。

 1八香成、同玉、2五歩。


挿絵(By みてみん)


「うッ……」

 ハハハ、まだ互角だよ。焦ることはない。

 とはいえ若干後手持ちだがね。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「1五香ッ!」

 1四歩、4三歩成、同金。

 どうだ、後手玉が広くなっただろう。これが3三金寄の効果だ。

 あの局面はむしろ駒を清算したかった。

 ここで僕も1分将棋に。

 捨神くんは1四香と走った。

 これは取る。同玉、1五歩、2三玉、1四金、3三玉、2四銀。

「同馬」


挿絵(By みてみん)


 これで清算は終わりだ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「同金ッ!」

 同玉に対して、捨神くんは1六桂と打った。

 あくまでも寄せるつもりだな。

「つきあうぞ。2三玉」

 2四香、3三玉、4四歩。

ん? 4四歩? 詰めろか。しかし──


30……40……50……ふむ……残念だ。


ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「2九銀」


挿絵(By みてみん)


「!」

 さあ、この手の意味は分かるだろう。

 もうすこし楽しみたかったが、しかたがない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 同玉、3七桂、2八玉、1八金、同玉。

 ここで再度の2九銀。持ち駒は豊富にある。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


 1七玉。

 飛車の横利きに賭けたか──ムダだ。

「1八金」


挿絵(By みてみん)


 飛車をもらう。

 同飛、同銀成、同玉。

 次の手が美しい。

「1九飛」

 取れば4九龍で詰み。

 捨神くん、どこで投げる? 投げ場所も勝負のひとつだ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「2八玉」

 もうすこし先か……それもいい。

「2九桂成」

 3七玉、4五桂、4八玉、1八飛成。


挿絵(By みてみん)


 残り10手を切った。捨神くんは持ち駒をそろえた。

「ちょっとがっかりさせちゃったかな……見えてなかったよ……負けました」

「ありがとうございました」

 チェスクロを止める。

 捨神くんはしばらく黙っていた。僕は水をひとくち飲む。

「ごめん、詰みを見逃してた。29手詰みだね」

「4四歩では3八銀と下がる一手だった」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「だね。これなら詰まない。たださすがに僕が悪いよ」

「後手優勢というほどでもあるまい」

 捨神くんはすこし自嘲気味に、

「いや、僕が攻めきれなかった時点でダメだよ。切れちゃってるし」

 と答えた。

 ずいぶん弱気だな。即詰みがショックだったか──ならば長引かせることもあるまい。

「それでは、次の対局もある。短いがこれで失礼するよ」

「え、あ、うん」

 おたがいに一礼して、僕は離席した。

 インタビューコーナーへ向かおうとしたところ、すこし混んでいた。

 並んでもよいが──

礼音れおんさま、終わられたのですか」

「ああ、つるぎか。ちょうど終わったところだ」

「その御様子では、お勝ちになられたようですね」

 さすがだな。僕の付き人を何年もやっていない。

「そのようすだと剣は負けたようだな」

「もうしわけございません……じつはあざみも負けております」

 なに? ……磯前いそざきに敗れたか。

 剣は小声で、

萩尾はぎおが暫定単独首位になったので、今偵察しているところです」

 と言い、すぐ近くのテーブルへ目配せした。


【先手:萩尾はぎおもえ(Y口県) 後手:大谷おおたにひよこ(T島県)】

挿絵(By みてみん)


 入玉模様か。おもしろい。

 剣は、

「とちゅうまでは大谷が余裕で入れそうだったのですが、萩尾が巧みで止まりました」

 と説明した。

 たしかに、3六玉としても5九桂で止まる。それ以前に龍が当たりなのもあるが。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 3九龍。当然の一手。

 萩尾くんは3一龍とした。

「今のところは1六歩で先に埋める手もあった」

「左様です」

 しかし3一龍も無難だ。

 大谷くんは入玉がむずかしいと見たのか、8五桂と攻めに出た。

 萩尾くんの目つきが鋭くなる。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 いい手だ。これは取ると詰む。同銀、同銀、同玉、2七銀、2五玉、2六香、1四玉、2四角成まで。2六同銀に3六玉と上がるのも、3五龍、4七玉、5九桂以下。

 大谷くんはさすがに取らないと思うが、どうする?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「6九銀」

 引っかけたか。7七桂成もあった。

 萩尾くんは駒音高く5九桂。さきほどの詰み筋でも出た急所だ。

 大谷くんはやや険しい顔つきに。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 7七桂成、同桂、5七金、7九金、2八龍、同銀、7八金。


挿絵(By みてみん)


 最後の突撃。一応3枚の攻めではあるが──

 剣は横で、

「どうにも足りません」

 とつぶやいた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 萩尾くんは冷静に9七玉。そこが安全地帯だ。

 大谷くんは2六銀で、再度入玉を目指す。

 2七歩、3六玉、2六歩。


挿絵(By みてみん)


 大谷くんは軽く目をつむり、両手を合わせた。

「これが詰めろではどうしようもありません……拙僧の負けです」

「ありがとうございました」

 周囲がざわついた。

 観戦していた梨元なしもとくんは、

「んー、萌ちゃん、落ちて来ないなあ」

 と言った。

 同郷の長門ながとくんは、

「さすがは萩尾先輩、入玉の阻止に痺れました」

 と感嘆していた。

 どのような止め方だったのだろうな。

「剣、棋譜を入手しておけ。僕はインタビューがまだ終わっていない」

「御意に」

 それではインタビューコーナーへ。

「もしもし、囃子原だ」

 聞こえてきたのは御手おてくんの声だった。

《御手だ。おつかれさん》

「御手くんか。すこし待たせてしまったな」

《あいかわらず態度がデカいな。まあいいや。長手数を詰ませたのは派手だった》

「御手くんなら見えていたのではないかね?」

《まあな。むしろ捨神がアレを見落としたのは意外だった》

 そこは僕も意外に思っている。

 すこし疲れが出ているのかもしれない。

「とはいえ一手違いだ。大差とも言えんだろう」

《そういうことにしておくか……我孫子あびこ、なんかあるか?》

《おつかれさまでやんす》

「おつかれさまだ」

《終盤の入り口で4四歩に3三金寄と逃げたでやんすが、棋理的には4二金引のほうが本線だった気がしたでやんす。なにか意図があったでやんすか?》


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「たしかに一目4二金引だ……が、それは進めていくと先手に振れると思う」

《ほんとでやんすか?》

「うむ、3三金寄のほうが上部は厚い」

《なんだか狐につままれたような話でやんす》

「時間があれば検討してみてくれたまえ」

《承知でやんす》

 インタビューも終わった。次の対戦相手は──おっと、これは奇遇だ。

吉良きらくん、まだインタビューを終えていないのかね?」

 吉良くんはポケットに手を突っ込んだまま、こちらへ顔を向けた。

「なんだ囃子原か……次当たるのに話しかけるか?」

「常に紳士的であれ、と僕は思う」

「とかなんとか言って、次の獲物に目をつけただけだろ。捨神に勝ったんだってな」

 僕が返事をするまえに、前のインタビューが終わった。

 吉良くんは僕の横をすりぬける。

「3日目で決勝進出決められたら恥だからな。俺が止める」

「ハハハ、楽しみにしているよ」

 ほんとうだ。僕を楽しませてくれるものなら、なんでも歓迎だ。

 さきほどの対局の穴埋め、ぜひ期待している。

場所:第10回日日杯 3日目 男子の部 12回戦

先手:捨神 九十九

後手:囃子原 礼音

戦型:先手四間飛車vs後手右銀急戦


▲7六歩 △3四歩 ▲6八飛 △8四歩 ▲6六歩 △6二銀

▲1六歩 △8五歩 ▲7七角 △1四歩 ▲7八銀 △5二金右

▲6七銀 △3二銀 ▲3八銀 △7四歩 ▲4八玉 △4二玉

▲5八金左 △5四歩 ▲3九玉 △5三銀 ▲2八玉 △3一玉

▲5六歩 △3三角 ▲4六歩 △6四銀 ▲7八飛 △2二玉

▲4五歩 △5三銀 ▲3六歩 △4四歩 ▲3七桂 △2四角

▲4七金 △4五歩 ▲6五歩 △3三角 ▲5五歩 △8六歩

▲同 歩 △5五角 ▲同 角 △同 歩 ▲5四歩 △同 銀

▲7一角 △8六飛 ▲4四角成 △3三角 ▲5四馬 △4三金

▲4五馬 △8九飛成 ▲4八飛 △9九龍 ▲2五桂 △6九龍

▲5八銀打 △7九龍 ▲6三馬 △2四角 ▲5四歩 △5二香

▲4四歩 △5四金 ▲8一馬 △4四金 ▲7一馬 △4三金

▲4四桂 △5四桂 ▲3七金 △4七歩 ▲同銀左 △1五歩

▲同 歩 △1六歩 ▲同 香 △5七角成 ▲1四歩 △1五歩

▲同 香 △1七歩 ▲2九銀 △1八歩成 ▲同 銀 △2四歩

▲3二桂成 △同 金 ▲1三桂成 △同 桂 ▲同歩成 △同 香

▲同香成 △同 玉 ▲4四歩 △3三金寄 ▲1四歩 △2二玉

▲1七香 △1六歩 ▲1三歩成 △同 玉 ▲1六香 △1五歩

▲1四歩 △2二玉 ▲4五桂 △2五桂 ▲3三桂成 △同 金

▲2六金 △1七香 ▲1三歩成 △同 玉 ▲2五金 △1八香成

▲同 玉 △2五歩 ▲1五香 △1四歩 ▲4三歩成 △同 金

▲1四香 △同 玉 ▲1五歩 △2三玉 ▲1四金 △3三玉

▲2四銀 △同 馬 ▲同 金 △同 玉 ▲1六桂 △2三玉

▲2四香 △3三玉 ▲4四歩 △2九銀 ▲同 玉 △3七桂

▲2八玉 △1八金 ▲同 玉 △2九銀 ▲1七玉 △1八金

▲同 飛 △同銀成 ▲同 玉 △1九飛 ▲2八玉 △2九桂成

▲3七玉 △4五桂 ▲4八玉 △1八飛成


まで160手で囃子原の勝ち



場所:第10回日日杯 3日目 女子の部 13回戦

先手:萩尾 萌

後手:大谷 雛

戦型:後手矢倉急戦


▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲7七銀 △6二銀

▲2六歩 △4二銀 ▲2五歩 △3三銀 ▲4八銀 △3二金

▲5八金右 △5四歩 ▲5六歩 △4一玉 ▲7八金 △7四歩

▲6九玉 △5二金 ▲3六歩 △7三桂 ▲6六歩 △6四歩

▲6七金右 △1四歩 ▲7九角 △4四銀 ▲3七桂 △5五歩

▲同 歩 △6三銀 ▲9六歩 △5五銀 ▲5六歩 △4四銀

▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三歩 ▲2八飛 △6二飛

▲4六角 △3五歩 ▲同 歩 △3六歩 ▲2五桂 △2四歩

▲3四歩 △2三金 ▲3三桂成 △同 桂 ▲2四角 △3四金

▲3五歩 △2四金 ▲同 飛 △5一金 ▲2三飛成 △3一桂

▲2七龍 △4五桂 ▲3六龍 △8五桂 ▲4六歩 △5七歩

▲4七銀 △3二飛 ▲3四歩 △7七桂成 ▲同金寄 △5八歩成

▲同 玉 △1三角 ▲2四歩 △1五角 ▲4五歩 △3五銀

▲3八龍 △3七銀 ▲1八龍 △4八銀成 ▲6九玉 △2四銀

▲7九玉 △4七成銀 ▲8八玉 △3七角成 ▲4四歩 △同 歩

▲5五桂 △3四飛 ▲6三桂成 △3二玉 ▲1六歩 △2六歩

▲1五歩 △2七歩成 ▲1六龍 △2六と ▲1四歩 △1六と

▲1三歩成 △同 香 ▲1六香 △2三玉 ▲1三香成 △同 玉

▲3八歩 △同成銀 ▲1六銀 △2五銀打 ▲同 銀 △同 銀

▲2六歩 △1四玉 ▲2五歩 △同 玉 ▲3九歩 △同成銀

▲1八銀 △1六銀 ▲3五歩 △同 飛 ▲1三角 △2四香

▲1七銀打 △同銀成 ▲同 銀 △1五銀 ▲2八銀打 △1六歩

▲2六歩 △3六玉 ▲3九銀 △1七歩成 ▲3八香 △2七玉

▲3七香 △同飛成 ▲2九金 △2六玉 ▲4八角 △3六歩

▲2八銀打 △2七香 ▲3八桂 △2五玉 ▲3七銀 △同歩成

▲同 角 △2六歩 ▲2八歩 △6九飛 ▲5五飛 △3五歩

▲5一飛成 △2八香成 ▲同 銀 △2九飛成 ▲1七銀 △3八龍

▲2八金 △3九龍 ▲3一龍 △8五桂 ▲2六角 △6九銀

▲5九桂 △7七桂成 ▲同 桂 △5七金 ▲7九金 △2八龍

▲同 銀 △7八金 ▲9七玉 △2六銀 ▲2七歩 △3六玉

▲2六歩


まで181手で萩尾の勝ち

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