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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
501/682

489手目 水平線効果

※ここからは、早乙女さおとめさん視点です。女子12回戦開始時点に戻ります。

 次は梨元なしもと先輩か──とりあえずいつも通りに。

 私は席について待った。なかなか現れない。

 開始3分前になって、ようやく会場の入り口から入ってきた。

 お手洗いにでも行ってたのかしら。

 カウボーイハットを指先でくるくるさせながら、こちらへ歩いてくる。

「ごめんごめん」

 梨元先輩はカウボーイハットをかぶりなおした。着席。

「梨元先輩、振り駒をどうぞ」

「了解」

 梨元先輩は歩を5枚集めて、手のなかでかき混ぜた。

 盤上へほうる。

「歩が3枚、私の先手」

 後手か。梨元先輩は振り飛車党。振ってくる筋は決まっていない。

 私の計算によれば、角交換型四間飛車になる確率は50.2%、ゴキゲン中飛車が27.9%、三間飛車が8.5%、その他が13.4%だ。

《対局準備はよろしいでしょうか? ……では、始めてください》

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いしまーす」

 私がチェスクロを押すと、梨元先輩はすぐに7六歩。

 3四歩、6八飛。


挿絵(By みてみん)


 角交換型四間飛車。

 8四歩、6六歩、6二銀、1六歩、1四歩。

 穴熊でもない。予想していた中で、一番オーソドックスなかたちになった。

 用意してきた作戦をくりだせそうだ。

 3八銀、4二玉、7八銀、5四歩、4六歩、5二金右。

 私の脳内評価値は、この時点で居飛車がいいと判断してしまう。

 後手に振れた-100くらいだから、誤差みたいなものだけど。

 4八玉、3二玉、6七銀。

 すこし藤井システムっぽく指して来ている。

 こちらの持久戦が読まれているようだ。

 私は8五歩、7七角を決めてから、4四角と上がった。


挿絵(By みてみん)


 これを見た梨元先輩は、

「あ、ふーん、そういう作戦か」

 とつぶやいた。

 ええ、そういう作戦です。

「面白いじゃん。受けて立つ。3九玉」

 3三桂、2八玉、2二銀、5六歩、2一玉。


挿絵(By みてみん)


 ミレニアム。おちょくってるわけではない。

 一番勝率が高いと読んだ。

 梨元先輩も動揺した形跡はなかった。悠々と5八飛。

 3一金、7八金、4二金寄、5九飛。

 まだ互角。

 6四歩、9六歩、9四歩、6五歩。

 ここで私は角交換。

 同桂に6五歩と取り返す。

「5五歩」


挿絵(By みてみん)


 私は脳内評価値を確認した──あら、すこしミスしてしまったみたい。

 7八金までは脳内評価値で-200だった。後手やや有利。

 ところが進めるうちに数字が溶けて、今は+150ほど。先手が戻している。

「水平線がありましたか……」

「ん、なんか言った?」

「いえ、失礼しました。ひとりごとです」

 私は水を飲む。うしろ髪をなでた。

 水平線効果が出てしまった。無限に先を読めるわけじゃないから、評価はどうしてもブレてしまう。読める限界、つまり水平線のむこうがわの有利不利はみえない。これはソフトでもいっしょだ。 

 とはいえ先手有利というほどでもない。

 ここは冷静に対処する。

 同歩、同飛、1五歩、同歩、8六歩。

「早乙女ちゃん、あせってなーい? 同歩」

「いえ、これで問題ありません。6六歩」

 梨元先輩は10秒ほど考えて、同銀。

 私は1七歩と垂らす。


挿絵(By みてみん)


 梨元先輩は、親指でカウボーイハットのつばを持ち上げた。

「全面抗争ってわけね。かかってきなさい」

 と言いつつ、梨元先輩は2六歩。

 なんでしょうか、その逃げ道を作ったような手は。

「裏口から出て行こうとしている気がしますが」

「チッチッチッ、決闘は最後にとっておくものよ。西部劇の常識」

 そうですか。西部劇は観たことがないので、なんとも。

 とりあえず将棋をする。

 8六飛、8七歩、5四歩、6五飛、8二飛。

 梨元先輩はこの手をみて、テーブルにひじをついた。

「ふーん、急に消極的、と」

 先輩の着地失敗待ち。

 このかたち、後手は簡単に崩れませんよ。

「……5七銀」

 さすがにムリ攻めはしてこなかった。

 ならば揺さぶりを。

「7四歩」

 梨元先輩はこっそり1七香。

 私はさらに4四角でプレッシャーをかける。


挿絵(By みてみん)


「あれ、角使っちゃうんだ」

「先輩も使いますか?」

「んー、射撃ショットする場所がないかな。1四歩」

 伸ばしですか。いい手です。さすがに県代表だと安定していますね。

 7三桂で飛車を下げさせる。

 6七飛、7五歩。

 梨元先輩は、表情がすこし硬くなってきた。

 思い通りに攻められなくて、れてきたようだ。

 となると次は攻勢に出る確率、87.1%。梨元先輩の性格込みで。

「よし、行くか。4五歩」

 3五角と手順に出る。

 梨元先輩は5八歩。

 おしりに歩を打つようだと、べつの手のほうがよかったのでは。

 もっともこれが見落としとも思えないけれど。

 7六歩、6五桂、同桂、同飛、6四歩、同飛。

「2四桂です」


挿絵(By みてみん)


「ん? それでいいの? 成っちゃうよ?」

「どうぞ」

「じゃ、敵のアジトへ突撃ィ! 1三歩成」

 私は1六歩と置く。

 梨元先輩はノータイムで2二とと入った。


 +0


 ついに評価値がもどった。

 今のところは1二歩と打たれるほうがイヤだった。

 同金、1六香、同桂。

「あ~ッ、2七玉」

 ここからは反撃。

 4五桂、5六銀、2四香、1二歩。

「それはさっき打っておくものでしたね。同香」

「見せ場はあとにとっとくもんよッ! 4五銀ッ!」

 8五飛と浮く。これが銀当たり。

 梨元先輩は迷った。おそらく6五歩と4六歩の天秤。

「……4六歩」

 私は何通りか読んだ。

 7七歩成、同金、2六香、3六玉、2九香成は一見好調。

 でも1三歩、同香、2四歩という反撃があって、後手が悪い。

 2六角、2五歩、同香、3六玉、2八桂成なら、互角か。

 私はこちらのルートを選択した。その通りに進む。


挿絵(By みてみん)


「先手がいいはずッ! 1三歩ッ!」

 梨元先輩は踏み込んできた。

 私は脳内評価値がプラマイゼロなことを確認する。

 この先手の攻めはいなせる。

「同香」

 1四歩、同香、4七玉、3八成桂、同金。

 この瞬間、後手に振れる手順がひっかかった。

 どこかで2六桂と打って、この金を攻めるのがいい。それで-200。

 もちろんすぐには打てない。先に5三角と撤退した。

「5四飛ッ!」

 2九香成で桂馬を入手。

 梨元先輩は1三桂とむりやり押し込んできた。

 3一玉、3四飛、3三歩、1四飛、1二歩。

「続くはずッ! 2五桂ッ!」

「いいえ、続きません。5五桂」

「そんなのタダの王手じゃん。4八玉」

「こちらが本命です。5七歩」


挿絵(By みてみん)


 梨元先輩の顔色が変わった。

「ぐッ……」

 これはいい手。私の脳内演算がそう言っている。

「同……歩」

 2四銀と手をもどす。

 1一銀、2五銀、2二銀不成、同玉。

「1一角」

 私は評価値を読み直す──あら、予定より早く―150まで来たわね。

 このペースだと、2六桂で後手有利に持ち込める。

 3一玉(-145)、2一桂成(-150)、4一玉(-155)。

 1二飛成で-150。龍ができても問題ない。

 私は桂馬を手にした。

「2六桂」

 打った瞬間、私の脳内に電気信号が走った。


      | |   -135

     | | | |  -75

    | |   | |  +0


 え? 評価値が溶けて ── +500!?

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