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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
500/683

488手目 外野への浮気

※ここからは、石鉄いしづちくん視点です。

挿絵(By みてみん)


 切ってしまいました──もうあともどりできません。

 正直、先手苦しいです。

 6五歩のところで、すなおに3五角と出ておけばよかったでしょうか。

 後悔先に立たず。とにかくがんばります。

 同玉、7四金、6二玉、7五金。

 自陣をガチガチに固めていきます。

 米子よなご先輩が攻めてきたら、その反動で手を作りたいです。

「4六角っす」

 あ、さっそく攻めてきました。

 6八金右、5七桂成、同金、同角成。


挿絵(By みてみん)


 き、厳しいです。

 6八金ではじきつつ、上部脱出を模索。

 4六馬、5八歩。

 米子先輩の手が止まりました。

 ある程度受け切れましたか? どうですか?

 米子先輩は片目をつむって、頭をかきました。

「思ったよりよくならない……」

 思ったより悪くなりませんでした。

 米子先輩は3分を切るまで考えて、5二玉としました。

 いったん態勢を立て直してきましたね。

「4四桂」

 4三玉、3二桂成。

「駒が足りないっすよ。同玉」

「それは承知です。5七金」


挿絵(By みてみん)


 反撃狙いじゃありません。このまま受け潰します。

 4五馬、5六金打、4四馬、3五歩、同馬、4六金寄。

「さすがに馬は切れないか……2四馬」

 なんだかんだで後手の上部脱出はむずかしくなりました。

 もうちょっといじめます。

「2五歩」

 同馬、3六銀。

「マジっすか?」

 マジです。入玉を防ぎつつ防御。

 塹壕をどんどん右へ伸ばします。

 米子先輩は水を飲んで、猫背気味に小考。

 盤をにらんで固まりました。

 僕は点数を計算──足りないですね。大駒が1枚しかないですし。

 米子先輩もそのことには気づいているはず。

「……2六馬」

 入ってきました。自然な一手。

 この手に考え込んでいたとは思えません。

 たぶんこの先を読んでいたのでしょう。

 僕はここで時間攻めに出ます。

「6八飛」


挿絵(By みてみん)


 米子先輩は「えッ」という表情で、姿勢を起こしました。

 さすがにこれは読んでなかったっぽいです。

 たぶん2七歩とかを読んでたんじゃないでしょうか。

 米子先輩、のこり1分。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「6五桂ッ!」

 攻めてきますか。

 僕も最後の時間を消費。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 同金、同馬──脱出もむずかしいです。

 このまま前線を押し上げて、なんとかします。

「3三歩」

「ここで歩?」

 取っても取らなくても5六銀か5六金上です。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「2二玉ッ!」

 すかさず5六金上。

「俺っちも攻めるっす。8六歩」


挿絵(By みてみん)


 あッ……どうしましょう。

 手抜けば6五金と取れますね。

 でもさすがに8七歩成とされたら……いや、いずれにせよ苦しいです。8六同歩に6四馬とされて、次に8六馬を狙われるとジリ貧。

「攻め合います。6五金」

「よ、読みが当たんない……」

 米子先輩、困惑。お願いですから間違えてください。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「8七歩成ッ!」

 8六歩、同飛、6四角。

 攻防になるように打ちます。

 米子先輩は「いやいやいや、どうなの」と独り言。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 米子先輩は8八と。

 僕はノータイムで同飛。

「これが厳しいはずッ! 6八銀ッ!」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あッ。

 ぼ、僕のほうが間違えてしまいました。

 痛恨の見落とし。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「ど、同飛」

「これで仕舞いっす。7七歩成」


挿絵(By みてみん)


 必至です。たぶん。

 後手に王手ラッシュ……しても意味ないですね。

 僕は持ち駒をそろえました。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「負けました」

「ありがとうございました」

 僕は天井を仰ぎ見ました。これはひどい。

「……7七歩成が見えてなかったです。投げないなら6八同玉でした」

「だね、もうちょっとだけ長引きそう」

 後手勝勢には変わりないんですよね。

 僕は嘆息しつつ、

「だいぶ前から悪かったですね。中盤で後手有利だったような……」

 とコメントしました。

「あ、うーん、3六銀、2六馬のあたりは、ちょっといいくらいだと思ってた。正確に指せば勝ちだとは思うんだけど、俺っちの棋力だとどっかでミスりそうだし」

「3五歩のところで、4五歩と堅実に押さえたほうがよかったですか?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 米子先輩はちょっと考えて、

「これだとすぐに2六馬と入るかも。3五馬は中途半端なイメージ」

 と答えました。

「そこで7六銀と早めに取っときたかったです」

「本譜はなんで取らなかったの?」

「攻めの兼ね合いを見ていたら、取る暇がなくなってました」

「ああ、なるほどね。先手が入玉目指すなら俺っちも目指すし、そのとき石鉄くんは点数が足りてないんじゃないかな」

 ですね。まさにそこを懸念して、攻めのルートを残していたので。

 しかしあくまでも入玉を目指して、点数を事後的に調整するほうがよかったかもしれないです。大駒を取れる気はあまりしませんけど、米子先輩がどこかでれて、大駒を渡してくれる展開もありえなくはなかったです。

 米子先輩は「あ、それと」と言って、

「飛車が6九に引っ込んだの、やっぱりよくなかったと思うんだよね」

 と指摘しました。

 僕はすこし振り返って、

「じつは5九飛も考えてました」

 と答えました。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 米子先輩は、

「これだとなんか違うの?」

 と首をかしげました。

「5九飛に6四桂なら、4六角と出られます。4七馬が角当たりになりますが、飛車当たりにはならないので回避可能です」

「あ、そういう……6九飛の状態でそれをやると、飛車角両取りになるのか。だったら、なんでこっちにしなかったの?」

「2七馬~4五馬と移動されたとき、5九飛が浮いてる感じがしました」

「うーん、2七馬~4五馬ってするかなあ」

 米子先輩はこの順を読んでなかったみたいです。

 こっちにすればよかったでしょうか。たらればですが。

 あとは中盤をすこし調べて解散になりました。

 インタビューコーナーへ。ちょっと気が重いです。

「もしもし、石鉄です」

 かわいらしい女の子の声が返ってきました。

《もしも~し、おつかれさま~》

 あ、これは海老野えびのさんですね。

 M崎の女子代表です。下の名前は美々みみちゃん。

 ハイツインテールで、ちょっと背が低い子です。

 僕と同学年で、となりの県だからよく知っています。

「おつかれさま。なんかかっこ悪い対局だったね」

《そんなことないよ。積極果敢っていうか》

 前のめり、ということでもありますね。

 海老野さんもそこを突いてきて、

《5三角のとき、7六歩で一回我慢したほうがよかったんじゃないかな?》

 と言いました。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「そうかもしれない。本譜の7九玉は、7四銀~7五歩で位を取られたから」

《ま、それだと全然ちがう将棋になっちゃうか……あ、別府くんと代わるね》

 O分の別府くんも来てましたか。

 彼も隣県の同学年なのでよく知っています。

 僕が言うのもアレですが、のほほんとした男子です。

《おつかれ~、最後は残念だったねぇ》

「あれは見落としてた。途中からずっと悪かったと思う」

《たしかに中盤苦しかったかも。6四歩のところで一回6六桂って溜めるのは?》


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「なるほど……こっちのほうがプレッシャーになりそう……かな」

《最終的には本譜と合流するかもしれないけどね。まだ上位だし、残りもがんばって》

《美々も応援してるよ》

「うん、がんばる」

 インタビュー終わり。

 今のようすだと、僕の応援のために観ていてくれたみたいです。

 外野に仲間がいるのは心強いですね──と、ランチタイム。

 僕はみかんちゃんと落ち合うため、ろうかに出ました。

 みかんちゃんは先に対局を終えて、観葉植物の近くで待っていてくれました。

「あ、ダーリン、おつかれさまなの~」

「おつかれ。負けちゃった」

「そっかぁ~米子先輩けっこうやるの~」

 そうですね、米子先輩ならイケるかな、と思ったのはおごりでした。

 反省しています。

「美々ちゃんたちにも応援してもらったし、午後はがんばるよ」

 このひとことに、みかんちゃんはほっぺたを膨らませました。

「なんで美々ちゃんと先に連絡してるの~? もしかして浮気なの~?」

 あ、ちがいますッ! 誤解ですッ!

場所:第10回日日杯 3日目 男子の部 11回戦

先手:石鉄 烈

後手:米子 耕平

戦型:後手右玉


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △3二金 ▲7八金 △8五歩

▲7七角 △3四歩 ▲8八銀 △4四歩 ▲2五歩 △3三角

▲4八銀 △4二銀 ▲5六歩 △4三銀 ▲6八角 △6二銀

▲6九玉 △7四歩 ▲3六歩 △5二金 ▲5八金 △5四歩

▲7七銀 △7三桂 ▲9六歩 △4一玉 ▲1六歩 △1四歩

▲3七桂 △6四歩 ▲4六歩 △9四歩 ▲4七銀 △8一飛

▲7九玉 △6三銀 ▲2九飛 △4二角 ▲5九金 △6五歩

▲5七角 △6二金 ▲6八金上 △5二玉 ▲8八玉 △3三桂

▲9八香 △6六歩 ▲同 歩 △7五歩 ▲同 歩 △同 角

▲6七金直 △5三角 ▲7九玉 △7四銀 ▲6八玉 △1二香

▲7九玉 △7五歩 ▲5八銀 △6四角 ▲6八金引 △6三金

▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三歩 ▲2九飛 △6二玉

▲6七銀 △4五歩 ▲同 桂 △同 桂 ▲同 歩 △3七角成

▲3五歩 △4七馬 ▲4九飛 △3八馬 ▲6九飛 △6四桂

▲5八金 △7六歩 ▲8八銀 △5六桂 ▲3四歩 △4六歩

▲同 角 △4八桂成 ▲6五歩 △3四銀 ▲6四歩 △5三金

▲6六桂 △7五銀 ▲7四歩 △6五桂 ▲6三歩成 △同 金

▲7三歩成 △同 金 ▲同角成 △同 玉 ▲7四金 △6二玉

▲7五金 △4六角 ▲6八金右 △5七桂成 ▲同 金 △同角成

▲6八金 △4六馬 ▲5八歩 △5二玉 ▲4四桂 △4三玉

▲3二桂成 △同 玉 ▲5七金 △4五馬 ▲5六金打 △4四馬

▲3五歩 △同 馬 ▲4六金寄 △2四馬 ▲2五歩 △同 馬

▲3六銀 △2六馬 ▲6八飛 △6五桂 ▲同 金 △同 馬

▲3三歩 △2二玉 ▲5六金上 △8六歩 ▲6五金 △8七歩成

▲8六歩 △同 飛 ▲6四角 △8八と ▲同 飛 △6八銀

▲同 飛 △7七歩成


まで152手で米子の勝ち

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