表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第1局 香子ちゃん、四国遠征編(2014年8月18日月曜〜25日月曜)
5/669

3手目 女子高生将棋指し、出航

 というわけで、やって参りました……H島港です。路面電車に揺られてついた先は、のほほんとした波止場。いろんな船が停まっていて、内陸出身の私には、それだけでおもしろい。私物なのか、いくつかのヨットもみえた。

 平日とあって、乗客は少なかった。私たちはM山までの切符を買い、乗船。

 フェリーといっても高速フェリーで、ずいぶん小さな型だ。前方に甲板があって、そこから海を見渡せるみたい。客層は、おじさんのほうが多いかしら。釣り道具を持っているひともいた。さもありなん、という感じ。この船は、M山のまえに、H島のK市にも立ち寄る。だけど、K市へは電車で行ったほうが安い。全員、四国へ渡ると考えて、間違いなさそうだった。私たちみたいに。

香子(きょうこ)姉ちゃん、早く早く」

 ベージュの短パンに白のTシャツを着た桂太(けいた)は、客席で私を手招きした。椅子が等間隔で並んでいる。新幹線にあるような、青いフェルト地だった。

「全席予約でしょ」

 私は両手で荷物を抱えながら、席を捜した……あった。切符の番号を確認。

 椅子のしたに荷物をなんとか押し込んで、うんと背伸びをする。壁には、大きなガラスが何枚も嵌められていて、そこから瀬戸内海の穏やかな海が見渡せた。若干、曇り空なのが気になる。晴れてくれるといいんだけど。

 しばらくして、アナウンスがあった。もうすぐ出航のようだ。

 私たちは、忘れ物がないかどうか念入りに確認して、着席した。

 ゆっくりと、スクリューが回り始める。岸辺がだんだんと離れた。

 船のこういう雰囲気、いいわね。電車やバスとは、また違ったおもむきだ。

「香子姉ちゃん、俺、寝るから」

 そう言って、桂太は目を閉じた。昨日の晩は、H島で過ごす最後の晩とあって、ずいぶんと遅くまで起きていたようだ。おじいちゃんと将棋を指してたんじゃないかしら。ぼこぼこにされたみたいだけど。ま、そりゃそうよね。私に勝てなきゃ、ムリムリ。

 私は、海が見たくなる。荷物を盗まれる心配もないし、甲板のほうへ出た。

 潮風に、ポニーテールが揺れる。うーん、この爽快感。

 ベンチに座って、島々の風景を楽しんだ。ポケットから、一冊の本を取り出す。詰め将棋パラダイスだ。昨日、松平が将棋の勉強をしているのをみて、若干思い直した。秋の個人戦にむけて、そろそろエンジンをかけないとね。

 同じH島県のK市にはすぐついて、また再出航。

 一度だけ荷物をみにいって、それから甲板へもどった。ふたたび詰め将棋。

 悩みながら解いていると、いきなり手元が暗くなった。

「詰めパラなの〜」

 間延びした女の子の声。

 顔をあげると、ゆるふわショートボブの少女が、肩越しに覗いていた。目がぱちくりとしていて、背はちょっとだけ低い。服装は、パステルカラーのワンピース。スカートが風に吹かれて、押さえるのがたいへんそうだった。

 女の子は、なぜかウィンクして、にっこりと笑った。

「お姉さん、将棋するの〜?」

「え……ええ」

「みかんもするの〜」

 ……なにこれ? 将棋に食いついてきた?

 いかにも女の子女の子してるから、全然そういう趣味があるように見えない。

 っていうか、みかんって、なに? みかんは将棋指せないでしょ。

「わたしの名前は、温田(おんだ)みかんなの〜よろしくなの〜」

 下の名前かい。私も、一応自己紹介した。

 みかんさんは、めずらしい名前だ、と言った。おまいう。

「それで〜こっちの男の子は〜」

 みかんさんは、ちょっと離れたところにいる男の子を指差した。

 さらさらショートの子で、前髪が目にかかっている。

 可愛い系……いや、なかなかのイケメンだ。クールな雰囲気はあるんだけど、挙動がどうにも変だった。やけに、もじもじしている。チェック柄のシャツが、丈にあっていなくて、ちょっとぶかぶか。両手を握って、なんだか気まずそう。

「みかんのダーリンなの〜」

 どういう紹介じゃい。名前を教えなさいよ。なんで関係性から入るかな。

 そのうしろで、男の子は頬を染めた。ういういしい。

「こ、こんにちは……い、石鉄(いしづち)、れ、(れつ)って言います……」

 レツ? ……烈かしら。完全に名前負けしてますね、これは。

「ダーリンは、将棋がチョー強いの〜」

 えぇ……これまた意味不明な紹介。どんだけ将棋に絡めてくるのよ。

「お姉さんは、H島のひとなの〜?」

 私は、そうだと答えた。みかんさんは、H島観光の帰りなのだと教えてくれた。

 そして、宮島に行ったことはあるかと尋ねてきた。

「ええ、あるわよ。年始にお参りしたこともあるし」

 みかんさんは、宮島にも寄ったらしい。両手を胸元で合わせて、うっとり。

「宮島は、とってもいいところなの〜ダーリンと一緒に、永遠の愛を誓ってきたの〜」

 さいですか……ようござんしたね。

 っていうか、これ、なに? のろけ話のターゲットにされた?

 なんとも迷惑な……ん? 待ってよ。今の話、全部嘘じゃないでしょうね。

「まだ、朝の9時よ? いつ観光したの?」

「もちろん、お泊まりで観光したの〜」

 えぇえええええッ!? 私は驚愕した。

 学生カップルがお泊まり観光とか、なに考えてるのよ。

「ああ〜お姉さん、変なこと考えてるの〜ダーリンはお兄さんの寮に泊まって、みかんは女友達のところに泊まったの〜ホテルじゃないの〜」

 くぅ、引っかかった。私は顔が赤くなる。

 べつに妙な妄想してないんだからね。

「そもそも、中学生と高校生じゃ、ホテルに泊まれないの〜」

「え……あなた、中学生?」

「違うの〜みかんは高1で、ダーリンが中3なの〜」

 年下彼氏かいッ! しかも中学生ッ! 肉食系とみました。

「将棋に話をもどすの〜お姉さん、みかんと指さないの〜?」

 ……はあ? フェリーのうえで将棋?

 いや……べつに暇だから、いいっちゃいいけど……。

「将棋盤がないわよ」

「みかんが持ってるの〜」

 みかんさんは、折り畳み式のマグネット盤をとりだした。

 なんと準備のいいことよ。私は、半分感心、半分呆れてしまう。

 まあ、暇つぶしにはちょうどよさそうだし、私は本を閉じた。

「風が強いけど、大丈夫?」

「マグネットだから、かえって便利なの〜」

 みかんさんはそう言って、私のとなりに座った。

 烈くんは、彼女の斜め右うしろ。ほんとに引っ込み思案なのね。

 私たちはちっこい駒を並べて、じゃんけんをした。私がパー、みかんさんがグー。

「お姉さんの先手なの〜」

「持ち時間は?」

「てきとう〜」

 じゃあ、30秒以内に指しましょう。

 陸を離れてから、そこそこ時間が経っている。あんまり長考できない。

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いしま〜す」

 私は7六歩と突いて、角道をあけた。

「3四歩〜」

 私の2六歩に、みかんさんはちょっと迷った。

「角交換型でもいいけど……今回は普通に指すの〜4四歩〜」


挿絵(By みてみん)


 これは、棋風をバラしてるわね。振り飛車で確定。

 角交換型で悩んだから、四間の可能性が高い。

 2五歩、3三角、4八銀、4二飛(予想通り)、6八玉、6二玉、7八玉。

「7二銀〜」

 普通の美濃囲い。穴熊ですらないのか。

 ほんとにノーマル四間だ。

 5六歩、7一玉、5八金右、3二銀、7七角、5二金左、5七銀。

「急戦にしてくれないの〜」

 だれがしますか。わざわざ相手に合わせる必要がない。

「端歩〜9四歩〜」

 8八玉、6四歩、9八香。穴熊。

「4五歩〜」


挿絵(By みてみん)


 角道開けで牽制してきた。でも、関係ない。この形なら潜れる。

「6六歩」

「7四歩〜」

「9九玉」

 みかんさんは、入られちゃったと言ってから、7三桂。

 8八銀でハッチを閉めて、間に合った。

「クマっただけで勝てるとは、思わないほうがいいの〜」

 みかんさんは、4三銀、7九金、5四銀で、攻勢に出た。

 3六歩、8四歩。端を詰めてこないのか……こっちから突いておきましょう。

 9六歩、8二玉、6七金、6三金、5九角。

 このままだと攻め駒が足りなくなるから、角を展開させる。

 1四歩、1六歩、8三銀、3七角、7二金。


挿絵(By みてみん)


 相手は、定番の銀冠+5四銀型。これは堅い。

 私は念のため、6八銀と引いた。4枚穴熊に転換する。

「ここが穴熊の急所なの〜8五歩〜」

 8筋の位取り……イヤな感じ。

 挑戦してくるだけあって、ただのアマチュアじゃなさそう。

 用心しましょ。

「7七銀右」

「4一飛〜」

「7八金」

 最後の一手に、みかんさんはウーンと首を傾げた。

 手の意味を把握しかねているようだ。ここから、ちょっとした構想がある。

「よく分かんないの〜9二香〜」

 手待ち? それとも地下鉄飛車? 後者は、間に合わないような。

 5八飛、4三銀、6八銀(!)、4四銀、7九銀右(!)

 

挿絵(By みてみん)


 どうよ、この組み替え。みかんさんも驚いている。

「お姉さん、うまいの〜何者なの〜?」

 駒桜(こまざくら)市の裏見(うらみ)香子(きょうこ)よ。覚えておきなさい。

 いくら市外で無名だからって、そうそう舐められてたまりますか。

「でも、みかんだって負けないの〜5四歩〜」

 みかんさんの陣形は、9二香が入っている分、もろい。

 攻めて来てくれるなら、むしろ歓迎ね。

 私は5九角と引いて、攻めを誘った。

「さすがに5五からは仕掛けないの〜5三銀〜」

 4筋の飛車先を通してきた? ……6八角で止まるでしょ。

「6八角」


挿絵(By みてみん)


 ここで、みかんさんは長考。攻めの糸口を捜しているとみました。

 予想は……6五歩? でも、足りないように思う。

 このタイミングで9一飛は間に合ってない。

 私があれこれ考えていると、みかんさんと目があった。

 みかんさんはちょっと不敵な笑みで、1筋に手を伸ばす。

「大丈夫なの〜ここに手があるの〜1五歩〜」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ