485手目 応援の方向性
※ここからは、御城くん視点です。男子11回戦になります。
ふぅ……俺がため息をつくと、魚住が話しかけてきた。
「あんちゃん、どうしたの? つかれた?」
俺は目頭を押さえながら、
「タブレットを見続けてると、さすがにな」
と答えた。
「そうだね。ときどきほかところも見たほうがいいよ」
とはいえ、まわりをじろじろ見るわけにもいかない。
俺はお茶を飲んだ。
「次はいよいよ昴くんと捨神のあんちゃんだね」
「そうだな」
「おいら、昴くん推ししちゃうかもしれないけど、そこは見逃してね」
「だれを応援するかは自由だ」
解説としては中立がいいんだろうけどな。
スタッフからそこまで言われていないし、高校生だからいいだろう。
魚住はそわそわしながら、
「どっちが勝つだろうね」
とたずねてきた。それは自問しているようにも聞こえた。
六連の実力はほんものだと思う。囃子原に入れたのはすごいことだ──が圧倒的ってわけじゃない。現に石鉄戦は落とした。
俺はむしろ捨神のほうが気になっていた。捨神はギリギリなラインにいる。10回戦で吉良も負けてくれたからよかったものの、2番手グループだ。へたすると鳴門あたりに抜かれてもおかしくはない。
《解説者のみなさま、ご着席ください》
俺はヘッドセットをつけた。あとは見守ることくらいしかできない。
……ピポ
始まった。
7六歩、3四歩、2二角成、同銀、7八銀、3三銀。
【先手:六連昴(H島県) 後手:捨神九十九(H島県)】
魚住は、
「予想通りだね。角交換型振り飛車」
とコメントした。すっかり解説業が板についたな。
俺もコメントしておく。
「先手は研究手順に持ち込むみたいだ。丸山ワクチンだろう」
「捨神のあんちゃんが飛車を振る場所もポイントだね。これだと2二しかムリかも」
俺たちの予想は当たった。
9六歩、9四歩のあと、4八銀、2二飛、6五角。
これには魚住もおどろいて、
「うわ、激しい手順になったね」
と目を白黒させていた。
俺もすこしばかりおどろいている。
というのも、六連は2日目までわりと受動的に指していたからだ。
3局目の吉良戦もそうだったし、7局目の囃子原戦もそうだった。
魚住はしばらく考えてから、
「六連くん、3日目になって積極的だね。これは決めに来てるかな」
と言った。
どうだろうか。総当たりだし、捨神に勝っても予選抜けは確定しないはずだ。
ひとまず六連の対応をみよう。
8八角、9七香、5五角成、8三角成、6四馬。
「おたがいに馬を作ったね。これは手将棋になりそう」
俺はちょっと考えて、
「8筋が切れたから、後手は飛車を振りなおすのもありだと思う」
と言っておいた。
魚住は納得しなかった。
「んー、2筋のままでいいんじゃないかな」
俺と魚住で意見がわかれた。
5六歩、7四歩、5七銀、7二銀、8四馬。
後手は馬をどかせた。
そのまま7三銀、6六馬と撤退させて、8二飛。
魚住はおどろいた。
「うわ、8筋にもどしちゃったよ。これってどうなの?」
俺は、
「捨神も積極的だ。意地の張り合いになるかもしれん」
と返した。
「捨神のあんちゃん、居飛車っぽくなっちゃうけどいいのかな」
「そこまでハンデにはならないと思うが……六連に誘導された感はある」
「昴くん、こういう駆け引きはうまいからね」
カードゲームの経験が活きている、というわけか。
だがどうだろう。将棋の経験値なら捨神のほうがうえだ。
4六銀、8四銀、5五銀、7三馬、8六歩。
俺はこの手を見て、
「六連はどうまとめるんだ? このかたちだと、六連が振らないといけないぞ?」
と指摘した。
「昴くんのほうが8八飛ってこと?」
「ああ、先手は8筋へ王様を寄せるメリットがない」
「んー、そっか、じゃあ立場が逆転しちゃうね」
六連の振り飛車vs捨神の居飛車か。
おもしろくなってきた。
6四歩、8七銀、6三馬、8八飛。
ほんとにそうなるのか。俺があっけにとられていると、いきなり通信が入った。
《もしもし、我孫子でやんす。聞こえるでやんすか?》
ん、対局中に割り込みか。
俺は、
《今解説中だ》
と返した。
《あっしらもでやんすが、そこの局面がおもしろそうで覗いてるでやんす》
そういうことか。
魚住は、
「おいら、六連くんの振り飛車も捨神のあんちゃんの居飛車も、初めてみるよ」
と言った。
《捨神兄さんは相振りで経験があると思うでやんす。六連くんはどうでやんすかね?》
魚住はすこし考えて、
「うーん……居飛車党だから振り飛車が全然ダメってことは、ないと思うよ」
と答えた。
《最近はプロでも両刀使いが多いでやんす。だけどこの大一番でぶつけたのは、ちょいとばかし意外だったでやんすねぇ。H島出身のおふたりからみて、どうでやんすか?》
さぐりを入れて来てるな。
あたりさわりのない答えにしておくか。
「六連の研究に対して、捨神が変化したかたちだと思う」
《あっしもその読みでやんす。あとで内容を教えてくんだまし》
そこで通信はとぎれた。
盤面はすこし進んでいた。
7三桂、3八金、4二玉、4九玉、5二金右、3九玉、3二玉。
魚住は棋譜を確認したあと、
「これは本格的に対抗形だね。どういう将棋になるのかなあ」
と楽しげだった。
そうだ、こういうのは楽しんでいかないとな。
「先手も後手も囲いが難しい。馬を引きつけるなら話は簡単だが」
「馬を守備に使うかどうかだね。おいらだったら使うかな」
「その場合、膠着する可能性が考えられる」
「うーん、そうだね……ただ、穴熊にはできないんじゃない」
どうだろうか。馬の動き次第だと思う。
5八金、6五歩、5七馬、5四歩、4六銀、5三馬。
おたがいに固め始めた。
俺はお茶をそそぎながら、
「150手超えかもな」
とコメントした。
六連は小考している。
魚住は、
「まさか2八玉~1八香なのかな?」
とつぶやいた。
どうだろうか。さっきから読んでるが、穴熊は難しい気がしてきた。
端に焦点を合わされやすい。
俺は、
「1七に馬が利いてる。この状態で穴熊は怖いな」
と指摘した。
「あ、そうだね。じゃあ飛車をうろうろかも」
なるほど、いかにも振り飛車っぽい発想だ。
そのへんは魚住のほうが俺よりも読めるだろう。
パシリ
4四馬──捨神のほうから飛車の位置を打診した。
六連はすぐに応じた。
9八飛──これはどうなんだ?
俺は、
「7八飛かと思ったが、こっちのほうがいいのか?」
とたずねた。
「微差……かな。おいらも7八飛を読んでたよ。そこで9九馬なら7七桂、8九馬、6八飛、7九馬、9八飛、5七馬、同銀で馬を消す展開かなあ。馬を消し合ったあとに後手のほうが打ち込まれやすいから、たぶんこれはやんないけど」
「後手から千日手にする意味もない。9九馬じゃなくて1四歩じゃないか?」
「だね。7八飛なら1四歩、1六歩、2二玉、3六歩みたいな展開だったかも」
【参考図】
なるほど、そうなりそうだ。
現局面で捨神も考えている。予想外だったのだろう。
俺はタッチペンを手にして、
「本譜も1四歩だと思う。飛車の位置はそこまで影響しない」
と言い、端歩を動かした。
「2二玉とか4二金上もあるんじゃない?」
「たしかに……いずれにせよ自陣に手を入れるかたちだ。ここで時間は使いたくないな」
捨神はまだ考えている。
俺はちょっとイヤな予感がした。
「もしかして攻める気か?」
「え、攻められるかな? おいらは手が見えないけど?」
「……そうだな、開戦の糸口がない」
9筋は見合いになっているし、後手は歩切れだから8五歩の継ぎ歩もできない。
この歩を調達する場所もない。
それとも解説席で見落としている順があるのか?
俺たちは深い検討に入った。




