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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
497/681

485手目 応援の方向性

※ここからは、御城ごじょうくん視点です。男子11回戦になります。

 ふぅ……俺がため息をつくと、魚住うおずみが話しかけてきた。

「あんちゃん、どうしたの? つかれた?」

 俺は目頭を押さえながら、

「タブレットを見続けてると、さすがにな」

 と答えた。

「そうだね。ときどきほかところも見たほうがいいよ」

 とはいえ、まわりをじろじろ見るわけにもいかない。

 俺はお茶を飲んだ。

「次はいよいよすばるくんと捨神すてがみのあんちゃんだね」

「そうだな」

「おいら、昴くん推ししちゃうかもしれないけど、そこは見逃してね」

「だれを応援するかは自由だ」

 解説としては中立がいいんだろうけどな。

 スタッフからそこまで言われていないし、高校生だからいいだろう。

 魚住はそわそわしながら、

「どっちが勝つだろうね」

 とたずねてきた。それは自問しているようにも聞こえた。

 六連の実力はほんものだと思う。囃子原はやしばらに入れたのはすごいことだ──が圧倒的ってわけじゃない。現に石鉄いしづち戦は落とした。

 俺はむしろ捨神のほうが気になっていた。捨神はギリギリなラインにいる。10回戦で吉良きらも負けてくれたからよかったものの、2番手グループだ。へたすると鳴門なるとあたりに抜かれてもおかしくはない。

《解説者のみなさま、ご着席ください》

 俺はヘッドセットをつけた。あとは見守ることくらいしかできない。


 ……ピポ


 始まった。

 7六歩、3四歩、2二角成、同銀、7八銀、3三銀。


【先手:六連むつむらすばる(H島県) 後手:捨神すてがみ九十九つくも(H島県)】

挿絵(By みてみん)


 魚住は、

「予想通りだね。角交換型振り飛車」

 とコメントした。すっかり解説業が板についたな。

 俺もコメントしておく。

「先手は研究手順に持ち込むみたいだ。丸山ワクチンだろう」

「捨神のあんちゃんが飛車を振る場所もポイントだね。これだと2二しかムリかも」

 俺たちの予想は当たった。

 9六歩、9四歩のあと、4八銀、2二飛、6五角。


挿絵(By みてみん)


 これには魚住もおどろいて、

「うわ、激しい手順になったね」

 と目を白黒させていた。

 俺もすこしばかりおどろいている。

 というのも、六連は2日目までわりと受動的に指していたからだ。

 3局目の吉良戦もそうだったし、7局目の囃子原戦もそうだった。

 魚住はしばらく考えてから、

「六連くん、3日目になって積極的だね。これは決めに来てるかな」

 と言った。

 どうだろうか。総当たりだし、捨神に勝っても予選抜けは確定しないはずだ。

 ひとまず六連の対応をみよう。

 8八角、9七香、5五角成、8三角成、6四馬。


挿絵(By みてみん)


「おたがいに馬を作ったね。これは手将棋になりそう」

 俺はちょっと考えて、

「8筋が切れたから、後手は飛車を振りなおすのもありだと思う」

 と言っておいた。

 魚住は納得しなかった。

「んー、2筋のままでいいんじゃないかな」

 俺と魚住で意見がわかれた。

 5六歩、7四歩、5七銀、7二銀、8四馬。

 後手は馬をどかせた。

 そのまま7三銀、6六馬と撤退させて、8二飛。


挿絵(By みてみん)


 魚住はおどろいた。

「うわ、8筋にもどしちゃったよ。これってどうなの?」

 俺は、

「捨神も積極的だ。意地の張り合いになるかもしれん」

 と返した。

「捨神のあんちゃん、居飛車っぽくなっちゃうけどいいのかな」

「そこまでハンデにはならないと思うが……六連に誘導された感はある」

「昴くん、こういう駆け引きはうまいからね」

 カードゲームの経験が活きている、というわけか。

 だがどうだろう。将棋の経験値なら捨神のほうがうえだ。

 4六銀、8四銀、5五銀、7三馬、8六歩。

 俺はこの手を見て、

「六連はどうまとめるんだ? このかたちだと、六連が振らないといけないぞ?」

 と指摘した。

「昴くんのほうが8八飛ってこと?」

「ああ、先手は8筋へ王様を寄せるメリットがない」

「んー、そっか、じゃあ立場が逆転しちゃうね」

 六連の振り飛車vs捨神の居飛車か。

 おもしろくなってきた。

 6四歩、8七銀、6三馬、8八飛。


挿絵(By みてみん)


 ほんとにそうなるのか。俺があっけにとられていると、いきなり通信が入った。

《もしもし、我孫子あびこでやんす。聞こえるでやんすか?》

 ん、対局中に割り込みか。

 俺は、

《今解説中だ》

 と返した。

《あっしらもでやんすが、そこの局面がおもしろそうで覗いてるでやんす》

 そういうことか。

 魚住は、

「おいら、六連くんの振り飛車も捨神のあんちゃんの居飛車も、初めてみるよ」

 と言った。

《捨神兄さんは相振りで経験があると思うでやんす。六連くんはどうでやんすかね?》

 魚住はすこし考えて、

「うーん……居飛車党だから振り飛車が全然ダメってことは、ないと思うよ」

 と答えた。

《最近はプロでも両刀使いが多いでやんす。だけどこの大一番でぶつけたのは、ちょいとばかし意外だったでやんすねぇ。H島出身のおふたりからみて、どうでやんすか?》

 さぐりを入れて来てるな。

 あたりさわりのない答えにしておくか。

「六連の研究に対して、捨神が変化したかたちだと思う」

《あっしもその読みでやんす。あとで内容を教えてくんだまし》

 そこで通信はとぎれた。

 盤面はすこし進んでいた。

 7三桂、3八金、4二玉、4九玉、5二金右、3九玉、3二玉。


挿絵(By みてみん)


 魚住は棋譜を確認したあと、

「これは本格的に対抗形だね。どういう将棋になるのかなあ」

 と楽しげだった。

 そうだ、こういうのは楽しんでいかないとな。

「先手も後手も囲いが難しい。馬を引きつけるなら話は簡単だが」

「馬を守備に使うかどうかだね。おいらだったら使うかな」

「その場合、膠着する可能性が考えられる」

「うーん、そうだね……ただ、穴熊にはできないんじゃない」

 どうだろうか。馬の動き次第だと思う。

 5八金、6五歩、5七馬、5四歩、4六銀、5三馬。

 おたがいに固め始めた。

 俺はお茶をそそぎながら、

「150手超えかもな」

 とコメントした。

 六連は小考している。

 魚住は、

「まさか2八玉~1八香なのかな?」

 とつぶやいた。

 どうだろうか。さっきから読んでるが、穴熊は難しい気がしてきた。

 端に焦点を合わされやすい。

 俺は、

「1七に馬が利いてる。この状態で穴熊は怖いな」

 と指摘した。

「あ、そうだね。じゃあ飛車をうろうろかも」

 なるほど、いかにも振り飛車っぽい発想だ。

 そのへんは魚住のほうが俺よりも読めるだろう。


 パシリ

 

 4四馬──捨神のほうから飛車の位置を打診した。

 六連はすぐに応じた。


挿絵(By みてみん)


 9八飛──これはどうなんだ?

 俺は、

「7八飛かと思ったが、こっちのほうがいいのか?」

 とたずねた。

「微差……かな。おいらも7八飛を読んでたよ。そこで9九馬なら7七桂、8九馬、6八飛、7九馬、9八飛、5七馬、同銀で馬を消す展開かなあ。馬を消し合ったあとに後手のほうが打ち込まれやすいから、たぶんこれはやんないけど」

「後手から千日手にする意味もない。9九馬じゃなくて1四歩じゃないか?」

「だね。7八飛なら1四歩、1六歩、2二玉、3六歩みたいな展開だったかも」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 なるほど、そうなりそうだ。

 現局面で捨神も考えている。予想外だったのだろう。

 俺はタッチペンを手にして、

「本譜も1四歩だと思う。飛車の位置はそこまで影響しない」

 と言い、端歩を動かした。

「2二玉とか4二金上もあるんじゃない?」

「たしかに……いずれにせよ自陣に手を入れるかたちだ。ここで時間は使いたくないな」

 捨神はまだ考えている。

 俺はちょっとイヤな予感がした。

「もしかして攻める気か?」

「え、攻められるかな? おいらは手が見えないけど?」

「……そうだな、開戦の糸口がない」

 9筋は見合いになっているし、後手は歩切れだから8五歩の継ぎ歩もできない。

 この歩を調達する場所もない。

 それとも解説席で見落としている順があるのか?

 俺たちは深い検討に入った。

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