484手目 早指し、早食い
※ここからは、鬼首さん視点です。女子12回戦になります。
「チッ、上から潰そうとしたのはマズったな」
オレがぶつくさ言っていると、桃子が話しかけてきた。
「あざみ、負けたようだな」
「トーナメント表を見りゃわかるだろ」
「棋力的に負けるあいてではなかったと思うが……悪いクセが出たか?」
オレはまた舌打ちをした。
「おまえにゃ関係ねぇ」
「のこりのメンバーは上位が多い。気をつけろ」
桃子はそれだけ言って去った。
説教してるひまがあったら、じぶんの成績をなんとかしろよ。
オレはそのまま次の対局席へ向かった。
お花は先に座って待っていた。
「あざみちゃん、こんにちはですぅ」
「おーっす」
「あざみちゃん、さっきはどうでしたかぁ? お花は負けちゃいましたぁ」
「負けたよ。負け負け」
オレはそう言いながら腰をおろした。
お花はこれを聞いて、
「あれ、そうなんですかぁ。亜季ちゃん強いのですぅ」
と首をかしげた。
「つーか、お花、そろそろヤバいんじゃね?」
「もう3敗しちゃいましたぁ。あざみちゃんをいい子いい子してキープしまーす」
おうおう、やったろうじゃねぇか。
《間もなく対局が始まります。振り駒をすませていない席は、振り駒をしてください》
「お花、振れ」
「はーい」
歩が4枚で、お花の先手。
まあどっちでもいいわな。戦型はもうわかってる。
《……それでは、始めてください》
「よろしくお願いしまぁす」
「うーっす」
7六歩、8四歩、5六歩、8五歩、7七角、5四歩。
「あれぇ? 角道開けないんですかぁ?」
「この順ならパパッと8八飛ができるだろ」
「ふえぇええ……すっごい親切なのですぅ」
めんどくせぇやりとりはキライなんだよ。
どうせダイレクト向かい飛車なんだから、それでいい。
「じゃあ8八飛ですぅ」
3四歩、6八銀、4二玉、4八玉、3二玉、3八玉。
クマるかなぁ、どっすかなぁ。
6二銀、2八玉。
「クマはやめだ。1四歩」
どんどんいくぜぇ。
1六歩、5二金右、3八銀、5三銀、5七銀。
んー……お花から攻めさせるか。こいつ攻め将棋だしな。
オレは4四歩と突いて、囲いに入る。
4六歩、2四歩、2六歩、2三玉、2七銀、3二銀。
「うにゅぅ、あざみちゃん、なんか動きがあやしいのですぅ。3八きぃん」
「囲い合いならオレのほうが有利だぜ。4三金」
3六歩、6四銀、6六銀、7四歩。
お花、長考。
「うにゅにゅ、王様が2三にいるうちになんとかしたいですぅ」
「おう、してこいしてこい」
「4八飛で回りんこしまぁす」
4筋からか。
オレは3三桂と跳ねる。
3七桂、3一角、5八金、4二角、9六歩、7三桂。
ほらほら、こっちはゆるめてるんだから、さっさと攻めてこーい。
6八角、2二玉。
「4五歩ですぅ」
「もらいッ!」
同桂。ケンカは先手必勝ってわけじゃないぜぇ。
腕をとって寝技に持ち込む。
同桂、同歩、同飛、4四歩、4九飛。
「8六歩だッ!」
カウンター。同歩に6五銀とぶつける。
さすがにお花も読んでるよな。
無視して4五歩と打ってきた。
同歩、6五銀、同桂、4五飛。
ここでオレは6四角と飛び出す。
「王手だ」
「うにゅ~、3七けぇい」
5三桂で桂馬を助ける。
お花は長考。
「考えるところか?」
「……」
引かないつもりか? 切るのもアリだとは思うが。
オレは引かないバージョンを読んだ。
4三飛成、同銀、4四歩、3二銀、5五歩、同角……これはオレがいい。
となると4三飛成、同銀、2四角か。
3分後に飛車が切られた。
4三飛成、同銀、2四角。
「切らす。3三銀打」
「お花の腕の見せどころなのですぅ! うりゃうりゃうりゃ~!」
同角成、同玉、6六歩。
チッ、連続切りか。
まあそうでなきゃ飛車切らないわな。
桂馬を渡すとめんどいが……こうするか。
「8八飛」
とりあえず置いておく。
お花は4八金打と受けてきた。
オレは4五に桂馬を跳ねる。
「うにゅ、あざみちゃん大胆ですぅ」
お花は15秒考えて4六歩と打った。
3七桂成、同金直、8九飛成。
オレは椅子によりかかる。
「寄せられるもんなら寄せてみな」
「がんばりまぁす。4五けぇい」
4二玉、6五歩、8六角。
右が広いぜぇ。
「受けも考えないといけないから難しいのですぅ」
お花は1分考えて3八金引。
そこは3八金寄じゃねぇのか。まあいいや。
オレは5二金で手を入れる。
8四歩、4四歩。
攻め駒を攻める。
あいてのこぶしを潰せばゲームセットだ。
お花は3三銀と打った。
5一玉、7三銀。
「サンドイッチするのですぅ」
「駒がねぇだろ、駒が。8一飛」
「6四歩ぅ」
同歩、6三歩。
んー、意外とあぶないっちゃあぶないか。
オレは桂馬を手にした。数秒だけ読む。
「……6一桂」
お花、長考。
オレは持ち駒の歩を親指ではじきながら、椅子をゆらゆら。
あたりを見回す。腹減ったなぁ。もうちょっと食っときゃよかった。
パシリ
7二銀成。
なるほどね……7三桂の余地を作ったか。
オレは8四飛と浮いて、7三桂に6三金と上がった。
「上に逃げるのはダメですぅ。6一桂成ぅ」
5二玉、2四桂。
っと、いい手だな。一応2手スキ。
オレは4五歩で解除した。
3二桂成、同銀、同銀不成。
「これが攻防なんだよなぁ」
オレは角をひっくりかえした。
「あぅうう……上が押さえられないですぅ……」
「投了か?」
「もうちょっと指しまぁす。5一ぎぃん」
5三玉、6二成桂、5五歩、6三成桂、同玉、6二銀成、5四玉。
お花は両手を目のしたに当てて、泣きまねをした。
「ぴえーん、完璧に切れちゃったのですぅ。負けましたぁ」
「あざーす」
ぎゃっはっは、楽勝。
ムリ攻めはよくないぜぇ。
「飛車切ったのがよくなかったですかぁ?」
「感想戦のまえに移動しね?」
早く終わったし、腹減った。
オレたちは会場から出る。
控え室に移動してコーヒーとチョコを調達。
「あ、お花はおせんべぇ好きなのですぅ」
オレたちは食べながら感想戦。
「んー、なんの話だった?」
「飛車切ったのがダメかどうかですぅ」
「ダメなんじゃね? 右が広いから続かないだろ」
「4八飛と比べて悩んだのですぅ」
【検討図】
オレは4四歩と打つ。
お花は6六歩と突いた。
「5七銀とぶっこむか」
「同金、同桂成、同角、8六飛と飛び出されたら負けなのですぅ」
「銀を取らないで6五歩じゃねぇの?」
「それは3七角成、同玉、6八銀成、同金、8六飛になっちゃうのですぅ」
たしかにそうだな。
「じゃあこの時点で後手がいい」
「だったら攻めたのがマズかったことになりまぁす」
お花は4五歩を反省した。かわりに4七金左。
【検討図】
「でもこれ打開できない気がするのですぅ」
「まあ一回9四歩だわな」
ふたりで進めると、5九角、2三銀、8八飛、3二金、4八角になった。
「オレから攻めるのもアレだしなあ。1二香と浮いとくか」
「お花も1八香にしまぁす」
らちが開かねぇな、これ。
へたしたら千日手コースだ。
「だけどムリ攻めするよりはこっちのほうがよかっただろ」
「しゅーん」
ま、将棋の話はこれくらいにするか。
コーヒーをすする。時計を見ると、11時半だった。
「この近くにメックねぇの?」
「ありまぁす。でもまだインタビューしてないのですぅ」
「あとでいい。パパッと食ってもどろうぜ。30分もありゃ足りる」
「お花はそんなに早食いできませぇん」
「じゃあお花の分もオレが食ってやるよ」
「ありがとうございまぁす……うにゅ? それってお花のお腹はどうなるんですかぁ?」
場所:第10回日日杯 3日目 女子の部 12回戦
先手:桐野 花
後手:鬼首 あざみ
戦型:先手ダイレクト向かい飛車
▲7六歩 △8四歩 ▲5六歩 △8五歩 ▲7七角 △5四歩
▲8八飛 △3四歩 ▲6八銀 △4二玉 ▲4八玉 △3二玉
▲3八玉 △6二銀 ▲2八玉 △1四歩 ▲1六歩 △5二金右
▲3八銀 △5三銀 ▲5七銀 △4四歩 ▲4六歩 △2四歩
▲2六歩 △2三玉 ▲2七銀 △3二銀 ▲3八金 △4三金
▲3六歩 △6四銀 ▲6六銀 △7四歩 ▲4八飛 △3三桂
▲3七桂 △3一角 ▲5八金 △4二角 ▲9六歩 △7三桂
▲6八角 △2二玉 ▲4五歩 △同 桂 ▲同 桂 △同 歩
▲同 飛 △4四歩 ▲4九飛 △8六歩 ▲同 歩 △6五銀
▲4五歩 △同 歩 ▲6五銀 △同 桂 ▲4五飛 △6四角
▲3七桂 △5三桂 ▲4三飛成 △同 銀 ▲2四角 △3三銀
▲同角成 △同 玉 ▲6六歩 △8八飛 ▲4八金打 △4五桂
▲4六歩 △3七桂成 ▲同金直 △8九飛成 ▲4五桂 △4二玉
▲6五歩 △8六角 ▲3八金引 △5二金 ▲8四歩 △4四歩
▲3三銀 △5一玉 ▲7三銀 △8一飛 ▲6四歩 △同 歩
▲6三歩 △6一桂 ▲7二銀成 △8四飛 ▲7三桂 △6三金
▲6一桂成 △5二玉 ▲2四桂 △4五歩 ▲3二桂成 △同 銀
▲同銀不成 △7七角成 ▲5一銀 △5三玉 ▲6二成桂 △5五歩
▲6三成桂 △同 玉 ▲6二銀成 △5四玉
まで112手で鬼首の勝ち




