480手目 ちくわちゃん
※ここからは、米子くん視点です。男子第10局開始時点にもどります。
いやぁ、きついっす。
葦原先輩よりは上なんだけど、上位5人が崩れそうにないんだよね。
まあがんばるしかない。
次はS根の光彦と。俺っちが会場入りすると、駿に声をかけられた。
「おはよ。今朝レストランにいなくなかった?」
「コンビニでパン買ってた。コーヒーは部屋のインスタント」
駿は笑った。
「食べ飽きたってわけ?」
「なんか食べ過ぎるんだよね。自制心ないから」
「お腹パンパンになるのはよくないか。夕食も豪華だし、デザートまで出るから気をつけないといけないね。でもコーヒーくらい下で飲みなよ。今朝丸先輩も心配してたし」
コーヒーだけってのもなんか変な気がする。
俺っちは「明日はまた考えるっす」とだけ伝えた。
駿と別れると、当の今朝丸先輩につかまった。
「米子くん、体調が悪いのかね?」
「食べ過ぎるんで、コンビニで済ませました」
「ふむ、こうも連日歓待されると太りかねないな」
「でしょ。女子とか昨日残してましたよ」
腹肉が気になるからね。しょうがないっす。
と、そこへ真沙子ちゃんも登場。
「ふたりともなんの話?」
「食べ過ぎの話っす……なんで動揺するの?」
「ど、動揺してないし」
さては自覚があるね。触れないけど。
「ところで真沙子ちゃん、毎日同じ服着ててだいじょうぶなの?」
「着てないわよ。4着持ってきてるもん」
えぇ……そのカウボーイ服、何着持ってるの。
でもある意味合理的か。お気に入りの私服を3泊分も用意するの大変だし。
真沙子ちゃんは腰のホルダーからモデルガンをとりだして、くるくる回しながら、
「残り全勝を目指してがんばりましょ」
と言った。それ昨日も聞いたっす。
まあ全勝しないと決勝トーナメント出られそうにないけどさ。
俺っちはそれからすこし雑談して、対局テーブルへ。
光彦は先に座っていた。
「こんちゃっす。今日はよろしく」
「耕平、ひさしぶりぃ」
椅子を引いて着席。
準備は終わってるから、やることがない。雑談。
「最近SNSでちくわちゃん見ないっすよね。元気?」
「ああ、妊娠してた」
マジっすか──あ、ちくわちゃんっていうのは光彦が飼ってるフェレットね。
捨てられてたのを拾ってきたらしい。
白と茶の毛色だから、ちくわみたいでカワイイ。
「赤ちゃんどうするの?」
「んー、C葉の葛にゆずる予定」
「え、白須くんにっすか?」
「あいつ飼ってたフェレット亡くなったんだよね。泣いてたからやる」
光彦、なんだかんだで優しい。
人間嫌い自称してるのに。
俺っちにもなんかゆずってくれないかな。
でもこっちから頼むと怒るんだよね。気難しい。
《間もなく定刻になります。対局準備はよろしいでしょうか?》
おっと、始まるっすよ。静粛に。
《では、始めてください》
「よろしくお願いします」
一礼して対局開始。
7六歩、3四歩、2六歩。
「9四歩」
光彦は振り飛車党っすね。
これは藤井システム調。
俺っちも穴熊にする予定じゃないので突き返す。
9六歩、5四歩、2五歩、5二飛。
中飛車っすか。
6八玉、5五歩、4八銀、3三角、3六歩。
光彦はこの手をみて、
「ふーん、速攻か……」
とつぶやき、椅子をうしろに傾けてぶらぶら。
危ないっすよ。
「6二玉」
囲い始めたっすね。
3七銀、7二玉、4六銀、3二金、5八金右、4二銀。
どうするかなあ。
四間なら3五歩で単純に開戦できるけど、ゴキゲンだからそうもいかないんっすよね。
超速でもないし。
5六歩と攻めてくるの待ったほうがいいかも。
7八玉、8二玉、6八銀、7二銀、7七角。
「耕平、攻めてこないの?」
「見たまんまっす」
「じゃあ俺から攻めるよ。5六歩」
俺っちは6六歩。
5七歩成、同銀上、4四歩、6七金、4三金、5六銀。
これで十分。ちょっともたれて指す。
5三銀、3七桂、6四歩、1六歩。
「んー、ほんとに攻めてこないんだな……」
「光彦っちから2四歩と突くのはどうっすか?」
「アホか……」
光彦は5四歩。あっちも慎重。
どうするかなあ。
どうしても攻めてこないから、3五歩のタイミングを計るっすか。
8八玉、6三銀、7八金、7二金、2六飛。
これがあからさまな3五歩の合図だから、光彦も小考。
「……5一角」
ここで3五歩。
どうっすか。
多分同歩はしてこないかな。3四歩に同金で盛り上がってきそう。
この予想は当たって、光彦は7四歩。
3四歩、同金、3六飛、3二飛。
これには6八角で対応。3筋は俺っちのほうが優勢。
「8四角」
「2四歩ッ!」
同歩に2二歩。
光彦長考。たぶん3筋を清算してくる。
3五歩と打ってくるんじゃないかな。
同銀、同金に同飛としたいね。ちょっと怖いけど。
「……3五歩」
ほい。同銀、同金、同飛、同飛、同角。
「先着ッ! 3八飛ッ!」
「早けりゃいいってもんじゃないっすよ。4五桂」
これが銀当たり。3五飛成、5三桂成はさすがに先手有利。
光彦も6二銀と逃げた。
俺っちは4四角で角を救出。
「6九銀」
うーん、急所。6八金寄とするか7九金とするか。
6八金寄は5八銀不成、同金、同飛成、6八金打と弾く展開。
7九金打は7八銀成、同金、6五歩で上から攻めてきそう。
俺っちは両方を検討して、後者を選択。7九金打。
「そっち?」
「6八金寄で読んでたっすか?」
光彦は黙って7八銀成。
同金、5五歩。
「そっちっすか?」
「6五歩で読んでた?」
読みが合わない。
5五歩ってなに? 同銀に? ……3四金?
角を切らせるつもりかな。6二角成がそんなに悪いとも思えない。
5五同銀、3四金、6二角成、同角ならこっちの手番だよね。
飛車を打つこともできるし、5三銀でべったり張り付くこともできる。
2分ほど念入りに考えて、同銀。
光彦はほんとうに3四金と打ってきた。
6二角成、同角、5三銀。
これでよくない? ダメ?
3一飛も考えたけど、飛車抜けなさそうなんだよね。
「5三銀か……じゃあこうかな」
光彦は6九角と打った。
俺っちは6八金寄、5八角成に、7八飛。
自陣飛車で受けた。
この飛車はすぐに交換することを予定してる。
そしてその通りに進んだ。
6七馬、同金、7八飛成、同玉、7三角。
逃げたね。5八飛の王手銀取りは殴り合い負けとみたかな。
かと言ってここで受けても4五金と取られちゃう。
「4二飛ッ!」
「桂馬を助けたか。5八飛ッ!」
6八角、5五飛成、5六銀打、5一金。
っと、そう来るか。まさかの飛車龍交換のお誘い。
俺っち、手が止まる。
7二飛成、同銀、5五銀で飛車は回収できるけど……その次に後手がどうするか。
4九飛? それとも5八銀?
攻め駒が足りないとみたら4五金かな。
この3つの善悪がよくわからない。
4九飛はそんなにプレッシャーないから、6四銀上で良さげ。
5八銀は5七金と受ける必要あり。そこで4九飛か4五金。
最初から4五金は6四銀上と出て……そこで5八銀、5七金?
もしかして流れ的に合流する感じ?
俺っちはチェスクロを確認。のこり時間は先手が9分、後手が10分。
終盤に5分くらい残しておきたい。
「7二飛成」
同銀、5五銀。
ここで光彦が2分小考。
「……4五金」
そっちね、了解。6四銀上。
光彦はさらに1分小考。
さっき結論出してなかったのかな。なにか悩んでるっす。
「これに賭けるか……5五桂」
桂打ちっすか──あれ?




