37手目 高校生男子の部A1回戦 捨神vs松平(1)
※ここからは捨神くん視点です。
5月5日は、こどもの日。
というわけで、僕らはジャビスコこども将棋祭りにやって来た。
会場は、H市の総合センター。公民館みたいなところで、県大会の老舗。
祝日だからか、ずいぶんと盛況だね。
僕が入り口を見張っていると、御城くんはスマホを見ながら、
「おい、捨神。魚住から連絡はあったか?」
と訊いてきた。
「ないよ。っていうか、するなら御城くんのほうじゃないの?」
魚住くんと交渉したのは、御城くんだからね。
御城くんは小さくタメ息をついて、
「開始まで、あと10分ない……まいったな」
と言った。
「携帯に電話してみたら?」
「さっきからしてるんだが、マナーモードになってる」
電車の中かな? H島市だから、たぶん、路面電車だね。
間に合ってくれないと困るんだけど……。
「開始までに不在だと、どうなるの?」
「分からん……そのへんは、スタッフに聞いて……ん」
御城くんは、総合センターの入り口に目をやった。
ちょっと背の低い、麦わら帽子の少年が、自動ドアから入ってくる。
「アハッ、魚住くんだね」
僕たちが手を振ると、魚住くんも気づいてくれた。
歯を見せて笑って、こっちに手を振り返す。
「あんちゃんたち、早かったね」
「おまえが遅いんだよ」
「5分前行動、5分前行動、まだ8分前だよ」
魚住くんは麦わら帽子を脱ぐと、それを人差し指で回してみせた。
「いやあ、さすがはH市、都会って感じだねえ」
「それが分かってるなら、もうちょっと服装を考えろ」
と御城くん。
白い袖無しTシャツにベージュの短パン、青いサンダル。
……べつにいいんじゃないかな。ファッションなんて、ひとそれぞれ。
「おいら、ゴールデンウィークは島に帰る予定だったんだよ」
「それとこれとは関係ないだろ」
「服装くらい、島気分にさせて欲しいってね……っと」
魚住くんは麦わら帽子をかぶり直して、ポケットに両手を突っ込んだ。
「この面子においらを呼んだってことは……優勝狙ってるんだよね?」
御城くんは答えずに、僕へ視線を逸らしてきた。
僕は、
「もちろんだよ」
と、ちょっと強い口調で答えた。
「ふーん……他のチームは、どんな感じ?」
即答は、しづらいかな。
「思ったより楽じゃないけど、僕らが優勝候補だと思うよ」
僕がそう答えると、御城くんは言葉を継いだ。
「女子よりは差がある。なんか知らんが、あっちはガチでチームを作ってるぞ」
それを聞いた魚住くんは、口もとに手をあてて笑った。
「やっぱり女は怖いね。敵対心むきだし」
アハッ、口はわざわいのもとだよ、魚住くん。
あとで怒られても知らないからね。
《これより開会式を行います。学生のみなさんは、運営席のまえへ》
おっと、時間だね。
僕らは、運営席のまえに集合する。
企業が主催だから、おじさんスタッフも、ちらほら見えるね。
目立たない端っこのほうへ……。
全員並んだところで、眼鏡をかけたおじさんが登場。
《それでは、ただいまより、H県ジャビスコこども将棋祭りの、開会式を行います。まず、ジャビスコH県支社、広報部代表の原田様から、お言葉をいただきます》
スポンサーの挨拶だね。こういうのは重要だよ。
「ご紹介いただきました、原田でございます。本日は、小学生から高校生まで、総勢100名を超える方々に参加していただき、スポンサーといたしまして、御礼をもうしあげます。もともとH県は、プロ棋士を多く輩出している地域でもあり……」
うんたらかんたら。
《ありがとうございました。次に、比呂高校、月代晶子さんから、学生代表の謝辞をいただきます。月代さん、どうぞまえへ》
「はい」
挨拶は、やっぱり月代さんだったね。
H県高校将棋連盟支部長、つまり、丸目先輩の後任だから。
それにしても、すごい髪の量。乾かすのに、1時間はかかるんじゃないかな。
「本日は、わたしたち学生のために、盛大なイベントを催していただき、参加者一同を代表して、御礼もうしあげます。思えば……」
うんたらかんたら。
《以上で、開会式を終わります。小学生のみなさんは、総合第一ホールへ、中学生のみなさんは、第二ホールへ、高校生のみなさんは、このまま講堂にお残りください。組み合わせの発表は、まもなくいたします》
はい、解散。
それにしても、初めてのイベントだからか、ちょっと運営が不安定だね。トーナメントかどうかも、分かってないよ。そういうのは、最初に教えてもらわないとね。
まあ、指させてもらえるだけも感謝しないといけないし、おとなしく待とうか。
「……あれ? 魚住くんは?」
僕は、会場内を見回す。
「トイレじゃないのか? ……っと、あそこにいるぞ」
あ、ほんとだ。こっちに向かって来てるね。
「どこ行ってたの?」
「偵察だよ。たしかに、おいらたちが優勝候補かな」
研究熱心だね。敵を知り、おのれを知れば、だよ。
「めぼしいところは、あった?」
「あえて言うなら、昴くんのとこ」
そこも予想通りの回答。昴くん、並木くん、大文字くんのチーム。
「そこが実質的なライバルだな。初戦で当たるのは避けたい」
と御城くん。
「10チームだから、確率は9分の1だよ」
「思ったより多かったな。8くらいかと思ったが」
御城くんはそう言って、本のページをめくった。
そこは、なんとなく予想がついてるんだよね。ひとりでも市代表経験者がいたら、Bクラスには出られない。となると、市代表経験者は、全員Aクラスに集まる。それを見越して、市代表の経験がない人は、全員Bクラスに集まる。こんな感じじゃないかな。わざわざ中途半端なチームでAに殴り込む理由がないからね。
もしBクラスの条件が、「市代表経験者1名まで」とかなら、全然違ったかも。戦力がBクラスに流出したと思うんだ。どうしても、過少申告気味になるからね。
《組み合わせが決まりましたので、掲示をごらんください》
僕たちは、運営席まえのホワイトボードに集合した。
【第1ラウンド】
81Boys (改) vs 剣ちゃんズ
棋神ウォーリアーズ vs 思い出王手
H市がなんぼのもんじゃ! vs 安芸・北西ブロック連合
将棋プレアデス星団 vs おらが将棋村
Shogi International vs ピカピカの1年生
「スイス式だ!」
野次馬のだれかが叫んだ。
「一発勝負じゃなくなったね」
僕は、御城くんと魚住くんに話しかけた。
「おいらたち、ますます有利なんじゃないの?」
「いや、どのみちほぼ全勝条件だろう。そこまで有利でもない」
ここは、性格が分かれるね。楽観するかどうか。
僕は……僕はどっちでもないかな。
飛瀬さんひとすじだよ。え? 関係ない?
ちなみに、御城くんが言ってるのは正しくて、ほぼ全勝条件だね。勝ったチーム同士が当たるから、全勝チームは1回戦で5、2回戦で2〜3、3回戦で1〜2、4回戦で0か1まで減るけど、逆に言えば、4回戦終了時で全勝が1チームいるかもしれないってこと。1敗した時点で、かなりキツくなる。2敗はアウトだね。さらに、4回戦まで全勝状態をキープしても、5回戦で1敗チームに負けちゃう可能性だってある。その場合、4−1で並んで、勝ち星差の判定になっちゃうよ。
例えば、
Aチーム 2−1 2−1 2−1 2−1 1−2 4勝 勝ち星9
Bチーム 3−0 3−0 2−1 1−2 2−1 4勝 勝ち星11
こんな場合。
つまり、全勝しないと優勝はかなり不安定。だから、「ほぼ」全勝条件だよ。
《ルールを説明します。持ち時間は、15分30秒。千日手は、開始30分以内のもののみ指し直し、それ以降は引き分けとなります。持将棋は24点法で、これも指し直しなしですが、大会進行の都合上、開始から70分が経過した場合、5分切れ負けに移行します。対局中の席順は、最終ラウンドを除いて、変更できません。登録通りに座ってください》
アハッ、これは特殊だね。
ただ、15分30秒将棋で70分かかるのは、160手台だよ。
もう十分指してる段階だから、切れ負けもやむをえないかな。
《それでは、チーム名の掲示にしたがい、着席してください》
僕らは、対局席へと向かった。
平凡な長机の列。駒桜の公民館よりは、豪華だね。
座ってる面子も豪華だ。県大会でみたことのある顔ぶれ。
「やっぱりおまえか」
1番席に現れたのは、松平先輩。
駒桜市立高校の3年生。裏見先輩と同じだね。
「アハッ、1回戦で同じ市があたるなんて、奇遇ですね」
「おまえら、なんでこんなガチチーム作ってるんだよ……」
松平先輩は、髪をくしゃくしゃにしながら、着席した。
他のふたりは……丸目先輩と辻先輩か。
中学の同窓生で固めてきたね。
市代表の常連は、丸目先輩だけ。あとは1回づつ。
御城vs丸目は、前回の竜王戦決勝の組み合わせと同じ。ここが一番熱いかな。
「イベントだし、気楽にやるか」
「アハハ、僕はそうもいかないんですよ」
「ん? なんか言ったか?」
「いえ、なにも……じゃあ、駒を並べましょうか」
僕たちは、黙々と駒を並べる。飛瀬さんのほうが、ちょっと気になるかな。西野辺さんや桐野先輩のチームに当たってなければいいけど……。
「振り駒をおこなってください」
僕は、松平先輩にゆずった。
カシャカシャとかき混ぜて、歩が放られる。
「げッ、0枚……剣ちゃんズ、偶数先」
「81 Boys、奇数先」
チェスクロの位置をなおして、待機。
僕は左利きだから、先手でもチェスクロハンデはないよ。
……………………
……………………
…………………
………………
「対局準備の整っていないところは、ありますか?」
返事なし。
「……では、対局を始めてください」
「よろしくお願いします」
アハッ、さすがに50人以上の挨拶は、迫力があるね。
それじゃ、初手を指そうか。
「7六歩」
松平先輩は、3四歩。
まずはいつも通りに。
「将棋祭りでも、変えてこないか……」
「アハハ、変える理由がないですからね」
「だったら、こっちも対策をくりだすしかないな……8四歩」
4八玉、6二銀、3八玉、4二玉、2二角成。これで穴熊を防止。
同銀、7八銀、3二玉、2八玉、1四歩。
さて、端を受けるかどうかだけど……だいたい方針は決めてあるんだよね。
棺桶美濃は採用しないよ。勝率重視。
「7七銀」
1五歩を許容して、8六歩。
「ここで突いてきたか……」
速攻の逆棒銀を読んでたのかな? 今回は、工夫するよ。
松平先輩には、秋の個人戦で負けてるし、ちゃんと準備してあるからね。
勝負事の大敵は、油断と傲慢だよ。
「……5二金右」
アハッ、15分30秒だけあって、さすがに長考はしなかったね。
この持ち時間のあやが、どう影響してくるか、楽しみだよ。
7五歩、3三銀、7六銀。これで8筋を牽制。
「3五歩」
急所を押さえてくるね。こっちの囲いはバレてる。
6六歩、5四歩、3八金、4二金直。
「1八香」
クマるよ。
松平先輩は前回とおなじで、穴熊にさせてからボコる方針だね。
あのときはうまくやられちゃったけど、今回はそうはいかないよ。
「4四歩」
「1九玉」
4三金右、2八銀、4五歩。位を3つ取られた。
陣形の低さは、振り穴の長所と割り切って……5八金。
3四銀(敵ながら、いい形だね)、7七桂、5三銀。
「8八飛」
攻めをみせる。
ここで、松平先輩は本格的な長考に入った。
かなり飛ばしただけあって、おたがいに5分ずつしか使っていない。
15分なら、長考できるチャンスは多くて2回。
その切符を先に使わせたのは、意味があるかな。
「……」
「……」
公式戦みたいな雰囲気だね。
となりも、かなり真剣に指している。
僕も、盤面に集中しようか……多分、6四銀だよね。
(※図は捨神くんの脳内イメージです。)
焦って8五歩は、同歩、同銀、7五銀。これが、8四銀を阻止して攻防。7六歩と銀取りに打っても、8四歩、7五歩、8五歩に、8五桂と跳ねる順が成立しないから(8七歩、同飛、6九角、8八飛、8七銀くらいで制圧完了)、先手の負け。
というわけで、6四の銀は邪魔だね。6五歩が本線。ただ、これに5三銀と引いてくれる可能性は、ほぼないよね。松平先輩の性格だと、なおさら。5五銀から6六銀をみせてくると思うよ。そこで6七金は、3三角か4四角。
(※図は捨神くんの脳内イメージです。)
アハッ、2枚穴熊になっちゃった!
……………………
……………………
…………………
………………
ちょっと駒組みを間違えたかな。
飛瀬さんの生足に、みとれてる場合じゃなかったよ。
パシリ
あ、6四銀としてきたね。
読みどおりだけど、8五歩と突けそうにないや。しばらく辛抱しよう。
さっきの順で、5五銀以下、一番頑張れそうなのは……6七銀かな。同じく3三角か4四角で、6八飛、4六歩。ここで同歩は、同銀が7七角成をみせて絶好だから、取らずに……6九飛。
(※図は捨神くんの脳内イメージです。)
これも、相当消極的……以下、4七歩成、同金左、4六歩、4八金引……そこで5六銀の強襲が成立するかどうか、だよね。同銀、7七角成、6四歩。この6四歩と指すために、飛車は6九に引いてあるんだ。つまり、7七角成が飛車当たりじゃないってこと。
うん、これなら頑張れそうだ。
「6五歩」
僕が歩を突くと、松平先輩はオヤッという雰囲気。
やっぱり、さっきの順を読んでたみたいだね。
僕が不利な順に飛び込んだと思ってるのかな?
「……5五銀」
6七銀(ここで松平先輩は小考)、3三角、6八飛、4六歩、6九飛。
おたがいに、指し手は速い。軌道修正は不可能な状態だ。
4七歩成、同金左、4六歩、6八金引。
さあ、ここでなにを指してくるかだね。
さっきから読んでるんだけど、5六銀はやっぱり成立してない。かと言って、8五歩は同歩でなんともないし、後手から6四歩とするのも、特に怖くはない。同歩、同銀のとき、5六銀があるからね。そこから7七角成は、さすがに間に合ってないよ。6四飛で勝ち。
「思ったより、よくならないな……」
松平先輩は、形勢判断を見直し始めた。
こっちは、小康状態。もちろん、4筋の傷は痛い。
ここをどう癒せるか、勝負所だね。
【ジャビスコ将棋祭り 高校生男子の部Aクラス 出場チーム紹介】
☆=ブロック代表経験者
★=県大会優勝経験者
81Boys (改)
★捨神九十九(駒桜市、天堂高校、2年生)
★御城悟(F山市、紫水館高校、2年生)
★魚住太郎(O道市、黒潮高校、1年生)
捨神「アハッ、僕たちのチームだよ」
将棋プレアデス星団
★六連昴(M原市、皆星高校、1年生)
☆並木通(H島市、修身高校、1年生)
☆大文字勇人(K市、比呂高校、2年生)
御城「一番のライバルだな。どこも気が抜けない」
剣ちゃんズ
☆松平剣之介(駒桜市、駒桜市立高校、3年生)
★丸目尚賢(本榧市、本榧高校、3年生)
☆辻竜馬(駒桜市、升風高校、3年生)
魚住「中学校が一緒だった同窓生チーム。全員、駒桜市出身さ」
H市がなんぼのもんじゃ!
☆三国義明(F山市、紫水館高校、3年生)
☆白鳥玲二(世良市、世良高校、1年生)
☆大伴勝利(東H市、友愛塾高校、1年生)
捨神「H県東部の高校が集まったチームだね。ここも強豪かな」
棋神ウォーリアーズ
☆石鉄涼(H島市、修身高校、2年生)
☆戸坂登(H島市、城南高校、1年生)
・関和孝(F山市、数学寮積木学園、2年生)
御城「石鉄はE県出身なんだ。弟の烈はE県の県代表」
おらが将棋村
☆奥村邦広(三好市、三好赤陵高校、2年生)
・山河亘(三好市、仁和高校、1年生)
☆里見ゲンキ(荘原市、荘原高校、1年生)
魚住「北東ブロックの集まり。奥村のあんちゃんが、ちょっと厄介だね」
Shogi International
☆新渡米学(H島市、AICN学園、2年生)
・門倉友則(本榧市、本榧高校、2年生)
☆反町左近(A郡S町、白鳥平和高校、1年生)
捨神「H市とその付近にある高校。門倉くんも市代表レベルだよ」
安芸・北西ブロック連合
☆立花寒九郎(艶田市、椿油高校、2年生)
☆福本正幸(Y郡A町、加卦高校、2年生)
☆小室直樹(Y郡K町、新生高校、1年生)
御城「名前の通りだ。ブロック代表ばかりでも、順位はやや下だろう」
ピカピカの1年生
☆古谷兎丸(駒桜市、清心高校、1年生)
☆根津迅八(七日市市、七日市高校、1年生)
・椎名潔(鎌鼬市、獄門高校、1年生)
魚住「ピカピカとか言いつつ、古参ばっかり。過少申告かな?」
思い出王手〜強豪校が近くにある不幸な僕ら
・永川淳平(T市、梅原高校、3年生)
・菊池健太(K市、緑山高等学校、3年生)
・鈴木宗一郎(H島市、H県工業高校、3年生)
捨神「ここはネタに走ってるね。でも、容赦しないよ!」




