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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
488/682

476手目 New pair

※ここからは、香子きょうこちゃん視点です。第11局開始時点にもどります。

 身支度を終えた私は、解説室へいそぐ。

 起きたら寝癖が爆発していた。セットに時間がかかってギリギリ。

 中に入ると、ほかのメンバーはだいたいそろっていた。

 空いている席が前のほうしかないから、そこに座る。

 すぐに定刻になって、割り振りが始まった。

裏見うらみ香子きょうこさん」

「はい」

「キャサリン・キングさんとペアでお願いします」

 うぉおお、ついにきた。

 初日から気になってたアメリカ人の子とペア。

 キングさんは私に手を振って、

「Nice to meet you!! よろしくお願いしマース」

 とあいさつした。

「よろしくお願いします」

「アハハ、香子のほうが先輩だよ」

 ん、そうなのか。

 まあそれを盾にどうこうするつもりもない。

 私たちは解説席にスタンバイした。

「どこ観マスカ?」

桐野きりのvs磯前いそざきでいい?」

「OK」

 昨晩、内木うちきさんたちは桐野戦の予習をしていた。

 あれは12回戦、桐野vs鬼首おにこうべのためだと思う。

 11回戦はバッティングしないと読んだ。

 案の定、ほかのメンバーから交換して欲しいという提案は出なかった。

 キングさんはペットボトルを開けて、コップにそそいだ。

「おなじ竜王、仲良くしマショー」

 あ、はい。そういえばこの子、Y口の県竜王なんだっけ。

 初対面のひととの解説、どう話をふればいいのか。

 もちろんアメリカ人だから変化をつけないといけない、ってわけじゃない。

 やることは将棋だ。とりあえずヘッドセットをつける。

 しばらくしてスタッフの声が入った。

《間もなく開始になります》

 解説室も静かになった。


 ピポ


 対局開始。

 7六歩、3四歩、2六歩、8八角成。

 即座に角交換。

 同銀、4二銀、6八玉、3三銀、4八銀、2二飛。


【先手:磯前いそざき好江よしえ(K知県) 後手:桐野きりのはな(H島県)】

挿絵(By みてみん)


 はい、予想通りのダイレクト向かい飛車。

 9六歩、9四歩、7八玉、6二玉、4六歩、7二玉、4七銀、2四歩。

 両者、手が速い。

「研究デスカ?」

「すこしは用意してきてると思うけど……ふたりとも研究家タイプじゃないのよね」

「Aha, then they're improvising」

 英語は勘弁してください。

「そういえば、キングさんが将棋を指し始めたきっかけは?」

「中学のときアキに教えてもらいマシタ……あ、ナガトのことね」

 長門ながとさんに教えてもらったのか。

 たしかにあの子、ミリオタっぽいしなあ。まだ話したことないけど。

 8六歩、8二玉、8七銀、7二銀、8八玉、4四銀。


挿絵(By みてみん)


 2筋が見合いになっている。

 桐野さんから動きそうかな。

 先手は駒組みにまだ時間がかかるはずだ。

 キングさんは、

「桂跳ねて飛車引いて、そのあとが問題デース」

 とコメントした。

「そうね。後手は6四歩からぼちぼちやるかな、と思う」

「ぼちぼち?」

 えーと……ぼちぼちってどう説明すればいいの?

「あいてのようすを見ながら慎重に」

「Carefully?」

 ちがう気がする。

「ゆっくりだんだんと、かな」

「Slowly? Gradually?」

「……graduallyは近いと思う。たぶん」

「アハハ、日本語むずかしいデスネ」

 これはN〇K日本語講座じゃないっちゅーねん。

 そうこうしているうちにも手は進む。

 7八金、3三桂、3六歩、4二金、3七桂、2一飛、2九飛、6四歩。


挿絵(By みてみん)


「ぼちぼちぃ」

 キングさん、よくわからないところでツボに入っている。

 磯前さんは4八金と上がった。

 6三銀、5六銀、5四歩。

「そろそろ開戦しそう……かな」

「Let's4五歩」

 ふつうにありえる──けど、私はちょっと考え込んだ。

「それだと開戦まではいかないかも」

「5三銀で一回収まりマスカ?」

「だと思う。そのあと攻める場所がないし……」


 パシリ


 4五歩が指された。

 5三銀に7七桂。

 磯前さんは玉頭を厚くしていく。

 キングさんは、

「香子正解デース。これは長引きそう」

 と言った。

 7二金、6六歩。

 ここで桐野さんが小考した。

 私は10秒ほど様子をみて、

「むしろ後手から攻めそう?」

 とつぶやいた。

「デスね。ためてる感じしマス」

 だけどここから攻められなくない?

 先手陣にスキはない。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ふわぁ……そうしますか。

「4七金と受けるとdangerousデース」

 そうなのよね。4七金は5六の銀が使えなくなる。

 5六の銀が移動すると、3五歩に同歩と取れなくなるからだ。

 取ると4七角成で終わってしまう。

「この1四角は成立してそう。手堅く受けるなら4七銀かしら」

 この予想は外れた。磯前さんは8五歩。

 3六角を許容した。

 キングさんはこれをみて、

「3六角のあいだに動く気デスネ。6五歩と予想しマス」

 と言った。

 私も同調する。

「3六角、6五歩の攻め合いになった場合、同歩、同銀、6四歩と収める手と、5五歩と突っ張る手があるわね。後者だと過激な展開になりそう」

「そのときは6四歩、同銀直、同銀、同銀……4四歩としたいデスネ」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 これはありそう。

 同歩に4三銀の放り込みが考えられるからだ。

 ただなあ、うーん、ムリ攻めな気もする。

「4四同歩、4三銀は5三金か4一飛くらいで受かってそうじゃない?」

「4一飛は強気デスネ。でもそっちのほうがbetterかなぁ」

 解説陣のあいだであれこれ議論していると、磯前さんは6五歩と突いた。

 同歩、同銀、5五歩、6四歩、同銀直、同銀、同銀。

 磯前さんは4四歩。

 同歩、4三銀、5三金。


挿絵(By みてみん)


 ほら、問題の局面になった。しかも後手の選択は5三金。

 私はここまでの結論として、

「先手は4二銀不成とできるけど、それでもまだ互角だと思う」

 とコメントした。

「後手スカスカだから怖いデス」

 それは否定できない。綱渡りの局面が続きそうだ。

 磯前さんは4二銀不成。

 桐野さんは1分考えて4五桂と反撃に出た。

 これにはキングさんが、

「6一飛じゃダメだったデスカ?」

 とたずねた。

「それもあったと思うわよ。桂馬を活用するか飛車を活用するかよね」

「飛車を動いたほうが好みデスネ。4五桂は3七桂成、同金、5八角成ありマスが、馬ができてもプレッシャーそんなにないデス」

 キングさん、桐野さんの手にずいぶん否定的。

 このへんは棋風のちがいもありそう。

 5三銀不成、同銀、4三角、2二飛、3四角成。

 先手は馬を作った。

 当然に後手も反撃して、3七桂成、同金、5八角成。

 磯前さんはスッと8筋の歩を突いた。


挿絵(By みてみん)


 これは悩ましい。

「受けるなら6八金打だったデスヨ」

「そうね。桐野さんも攻めたくなるような局面だけど……」

 それはたぶん誘い。8四歩は攻めてこいという手だ。

 問題は後手に攻め手があるのかどうか。

 私は10秒ほど考えて、タッチペンで6六銀と置いた。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 キングさんはふんふんとうなずいて、

「アリマスねぇ。8三歩成、同金、6八金打?」

 とたずねた。

「そこで8六歩と強気に打つのはどう? 5八金、8七歩成、同金にもう一回8六歩」

「先手玉は危ないデスが、馬を取られて寄るかは微妙デース」

 これでまだ互角なのかしら?

 なんか攻めが切れそうな気もしてきた。

「安全にいくなら8四同歩……いや、それも危ないか……」

「さっきの最後の8六歩、ほんとに厳しいデスカ? 同金で?」

「同金、6五桂に6九桂と打つしかないから、厳しいと思う」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「でも7七桂成、同桂、6五桂、6九桂だと千日手デスヨ?」

「桐野さんは後手番だし、千日手1回までは指しなおしだから、悪い選択肢じゃないはずよ。磯前さんから打開するかどうかも分からないわね」

 日日にちにち杯は対局スケジュールが詰まっている。

 持将棋はそれっぽくなったら外部判定が入って点数勝負。千日手も1回までしか認められていなくて、2回目の千日手になった時点で引き分け扱い。引き分けは両者に0.5ポイントがつく。勝ったときが1ポイントだから、ムリに打開するほどでもないのだ。

 だけどキングさんはまだ納得していなくて、

「先手でこの千日手はおもしろくないデスネ」

 とコメントした。

 解説席では結論が出ない。

 緊迫する空気の中、桐野さんが指した手は──

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