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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
487/681

475手目 評価値

※ここからは、早乙女さおとめさん視点です。

挿絵(By みてみん)


 3三銀ですか……大谷おおたに先輩、かかりましたね。

 この局面、すでに先手持ち。私の脳内評価値では先手+700近い差。

「2五桂」

 4二玉、3三桂成、同桂、2二歩成。

 大谷先輩は4五桂。

 これで勝負になるとみているわけか。

 横歩の常套手段ではある。

 4六銀、5七桂成、同玉。

 6九飛の余地が発生。一見するとこれで危ない。

 でもじっさいに危ないのは後手玉だ。

 先手から4五桂と打てば、その時点で寄りに近くなる。

 ここで大谷先輩の手がストップ。

「……5二玉」

 先逃げしましたか。

「1一とです」


挿絵(By みてみん)


 ここからは窮屈な鬼ごっこ。後手は8二飛の壁までしか逃げられない。

 6二玉、5六香、7一玉、3一角。

 後手は持ち駒が悪い。

 5三角成のときに弾く金駒かなごまがないから。

 脳内評価値+1000超え。

 大谷先輩は1分使って4一桂。


挿絵(By みてみん)


 先輩、ここに打つようでは苦しいですね。

 これは4二角成から取れるけど、それは織り込み済みのはず。

 つまり4二角成~4一馬で、5三の地点を救済するのが目的。

 4二角成、8四飛、4一馬。

 大谷先輩は静かに6九飛。

 私は手順に7七桂と逃げる。

 2六歩、5八玉、8九飛成、7九金打。


挿絵(By みてみん)


 さあ、龍を捕獲しました。どうしますか?

 先輩の回答は8八飛成。

 同金上、9九龍で龍を解放。

 だけどこれは8筋の守りがなくなったことを意味する。

「8四桂」

 挟撃。脳内評価値は+2200くらいかしら。

 大谷先輩は長考へ。

「……」

「……」

 私はその先の手順を確認する。

 後手にはもう攻め手がない。2七歩成は間に合わない。

 となれば、考えそうなことは──

 大谷先輩は黙って3九角成。

 そうですね。それが思いつきます。

 私は同金、同龍まで決めさせてから7二桂成。

 同金に4九銀打で龍をロックダウン。

 2七歩成、8四桂。


挿絵(By みてみん)


 詰めろ。7二桂成、同玉、6二金以下。

 受ければ5三香成から一手一手。

 大谷先輩は3分ほど考えて、両手を合わせた。

「拙僧の研究負けです……参りました」

「ありがとうございました」

 おたがいに10分近く残しての終局。

 大谷先輩は、

「申し訳ありませんが、別室で……」

 と小声で言った。

 席を立つ。

 会場を出ると、太陽の光があたりに満ちた。

 そのまま選手控え室へ、というところで、窓際にひとりの男性を発見。

「あら、将棋仮面さん」

 将棋仮面はこちらを振り返った。

「おっと、途中退室は禁止だったはずだが?」

「これから感想戦……の予定でしたが、大谷先輩」

「はい、なんでしょうか」

「たいへんもうしわけないのですが、将棋仮面さんと指しかけの将棋があります*。せっかくですので、ここで指してもよろしいでしょうか?」

 大谷先輩はすこしおどろいたようで、

「拙僧はかまいませんが、次の対局までに間に合いますか?」

 とたずねた。

「ご安心を。20秒将棋で、すでに終盤です」

 大谷先輩は、

「承知しました。では拙僧が秒読みをいたしましょう」

 との回答。

「ありがとうございます……では将棋仮面さん、どうぞ」

 将棋仮面は御面をすこしなおして、

「ふむ、しかたのない少女だ……8六飛成」


【先手:早乙女さおとめ素子もとこ 後手:将棋仮面】

挿絵(By みてみん)


 この局面ですね。

「おぼえていてくださって光栄です」

「10秒、1、2、3、4、5、6、7、8」

「7三歩成」

「同玉」

「正直なところ、指しかけにせず決着をつけたかったですね……7七銀」


挿絵(By みてみん)


 この手に、将棋仮面は苦吟した。

「むぅ、狼少女はカラいな……」

「5、6、7、8、9」

 将棋仮面は8九龍と入りなおした。

 7五金、4五角、7四歩、6二玉。

「4二飛です」


挿絵(By みてみん)


 将棋仮面はフゥとタメ息をついた。

「5二歩と打つしかないが……」

「打ちますか?」

「打つ。5二歩」

「4三飛成です」

 将棋仮面は御面に手をあてて、

「まさに好手だな。詰めろ角取り……だがヒーローはあきらめない。5三桂」

 さすがは将棋仮面。

 ここで心が折れてもよさそうなものだけど。

「5、6、7、8、9」

「7三銀」

 7一玉、8三歩。

 同歩なら5二龍で終わる。

 6七角打という強引な王手も、5八桂でどうということはない。

「5、6、7、8、9」

「同龍」


挿絵(By みてみん)


 さて、どう仕上げようかしら。+3800ぐらいだけど。

「5、6、7、8、9」

「8四金」

 シンプルに。

 同龍、同銀成、6七角打。

「取ってもいいですが……3九玉です」

「4九金と打っても、2九玉、5九金、7三歩成までか……投了だ」

「ありがとうございました。161手ですね」

 賞味3分ほどの戦い。

 将棋仮面は腕組みをして、

「やはり指しかけの時点で私が悪かったな」

 と言った。

「そうかもしれません。その前の粘りは強烈でしたが……」

「いずれにせよ、これでもやもやは晴れた。指しかけのままは後味が悪い」

「では、また機会があればのちほど」

 将棋仮面はエレベータのほうへ消えた。

 私は大谷先輩に、

「秒読み、ありがとうございました」

 とお礼を述べた。

 大谷先輩は、

「どちらでお指しになられていたのですか?」

 とたずねた。

日日にちにち杯の説明会の日です」

「そうでしたか……では、拙僧たちも感想戦を済ませましょう」

 控え室に入ると、コーヒーの香り。

 私は1杯淹れて、てきとうな席へ。

 大谷先輩は局面をととのえてから、

「どこが悪かったのでしょうか? とちゅうからどうしようもなくなってしまった印象があり……」

 と言った。

「4六銀に対して1九角成を拒まれた理由は何ですか?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「それも考えていたのですが、4五銀と単に取られて悪いと思いました」

「たしかに4五銀と取りますが、5二玉、1一と、2六桂が成立するかもしれません。桂馬を捨てて王様が逃げている点では本譜と同じでも、香車を手に入れただけマシです」

「では5七桂成で先手玉を露出させたのは意味がなかった、と?」

 私はうなずいた。

 そのあと57手目まで局面を進める。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「ここでも1九角成があったと思います」

 私の指摘に大谷先輩は、

「本譜の8四飛、4一馬の次の手で1九角成を検討しました」

 と答えた。

「それでもいいと思います。本譜は8四飛、4一馬、6九飛でしたが、飛車単騎で先手を崩すのは難しいと思います」

 大谷先輩はくちびるに指をあてて、

「なるほど……拙僧の形勢判断がおかしかったやも……」

 とつぶやいた。

「私の形勢判断が正しいわけでもないので、研究の価値はあります」

 そのあと初手から検討していると、那賀ながさんが入ってきた。

 入り口のお菓子コーナーに目をむける。

「あ、今日もあるですじょ。いただきますじょ」

 チョコレートをひとつあけて、それから私たちの対局をのぞきこむ。

 私は、

「那賀さん、終わったの?」

 とたずねた。

萩尾はぎお先輩に負けてしまいましたじょ」

 すると萩尾先輩は10-1か。

 鬼首おにこうべさんが全勝維持なら、私はまだ3番手ね。

「ところで素子もとこちゃん、ひとつ質問がありますじょ」

「なにかしら?」

「素子ちゃん、ソフトの評価値が見えるってほんとですかじょ?」

 私はうしろがみを手で流しながら、

「脳内で局面を計算しているだけよ。カンニングはしてないわ」

 と答えた。

「ほんとですかじょ? じゃあすみれのこの局面の評価値わかりますかじょ?」


【先手:萩尾はぎおもえ(Y口県) 後手:那賀すみれ(T島県)】

挿絵(By みてみん)


 私は5秒ほど盤面をみつめた。

「……先手+2500」

「す、すごいですじょ」

 ウソをついているつもりはないのだけれど、一発で信じるのもどうかと思うわね。

 かえでさんなんか未だに疑ってくるのに。

「数学の力をもってすれば、カァプの優勝確率も計算できるのよ」

「じゃあ今日カァプが勝つ確率はおいくらですじょ?」

「……限りなくゼロね」

 那賀さんはびっくりした。

「カァプってそんなに弱いんですかじょ?」

「いや、弱いとかじゃなくて……」

 みなさんはどうやって計算したのか、お分かりいただけましたね?

 数学は関係ありませんよ。

*242手目 数学少女と将棋仮面

https://ncode.syosetu.com/n2363cp/254/


場所:第10回日日杯 3日目 女子の部 11回戦

先手:早乙女 素子

後手:大谷 雛

戦型:横歩取り


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩

▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲3四飛 △3三角 ▲5八玉 △4二銀

▲3六歩 △4一玉 ▲3七桂 △2二歩 ▲3八銀 △7二銀

▲9六歩 △8二飛 ▲8四歩 △8八角成 ▲同 銀 △2八角

▲2三歩 △同 歩 ▲2四歩 △3三歩 ▲2三歩成 △3四歩

▲3二と △同 玉 ▲2三歩 △3三銀 ▲2五桂 △4二玉

▲3三桂成 △同 桂 ▲2二歩成 △4五桂 ▲4六銀 △5七桂成

▲同 玉 △5二玉 ▲1一と △6二玉 ▲5六香 △7一玉

▲3一角 △4一桂 ▲4二角成 △8四飛 ▲4一馬 △6九飛

▲7七桂 △2六歩 ▲5八玉 △8九飛成 ▲7九金打 △8八飛成

▲同金上 △9九龍 ▲8四桂 △3九角成 ▲同 金 △同 龍

▲7二桂成 △同 金 ▲4九銀打 △2七歩成 ▲8四桂


まで77手で早乙女の勝ち

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