471手目 謝罪
※ここからは、魚住くん視点です。
夕食のあと、おいらは解説者メンバーとH島市内を散策した。
ホテルへもどってきてからは、並木くん、我孫子くん、おいらで三次会。
場所は並木くんの部屋。
窓際のテーブルに3人で座って、優雅な夜食。
会場から持ち出したケーキを食べていた。
コーヒーとお茶は部屋にあるから便利だね。
おいらはフォークでチョコレートケーキを刺して、
「これ、ホテル特製かな?」
とたずねた。
我孫子くんは扇子をパチパチしながら、
「たぶん長尾兄さんのお手製だと思うでやんす」
と答えてくれた。
そっか、長尾先輩って有名な高校生料理家なんだっけ。
こういうのも役得っていうのかな。いただきまーす。
「……うん、おいしい。都会の味だね」
「田舎の味もあるでやんすか?」
「おいらの島だと、バターケーキしか食べたことないよ」
近所のおばちゃんが焼いてくれるんだよね。おいしいんだけどさ。
ここで並木くんが、
「我孫子くん、今日はどうだった? たいへんだった?」
とたずねた。
「御城兄さんがあまりしゃべらないタイプだったんで、役割分担は楽だったでやんす。おしゃべりがふたり集まるとメタメタになるでやんすからねぇ」
「なにか気になることはあった? もうちょっと改善したほうがいいところとか」
「感想戦は放送してもよかったと思うでやんす」
並木くんは「なるほどね」と言ってから、
「そのへんは僕じゃなくて犬井先輩の判断かな。放送があると感想戦が窮屈になるし、失言が出たときのリカバリーも難しいから、今回のかたちになったらしいよ」
と答えた。
我孫子くんは扇子をひらいて、パタパタ。
「たしかに、ショックでFuck youなんて言われると困るでやんすからね」
なぜに英語なのかな。
それいいそうなのってY口のキャシーちゃんしかいない気がする。
しかもキャシーちゃんは解説のほうだし。
並木くんはまたなにか言いかけたけど、先に我孫子くんが話題を変えた。
「もっと高校生らしいテーマにするでやんす」
「高校生らしいテーマ? ……受験勉強とか?」
並木くん、マジメだね。おいらたち、まだ1年生だよ。
我孫子くんは扇子で口もとをおおって、
「並木くんのあいかたの女の子、もしかして彼女さんでやんすか?」
とたずねた。
それはそれで話題が変わりすぎでしょ。
並木くんと正力さんの関係はあんまり触れないほうが──
「え、ち、ちがうよ」
ほら、並木くん、めちゃくちゃ動揺してる。顔真っ赤だし。
我孫子くんは調子に乗って、
「コンビネーションがよかったでやんすが、普段からああなんでやんすか?」
とたずねた。
「幼馴染だし……まあ……」
我孫子くんは扇子でじぶんの頭をぺしりとやって、
「幼馴染でやんすか、うらやましいでやんすねぇ」
と言った。
あわわ、我孫子くんはK都民だから知らないのか。
このネタはマズいよ。
おいらがフォローを考えていると、部屋のドアがノックされた。
コンコン
並木くんはドアのところまで行って、
「どなたですか?」
とたずねた。
「おーい、俺だ、大伴だ」
並木くんはドアを開けた。
学生服姿の大伴くんが立っていた。
「明日のタイムテーブルとシフト表だ。最終チェックしてくれ」
「ありがとう」
大伴くんは書類を並木くんに手渡した。
それから僕たちの存在に気づいて、
「っと、1年生会でもやってるのか?」
とたずねた。
並木くんは、
「いっしょにケーキを食べてたんだ」
と答えた。
「ああ、あれはおいしかったな……ひとがいるなら確認はあとでもいいぞ」
「だいじょうぶだよ。すぐに見るから、大伴くんも中で待ってて」
並木くんはベッドに腰をおろして、書類を確認し始めた。
大伴くんは空いた席に座って、僕たちに、
「ふたりとも、お疲れさん。解説は大変だったか?」
とたずねた。
「あっしはひとまえでしゃべり慣れてるでやんす」
「我孫子はそうか……魚住は?」
「ちょっと緊張するけど、ペアだからそこまでじゃないよ」
大伴くんは「なるほどな」と言ってから、部屋を見回した。
「ところで、ダベってただけか? テレビもなにもついてないが?」
おいらが答えるまえに、我孫子くんが、
「並木くんの彼女さんの話をしてたでやんす」
と答えた。
「彼女? ……おい、並木、ついに正力とくっついたのか?」
書類を読んでいた並木くんはびっくりして、
「ち、ちがうよ。我孫子くん、誤解されるようなこと言わないで」
と抗議した。
大伴くんは、やれやれという感じで、
「なんだ違うのか……いいかげんにコクったほうがいいと思うけどな」
と、これまた過激な発言。
「僕と正力さんはそういう関係じゃないから……」
「じゃあ俺が今から正力にコクるって言ったら、並木は傍観するのか?」
並木くんは書類を取り落とした。
「お、大伴くんって正力さんのこと好きなの?」
「ほら、なんでそんなに動揺するんだよ」
待って、並木くんをイジメないで。
おいらはあいだに割って入った。
「並木くんのプライベートに立ち入っちゃダメだよ」
「っと、すまん……だけどな、『そういう関係じゃない』っていうのは正力に失礼じゃないのか? おまえ、正力の気持ちに気づいてるんだろ? それで気づいてないフリしてるのは不誠実だと思うぜ。高校受験のときにやらかしといて、また繰り返すのか?」
並木くんは書類を拾いながら、グスンと鼻をすすった。
そのままぽろぽろと泣き始めた。
さすがに大伴くんも困惑して、
「わ、わりぃ、言い過ぎた」
と謝った。
並木くんは目元をぬぐった。
「ううん、大伴くんのせいじゃないんだ……僕は不誠実だよ」
そんなことないよ。
並木くんが不誠実なら、将棋界の男子なんてみんな不誠実じゃん。
おいらは慰めようとした。
でもそのまえにまたノックの音がした。
コンコン
「並木くん、ちょっと用事があるんだけど」
正力さんの声だった。
大伴くんは青くなって立ち上がる。
「や、やべぇ、泣かせたように見えるから正力に殺されるぞ」
「じっさい泣かせたでしょ。大伴くん、おとなしく〆られて」
「ひ、ひとまず隠れるでやんす」
おいらたちはドアから見えない位置に逃げ込んだ。
ドアのひらく音。
正力さんの第一声は、
「並木くん、どうしたの? なんで泣いてるの?」
だった。
「ちょっとドラマを観てて……」
「並木くん、あいかわらず涙もろいのね。あとにしましょうか?」
「だいじょうぶだよ、今で」
「じゃあ……このスケジュール表のここなんだけど」
正力さんはメンバー変更を提案してるみたいだった。
「どうかしら?」
「……」
「ダメ?」
「ごめん、僕、また嘘をつこうとしてた」
「嘘……? まさかだれかとケンカしたの?」
こーろーさーれーるー。
泣かせたのはおいらじゃないです。神様助けて。
「僕、正力さんに謝らないといけないことがある」
「受験のこと? あれならもういいのよ」
「ううん、よくないよ……ごめん、今でないと言う勇気がないから言うね。僕は正力さんの人生をめちゃくちゃにしちゃったんだ。最低なんだよ。正力さんがソールズベリーに入学してたら、勉強の環境もよかったし、将棋部も強いチームだったし……それに今後の進路にも影響があるかもしれないし、僕は最低のことをしたんだよ。ほんとうにごめん」
並木くんはまた泣き始めた。
正力さんも涙声になって、
「ほんとうにいいのよ」
と返した。
「よくないんだ。正力さんなら分かってるはずだよ。高校の選択が重要なことなんて……だから……」
並木くんはそこで言葉につまった。
すこし鼻をすする音が聞こえた。
「だから、この責任は……絶対にとるよ」
大伴くんは口笛を吹きかけた。
おいらはあわてて口もとを押さえる。
「……それってどういう意味?」
「あ、その……」
並木くんはまごまごし始めた。
がんばれー。あとちょっと。
ところが急に気後れしたのか、次の言葉が出てこなくなったみたいだった。
並木くん、あとは「つきあってください」っていうだけだよ。
がんばって。
そして聞こえてきたのは、正力さんの声だった。
「ありがとう……だったら私も勇気を出すわ」
……………………
……………………
…………………
………………
え? なにこの間は?
ドアの閉まる音がした。
おいらたちは顔を出す。
並木くんはドアのほうを向いて立ちすくんでいた。
大伴くんと我孫子くんは、おたがいに目配せし合う。
「夜も遅いし、そろそろ寝るか」
「そうでやんすね」
ちょっと待ってッ! さっきの間はなんだったのッ!? 教えてーッ!




