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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第42局 日日杯2日目(2015年8月2日日曜)
478/681

466手目 手将棋

※ここからは、内木うちきさん視点です。10回戦になります。

 いよいよ本日最終局。

 疲れを顔に出さないよう、気合を入れなおす。

 私はチョコレートで体力補給をして、コーヒーを飲んだ。

「さて……伊吹いぶきさん、どこを観ますか?」

「ここは萩尾はぎおvs桐野きりの一択でしょ~」

 先輩たちに気兼ねせずゴールデンカードを引きにいく姿勢、嫌いじゃない。

 私はタブレットで萩尾vs桐野を選択した。

「過去の対戦成績は……全国大会では当たっていませんね」

「県代表でもちょくちょくは当たらないですか。戦型は予想がつきますが」

「はい、桐野選手のダイレクト向かい飛車になると思います」

 萩尾先輩もそれは分かってるから、対策は練ってきたはず。

 伊吹さんもチョコの包みを開けつつ、

「一本槍の戦法ってどうなんですかね。読まれて損だと思うんですけど」

 と言った。

「県代表になれるなら、それでいいのでは」

「それもそうですか……あ、このチョコおいしいです」

囃子原はやしばらグループの新商品です」

 スポンサーのよいしょも忘れずに。

 そうこうしているうちに、ヘッドセットからスタッフの声が聞こえた。

《まもなく開始のアナウンスがあります。よろしくお願いします》

 解説陣も沈黙する。


 ピポッ


 電子音と同時に、序盤が高速で進んだ。

 7六歩、3四歩、6六歩。


【先手:萩尾はぎおもえ(Y口県) 後手:桐野きりのはな(H島県)】

挿絵(By みてみん)


 先手から角筋を止めた?

 私は早速解説を始める。

「後手ダイレクト向かい飛車は見えているので、対策だと思いますが……」

「そうですねぇ、後手は手が止まりましたよ」

 相振りという可能性もなくはない。

 居飛車の感覚である程度指せる。

 萩尾先輩レベルの居飛車党なら、苦にはならないだろう。

 だとすれば桐野先輩が警戒するのも当然だ。

 けっきょく30秒ほど使って、桐野先輩は4四角と出た。

 私は、

「後手も挑発しました。先手は飛車を振るのかどうかが焦点です」

 とコメントしておいた。

 6八銀、2二飛、5六歩、2四歩、5七銀。

 萩尾先輩は態度を明らかにしない。

 2五歩、4六銀、6二玉、3八銀。


挿絵(By みてみん)


 こ、これは……完全な手将棋になった。

 伊吹さんは肩をすくめた。

「最終局で解説がめんどくさいの来ましたね。これ観たいって言ったのだれですか?」

 あなたでしょ。

 内木レモン、怒りの解説。

「とりあえずここから振るのはムリそうです」

「うーん……先手は3六歩とかするんですかね?」

 伊吹さんの予想は当たった。

 桐野先輩の3三角に、3六歩、3二銀、3七銀上と進む。


挿絵(By みてみん)


 伊吹さんはこれを見て、

「あ、これ……すでに先手持ちたくありません?」

 とコメントした。

「もう?」

「素が出ましたね」

「あ、失礼……もう先手持ちですか?」

「後手はなにをしていいのか、分からないかたちになってますよ」

 ……そうなのかしら。判断がつかない。

 ここまでの解説で、伊吹さんが嘘を言ったりごまかしたりした局面はなかった。

 とりあえず進行を見守る。

 4四歩、3五歩。


挿絵(By みてみん)


 いきなりの仕掛け?

 忙しくなった。

 私は、

「これは……取れません。4三銀と予想します」

 と、無難な手を推した。

 伊吹さんもうなずいて、

「そこで3六銀と立てば、理想形になります。あとは3五歩、同銀左、3四歩で収める展開になりそうですね。そのあとがイマイチよくわかりませんが……」

 と補足した。

 4三銀、3六銀、7二玉、6八玉、3五歩、同銀左、3四歩、4六銀。

 途中で王様の移動があった以外、解説通りに進んでいる。

 ここからは地味な陣形整備に入った。

 8二玉、7八玉、5二金左、5八金右。


挿絵(By みてみん)


 構想力を問われる局面。

 伊吹さんはお茶を飲んでから、真剣に考えこんだ。

 私はそれを横目で見ながら、ふと思う。

 伊吹さんって、なんだかんだで将棋が好き……なのかしら。

 彼女の正体はN良代表の忌部いんべさんだ。

 私は県代表になったことがないけど、指す機会は一度だけあった。

 中学1年のとき、O阪で大きなイベントがあったのだ。

 非公式のお祭りだったから、みんなでわいわいやるタイプの大会だった。

 けど、伊吹さんはあまり楽しそうに指していなかった。

 私がそんなことを考えていると、伊吹さんは上半身をすこし動かした。

「むずかしいですね……このレベルの選手でなにを指すか……」

 どうやら伊吹さんにも見当がつかないらしい。

 私は会話の呼び水で、

「7二銀で美濃を完成させるのが本線ではないでしょうか」

 と持ち掛けた。

「うーん……それも考えてるんですが……やっぱり先手が指しやすいんですよ」

「具体的には?」

「3七桂~2五銀~2六歩です」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「かたちはぐちゃぐちゃですが、後手はなにもできなくなるので先手有利です」

 なるほど、だんだんとわかってきた。

 ようするに後手は2筋を維持できないのだ。

 銀の応援も繰り出せない。

「2筋を支えきれないようだと、そのうち崩壊しそうです」

「ええ、ですから単に7二銀で美濃にしても、そのあとが手詰まりになります」

 私たちはいろいろと打開案を考えた。

 どうもうまくいかない。

 長考中の桐野先輩の手をみることになった。

 解説席に沈黙が流れる。

 伊吹さんは「うーん」と言いながら盤面を見つめていた。

「……伊吹さん、ひとつ質問してもいいですか?」

「どうぞ」

「伊吹さんが将棋を始めたきっかけってなんですか?」

「きっかけ? 『5月のトラ』を読んで興味が湧いたからです」

 マンガから入ったタイプなのか。ちょっと意外──でもないか。

 忌部さんは他人から声をかけられるタイプではなかった。

「いつから読んでます?」

「連載開始時から読んでますよ」

「『5月のトラ』が始まったのって5年前ですよね?」

 伊吹さんは、しまったという顔をした。

 ほらほら、4ヶ月前に始めたっていう自己申告と矛盾してきてるわよ。

 伊吹さんは澄まし顔で、私の肩をたたく。

「将棋マンガは将棋がわからなくても楽しめるんですよ」

「それは否定しませんが……」


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ん、これは……あッ、わかった。

「もしかして振りなおしですか?」

「あ~、なるほど、それっぽいですねぇ。7四歩~6三金~7二飛ですか」

 今度は萩尾先輩の長考。

 私は「先手の方針も難しいですが……」とひと呼吸おいてから、

「7二へ飛車を回られるまえに、3七桂~2五銀を決めてしまいたいところです」

 と解説した。

 伊吹さんもこれには同意した。

「行きがけの駄賃なら、そうするしかありませんね。ただ、2五の銀をそのあとどうするか難しいような……レモンちゃんならどうします?」

「左桂がさばけないのと見合いでよくありません?」

「なるほど……5四銀を牽制する意味もあるので、バランスオッケー、と」

 萩尾先輩は中盤の要所ととらえているらしく、とうとう5分を消化した。

 ほとんど身じろぎもしないスタイルで、考える姿もサマになっていた。

 これで新進気鋭の陶芸家なんだから、反則よね──と、動きそう。


 パシリ


 タブレットが動き、3七桂が指された。

 ここからおたがいに我を通す展開になった。

 6三金、2五銀、7四歩、2六歩。

 桐野先輩は即座に7五歩と仕掛けた。

 同歩、7二飛、6七金、7五飛。


挿絵(By みてみん)


 私たちはじっと局面をみつめた。

「7六歩、7二飛と収めるのはいいとして、その次が……」

曖昧模糊あいまいもことしてますが、さっきの長考でさすがに考えてるでしょうね」

 伊吹さんの言うとおり、ここからの指し手はすこし速くなった。

 7六歩、7二飛、6八金上、7四金。

 後手は金をうわずらせていく。

 9六歩、9二玉、9七角。


挿絵(By みてみん)


 こ、これは──私はタブレットを操作しながら、

「おたがいにトリッキーなかたち……ですが、先手のほうが安定しています」

 と評価した。

 伊吹さんも、

「先手、後手のそれぞれに弱点がありますけど、先手のほうがまだ少ないですか。先手は2五銀が立往生。後手は左桂がさばけそうにないのと、王様が危なすぎます」

 ここで桐野先輩の長考。

 後手は動かせる駒が少ない。

 やるとすれば──私はタブレットで5一角とした。

「このあたりですか?」

「角を活かすならそこですね。でも次にどこへ動かすか悩ましいです」

「8四では?」

「8四角~6五歩はたしかに第一感ですが、7七桂くらいで消せるような……あと、5一角には5五銀だと思うんですよね。5一角、5五銀、8四角、6四銀と突っ込んでも先手がよさそうです。だから7三角と手前に出るのもありかなあ、と」

 なるほど、一理ある。

「ただ7三角は狙いがあいまいだと思います」

「そこは反論できませんね。先手の出方待ちの戦略なので」

 パシリとタブレットから音がした。

 5一角が指されている。

 萩尾先輩は30秒ほどで5五銀と出た。

 桐野先輩は角に手をかける。その行先は──

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