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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第42局 日日杯2日目(2015年8月2日日曜)
475/682

463手目 ポージング

※ここからは、吉良きらくん視点です。第9局開始時点にもどります。

 ふぅ……次で最終局。

 席に向かうと、嘉中ひろなかは先に待っていた。

義伸よしのぶ、よろしくぅ」

「よろしく、と」

 俺は水分補給をする。

 嘉中は椅子のうえであぐらをかいていた。

 俺はキャップをしめがなら、

「おまえ、俺の名前あげてたよな?」

 とたずねた。

「ん? ……ああ、あのパンフレットのこと?」

「わざわざ指名をもらったからには、容赦しないぜ」

「おお、怖い怖い」

《対局準備はよろしいでしょうか? ……では、始めてください》

 おたがいに一礼。

 俺は7六歩と突いた。

 嘉中は椅子のうえで上体を揺らしながら、

「んー、どうしよっかなぁ」

 と言った。

 おいおい、なにか研究して来てるだろ。バレバレだぞ。

「とりあえず8四歩ね」

 6八銀、3四歩、7七銀、6二銀、2六歩、3二金。


挿絵(By みてみん)


 矢倉にみえるが──2五歩、6四歩……6四歩?

 俺は反射的に2四歩と突きかけた。

 手を引っ込める。

「突かないの?」

 俺は返事をせず、じっと盤を見た。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………これはなにかあるな。

 2四歩、同歩、同飛、6三銀、3四飛を誘ってる。

 嘉中はニヤニヤして、

「えらく考えるね。まだ序盤だよ」

 と挑発してきた──行くか。

「2四歩」

「そう来なくっちゃ」

 同歩、同飛、6三銀、3四飛、3三角。

「3五飛だ」

「2三金」

 !? ……そういう手か。

「あいかわらずむちゃくちゃだな……2五飛」

 嘉中は2二飛と回った。


挿絵(By みてみん)


 変則向かい飛車。

 狙いは棒金からの圧殺だ。

 俺は2八飛と撤退して、2四金に6八玉でかたちを整える。

「どんどん行くよ。2五金」

 3八金、2六歩。

 蓋をされた──が、後手も渋滞してないか?

 まだ焦るような時間じゃないな。

 7八玉、6二玉、5六歩、7四歩、7九角。


挿絵(By みてみん)


 嘉中はこの手をみて、

「さすがに機敏だね」

 と言った。

「俺を序盤でリードするのは百年早いぜ」

「いや、これ後手が指しやすいでしょ。7三桂」

 4八銀、7二玉、8八銀。

 さっきはああ言ったものの、たしかに後手が指しやすい。

 攻める取っ掛かりがつかめない。

 5四歩、1六歩、4四角、4六歩、3三桂、4七銀。

 嘉中はここで長考。

 俺は攻めの糸口をさがす。

 むずかしいな。後手のほうが先に仕掛けてくるか?

「……3五金」


挿絵(By みてみん)


 嘉中は金を寄った。

 これは攻めの準備とも取れるし、角頭の守りとも取れる。

 とりあえず攻めのかたちへ持っていく。

 3六歩、3四金、3七桂、6五歩、5七角。

 嘉中は腕まくりをした。

「よしッ、準備万端ッ! 5五歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 先攻された。

 先手を引いた意味のない展開だ。

 アマだからそんなに関係ないとはいえ、気分はよくない。

 同歩、同角、5六歩、6四角。

 角の展開か……8筋から攻めるか?

 あの角は意外と負担になると思う。

 6八金、6二金、2九飛、4二銀。

 俺はここで端に手をつけた。

「9六歩」


挿絵(By みてみん)


 4四歩、2八歩、8三玉、9五歩、5三銀、7七銀。

 銀の上げ下げで手損になったが、しょうがない。

 嘉中も俺が角頭を狙っているのは気づいてるらしく、5四銀直とした。

 8六歩で玉頭にプレッシャーをかける。

 ここで嘉中はまた長考。

 時間差はそんなにない。

 先手が15分、後手が16分。

 それになんだか攻めて来そうな気配がある。

 4五歩か?

 4五歩、同歩、同桂、同桂、同銀なら、4六歩、5四銀引、4九飛を考えてる。


挿絵(By みてみん)


 (※図は吉良くんの脳内イメージです。)

 

 先手のほうが駒の働きは悪い……が、そこは腕力でなんとかする。

 俺はその順で読み進めた。

 嘉中の持ち時間が10分になったところで、次の手が指された。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 桂跳ね? 意外な手だ。

 狙いはなんだ? 単に桂交換?

 ……2筋奪取のチャンスか。

「同桂」

 同飛、4八角で、2筋の奪還を目指す。

 ところが嘉中は立て続けに攻めてきた。

「8五歩」

 後手から玉頭戦?

 俺は無意識のうちにペットボトルへ手を伸ばした。

 水分補給をする。

 視線だけは盤に向けていた──イケる。

 俺はペットボトルをおいて、すぐに次の手を指した。

「2七歩」


挿絵(By みてみん)


 玉頭は無視する。

 どう指されても桂単騎だ。

 嘉中は8六歩と取り込んだが、これも無視。

 2六歩、2一飛、5五桂。反撃開始。

 嘉中も速度負けしたと思ったのか、銀を逃げずに8五桂と跳ねた。

 6三桂成、同金、8四歩、7二玉、7五歩。


挿絵(By みてみん)


 ガンガンいくぞ。ノンストップミュージックだ。

 嘉中は7七桂成、同金と交換してから、3七歩と叩いてきた。

 同金に7五歩と手をもどす。

「おかわりだ。5五桂」

「ぐッ……」

 嘉中は椅子のうえであぐらをかいたまま固まった。

 斬り合いしかないぜ。その手順も限られてる。

 おそらくは5五同銀と食いちぎってから7六歩だ。

「……同銀」

 同歩、7六歩、同金、8七銀。

 俺は6八玉と寄った。

 嘉中は7六銀不成。


挿絵(By みてみん)


 これは入玉含みだな。さて、どうするか。

 一気に決めるなら5二銀だ。7五桂よりも6三銀成のほうが速い。

 慎重にいくなら7七歩。

 5二銀には5三金が気になるな。8三歩成くらいで続くとは思うが──

「7七歩」

 俺は安全策を選んだ。

 6七銀成、同玉、7五桂、5八玉、5七歩、4九玉。

 どんどん逃げる。

 6七桂成で一旦王手が止まった。

 今度こそ5二銀。


挿絵(By みてみん)


 5三金なら8三歩成、同玉、6三銀打でつなげる。

 5三金打なら8三銀、6二玉、6三銀成でつなげる。

 嘉中の持ち時間が3分を切った。

「……5五角」

 5五角? 受けないのか?

 俺はこの手で小考した。

 5五の歩を払って攻めを緩和した、とも取れる。

 ただどこか気になるな。

 俺の残り時間は5分。寄せを考えると残したい。

 

 4:57 4:56 4:55 …… 4:00 3:59

 

 ん、そうか、4五桂だ。

 4五桂、同歩、3七角成を狙ってる。3七歩はこの布石だったか。

 嘉中のやつ、焦ってるように見せかけて、ちゃっかり罠をしかけてやがった。

 俺は残り時間を寄せの速度計算に使った。

 しのげば先手勝勢になる。

「……8三歩成」


挿絵(By みてみん)


 これでキメる。

 嘉中も罠が効かないと見たのか、ちょっとばかり渋そうな顔をした。

 あぐらをかいたまま、ピンと背筋を伸ばしている。


 ……ピッ

 

 嘉中が1分将棋に。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ!

 

 嘉中は59秒ギリギリで6二玉と寄った。4三銀打で支える。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ!

 

「4五桂」

 案の定の一手。

 俺は最後の持ち時間で確認を入れる。

 

 ピッ……ピッ ピッ ピッ ピーッ!

 

「3八玉」

 これで寄らない。

 5八成桂、同銀、3七桂成、同角、5八歩成。

 俺は59秒まで考えて7五桂と打った。

 

挿絵(By みてみん)


 詰めろ。

 嘉中は即座に4七銀と打った。

 同玉、4八金、同角、同と、同玉。

 ここで廣中は頭をかきながら、

「これが見えてないってことはないよね」

 と言い、6六角と出た。

「もちろん見えてるぜ。5七歩」

「アハハ、だよね。7五角」

 俺は7一銀と打つ。

 

挿絵(By みてみん)


 決まったな。これで詰みだ。

 以下、5三玉、4二銀打、6四玉、6三銀成で、どうやっても詰む。

 嘉中は後頭部に両手をあてて、大きくのけぞったあと、

「負けました」

 と言った。

「ありがとうございました」

 チェスクロを止める。

 嘉中の第一声は「んー、序盤は良かったと思うんだけど……」だった。

「そうだな、棒金にはプレッシャーをかけられた」

「どこで間違えたかな? 8五歩が良くなかった?」

 俺たちは8五歩回りを調べたが、どうもほかに手がなさそうだった。

 嘉中は、

「じゃあ2五桂が勇み足だったか」

 と言った。

「だな。あそこは4五歩を本命に読んでた」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「こっちも考えたけど、4九飛と回られるのがね」

「そう簡単でもなくないか? そこで4四金と手渡しされたら意外と困る」

「……なるほど、そこで一手指させてから8五歩か」

 感想戦のあいだ、嘉中は中盤の失敗を悔やんでいた。

 どうやって後手が明確によくするのかは難しかったと思う。

 右玉に近いかたちだったから、終盤がどうしても脆い。

 感想戦が終わったのは、グループのなかでも比較的遅かった。

 大きく背伸びをしていると、スタッフのひとりに声をかけられる。

「お疲れのところすみませんが、インタビューをお願いします」

「あ、はい」

 俺は所定のカメラのところまで行って、イヤホンをはめた。

《もしもーし、あっしでやんす》

 我孫子あびこか。

「もしもし、吉良です」

《いやはや、お見事な将棋でやんした。終盤は読み切りだったでやんすか?》

「詰んだと確信したのは、7五角で桂馬を取られたときですね。5七歩に同角成として詰めろを解除する順はあったと思います」

《たしかに、5七角成、同玉、4五桂と捨てていけば、上部に抜けるルートは確保できたかもしれないでやんす。もっとも駒を渡しすぎなので、後手負けでやんすね》

 我孫子はもうひとりの解説に替わった。

《H庫の三室みむろです。おひさしぶりです》

 ん、三室が来てたのか。

「おひさしぶりです」

《先輩に敬語を使われると違和感ありますね。全国大会以来ですか》

「そうですね……いや、もうめんどくさいな。そうだ、全国大会以来だ」

《せっかくだから解説じゃなくて先輩と指したいんですけど……あ、話が脱線しました。本譜、2一飛に7五歩でしたが、5五歩のほうが安全だったことありませんか?》


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「あ〜、それはあったかもな」

《この場で検討ってわけにはいきませんから、あとで教えてください》

 インタビューはそこで終わった。

 俺は深呼吸する。

 これで8−1。トップグループは維持した。

 問題は囃子原はやしばら捨神すてがみ石鉄いしづちの3連戦……自力はある。

 できればトップ抜けするぜ。

場所:第10回日日杯 2日目 男子の部 9回戦

先手:吉良 義伸

後手:嘉中 平三

戦型:後手向かい飛車棒金


▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲7七銀 △6二銀

▲2六歩 △3二金 ▲2五歩 △6四歩 ▲2四歩 △同 歩

▲同 飛 △6三銀 ▲3四飛 △3三角 ▲3五飛 △2三金

▲2五飛 △2二飛 ▲2八飛 △2四金 ▲6八玉 △2五金

▲3八金 △2六歩 ▲7八玉 △6二玉 ▲5六歩 △7四歩

▲7九角 △7三桂 ▲4八銀 △7二玉 ▲8八銀 △5四歩

▲1六歩 △4四角 ▲4六歩 △3三桂 ▲4七銀 △3五金

▲3六歩 △3四金 ▲3七桂 △6五歩 ▲5七角 △5五歩

▲同 歩 △同 角 ▲5六歩 △6四角 ▲6八金 △6二金

▲2九飛 △4二銀 ▲9六歩 △4四歩 ▲2八歩 △8三玉

▲9五歩 △5三銀 ▲7七銀 △5四銀直 ▲8六歩 △2五桂

▲同 桂 △同 飛 ▲4八角 △8五歩 ▲2七歩 △8六歩

▲2六歩 △2一飛 ▲5五桂 △8五桂 ▲6三桂成 △同 金

▲8四歩 △7二玉 ▲7五歩 △7七桂成 ▲同 金 △3七歩

▲同 金 △7五歩 ▲5五桂 △同 銀 ▲同 歩 △7六歩

▲同 金 △8七銀 ▲6八玉 △7六銀不成▲7七歩 △6七銀成

▲同 玉 △7五桂 ▲5八玉 △5七歩 ▲4九玉 △6七桂成

▲5二銀 △5五角 ▲8三歩成 △6二玉 ▲4三銀打 △4五桂

▲3八玉 △5八成桂 ▲同 銀 △3七桂成 ▲同 角 △5八歩成

▲7五桂 △4七銀 ▲同 玉 △4八金 ▲同 角 △同 と

▲同 玉 △6六角 ▲5七歩 △7五角 ▲7一銀


まで125手で吉良の勝ち

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