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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第42局 日日杯2日目(2015年8月2日日曜)
473/681

461手目 鬼

※ここからは、越知おちさん視点です。第9局開始時点にもどります。

 どうも、越知です。

 次の対局、緊張してます。鬼首おにこうべさんなんですよね。

 ちょっと怖いですが、がんばります──あ、来ました。

「次、あんた?」

 鬼首さん登場。そのまま着席。

 腰に上着を巻いて、なかなかファッション味があります。

「越知です。よろしくお願いします」

「よろしく……ところで、食べ物持ってない?」

「え……いえ、持ってません」

 鬼首さんはボリボリと後頭部をかきながら、

「昼飯足んなかったなあ。つるぎのバカはダブルバーガーにしとけよ」

 と、愚痴を言いました。

 栄養補給大事ですよ……あ、そろそろ始まりそうですね。

《対局準備はよろしいでしょうか? ……では、始めてください》

「よろしくお願いします」

「よろしく」

 鬼首さんがチェスクロを押して、対局開始。先手は私です。

 7六歩、3四歩、2六歩、5四歩、2五歩、5二飛。


挿絵(By みてみん)


 中飛車ですか。

 鬼首さんはオールマイティっぽいんですよね。

 このあたりは調査してあります。香宗我部こうそかべ先輩情報です。

 とりあえず用意してきた局面に誘導。

 4八銀、5五歩、6八玉、3三角、3六歩。

 超速ですよ、超速。

 4二銀、3七銀、5三銀、4六銀、4四銀。

 やりたい局面になりました。

「7八銀です」


挿絵(By みてみん)


 左美濃へ。

 鬼首さんは首の骨をポキポキさせながら、

「ふーん、そう来る……」

 と言い、10秒ほど考えて7二銀。

 私は9六歩と打診しました。

 これは無視されて、6二玉。

 端を突き越してもいい、と……じゃあ9五歩。

 7一玉、7九玉。この簡易美濃でいきます。

「この対局終わったらチョコ買ってくるか……早めに終わらす。5六歩」


挿絵(By みてみん)


 それはこっちの台詞です。

 チョコは関係ありませんが、短期決戦狙いですよ。

 棋力差があるときはがむしゃらに殴るに限ります。

 5六同歩、同飛、2四歩、同角、3五歩。

 どんどん攻めます。

 8二玉、5七歩。

「引かないぜ。7六飛」


挿絵(By みてみん)


 ……玉頭戦ですか。

 飛車単騎ですよね、でも。

 援軍が来ないうちになんとかしましょう。

 私は3四歩と取り込みました。

 鬼首さんは3二金──飛車を浮かせたままの駒組。

 私の悪手待ちですか?

 私は1分ほど考えて5八金右としました。

「1四歩」

 急に減速してます。

 っていうか、この局面、鬼首さんはだいじょうぶなんですか?

 2二歩、同金に2四飛と切って、同歩、6五角があるんですが。


挿絵(By みてみん)


 (※図は越知さんの脳内イメージです。)

 

 これでイケませんかね。

 馬作りを回避するためには、7八飛成、同玉、7五飛、7七桂、3二金という手順になりますが、これは角銀交換なので後手の駒損。

 金銀5枚のほうが飛車角3枚よりもいいという読みでしょうか?

 ありえなくはないです。私のほうは陣形が薄いので。

 それとも鬼首さんの見落とし? ……そうは考えないほうがいいですね。

 とはいえ、このチャンスを見送る理由はないです。

「……2二歩」

「はいはい、同金」

 2四飛、同歩、6五角、7八飛成、同玉。

「5四歩」

 あれ? 読みがはずれました?

 これは……あ、同角だと7四飛の王手角ですか。7七桂じゃ防げません。

 先に4二飛と下ろしますか? ……3二銀で身動きが取れなくなりますね。

 先に7七桂で玉頭をガード? ……5五銀と出られそうです。以下、同銀、同歩、4三角成に3九飛が厳しいように思います。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ちょっと待ってくださいよ。

 これ永遠に5四角と出られなくないですか?

 いや、そんなはずは……長考。

「……3五銀です」


挿絵(By みてみん)


 鬼首さんは目を細めました。

「ん? なんだそりゃ?」

 同銀なら2二角成です……が、もちろん7五飛ですよね。

 その場合は7七桂、3五銀で銀のタダ捨て。

 しかし、これで3九飛と打たれる心配がなくなります。私のほうは現時点で角銀交換の駒得ですから、銀を捨てる余裕があります。これで一手稼ぎます。

 鬼首さんもすぐにこの意図に気づいて、

「あ、ふーん……ひねりすぎだろ。7五飛」

 と打ってきました。

 7七桂、3五銀、4一飛、7六銀。


挿絵(By みてみん)


 これはこれで厳しいんですよね。

 でもがんばります。

 待望の5四角から、5二銀、3一飛成、7七銀成、同角、8五桂。

「がっちり受けます。8六銀です」

「チッ、もう1枚あれば楽勝なんだがな。7七桂成」

 私の同銀に、鬼首さんは5三角と打ってきました。

 龍が死亡──ですが、読み筋です。

「7一龍ですッ!」

 後手は端を突いてないから棺桶かんおけなんですよ。

 それに飛車を殺せます。

 同銀右、6五金。

「度胸は褒めてやるが、踏み込みでオレに勝てると思うなよ。7七飛成」

 同玉、8九飛、7八金、9九飛成、5五桂。


挿絵(By みてみん)


 とにかく敵陣にトライ。

 鬼首さんは9七角成としました。

 私は4三桂成を選択。6三桂成だと6二香があります。

 5三歩、1八角、4三銀。

 王様の横が空いたので4二飛。

 5二銀引、2二飛成、5四銀、6六歩、6五銀、同歩、5四桂。

 ううッ……包囲されました。

「ろ、6七金……右です」

「これでしまいだな。8八金」


挿絵(By みてみん)


 つ、詰めろ……なんとか入玉を……。

 5四角、7八金(王手)、6六玉、5四歩(詰めろ)。

 ……5六歩と突いても7五馬以下の詰みですか。

「負けました」

「よし、ありがとさん」

 ううん……完敗です。

 一手違いとかいうレベルですらありませんでした。

「すみません、どこが悪かったですか?」

「3五銀はひねりすぎだろ」

 そうでしたか……うーん……でも他の手が思い浮かばなかったんですよね。

「3五銀に代えた手が、なんとも。4二飛は3二銀〜5一飛で死にますし」

「じゃあその前がおかしい」

 そうなりますか。不覚。

「ただ、2二歩以下の仕掛けがおかしかったとは思えません」

「んー、まああれはアリっちゃアリだが……場所移動しね?」

 たしかに、この席は早く終わっちゃいました。

 鬼首さんは15分、私も3分残しです。ほかはまだ指してますね。

 解説のインタビュー時間としても早すぎます。

 感想戦もやりにくいですし、一回出ましょう。

 私たちは席を立って、会場を出ました。

 なんとなく解放感。鬼首さんは、

「このへんにコンビニある?」

 と訊いてきました。

「選手控室にお菓子がありましたよ」

「マ? どこ?」

 さ、最初のミーティングで説明があったと思うのですが。

 鬼首さん、もしかしてサボってました?

 会場から出て左どなりが解説ルーム、右どなりが選手控室です。

 私たちは選手控室へ移動。9つのテーブルがあって、選手全員が入るのはちょっとムリぽいかな、という広さです。もともとは会議室なのでしょうか、すみっこのほうに椅子が山積みになっていました。

 ここは早めに終わったとき、感想戦の続きができるようになっています。

 そして入り口の近くに、コーヒーサーバーとお菓子がありました。

「やったぜ」

 鬼首さんはチョコレートをわしづかみにして、ポケットに突っ込みました。

「鬼首さん、チョコがお好きなんですか?」

「大好き」

 さっそくパクついてますね。

 私もひとついただきます。

 鬼首さんは手近な椅子を引いて、どかりと腰をおろしました。

「ハァ、生き返った……で、なんの話だったっけ?」

「3五銀に代えてなにを指すか、ですよ」

「あ、それね」

 私たちは盤駒で局面を再現しました。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 鬼首さんは新しいチョコの包みを開けながら、

「先に7七桂ってする?」

 と言いました。

「それは対局中に考えました。5五銀とぶつけられて、同銀、同歩、4三角成に3九飛が厳しくてムリかな、と。次に8九銀、同玉、6九飛成では勝てませんよね。5五銀を無視して5四角でも、けっきょくは4六銀、同歩、3九飛になります」

「なるほどね、じゃあ悪いのはそこじゃなくて8六銀だろ。あれは7六歩」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 7六歩……こっちですか。

「7七桂成、同玉、5五飛のあとがイマイチ……」

「そこで6六桂と打ちゃいいじゃん。でないと3五銀捨が活きないぜ」

 ……納得しました。

 2五飛と回れなくした利点を活かしたほうがよかったですね。

 私が感心していると、鬼首さんは、

「よっしゃ、腹も満たされたし、しょんべん」

 と言って、席を立ちました。

 も、もうちょっとべつの言い方があるんじゃないですかね。

 私はコーヒーを飲みたいので、居残りです。

「ふぅ……落ち着きます」

 

 カチャリ

 

 あれ? 忘れ物ですか?

 入り口のほうへ顔を向けると──六連むつむらくんでした。

 六連くんはコーヒーを淹れて、それからチョコレートの包みをひとつ。

 ふらりととなりのテーブルに座りました。

 手に紙コップを持ったまま、ジーッと虚空を見つめています。

「六連くん、対局が終わったんですか?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 わ、私ってやっぱり存在感ないんですかね。

「六連くーん?」

「……ん?」

 六連くんはこちらを向きました。

「越知さん、いつ来たの?」

「さ、さっきからいます」

「あ、ごめん……で、なに?」

 特になにというわけではないのですが……もしかして対局中でした?

 話しかけるとマズかったかもしれないですね。

「控室に来たので、対局が終わったのかな、と……」

「ああ、終わったよ」

 結果を聞いてもだいじょうぶですよね?

「結果のほうは?」

今朝丸けさまる先輩に勝って8−1……越知さんは?」

「私は鬼首さんに負けて2−7です」

「そっか……」

 六連くんはコーヒーをひとくち飲んで、コップをテーブルに置きました。

 き、気まずいです。TRPGの話にすればよかったかも。

「そういえば、最近クトゥルフ系の面白いシナリオを見つけたんです」

「……」

 うわーん、無視しないでください……って、あれ?

 六連くんは椅子にもたれかかって、こくこくと船をこいでいました。

 あ、眠たかったんですね。

 男子はさっきの対局で終わりです。緊張の糸が切れたのかもしれません。

 それにしても六連くん、寝顔がカワイイですね。

 将棋やTRPGのときはちょっと近づきがたいイメージなのですが。

 戦士の休息。そっとしておいてあげましょう。

場所:第10回日日杯 2日目 女子の部 9回戦

先手:越知 夢子

後手:鬼首 あざみ

戦型:後手ゴキゲン中飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △5四歩 ▲2五歩 △5二飛

▲4八銀 △5五歩 ▲6八玉 △3三角 ▲3六歩 △4二銀

▲3七銀 △5三銀 ▲4六銀 △4四銀 ▲7八銀 △7二銀

▲9六歩 △6二玉 ▲9五歩 △7一玉 ▲7九玉 △5六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲2四歩 △同 角 ▲3五歩 △8二玉

▲5七歩 △7六飛 ▲3四歩 △3二金 ▲5八金右 △1四歩

▲2二歩 △同 金 ▲2四飛 △同 歩 ▲6五角 △7八飛成

▲同 玉 △5四歩 ▲3五銀 △7五飛 ▲7七桂 △3五銀

▲4一飛 △7六銀 ▲5四角 △5二銀 ▲3一飛成 △7七銀成

▲同 角 △8五桂 ▲8六銀 △7七桂成 ▲同 銀 △5三角

▲6一龍 △同銀右 ▲6五金 △7七飛成 ▲同 玉 △8九飛

▲7八金 △9九飛成 ▲5五桂 △9七角成 ▲4三桂成 △5三歩

▲1八角 △4三銀 ▲4二飛 △5二銀引 ▲2二飛成 △5四銀

▲6六歩 △6五銀 ▲同 歩 △5四桂 ▲6七金右 △8八金

▲5四角 △7八金 ▲6六玉 △5四歩


まで88手で鬼首の勝ち

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