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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第42局 日日杯2日目(2015年8月2日日曜)
472/681

460手目 双子の姉

※ここからは、二階堂にかいどう早紀さきさん視点です。第9局開始時点にもどります。

 ハァ……負けが込んできた。

 前半の当たりがキツすぎでしょ。心が折れそう。

 しかも亜紀あきに負けるしさぁ。

 わたしがタメ息をついていると、対局相手のすみれちゃんが話しかけてきた。

「早紀ちゃん、正々堂々と勝負ですじょ」

 すみれちゃんはそう言って、ガッツポーズ。

 元気だねぇ。

「ま、よろしく」

「今2連勝だから調子がいいですじょ」

 さすがにここは勝ちたいな……と、そろそろ始まりそう。

《対局準備はよろしいでしょうか? ……では、始めてください》

「よろしくお願いしまーす」

「よろしくですじょ」

 振り駒はわたしの先手だった。

 さっそく角道を開ける。

 7六歩、3四歩、6六歩、5四歩、6八銀、4二銀。

 おっと……いきなり変則的になった。

 すみれちゃん、準備してきてるのか、思いつきで指してるのか分かんないんだよね。

 将棋歴が浅いから、あんまり定跡にこだわらないみたい。

 わたしは6七銀で様子をみた。


挿絵(By みてみん)


「振る筋が謎ですじょ……」

 んー、ちょっと迷ってる。

 わたしもなんだかんだで手なり将棋だし。

 すみれちゃんは5三銀とした。

 7七角、1四歩、1六歩、5五歩。

 へぇ、5筋位取りか。

 これは予想してなかった。

 わたしは10秒ほど考えて、8八飛と振った。


挿絵(By みてみん)


「向かい飛車ですかじょ」

 5筋を取られたから、ここが一番効くはず。

 6二銀上、9六歩、9四歩、4八玉、4二玉、3八銀。

 開戦のタイミングは、すみれちゃんに任せよっか。

 5筋位取りから空中分解してくれることを願う。

 3二玉、3九玉、5四銀、5八金左、5二金右、2八玉、5三銀。

 

挿絵(By みてみん)


「すみれちゃん、ぜにの取れそうな将棋だね」

「これは無料ですじょ?」

 こういう変わった将棋が好きな観戦者、いると思うよ。

 早めに決着がつきそうだし。

 わたしは4六歩と突いた。 

 6四歩、4七金、7四歩、3六歩、8四歩。

 ようやく飛車先を突いてくれた。

 3七桂、8五歩、2六歩。

 ここですみれちゃんは長考。

 わかりやすい仕掛けの兆候。

 たぶん6五歩。これはもちろん取らなくて、6八飛と回る。

 仕掛けの筋に飛車、だね。

 すみれちゃんも6六歩とは取り込んでこないだろうなあ。

 7三桂で支えてきそう。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は二階堂さんの脳内イメージです。)

 

 5六歩と仕掛けちゃう?

 6六歩、同銀、5六歩なら、5五歩、6三銀、5六金で押し返せる。

 金が離れるのはちょっと気になるけどね。

 

 パシリ

 

 っと、6五歩がきた。

 6八飛、7三桂。

 わたしは30秒ほど読みなおして、5六歩と突いた。

「こうですじょ」


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ほーん、そう来ますか。

 厚みを活かす将棋。

 中央でごちゃごちゃやると危ない?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 そうでもないか。

 例えば6六歩と取ってくれたら、同銀、5六歩に7五銀の強襲があるね。


挿絵(By みてみん)


 (※図は二階堂さんの脳内イメージです。)

 

 ただ……今はわたしの手番。どう手待ちをするか。

 9八香? ……4二金寄かな、それだと。

 ふつうの手待ちだと、すみれちゃんも手待ちしてきそう。

 圧をかけて6六歩と取り込ませたほうがいいか。

「……9五歩」


挿絵(By みてみん)


 さあ、どうかな。

 端はこっちのほうが利いてる。

 さすがに6六歩でしょ。

 すみれちゃんは腕組みをして、うんうん考え込んだ。

「ここで端は読んでなかったですじょ……」

 よしよし、時間を使ってちょうだい

 わたしは6六歩以下を読み進めた。

「……4二金寄ですじょ」

 そっち? 9四歩の取り込みで? ……もしかして飛車を回るの?

 うむむ、それはわたしのほうが読んでなかった。

 えーと、6二飛か5二飛だよね。

 6筋か5筋……5筋っぽい。5二飛〜5六歩まで伸びると危ない。

「9四歩」

 わたしは端を取り込んだ。

 5二飛に5五歩で先手をとる。

 同銀直、5六歩、6六歩、5五歩。

「殴り合いですじょッ! 6七歩成ッ!」


挿絵(By みてみん)


 過激な展開になってきた。同飛。

 以下、6五桂、5四歩、同飛、2二角成、同玉と進んだ。

 わたしのほうは美濃が残ってる。ここがチャンス。

「6三角ッ!」


挿絵(By みてみん)


 すみれちゃんの手が止まった。

 5三飛か5一飛しかないと思う。

「……5三飛ですじょ」

 わたしは5四銀と打った。飛車が逃げれば完封コース。

 すみれちゃんもそれは分かってるから、6三飛と切った。

 同銀成、6六歩、同飛、4四角。

 こっちの飛車を押さえ込みにきたか。

 さすがに引いておく。6九飛。

「5六歩ですじょ」

「5八歩」

 受け受け受けぇ!

 すみれちゃんは7八角と打った。

 5九飛で飛車を隠居させる。

 すみれちゃんは5五銀と逃げた。


挿絵(By みてみん)


 ひと段落した……かな。

 わたしは1分ほど読んで、6一飛と下ろした。

 6八歩──ぐッ、速い手がきた。

 わたしは一旦4八金上として、退路を確保した。

 6九歩成、2九飛、6八と。

 わたしは4五歩と突き出す。

 3三角、3五歩、5八と、同金、5七歩成。


挿絵(By みてみん)


 あうあう……と金が速い。

 取ったほうがいい? それとも攻めたほうがいい?

 攻めるなら3四歩……それとも5三成銀と捨てる?

 同金なら4一飛成がある。先に4七と、同金、5三金、4一飛成が有力。

 このとき3一金と弾かれて、9一龍に5六銀と反撃されそう。

 3四歩は2四角と覗かれるのが気になる。5七の地点に利きが増えてしまう。

「……」

「……」

 わたしの持ち時間が10分を切った。

 よし、決めた。3四歩と取り込む。

 わたしは3四の歩を払って、力強く前進した。

「うーん、そっちですかじょ」

 一回逃げると思うんだよね。

 さすがに4七と、3三歩成じゃ損だし。

 案の定、すみれちゃんは2四角とした。

 2五歩でもう一回追いかける。

「4七とですじょ」

 これはわたしのほうが取らないといけない。

「同……金」

 すみれちゃんは3五角。


挿絵(By みてみん)


 ……先手が悪いっぽい。

 んー、ミスったか。やっぱ5三成銀だった?

 でも似たような展開だったと思うんだよね。

 中盤の分かれが不利だったかな……いや、まだ対局は終わっていない。

 わたしは9一飛成で香車を補充した。

 すみれちゃんは残り5分。わたしは8分。

 すみれちゃんは長考した。決め手があると困るんだけど。

 4分……3分……2分……。

「時間を残さないと危ない気がしますじょ。4六銀ですじょ」

 ん? 4六銀?

 わたしはこの手にチャンスを感じた。

「3六香」

「それは読み切りですじょ。2六銀」


挿絵(By みてみん)


 うわッ、よくわかんない手がきた。

 3五香に……4七銀成と突っ込む予定?

 以下、同銀、2七金、3九玉、3八歩、同銀、同金……厳しいか。同玉に5六角成なら4七角と打ち返して……4八金、同玉、5七桂成、5九玉、6八銀、4九玉、4七馬。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は二階堂さんの脳内イメージです。)

 

 あ、圧殺コース……でも待ってよ。

 3三金から崩せない?

 3三金、同桂、同歩成、同金、同香成……は、同玉以下が続かない。

 じゃあ3三金、同桂、同歩成、同金、2一金だと?

 同玉は4一龍、3一金、3二金、1二玉、2一銀、1三玉……た、足りない。

 負けにしたかも。

 わたしは残り3分まで考えて、3五香とした。

 4七銀成、同銀。

 すみれちゃんは角に指をそえた。

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 ん? 角成? 助かった? ……ってわけでもないか。

 馬を切られて負けそう。

 ひとまずこれは詰めろだ。3八銀と打つ。

 4七馬、同銀、2七金、3九玉。

「5七銀ですじょ」


挿絵(By みてみん)


 ……5五角に1三玉と逃げてくれないかな。

 頓死狙い……とはいえ、こんなの普通に気づくよね。

「6六角」

 わたしは詰めろを解除する方向で動いた。

 

 ピッ

 

 すみれちゃんが1分将棋に。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ!

 

「1二玉ですじょ」

 えッ、6六同銀不成じゃないんだ。

 なんで? 5七角でなにかあるの?

 わたしはとまどった。

 

 ピッ

 

 わたしも1分将棋。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ!

 

 5七角。最後まで指す。

 同桂成、2七飛、同銀成。

 わたしは2二金と打った。

 1三玉、2三金、同玉、2四銀。


挿絵(By みてみん)

 

「じょッ!? 成桂抜かれますじょッ!?」

 いや、抜けない抜けない。適切に対処されたら、ね。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ! パシリ

 

 すみれちゃんは1二玉と引いた。

 2三角、2二玉、3三歩成、同桂、同銀成。

 なんか王手が続く感じになってきた。

 でも足りないかなあ。もう1枚あればいいんだけど。

 1三玉で頓死してちょうだい。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 ぐぅ、ダメか。

 わたしは9二龍で王手をかける。

「思ったより危ないですじょ……」


 ピッ ピッ ピッ ピーッ!

 

「4二角ですじょッ!」

 うう、3二歩だったら頓死だったのに。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ!

 

 わたしは3三香成と成り込んだ。

 同玉……ん?

 わたしは前のめりになる。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ!

 

「4二龍ッ!」


挿絵(By みてみん)


 詰んだくさくなーい?

 同玉なら3四桂、3三玉、2四金まで。同金も2四金、2二玉、3四桂、2一玉、3二角打、3一玉、4一角成、同金、同角成、同玉、4二金までだ。途中、4一角成に2一玉も、3二馬、同金、同角成、同玉に3三歩が効くから詰む。


挿絵(By みてみん)


 (※図は二階堂さんの脳内イメージです。)

 

 すみれちゃん、がっかり。

「じょ〜頓死しましたじょ……負けました」

「ありがとうございました」

 いえ〜い。負け将棋を拾っちゃった。

 すみれちゃんはしばらく悲しそうな顔をしていた。

 わたしは自粛する。

「最後、6六銀不成のほうが良かったですかじょ?」

「じゃない? なんで1二玉と寄ったの?」

「3三角と打ち込まれるのがイヤだったんですじょ」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「1二玉で?」

「6六角成、5七角、同馬、同桂成、4八銀で逃げられる気がしましたじょ」

「あ、うーん……でもこっちのほうが確実じゃない?」

 後手玉の安全度がちがうもん。これはさすがに詰まない。

「ですじょ。本譜でも、成桂を抜かせたほうがマシだったですじょ」

 だね。たぶん2二金に同玉として、6六角を受け入れたほうがよかった。

 わたしたちはその順も検討した。

 

【検討図】

挿絵(By みてみん)


 すみれちゃんは1二玉と寄った。

 わたしは5七角と取りながら、

「次に5九飛で寄りじゃない?」

 とたずねた。

「4九桂合は2八角で詰み……これで勝ってましたじょ」

 完全にラッキーパンチだったね。

 すみれちゃんの敗因は、成桂抜きを気にしすぎたこと。

 そのあとわたしたちは中盤も検討して、感想戦を終えた。

「ありがとうございました、ですじょ」

「ありがとうございました」

 わたしが席を立つと、亜紀が話しかけてきた。

「お姉ちゃん、勝ったの?」

「もちもち。すみれちゃんの頓死」

 亜紀はタメ息をついた。

「ハァ、すみれちゃん、かわいそ」

 えーい、頓死でも勝ちは勝ちぃ。

 この調子で連勝だぁ。

「いざ、勝利のインタビュータイムへ」

「あ、さっきお姉ちゃんと間違われたから、代わりに受けといたよ」

「はい?」

場所:第10回日日杯 2日目 女子の部 9回戦

先手:二階堂 早紀

後手:那賀 すみれ

戦型:後手5筋位取り


▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △5四歩 ▲6八銀 △4二銀

▲6七銀 △5三銀 ▲7七角 △1四歩 ▲1六歩 △5五歩

▲8八飛 △6二銀上 ▲9六歩 △9四歩 ▲4八玉 △4二玉

▲3八銀 △3二玉 ▲3九玉 △5四銀 ▲5八金左 △5二金右

▲2八玉 △5三銀 ▲4六歩 △6四歩 ▲4七金 △7四歩

▲3六歩 △8四歩 ▲3七桂 △8五歩 ▲2六歩 △6五歩

▲6八飛 △7三桂 ▲5六歩 △6四銀 ▲9五歩 △4二金寄

▲9四歩 △5二飛 ▲5五歩 △同銀直 ▲5六歩 △6六歩

▲5五歩 △6七歩成 ▲同 飛 △6五桂 ▲5四歩 △同 飛

▲2二角成 △同 玉 ▲6三角 △5三飛 ▲5四銀 △6三飛

▲同銀成 △6六歩 ▲同 飛 △4四角 ▲6九飛 △5六歩

▲5八歩 △7八角 ▲5九飛 △5五銀 ▲6一飛 △6八歩

▲4八金上 △6九歩成 ▲2九飛 △6八と ▲4五歩 △3三角

▲3五歩 △5八と ▲同 金 △5七歩成 ▲3四歩 △2四角

▲2五歩 △4七と ▲同 金 △3五角 ▲9一飛成 △4六銀

▲3六香 △2六銀 ▲3五香 △4七銀成 ▲同 銀 △5六角成

▲3八銀打 △4七馬 ▲同 銀 △2七金 ▲3九玉 △5七銀

▲6六角 △1二玉 ▲5七角 △同桂成 ▲2七飛 △同銀成

▲2二金 △1三玉 ▲2三金 △同 玉 ▲2四銀 △1二玉

▲2三角 △2二玉 ▲3三歩成 △同 桂 ▲同銀成 △同 金

▲9二龍 △4二角 ▲3三香成 △同 玉 ▲4二龍


まで125手で二階堂(姉)の勝ち

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