エスパーと魔法使い、ときどき宇宙人(2)
さあ……静ちゃん、どうする……?
同角成、同金、同飛成が調子よくみえるけど、3五角が王手龍……。
(※図は飛瀬さんの脳内イメージです。)
これがあるから、いきなり同飛成と突っ込むしかない……はず……。
静ちゃんは、くちびるに指をあてて、身を引いた。
(うーん、困ったな。3四歩が手拍子だったかも)
静ちゃんはギリギリ29秒まで考えて、1三同飛成。
同金、同角成と進んだ。
「これが王手……合駒が飛車しかない……」
ということは、打てない……4二……いや、4一玉……。
4二玉は3三歩成が、いきなり王手になる……。
1三香と走った瞬間に感じたほど、よくはないかも……ただ、これは次に、6九飛、8八玉、6七銀成の寄せがあるから、先手は受けないといけない……そのあいだに攻めを繋げられたら、私の勝ち……。
(6八馬)
「!」
一番強く受けた……6九香じゃ弱いってことか……。
「4九飛……」
こっちも一番強く打つ……。
私が指を離したとたん、静ちゃんは金をつまみあげた。
人差し指と中指で挟んで、こちらに見せつけてくる。
(普通じゃ受からないから、鉄板でいくね)
これは……。
《友だちをなくす手ですね》
(カンナちゃんと私は友だち! これ重要!)
女の友情が試されている……というのは置いといて、難しくなった……同銀成、同銀……じゃなくて、同馬、1九飛成が本線……そこで3三歩成が第一候補……同角と取ったあとでなにを指してくるか……6五香とか……?
《20秒、1、2、3、4、5》
私は銀を裏返して、同銀成。以下、同馬、1九飛成、3三歩成、同角……。
(3九歩)
《友だちをなくす手、第2弾ですね》
(エスパー同士の友情に終わりはないんだよ)
エスパーと宇宙人の友情に、終わりはあるのかな……。
「1八龍……」
(3八香)
あぁ……友情が壊れていく……。
こうなったらもう手がないから……。
桂頭を受ける……7四銀……。
(4五桂)
あッ……そっか、香車を打ったのは、この伏線……。
単純な龍筋の止めかと思ってた……うっかり……。
「1五角……」
すこしでも攻めを見せる……。
7三銀、8一飛、7二銀成、8四飛、8五歩。
飛車をいじめてきた……。
「同飛……」
(7六金)
これもう、8四に逃げても意味ないよね……飛車は見捨てて……。
「2四角……」
一回、王手……で、当然に4六桂と受けられた……。
「攻めがない……」
《20秒、1、2、3、4、5、6、7》
「あわわ……3七歩……」
絶対間に合ってない……静ちゃんのほうに、なにかあったら終わり……。
(んー、とりあえず飛車を取るよね)
静ちゃんは、8五金で飛車を回収した。
同銀としかけたところで、私に電流が走る。
……………………
……………………
…………………
………………
これ……8一飛って打たれる……。
(※図は飛瀬さんの脳内イメージです。)
終わった……でも取るしかない……。
「同銀……」
静ちゃんは、パシリと8一飛。
《ん、それは……》
(美沙ちゃん、声出しちゃダメだよ)
《すみません……10秒》
なにかあるのかな……なにもないようにみえるけど……。
とりあえず、王手を回避しないといけないから……。
「駒を打つと、本格的に攻めが切れそう……」
(3二玉とかあるよ)
「それは3七香が王手で死ぬ……」
(あ、バレちゃった)
エスパーは卑怯。
《20秒、1、2、3、4》
「5一角……」
駒を節約してみたけど……どうだろう……。
(8五飛成♪)
駒がひとりでに浮かんで、くるりとひっくり返った。
「あッ……サイコキネシスで指すの禁止……」
(ごめんごめん)
静ちゃん、機嫌がいいとすぐサイコキネシス使うんだから……ん……?
私は、盤面をみつめた。ここで、こう指すと……。
《20秒、1、2、3、4、5、6》
「8四香……」
これ効かないかな……?
5一角の段階では、見えてなかったけど……。
私が指したとたん、静ちゃんは醒めたような顔になった。
(あれ……なんか厳しいね……それ……)
7四龍でも7六龍でも8八歩……じゃなくて、そのまえに3八歩成か……。
ただ、繋がるかどうかは微妙……思ったより悪くないってだけ……。
《20秒、1、2、3、4、5、6、7、8》
(7六龍)
3八歩成、同歩、1九龍。ここで銀を打たせる……打たないと5八金……。
(打ちたくないけど……4九銀)
これで私の玉は安全になった……入玉までみえる……。
「8八……」
私は歩を打ちかけて、手を引っ込めた。
……………………
……………………
…………………
………………
「6八歩……」
同金は8八金、同馬は4九龍、5九銀(5九馬は6九金、同馬、8八金、同金、同香成、同玉、6九龍)、5七金、最初から放置なら6九金……全部寄ってる……。
静ちゃんは口元に手をあてて、目を丸くした。
(えぇ? 私の負け?)
「回避する手があれば、どうぞ……」
(8七歩……は全然受けになってないし……)
一番粘れるのは、同玉かな……これだけちょっと難しい……。
《20秒、1、2、3、4、5、6、7、8、9》
(負けました)
静ちゃんは、あっさり投了した。
「ありがとうございました……同玉としないの……?」
(取っても8九香成で、次に6四桂とか、いくらでもあるからムリだよ)
「6五龍とか、意外と厳しくない……?」
【参考図】
《私も、それでなかなか容易でないと思います》
(そうかな? 6四歩と叩いて、同龍に7六金くらいで終わってない?)
《先手敗勢だとは思いますが、投げる局面でもないかと》
そのあたりは、好みだよね……エスパーは淡白……。
(8一飛が悪かったかな?)
「8一飛が悪いなら、8五金がおかしいよね……同銀で圧迫されてるし……」
私が答えると、盤面が勝手に動いた。
静ちゃんのサイコキネシスは、ほんとに便利……すぐ検討局面に戻せる……。
(……3七同香?)
「えーと……3七歩は、そこまで考えて打ってないんだよね……」
ほとんど手拍子……棚からぼたもち……。
(でも、放置はできないよね? 3七同香かな)
静ちゃんは、飛車を放置したまま、歩を取り払った。
なにをしたらいいのか……。
私は10秒ほど考えて、8四飛と引いた。
《それは、よさげですね。本譜と同様、放置なら6八歩があります》
同金なら8八金、同馬なら4八龍、同玉なら……。
「これも、同玉で困るかな……?」
《同玉ならば、3六歩、同香、3七金とか、どうですか?》
ああ……それで取れないのか……。
「とはいえ、先に8五歩くらいで止まるかも……」
(同銀……6三桂成、同金、7五金があるね)
【参考図】
(これなら、先手も頑張れるかな)
結論、むずかしい……。
「1三香で飛車を捕獲していいかと思ったけど、そうでもなかったね……」
私は、3四歩の周辺に話を移した。
《むしろ、先手を持ちたかったです、あの局面は》
美沙ちゃんは、飛車を渡しても問題ないって読みか……。
(3四歩自体は、うっかりだったんだよね)
《静先輩って、たまに踏み込んだうっかりがありますね》
(エスパーは、冷静と情熱の狭間に生きてるんだよ)
なにそれ……。
「じゃあ、7六歩に同銀も、冷静と情熱の狭間……?」
私が尋ねると、駒がぴょんぴょん跳ねた。
【参考図】
(ここ同金はないよぉ)
「でも……具体的に殺すとなると、むずかしくない……?」
(7五歩、8六金の形が悪過ぎ)
地球人は形にこだわり過ぎ……。
《金は殺せないのですよね。8五歩、9六金、9四歩は、7四歩で困ります》
そう……この金は死なない……。
(死ななくても、6五歩くらいで困る困る)
【参考図】
あぁ……これは厳しいか……。
《なるほど、同歩、同桂、8八銀に8五歩ですか》
(美沙ちゃん、正解)
8五歩、9六金、7六歩と伸ばされて終了……。
「ってことは、本譜の同銀が正しいわけか……」
(もちろん、30秒じゃここまで全部読めてないけどね)
それは、私も一緒……30秒で読み切りはムリ……。
「あと、序盤の4六角……あれに7三角とするかどうか迷った……」
【参考図】
(これは取らないと思うよ。6九玉の予定だったかな)
「4六角、同歩、5八角で……?」
(それは4七角と受けて、4九角成、3七桂)
あッ……馬が死んだ……次の2九飛が受からない……。
《5八角のまえに4五歩もあって、怖くないですか?》
(4五歩……同歩、5八角、4七角、4九角成、3七桂、4六歩?)
《そうです。2九角と逃げれば、2九飛がなくなります》
(うーん、じゃあ、7三角は成立してるのかな?)
検討は、だいたいこれで終わりかな……私の疑問は氷解した……。
7三角以下の変化は、いろいろあり過ぎて、網羅できない……。
《さて、勝ち抜けにしますか? 負け抜けにしますか?》
(あ、そのまえに、5分くらい休憩しようよ)
私たちは、休憩をとることにした。
おしゃべりする……空の自由な飛び方とか、いろいろ……。
(それにしても、カンナちゃん、また強くなったんじゃない?)
「そうかな……」
《少なくとも、去年の冬よりは、上達しています》
どのくらい棋力が上がったのか、自分でもよく分からない……とりあえず、部室だと裏見先輩以外には負けないかな……馬下さんにも勝てるし……。
(カンナちゃんって、ほんとに個人戦決勝まで行ったことないの?)
「ない……っていうか、凖決勝もない……」
(えぇ? ほんと?)
《当たりが悪いのではないですか?》
当たり……1年の春は、1回戦がエリーちゃん、秋は姫野さん、2年の春は、2回戦が春日川さん……よくないかも……前回は1回戦で落語少女に負けたし……。
《今のカンナ先輩なら、市代表までギリギリいけると思います》
(そうだよ、ガンバだよ)
ありがとうございます……。
「ところで、将棋祭り優勝の可能性は、どのくらいあるかな……?」
私は、ふたりにさりげなく尋ねた。
「1回戦負けだと、ちょっと恥ずかしい……」
《そもそも、トーナメントなんですか? 違う可能性もありますよ?》
「え……総当たりする時間あるかな……? 1日で指し切りだよ……?」
(スイス式かもしれないよね)
スイス式……? スイスは……ヨーロッパのぼっち。
「永世中立国のスイスが、どうかしたの……?」
《スイス式というのは、勝った者同士、負けた者同士のように、成績の近い者同士でリーグを消化するゲームです。勝敗数の他にも、ソルコフやSBという、細かい基準で順位が決まります》
地球の文化が、またひとつ明らかに……あとで母星に報告しなきゃ……。
「仮にスイス式だとして、何位くらいになれるかな……?」
《それは、出るチームによると思いますが》
当たり前過ぎる……もうちょっと考えよう……。
《とりあえず、お花先輩は出ると言ってました》
(それ絶対、うちの神崎さんと一緒だよ。あとは吉備さんで決まり)
いつものメンバーだね……桐野・神崎・吉備トリオ……。
桐野さんは県代表経験者だから、かなりの強敵……他のふたりも強い……。
《あと出そうなのは、ソールズベリーの茉白先輩ですか》
(茉白ちゃんは出そうだね。目立ちたがりだもん)
《ただ、他のメンバーが読めません。同じ学校からは連れて来れませんし》
今夜さらって、記憶を抽出すれば分かるんじゃないかな……?
アブダクションは、宇宙人の特権……。
「あ、そうだ……」
(なにか思い出した?)
「チーム名を決めないと……」
確か、HPにチーム名を登録する欄があったはず……。
《チーム名ですか……ローザエ・ウィルギヌム・ディアボリキ・コミリトーネースは、どうですか?》
(美沙ちゃん、カッコつけすぎだよ。恋のテレポーテーションにしよ)
このふたりのネーミングセンスは微妙……私が考える……。
宇宙人、エスパー、魔法使いのチーム……。
「Outsidersは、どうかな……?」
(あ、いいね、それ)
《単純過ぎる気もしますが、特に異論はありません》
じゃあ、これで決まり……今夜にでも登録……。
(そろそろ5分経ったね)
静ちゃんは、腕時計をみた。茶色い革に銀盤の、シンプルなデザイン。
「私は勝ち抜けでいいよ……」
美沙ちゃんと交代する。
盤面は、サイコキネシスで一発。
じゃんけんしようとしたところで、美沙さんが手を挙げた。
《ひとついいですか?》
どうぞ……。
《私、映像だから、駒に触れないんですけど》
……………………
……………………
…………………
………………
ダメじゃん。
場所:鎌鼬市の公園
先手:前空 静
後手:飛瀬 カンナ
戦型:矢倉
▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲6六歩 △6二銀
▲5六歩 △5四歩 ▲4八銀 △4二銀 ▲5八金右 △3二金
▲7八金 △7四歩 ▲6九玉 △4一玉 ▲6七金右 △5三銀右
▲2六歩 △8五歩 ▲2五歩 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛
▲8七歩 △8五飛 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △3一玉
▲3六歩 △2三歩 ▲2八飛 △4四歩 ▲7七銀 △4三銀
▲7九角 △3三角 ▲1六歩 △5一角 ▲4六角 △6四歩
▲3七桂 △5二金 ▲1五歩 △2二金 ▲6五歩 △7三桂
▲6四歩 △4五歩 ▲6八角 △6四銀 ▲1四歩 △同 歩
▲1三歩 △6二角 ▲7九玉 △8三飛 ▲3五歩 △7五歩
▲3四歩 △4四角 ▲6六歩 △7六歩 ▲同 銀 △7五歩
▲3三歩成 △同 桂 ▲2四歩 △同 歩 ▲7四歩 △7六歩
▲7三歩成 △同 銀 ▲2四飛 △8六歩 ▲同 歩 △2三歩
▲1四飛 △5八銀 ▲7五桂 △8二飛 ▲3四歩 △1三香
▲同飛成 △同 金 ▲同角成 △4一玉 ▲6八馬 △4九飛
▲5九金 △同銀成 ▲同 馬 △1九飛成 ▲3三歩成 △同 角
▲3九歩 △1八龍 ▲3八香 △7四銀 ▲4五桂 △1五角
▲7三銀 △8一飛 ▲7二銀成 △8四飛 ▲8五歩 △同 飛
▲7六金 △2四角 ▲4六桂 △3七歩 ▲8五金 △同 銀
▲8一飛 △5一角 ▲8五飛成 △8四香 ▲7六龍 △3八歩成
▲同 歩 △1九龍 ▲4九銀 △6八歩
まで124手で飛瀬の勝ち




