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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第42局 日日杯2日目(2015年8月2日日曜)
469/682

457手目 離席禁止

※ここからは、今朝丸けさまるくん視点です。第8局開始時点にもどります。

 ふむ、なにやら女子のほうが騒がしいな。どうやら梨元なしもとくんのようだ。

 対局開始前は心を落ち着けたほうがいいぞ。

 とはいえ、ふだん合わないメンバーがそろっている。

 僕も松陰まつかげくんに言いたいことがある。

「松陰くん、ひさしぶりだな」

 松陰くんは目薬を指しながら、

「ん……ちょっと待て、今取り込み中だ」

 と言った。おっと、失礼。

 松陰くんは目薬をさし終えると、こんどはメガネを拭き始めた。

「さて、なんだ?」

「松陰くんと指すのはひさしぶりだな」

「ああ、ほぼ1年ぶりか」

「そうだ。ネット将棋でもすっかりご無沙汰になっている。というわけで、僕との対局中は離席しないでもらいたい」

 松陰くんは顔をあげて、目を細めた。

 前髪がすこしばかり目にかかっていて、あいかわらず冷たい印象がある。

「……離席は対局者の自由だと思うが」

「きみが離席しているのは、他の対局の情報収集だろう。Y口のブレイン役ということなのだろうが、きみも選手なのだ。せめて僕とは全力で指してもらいたい」

 松陰くんはメガネをかけた。

 位置を調整する。それから会場内を見回した。

「ここには男子だけで16人の将棋指しがいる」

「そのとおりだ」

「そして決勝トーナメントへの出場枠は4つしかない」

「……もう諦めているというわけかね?」

「俺は全敗だからな」

「優勝の可能性がなくなっても、手を抜く理由にはならないぞ」

 松陰くんは顔色ひとつ変えずに、もういちどメガネの位置を調整した。

「今朝丸も1勝6敗だろう。気楽に指してもいいカードだと思う」

 松陰くんらしいコメントだ。

 事実の指摘である以上、怒るわけにもいくまい。

「……分かった。無理強いはしない」

 ここでスタッフが動いた。

 対局開始の合図だ。

《対局準備はよろしいでしょうか? ……では、始めてください》

「よろしくお願いしますッ!」

「よろしくお願いします」

 僕の先手だ。まずは角道を開ける。

 7六歩、8四歩、6八銀、3四歩、7七銀、6二銀。


挿絵(By みてみん)


 うむ、矢倉だな。

 僕は早めに2六歩と突いた。

 これを見た松陰くんは、

「飛車先が早いな……速攻か」

 とつぶやいた。

 それは見てのお楽しみだ。

 7四歩、2五歩、3二金、7八金、7三銀、5八金。

 松陰くんも速攻に切り替えてきたか……後手のほうが速いかもしれない。

 すこし方針を変えよう。

 4一玉、6六歩、6四銀、6七金右、8五歩、5六歩、7五歩。


挿絵(By みてみん)


 やはり先に攻められてしまった。

 ここはしばらく受ける。

 同歩、同銀、7九角、8六歩、4六角、6四歩。

 不安定な止め方をしてきた……8六歩でどうするつもりだ?

 そのまま同銀なら6四角、7三歩、8六角で銀得だが……ふむ。

 松陰くんの狙いは8六歩に7六歩か?

 7六歩、同銀、6六銀、同金、同角ならこちらが悪い。

「松陰くんらしい罠だな」

「べつに罠のつもりはない」

「ハハッ、失敬。それでは飛び込ませてもらおう。8六歩だ」

 7六歩、同銀、6六銀。

 ここでキッチリ止める。

「7七歩だ」


挿絵(By みてみん)


 さあ、松陰くん、どうする。

 さすがに読んでいないということはあるまい。

 案の定、松陰くんの対応は早かった。

 6七銀成と成り込んで来た。

 同銀、4二銀、6四角、7三歩、4八銀、3三角。

 一転して渋くなってきた。

 ここは攻勢を取らせてもらう。

「3六歩だ」

 3一玉、3七桂、5二金。

 後手は陣形の整備か……付き合おう。

 6九玉、4四歩、7九玉、4三銀。


挿絵(By みてみん)


 むッ、雁木がんぎ……攻めの糸口が掴めなくなってしまった。

 じぶんの棋力をイヤというほど自覚させられてしまうな。

 しかし、ここで暴発するほどヤワではないぞ。

 僕は9六歩でようすをみた。

「攻めて来い、か……だが合わせる。9四歩」

 8八玉、4二角、1六歩、1四歩。

 松陰くんのほうから攻めてはくれないか……ならば組み直す。

 僕は5九銀と引いた。

 この手を見て、松陰くんは長考。

 なにかあるか? 僕の見落としでなければいいが──

「3五歩」


挿絵(By みてみん)


「!」

 僕は松陰くんの持ち駒を確認した──歩はないな。

 9五歩、同歩、同香の補充か? ……いや、それは後手が悪い。

 先手が一方的に入玉しやすくなる。

 となれば3六金の強硬策だ。こちらも読みを入れる。

 ……なるほど、3七桂には角の紐がついているようにみえて、8四飛、5五角、5四歩以下で追い払えるということか。6六角と逃げれば3七金で桂得、4六角と逃げれば同金で角金交換になってしまう。

「松陰くん、なかなかやるな」

「今朝丸の対応次第だぞ」

 承知した。

 ここで松陰くんを失望させるわけにもいくまい。

 のこり時間はおたがいに15分。腰をすえて読む。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………よし、決まった。

 僕は3五同歩とした。ノータイムで3六金が置かれる。

「この手を僕の答えとさせてもらおう」


 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


「!」

 どうだ、松陰くん、指されてみれば納得という手ではないか。

 8四飛なら7五銀で直接止める。

「好手……と言いたいところだが、すべての筋に対応できていない。4七金だ」

 4八銀、6二飛。

 なるほど、6二飛には対応できていない。

 だがこれも愚直に止める。

「6五歩だ」

「4八金」

 同飛、3六歩──ふむ、結局打たれてしまったか。

「捨てるぞ、4五桂」


挿絵(By みてみん)


 同歩なら5五銀〜4四歩とくさびを打ち込む。

 あくまでも愚直に。これが僕の棋風だ。

 3七歩成、同角、9五歩。

 端を絡めてきた。しかしすぐには潰れない。

「同歩」

「5七銀」

 僕は4九飛と引いた。

 松陰くんは4五歩と手をもどす。

 6四歩、3三角、4五飛、8二飛、6三歩成。

 松陰くんの手が止まった。

 このままだと後手はジリ貧のはず。

「……同金」

「3四銀だ」

「飛車を引いてくれ。5四銀」

 ん? 4七飛だと先手になるが? ……6六角か?


挿絵(By みてみん)


 (※図は今朝丸くんの脳内イメージです。) 


 ……この角は殺せないな。6七歩と打ってもすり抜けられてしまう。

 5八銀不成から角の成り込みまでは許容せざるをえまい。

「素直に引こう。4七飛」

 松陰くんは6六角と飛び出した。

 僕はここで思案する。

 攻めるなら2四歩だが……問題は寄るかどうかだ。

 2四歩には手抜いて5八銀不成かもしれない。以下、2三歩成、4七銀成は後手陣が広くなってしまう。4筋からの脱出は防ぎたいところだ。となれば──

 僕は2四歩と突いた。

 そしてその瞬間、ひとつ読み抜けしていることに気づいた。

 5八銀不成ではなく4六歩と止めてくるかもしれない。それは面倒だ。

 松陰くんは長考。しまった。これは5八銀不成と4六歩の天秤にみえる。

「……」

「……」

 松陰くんは銀に指をそえた。5八銀不成と進める。

 そちらか……僕的には4六歩のほうがイヤだったのだが。

 いずれにせよ、指されたものをどうこうしても仕方がない。

 僕は4一金で4筋を押さえた。

「ずいぶん重たい手だな……2二玉」

 僕の趣向はこの次にある。角の回転ッ!

 

挿絵(By みてみん)


 4七銀不成なら6六角が王手、4八角成なら同飛で飛車取りを回避できる。

 松陰くんは大きく息をついて、ペットボトルのキャップを開けた。

 湯飲みに注いだものの、口にはしなかった。

 のこり時間は、僕が7分、松陰くんは9分。

 おそらく90手前後ではあるが……完全に寄せの局面だ。

 僕の予想では、4七銀不成が本命。4八角成、同飛は後手の攻めが切れる。

 6六角の王手が厳しければ僕の勝ちだろう。

「……4七銀……不成」

「6六角。さあ、王手だ」

「それは見れば分かる。3三歩」

 ふむ、なんとも愚直な受けだ。僕好みだぞ。

 ここはいくら時間を使ってもかまうまい。

 残り3分まで考えさせてもらおう。

 第一感は3一角だ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は今朝丸くんの脳内イメージです。)

 

 これは取ると2三歩成で詰む。

 よって1二玉と逃げることになるが、そこから詰めろラッシュをしたい。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………むッ、詰めろはないようだ。

 だとすれば……4二金とするのが2手スキ。次に3二金で、同飛と取っても2三歩成で詰む。問題は4二金に同飛、同角成、2二金打と抗戦される場合だが……そこで5二飛と打ってもやはり詰めろにならない。

 詰めろは継続できないのか。気を引き締める必要がある。

 僕はその先も読んで、先手と後手の速度計算をした。残り3分を切る。

「3一角」

 松陰くんはノータイムで1二玉と寄った。

 4二金、同飛、同角成、2二金打、5二飛と進む。


挿絵(By みてみん)


 松陰くんは残り3分まで考えて、3四歩と取った。

 3二馬、7九銀打──同玉なら2九飛で脱出口を確保、というわけか。

 入玉の筋さえ消せば安泰だ。持ち時間をつぎ込む。

 

 ピッ……ピッ ピッ ピッ ピッ ピーッ!

 

「同玉」

 松陰くんは2九飛の王手。

 僕は3九金と受けた。


挿絵(By みてみん)


 これで包囲完了。後手玉は詰めろ飛車取り。

 松陰くんは持ち駒をそろえた。

「負けました」

「ありがとうございました」

 松陰くんは、湯飲みのお茶を飲んだ。

「急に悪くなったな。4筋は封鎖しといたほうがよかったか?」

「その件だが……5八銀不成のところで4六歩はあると思っていた」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 松陰くんも、これに同意してくれた。

「読みにはあったんだが……」

「なぜ封鎖しなかったのだ?」

「4六歩、同角、同銀成、同飛で銀を渡すと藪蛇やぶへびだと思った」

 そういう考え方もあるか。

「たしかに金駒かなごまを渡したくない局面ではある」

 矢倉の終盤は金駒>角という価値判断が働きがちだ。

 本譜は角の活躍が功を奏した。

 あとは終盤を検討して終了。

 4筋をこじ開けたあとは、僕が良かったようだ。

 僕は駒を並べなおし、もういちど一礼する。

「ありがとうございました……離席しなかったことに感謝する」

 松陰くんはとくに表情も変えず、

「タイミングがなかっただけさ」

 と答えた。

 そういうことにしておこう。

 それでは起立。インタビューの時間だ。

 今回はだれだろうか。

「もしもし、今朝丸けさまる高志たかしです」

《もしもし、おつかれさま。千駄せんだだよ》

 千駄先輩だったか。

 東京へ進学したと聞いている。

「おひさしぶりです」

《おひさしぶり。僕からひとつ質問なんだけど、5七銀と打ち込まれたとき、本譜は4九飛と引いたよね。2八飛と寄ったほうがよくなかった?》


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「2筋からの攻めですか? 突破は難しいと思いますが」

《いや、2八飛は2筋からの攻めじゃなくて、次に7一銀と打つ準備。以下、7二飛、8二金なら殺せるし、6三飛なら6四歩、6一飛、7二金、4一飛で封印できるよね》

 なるほど、言われてみればそうだ。

「勉強になります」

 もうひとりの解説は、九州の男子だった。

 こちらの質問は例の4六歩についてだったので、割愛する。

 僕はイヤホンをはずした。スタッフのひとりが近づいてくる。

「イヤホンお預かりします」

「どうぞ」

 ……むッ! きみはッ!?

第10回日日杯 2日目 男子の部 8回戦

先手:今朝丸 高志

後手:松陰 忠信

戦型:急戦矢倉


▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲7七銀 △6二銀

▲2六歩 △7四歩 ▲2五歩 △3二金 ▲7八金 △7三銀

▲5八金 △4一玉 ▲6六歩 △6四銀 ▲6七金右 △8五歩

▲5六歩 △7五歩 ▲同 歩 △同 銀 ▲7九角 △8六歩

▲4六角 △6四歩 ▲8六歩 △7六歩 ▲同 銀 △6六銀

▲7七歩 △6七銀成 ▲同 銀 △4二銀 ▲6四角 △7三歩

▲4八銀 △3三角 ▲3六歩 △3一玉 ▲3七桂 △5二金

▲6九玉 △4四歩 ▲7九玉 △4三銀 ▲9六歩 △9四歩

▲8八玉 △4二角 ▲1六歩 △1四歩 ▲5九銀 △3五歩

▲同 歩 △3六金 ▲7六銀 △4七金 ▲4八銀 △6二飛

▲6五歩 △4八金 ▲同 飛 △3六歩 ▲4五桂 △3七歩成

▲同 角 △9五歩 ▲同 歩 △5七銀 ▲4九飛 △4五歩

▲6四歩 △3三角 ▲4五飛 △8二飛 ▲6三歩成 △同 金

▲3四銀 △5四銀 ▲4七飛 △6六角 ▲2四歩 △5八銀不成

▲4一金 △2二玉 ▲4八角 △4七銀不成▲6六角 △3三歩

▲3一角 △1二玉 ▲4二金 △同 飛 ▲同角成 △2二金打

▲5二飛 △3四歩 ▲3二馬 △7九銀 ▲同 玉 △2九飛

▲3九金


まで103手で今朝丸の勝ち

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