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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第42局 日日杯2日目(2015年8月2日日曜)
467/682

455手目 力の抜き加減

※ここからは、鳴門なるとくん視点です。第8局開始時点にもどります。

 男子は全部で15回戦。いよいよ折り返し地点。

 僕は対戦表を確認しながら、ヘッドセットで音楽を聴いていた。

 そろそろ席にもどろうかな、というところで、ふいに肩をたたかれた。

 ふりむくと米子よなごが立っていた。

 僕はヘッドセットをはずす。

耕平こうへい、どうしたの?」

「調子はどうっすか?」

 おっと、なんだか気になる質問だね。

「いつもどおり、かな。耕平は?」

「んー、パッとしない」

 そう答えた米子の表情も、どうやらパッとしなかった。

「ちょっとメンタルやられてる?」

「じぶんじゃそのつもりはないんだけど……次は六連むつむらくんなんっすよね」

 なるほど、強豪だ。

囃子原はやしばらくんが負けてたもんね」

「ちょっとちょっと、そういうプレッシャーはなしっす」

「ごめんごめん」

 耕平はライブのときも、わりとアガるタイプ。

 こういう大きな大会はメンタル的に不利か。

 だけどそれも実力のうちだ。しょうがない。

「僕も捨神すてがみ吉良きらで連敗してるから、おたがいさまだよ」

駿しゅんは決勝トーナメント行けると思うから、がんばって」

 いやいや、そういう身内びいきこそナシだよ。

 とはいえ邪険に答える必要もない。

「ありがと。耕平も余裕で芽があるからがんばってよ」

 っと、そろそろかな。

 僕は対局テーブルへむかう。

 案の定、律儀な葦原あしはら先輩は先に……立って待っていた。

 白の開襟シャツに黒いズボン。たぶん夏用の制服。

 先輩は扇子せんすを左手に持ち、それを右手のゆびにそえていた。

 あいかわらず背が高いなあ。180超えてるのはまちがいないね。

 それに弓道部なんでしょ。吉良くんとはべつのアスリート属性。

「葦原先輩、こんにちは」

「こんにちは。今日はよろしくお願いいたします」

 あいかわらず礼儀正しいね、このひと。

「先輩、なにか気になることでも?」

「どうしてですか?」

「座ってらっしゃらないので、スタッフでもお捜しかな、と」

 葦原先輩は静かな笑みを浮かべて、

「座ってお待ちするのは失礼かと思いました」

 と答えた。

 いやいやいや。

「まあまあ、先に座ってください」

 僕は背中を押して着席させる。

 駒はすでに並べられていた。

 これをみた葦原先輩は、

「スタッフには感謝していますが、駒をじぶんで並べられないのは、やや寂しいですね」

 とつぶやいた。

 たしかに、至れり尽くせりなおかげで、対局以外やることがない。

 どのあたりで気合を入れるのか、見極めがむずかしかった。

 それから2、3言葉を交わしていると、スタッフのマイクが入った。

 会場が静まり返る。

《対局準備はよろしいでしょうか? ……では、始めてください》

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 おたがいに一礼。

 7六歩、3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩。

 横歩になった。

 7八金、3二金、2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛。


挿絵(By みてみん)


「先輩、研究して来てますね」

 僕のコメントに対して、先輩はおだやかにほほえんだ。

「鳴門くんが指したそうでしたので」

 うーん、挑発し返されたかな?

 いや、葦原先輩に限ってそういう邪心はないか。

 もしかして読まれていたのかもしれない。

 とりあえず進める。僕は3四飛と寄った。

 3三角、5八玉、4一玉、3六飛、2二銀、8七歩、8四飛。

 

挿絵(By みてみん)


 8五飛はすっかり下火だね。

 こっちをメインで準備してきておいてよかった。

 2六飛、7二銀、3八銀、2四飛。

 僕は同飛と取った。

「威勢がよろしい。同角」

 3六歩と突く。2八歩の対策。

 葦原先輩は3三角と引いて、3七桂、8八角成、同銀。

 飛車がそっと下ろされる。


挿絵(By みてみん)


 さて……僕はペットボトルを開けた。

 そのままラッパ飲みする。

 最初の分岐点。

 候補手は2つ。ひとつは2九歩。

 2四飛成と撤退させてから、8二角と打つ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は鳴門くんの脳内イメージです。) 

 

 後手は3五歩で桂頭を狙ってくるはず。

 以下、9一角成、3六歩、4五桂、3七歩成と攻めあって、どうか。

 さすがに一回は3七同銀と手をもどさないといけない。

 そこで後手からは、6四角という分かりやすい追撃がある。

 それを全部いなせれば、先手が自然と良くなるだろう。

 もうひとつの候補手は7七桂。


挿絵(By みてみん)


 (※図は鳴門くんの脳内イメージです。) 

 

 こっちは6五桂を見せつつ、後手の攻めを誘う手。

 一番過激に来るなら2七角、3九金、3八飛成、同金、同角成の2枚換えだ。

 以下、4五桂+6五桂と両サイドに跳ねて反撃していく。

 もうすこしおだやかに指すなら、2七角のところで3三桂と一回溜めてくると思う。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 葦原先輩の性格的に3三桂かな。

 このあたりは人読みも大事。

 僕は2分ほど使って、2九歩と7七桂を比較した。

 7七桂のほうが形勢判断をしやすい、という結論になった。

「7七桂」

 葦原先輩は扇子でポンと手のひらをたたいた。

「中央へ一気呵成いっきかせいですか……よろしい、受けます。3三桂」

 よし、やっぱり跳ねてきた。

 そのまま単騎で6五桂。

 4二金に2七歩と手をもどす。


挿絵(By みてみん)


 さあ、どうだろう。

 6五の桂馬を殺す暇はなくなった。

 葦原先輩はここで長考。

 先手、悪くないと思う。おそらくは2九角でムリやりこじ開けてくるはず。

 そこで3九飛と打って、1八角成、同香、同飛成までがワンセット。

 後手の飛車は死なないけど、角香交換までは保証されている。

 もちろんこれが葦原先輩の見落としとは思っていない。おそらくはなにか対案があって2八飛と打ったのだろう。その内容も、だいたい予想がつく。飛車の横利きラインに僕の王様が入っていることだ。

「……2九角」

 僕は3九飛と打つ。

 1八角成の次は……ちょっと味つけ。

 僕はすぐに同香とせず、8六角と打っておいた。

「ずいぶんと凝った指し方をするのですね」

「凝り性なので」

「なるほど、鳴門くんらしいですか……5二玉」

 ここで1八香。

 同飛成に僕は6九玉と引いた。


挿絵(By みてみん)


 これは次の2五桂対策。

 2五同桂、3七香のとき、王様が5八にいると取れない。

 ただ、一手空いてしまうのが怖い。

 葦原先輩も的確に突いてくる。6四香が打たれた。

 6六歩、2六歩、同歩、2七歩。

 うーん、このあたりまで算段があっての2八飛だったかな。

 軽く見過ぎた。

 とりあえず2九銀で追い返す。

 1七龍、3八飛、2六龍、7九玉、9四歩。


挿絵(By みてみん)


 ……混沌としてきた。

 先手から動け、っていう感じだけど……動かす駒もないんだよね。

 だったら角を打つしかない。

 僕はここで長考。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 5六角と打つ手があるかもしれない。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は鳴門くんの脳内イメージです。) 


 1二歩と打てれば、なんだけど……ちょっと狙いが露骨過ぎるか。

 後手からの止め方としては、3四歩、同角、2三銀かな。

 もっとパッとした手……いっそのこと5三桂成と成り込む?

 同金、6五歩、同香、3五角とか。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は鳴門くんの脳内イメージです。)

 

 こっちのほうがいい。

 角と龍の交換は必然。以下、3五同龍、同歩なら先手良し……だけど、今のは勝手読みだ。さすがにこの順には飛び込んでくれない。おそらく6五歩のところで同香とせず、3五歩で封殺されると思う。以下、6四歩、同歩、6八飛、7四桂の展開。

 さっきの5六角とどっちがいい?

 決めるなら5三桂成だ。じっくりいくなら5六角。

 葦原先輩の棋力からして、どっちのルートでも対応はされるだろう。

 だとすればどっちが僕の好みか、ということになる。

「……5六角」

 長期戦を選択。

 葦原先輩は扇子をひらいて、軽くあおいだ。

「……」

「……」

 この無言の緊張感、たまらないな。

 何年指してても慣れない。それとも僕だけなのかな。

 歓声もなにもあげないゲームって、力の抜き方がむずかしいよね。

 ライブだと一発大声でもあげれば、かえってリラックスできたりする。

 1分ほど経って、葦原先輩は3四歩と打った。

 1二歩、同香、3四角、2三銀、5六角。

 葦原先輩は王様に中指をそえて、6二玉と静かに寄った。


挿絵(By みてみん)


 また手渡しか……どうやら僕の自滅待ちみたいだ。

 これは長引くな。

 答えがあったら教えてもらいたい局面だ。

 観戦者のだれか、正解をこっそり……なんてね。

 僕は首にかけたヘッドセットをなおし、長考に沈んだ。

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