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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第42局 日日杯2日目(2015年8月2日日曜)
460/681

448手目 部分必至

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 六連むつむらくんの選択は、攻めの継続だった。

 囃子原はやしばらくんもこれは予想していたらしく、すぐに取った。

 9三桂、5五銀、8五桂──ん? まさかの端攻め?

 解説席の魚住うおずみくんは、

《9六歩からの端攻めっぽいですね》

 とコメントした。

 将棋仮面もうなずいて、

《5五銀は6四銀と出て封鎖する準備のようだな》

 と言った。

 けど、これには猫山ねこやまさんがつっこみを入れた。

「いえ、6四銀はちょっと危ないですね」

 私は理由をたずねた。

「6四銀に4四馬と覗かれて困ります。5五歩なら6六歩です」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 なるほどッ!

「猫山さん、強いですね」

「ニャハハ、変な御面をかぶってるお兄さんには負けませんよ。とりあえず、6四銀では止まらないので6四金と手堅く打つのが本筋です」

 本譜は猫山さんの解説通りに進んだ。

 4六歩、9六歩、6四金、6二馬、2四歩。

 穴熊の急所に手がついた。

 同歩、9六歩、9八歩、同香、9七歩、8六歩、9八歩成。


挿絵(By みてみん)


 端は突破できた。囃子原くんは8五歩と取り返す。

 魚住くんはニコニコ顔で、

《なんか後手持ちになってきましたね》

 と評価した。

 将棋仮面はさすがに中立的で、

《まだ互角だと思う》

 という返しだった。

 私は……うーん、むずかしい。

 後手はここからうまい攻めがあれば有利。

 ただ、持ち駒は桂香だけというのが、どうも。

 9二飛が一番分かりやすいんだけど、それは8一角成がある。

 私は猫山さんにも形勢をたずねてみた。

 猫山さんは小首をかしげて、

「形勢ですか……互角かと……玉形の差がどうしても気になりますが……」

 と答えた。

 最終的に寄せで穴熊が活きてきそう、ということか。

 猫山さんも具体的な手順は指摘しなかった。難解。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 そこに桂馬かあ。

「これは……受けっぽいですか? 1七桂成じゃ角は死にませんよね?」

「うニャーって感じの手ですねえ。裏見うらみさんがおっしゃるように、2筋の受けですか」

 ここで囃子原くんが初めて長考した。

 2分ほど考えて5七玉と立った。

 これもよく分からない。手が予想できなくなってきた。

 解説席の将棋仮面と魚住くんも、黙ってタブレットを見つめている。

 私はすこし整理する目的で、

「追加の桂香を打つ場所はなさそうなので、後手は8八とですよね。先手は2六歩で桂馬を殺しに来ると思います。そこで9二飛と寄っちゃいますか?」

 と提案してみた。

「ふむふむ……現状なら8一角成とされても、9六飛と走れます。ただ、先手にも馬ができてしまうので、寄せるのが大変になるような、ならないような」


 パシリ

 

 8八とが入った。先手は2六歩と置く。

 ここで9二飛なら私の正解──

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 不成ならずッ!? ぐッ……外れたうえに意味が分からない。

 これには将棋仮面もタメ息をついて、

《やれやれ、このバトルはレベルが高すぎる。視聴者に徹するしかあるまい》

 というコメント。魚住くんはあきれて、

《仕事しましょうよ、将棋仮面さん》

 と催促した。

《良質のバトルにギャラリーが割り込むのは無粋だろう……とはいえ、さすがにヒーローとしての責務は果たそう。1七桂不成は飛車を移動させる手だ。問題はなぜ飛車を移動させたいのか、ということだが、2五歩〜2四歩の取り込みが穴熊にとって厳しすぎるからだ。先手が2八飛で2筋に固執すると、1六桂、2七飛、2五歩と逆に突かれて、同歩なら2六香、1七飛、2八桂成。これは後手がいい。2五歩に1七飛も2八桂成、3六角、2六歩と突き越される恐れがある》

《2六歩は後手も危なくなってません? 2四歩とかありますよね?》

《そこは悩ましい。現時点で明確に後手がいいとは言えない》

 んー、細かい。とはいえ、今のは飛車を寄らないバージョンの解説だった。

 私は寄るバージョンの解説を担当する。

「寄るなら3九飛、9二飛、8一角成、の順が有力ですか?」

「……8一角成はしないかもしれないです」

「馬は作っておきたくありません?」

「馬を作っても受けに利いてニャイ気がするんですよねえ」

 その可能性はあるか──あ、動いた。

 

 パシリ

 

 囃子原くんは3九飛を選択した。

 六連くんは9二飛。ここで角を成るかどうか。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 そっちかぁ。囃子原くんは3筋を優先した。

 この段階で、のこり時間は先手が9分、後手が8分。

 忙しくなってきた。

 3七歩、3五歩、同馬、3七飛。

 先手は手順の妙を尽くして2六馬を阻止した。

 3六歩、同飛!

 私はこの手をみて、

「飛車馬交換は、先手陣に打ち込み放題じゃないですか?」

 と言った。

「先手になにか策があるのかもしれませんねぇ」

 策……私じゃ思いつかない。

 敵陣に迫る方法があるってこと?

 六連くんもこの手で少し止まった。

 けど、ほどなくして交換に応じた。

 3六同馬、同角、3九飛、8一角成、6一香。


挿絵(By みてみん)


 私は一瞬狙いが分からなかった。

「これは……9二馬なら同香のあとが難しい、という手ですね。よく見たら先手は入玉模様になっているので、6筋からのトライを消しておく必要があります」

「ニャンともまあ複雑怪奇になってきましたが、まだまだ互角です」

 7三金、9六飛、6六玉。

 囃子原くんの方針は入玉優先だった。飛車を放置。

 7九飛成、5八金右、8七と、7一馬。

 この瞬間、将棋仮面が反応した。

《死活の選択肢だ。これは命運を分けるぞ》

 え? どういうこと?

 将棋仮面が解説するよりも早く、六連くんは8六とと引いた。


挿絵(By みてみん)


 ……あ、そういうことか。

 次に7六と、同銀、同龍、5七玉、5六龍がある。

 先手は受けないといけない。

 魚住くんはそわそわして、

《もしかして後手良しになりました?》

 とたずねた。

《まだ断言はできない……が、単に7五玉からの入玉狙いもあった。そちらのほうが危険という判断だったのだろうが、本譜も相当に危険だ》

 囃子原くんは7八桂と受けた。

 ここからは六連くんの猛攻が始まった。

 5七歩、8六桂、5八歩成、同金、8一桂、7四金、8六飛、6一馬。


挿絵(By みてみん)


 入玉……できそう?

 私は「飛車金だけで入玉を止めるのは難しいような……」とつぶやいた。

 猫山さんもうなずいて、

「どこかで犠打が必要ですね」

 という回答だった。

 なにかある? 8一桂がヌルかったんじゃない?

 ここで六連くんは長考──したいところだけど、もう時間がない。

 

 ピッ……ピッ ピッ ピッ ピーッ! パシリ!

 

 8二桂と重ねた。

 囃子原くんはこれを無視して6四歩。

 以下、8五飛に7五金のぶつけが入った。

 もう一回8六飛と逃げる? でもさすがに入玉されそう。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ! パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 逃げなかったッ!

 これは猫山さんが言っていた犠打だ。

 8五金と取らせているあいだに、6五金でムリヤリ押し戻す作戦だ。

 将棋仮面はうなった。

《先手の入玉はなくなった……が……》

 そう、入玉はなくなったけど、後手が寄る可能性も出てきた。

 後手が寄らないのは飛車で攻められていなかったからだ。

 ここで囃子原くんも1分将棋に。


 ピッ ピッ ピッ ピーッ!

 

 囃子原くんは8五金で飛車を回収した。

 6五金、5七玉、8五桂、8三馬、7四歩、6六銀引、同金。

 さすがに先手が寄りそう?

 同玉、5四金。

 六連くんは再度入玉を封じた。


 ピッ ピッ ピッ ピーッ! パシリ!

 

挿絵(By みてみん)


 攻めた。当然だけど、縦から攻めたのは意外だった。

 六連くんは前傾姿勢になって考え込んでいる。

 ときどき首をかしげていた。

 魚住くんはハラハラしながら、

《後手はまだ寄らないですよね?》

 とたずねた。

《歩切れなのが痛いな。歩があれば3五歩一発で受かる》

 歩は落ちて……ない。

 私もコメントしないといけないと思って、

「このかたちは3四飛〜2三桂の放り込みから3一飛成でいきなり寄ります」

 と解説した。猫山さんもうなずいた。

「ですねぇ。後手は桂馬を渡しにくいはずです」

「でも、どこかで渡さないと寄らないようにも見えませんか?」

「たしかに」

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ!

 

 六連くんは7七桂成。これは桂馬を渡す展開になりそう。

 3四飛、6五銀、5七玉、4四金、3八飛、6七成桂、同金。

 ついに桂馬が渡った。

 6六銀打、4八玉、6七銀成、2三桂、同銀、3一飛成。


挿絵(By みてみん)


 詰めろだ。しかも受けにくい。

 六連くん、いきなり帽子を脱いで髪をいじったあと、それを被りなおした。

 魚住くんは、

《あちゃ〜、あれは焦ってるときの癖ですね》

 とコメントした。そうなのか。

 六連くん、踏ん張りどころ。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ! パシリ

 

 3二金が打たれた──けど、これは私にも見える筋があった。

「2二銀、同金、3三金で必至……いえ、部分必至です」

「ニャンともそのようです。3九龍から解除はできそうですが」

 そう、3九龍〜3三龍で金を抜けば解除できる。だから部分必至だ。

 囃子原くんもさすがに見落とさなかった。

 2二銀、同金、3三金が置かれた。


挿絵(By みてみん)


 さあ、先手がどうなるか。

 必至を解除するためには、3三龍まで全部王手で持ち込まないといけない。

「5七成銀に同玉で詰まないようだと、必至は解除できません」

「ですです。だけどそれは詰みます。5七成銀、同玉、5九龍、5八金、5六銀、同玉、5八龍、6六玉、6七金、6五玉、5五龍までです。7四の歩が桂馬で支えられていますから、入玉できません。5八の合駒を他に変えても詰みですし、5六銀に6六玉と左辺に逃げようとしても詰みます」

 猫山さん、読みが速過ぎる。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ! パシリ

 

 5七成銀が指された。

 囃子原くんはノータイムで3七玉と逃げた。

 4七成銀、3六玉、3九龍、4七玉、3三龍。

 なんと解除成功。

 同龍、同金、2二銀、同玉、5二飛、3二金打。


挿絵(By みてみん)


 あ、これは──

「後手良しですね」

「ニャハハ、そのようです」

《後手優勢だ》

《ですねえッ! 昴くん優勢ッ!》

 解説陣の見解が一致した。

 囃子原くんは3七香。

 六連くんは椅子に座りなおしてから、8七飛と王手した。

 3八玉、4七銀、2七玉、5六銀引成、3八歩、4六成銀、1七玉。

 あの桂馬がようやく仕事を終えた。

 まさか最終盤まで残るとは。

 六連くんは3七成銀、同歩、同飛成と切って決めに出る。

 2七金、2五桂。

 

挿絵(By みてみん)


 ……寄った。

 そう思った瞬間、囃子原くんが一礼した。

 会場が湧く。

《昴くん勝利ッ! これで全勝者が消えましたね》

《みごとな終盤だった。先手の勝ち筋もどこかにあったと思う》

 魚住くんはほんとうにうれしそうだった。

 一方、私は大きく脱力。

 ふぃいいいいい……疲れた。

 私の横で静観していた松平まつだいらは、

「おつかれさん」

 と言ってくれた。

「2局連続で長手数なのは参ったわ」

「変な口実で割り込まないほうがよかったんじゃないか?」

 グサッ!

 私はきびすを返した。

「はぁ、ランチに誘おうと思ったけど、べつのひとにしましょ」

「裏見さん、ちょっと待ってッ! ご一緒させてくださいッ!」

「ニャハハ、口は災いのもとですよ……あ、観戦者のみなさん、喫茶店八一やいちをよろしく」

場所:第10回日日杯 2日目 男子の部 7回戦

先手:囃子原 礼音

後手:六連 昴

戦型:先手ダイレクト向かい飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲5六歩 △8八角成 ▲同 飛 △5七角

▲6八銀 △2四角成 ▲8六歩 △4二玉 ▲8五歩 △3二玉

▲6六歩 △6二銀 ▲6七銀 △5四歩 ▲6八金 △2二玉

▲1六歩 △5三銀 ▲4八銀 △1二香 ▲1五歩 △1一玉

▲5七銀 △2二銀 ▲7七桂 △4四銀 ▲8九飛 △9四歩

▲4八金 △9五歩 ▲5八玉 △3一金 ▲3六歩 △5五歩

▲同 歩 △同 銀 ▲2六歩 △3五歩 ▲同 歩 △同 馬

▲5六歩 △4四銀 ▲4六銀 △2四馬 ▲2七角 △5二金

▲3七桂 △5三金 ▲4五桂 △5二金 ▲6五桂 △3六歩

▲同 角 △3五銀 ▲2五歩 △3四馬 ▲3五銀 △同 馬

▲3七歩 △3四銀 ▲4六銀 △4四馬 ▲2九飛 △6四歩

▲5三桂左成△同 金 ▲同桂成 △同 馬 ▲1八角 △6五歩

▲同 歩 △9三桂 ▲5五銀 △8五桂 ▲4六歩 △9六歩

▲6四金 △6二馬 ▲2四歩 △同 歩 ▲9六歩 △9八歩

▲同 香 △9七歩 ▲8六歩 △9八歩成 ▲8五歩 △2五桂

▲5七玉 △8八と ▲2六歩 △1七桂不成▲3九飛 △9二飛

▲3六歩 △3七歩 ▲3五歩 △同 馬 ▲3七飛 △3六歩

▲同 飛 △同 馬 ▲同 角 △3九飛 ▲8一角成 △6一香

▲7三金 △9六飛 ▲6六玉 △7九飛成 ▲5八金右 △8七と

▲7一馬 △8六と ▲7八桂 △5七歩 ▲8六桂 △5八歩成

▲同 金 △8一桂 ▲7四金 △8六飛 ▲6一馬 △8二桂

▲6四歩 △8五飛 ▲7五金 △7三桂 ▲8五金 △6五金

▲5七玉 △8五桂 ▲8三馬 △7四歩 ▲6六銀引 △同 金

▲同 玉 △5四金 ▲3七飛 △7七桂成 ▲3四飛 △6五銀

▲5七玉 △4四金 ▲3八飛 △6七成桂 ▲同 金 △6六銀打

▲4八玉 △6七銀成 ▲2三桂 △同 銀 ▲3一飛成 △3二金

▲2二銀 △同 金 ▲3三金 △5七成銀 ▲3七玉 △4七成銀

▲3六玉 △3九龍 ▲4七玉 △3三龍 ▲同 龍 △同 金

▲2二銀 △同 玉 ▲5二飛 △3二金打 ▲3七香 △8七飛

▲3八玉 △4七銀 ▲2七玉 △5六銀引成▲3八歩 △4六成銀

▲1七玉 △3七成銀 ▲同 歩 △同飛成 ▲2七金 △2五桂


まで186手で六連の勝ち

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