エスパーと魔法使い、ときどき宇宙人(1)
※ここからは飛瀬さん視点です。
どうも……捨神くんといっぱいおしゃべりした、飛瀬カンナです……。
今日は、ジャビスコこども将棋祭りのメンバーを集めに来ました……。
鎌鼬市の駅前……緑がきれい……。
「静ちゃんは、どこかな……」
締め切りは一週間前だから、今日中に話をつけないと……。
(ここだよ)
振り返ると、水色のTシャツにズボンを履いた、前空静ちゃんがいた。
静ちゃんは、ウェーブのかかった髪がキレイ……顔は少年っぽいけど……キリッとした眉毛に、クールな瞳……私とは、だいぶ違う……。
それにしても、この少女……直接脳内に……。
(遅れてごめんね……)
(電車で来たの?)
(宇宙船のトランスポーターで……最近、機械の調子が悪い……)
私が答えると、静ちゃんはくすりとした。
(その冗談、おもしろいよ)
冗談じゃないんだけどな……あとで整備課に連絡しないと……。
「ところで、美沙ちゃんは……?」
テレパシーは疲れるから、舌を動かす。
(残念だけど、今日は来れないんだって)
え……ここに来た意味ないし……。
(その代わりに、こんなのもらったよ)
静ちゃんは、ポケットから水晶玉を取り出した。
そして、それを宙に浮かせる。サイコキネシス。
「ここだと目立たない……?」
(そうだね、あっちの公園へ行こうか)
私たちは、ひとけのない公園へと移動した。
なるべく人目につかない、隅っこのベンチを選ぶ。
「で……さっきの水晶玉が、どうかしたの……?」
(あわてない、あわてない)
静ちゃんは、空中に浮かんだ水晶玉をこすった。
すると、眩い光があふれて、黒づくめの少女が姿を現す。
黒木美沙ちゃん。
ショートヘアだけど、もみあげが胸元まである……長過ぎ……。
《こんにちは、カンナ先輩、静先輩》
(こんにちはぁ)
「こんにちは……ひさしぶりだね……」
《おたがいに忙しかったですから》
「これ……どうやって通信してるの……ホログラム……?」
美沙ちゃんは、三角帽子の角度をなおす。
《魔法に決まってます》
魔法……地球人のナゾ技術が、またひとつ……。
ときどき、宇宙連合にもないテクノロジーが飛び出すから困る……。
こういう辺境の星には、失われたなにかがあるのかも……。
《で、今日はなんの用ですか?》
私は、用件を伝えた。
すると美沙ちゃんは、渋い顔をした。
《ジャビスコこども将棋祭り……興味ありませんね》
「そこをなんとか……」
(そうだよ。これはカンナちゃんの恋がかかってるんだから)
さすがは静ちゃん……分かってる……。
女子の部で優勝して……捨神くんのまえで、ええかっこしたいんです……。
《そんなに恋がしたいなら、惚れ薬でも作ってあげましょうか?》
「異性を獲得する薬物の使用は、宇宙条約で禁止されてるから……」
《そこは悪魔に魂を売るんですよ》
えぇ……どういうことなの……宇宙刑務所には行きたくない……。
(美沙ちゃん、ダメだよぉ。悪の道にひきずり込むなんて)
《ふむ、考えてみれば、宇宙人の魂じゃ契約できないかもしれませんね》
(アハハ、美沙ちゃん、宇宙人なんていないよ。オカルトすぎぃ)
なぜそういう結論になるのか……これが分からない……。
美沙ちゃんは腕組みをして、フムとため息をついた。
《しょうがないですね。私とカンナ先輩の仲ということで、引き受けます》
「ありがとうございます……」
《但し、謝礼として、月の石をひとつください》
「100個でも200個でも、どうぞ……」
こうして、私たちは交渉を成立させた。
これって、友情なのかな……よく分からない……。
地球の本によれば、女同士の友情は成立しないらしいけど……。
《用件は、以上ですね。では、さようなら》
(えぇ、ダメダメ、せっかくだから将棋指そうよ、将棋)
静ちゃんは、ほんとに将棋が好き……私も好き……。
《すこしくらいなら……盤は用意してあるんですか?》
(いつもの布盤でいいよね)
静ちゃんはポケットから緑色の布を取り出して、ベンチのうえに広げた。
白い枠の模様が入っていて、これがマス目。
(魔法使っちゃダメだからね)
《超能力も禁止です》
「スペーステクノロジーも禁止……」
そこで静ちゃんは笑った。
(アハハ、カンナちゃん、宇宙人はいないんだよ、これ定説)
なぜ魔法使いよりも宇宙人のほうが信じられないのかと……小一時間……。
《最初は、私が抜け番でいいですよ。30秒数えます》
(カンナちゃん、よろしくね。7六歩)
静ちゃんは、間髪置かずに指してきた。
先後決めてないのに……。
「よろしく……8四歩……」
(6八銀)
矢倉……最近は先手番の勝率が落ちてるのに、受けてきた……。
静ちゃんは居飛車党だし、私よりも確実に強い……。
3四歩、6六歩、6二銀、5六歩、5四歩、4八銀、4二銀、5八金右。
どこかで手を変えたい……。
3二金、7八金、7四歩、6九玉、4一玉、6七金右。
「ここかな……5三銀右……」
静ちゃんは、へぇという顔をした。
(矢倉中飛車かな?)
「さぁ……どうでしょうか……」
《あんまり変わったことは、しないほうがいいですよ。平凡が一番》
魔法使いに言われたくない……。
《20秒、1、2、3、4、5》
(2六歩)
速攻には速攻……常識的な手が返ってきた……。
8五歩、2五歩、8六歩。先に仕掛ける。
(んー、同歩)
「同飛……」
(8七歩。どこに引くのかな?)
難しい質問だけど……。
ここはどうかな……?
(そこで頑張るの? むずかしくない?)
「むずかしいのは百も承知ということで……」
静ちゃんは29秒まで考えて、2四歩と突いた。
同歩、同飛。
「3一玉……」
(えぇ? 二重にがんばるの?)
「恋も将棋もがんばるって決めたから……」
《だったら、告白すればいいじゃないですか。うまくいくかもしれませんよ?》
それはできません……恋は穴熊流……。
(この出だしは、全然予想してなかったよぉ)
静ちゃんは困ったのか、腕組みをして考え始めた。凛々しい。
私も続きを読む。2八飛と引いたら、2五歩と止められないかな……?
《20秒、1、2、3》
(3六歩)
引かなかった……ここで2五歩は3四飛、3三銀、3五飛で殺せない……最初の構想にムリがあったかも……2五歩に3七桂、3三角、2五飛、同桂とでもしてくれればいいんだけど……2九飛で王手桂取りになるから……。
「2三歩」
私は飛車先を押さえた。
2八飛、4四歩、7七銀。
最初からやり直しになったね……プランを再考しないと……。
「4三銀」
飛車先は切られたから、3三銀は意味がない……角の展開を目指す……。
7九角、3三角、1六歩……突き返せないよね……5一角……。
ここで、静ちゃんも小考。
(7三角を防止したいけど、これでいいのかな)
もしかして、4六角を読んでる……?
4六角、7三角、同角成、同桂……7五歩……?
(※図は飛瀬さんの脳内イメージです。)
同歩は7四歩、同飛は8四角……これはマズい……。
取らないのはあるかな……? 8一飛、7四歩、8五桂、7三歩成……。
(4六角)
上がってきた……今の順は、絶対読んでるはず……。
私は続きを読む。
7三歩成……7七桂成、同金寄、6四角で消せる……? でも、そこで4六角と合わせる順があるかな……同角、同歩、6四角の打ち直しに意味があるかどうか……。
《20秒、1、2、3、4、5、6、7、8、9》
「6四歩……」
私は、角交換の筋を避けた。
ちょっと消極的だったかな……30秒じゃ読み切れない……。
(3七桂)
「5二金……」
もう雁木にしよう……そうしよう……。
私の指が離れたとたん、静ちゃんはニッコリと笑った。
(それ、危ないよ)
「え……なんで……?」
言葉でもテレパシーでもなく、指し手で答えが返ってきた。1五歩。
「端攻め……あッ」
このままだと、完璧に端が潰れる……1四歩、同歩、1三歩くらいで……。
(ね、歩が足りてるんだよ)
「これはしょうがないから……2二金……」
(6五歩)
これも厳しい……取れない……だいぶ形勢を損ねたかも……。
「やっぱり、8五飛は頑張り過ぎだったね……」
《後悔先に立たず、最善を尽くすしかありません》
美沙ちゃんの言うとおり……とりあえず7三桂と跳ねる……。
6四歩の取り込みに、4五歩……これを同桂は、4四銀右で桂馬が死ぬ……。
(5七角は6五桂だから……6八角)
静ちゃんは、冷静に角を引いた。
6四銀、1四歩、同歩、1三歩。ついに端攻めが始まった。
これは取れないから……なにかほかの手を……。
《20秒、1、2、3、4、5、6、7、8》
「あわわ……6二角……」
よく分からない手を指してしまった……。
(あ、それいい手だね)
しかも褒められた……けがの功名……。
(1四香は1七角成で困るし、2五桂は狙いが明確じゃないから……)
静ちゃんは29秒まで考えて、7九玉。
こういう曖昧なのは苦手……手渡しされたのかな……?
8四飛〜7五歩と攻めたいから……あ、5七角が飛車当たり……。
(※図は飛瀬さんの脳内イメージです。)
いきなり6五桂は、8四角、同角、8一飛、5一角あるいは5一角打……そこで6六銀とあがって、どうなるか……それとも、飛車を先に逃げる……? 飛車を逃げたあとで手がなければ、今度こそ6五桂がある……どっち……?
私は手をとめて、空中にさまよわせた。
「どうしよう……最初から飛車を安全な場所にする手も……」
《20秒、1、2、3、4、5、6、7、8》
「8三飛……」
深く引いてみました……。
静ちゃんは、両手の人差し指を立てて、くちびるに添える。
(角がいる限り、1四香と走れないんだよね。参ったなあ)
あんまり参ってないように見えるんだけど……。
(こういうときは戦線拡大。3五歩)
同歩なら、今度こそ1四香……? 3五同歩、1四香、3六歩、1二歩成、同香、同香成の順は、決まっちゃってる気がする……同金、2五桂、1七角成、3八飛とか……飛車がすぐ戦線復帰できるのが大きい……。
私は29秒を読まれたところで、7五歩と突いた。
こっちも戦線拡大する……。
3四歩、4四角、6六歩。
「がっちりしてるね……」
(手抜くのも、ちょっと考えたよ)
2五桂と8五桂のどっちが速いか、みたいな勝負だったと思う……。
本譜は方針がはっきりしてきた……7六歩……。
(厳しいなあ。同銀か同金か)
同金なんじゃないかな……? 同銀は銀が死ぬし……って、銀で取った……。
私は7五歩と置いて、銀をころす。6五銀なら同銀、同歩、9九角成で……。
(3三歩成)
やっぱり攻めてくるよね……同桂……。
2四歩、同歩、7四歩……2四歩を入れてくるのが、いやらしい……。
「これはもう行きがけの駄賃……7六歩……」
7三歩成、同銀、2四飛……2三歩、いや……さきに8六歩……。
(いいタイミングだね。これは放置できないから、同歩)
私は2三歩と止めて、静ちゃんは1四飛と寄った。
うーん……なにか手は……例えば、5八銀と打って、5七金寄なら6七歩……これが効くから、金は逃げないはず……5八銀。
私の銀打ちに、静ちゃんは5七金としかけた。あわてて手を引っ込める。
(あ、そっか、逃げても意味ないね)
1筋が突破されることもなさそうだし、盛り返したかも……。
《20秒、1、2、3、4、5、6》
(7五桂)
露骨なの、きました……8二飛……。
(3四歩)
これも厳し……ん……?
あれ……これって、こうしたらどうなるのかな……?
《20秒、1、2、3、4、5、6、7、8》
私は1三香と走った。
(……あッ!)




