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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第42局 日日杯2日目(2015年8月2日日曜)
459/682

447手目 潰れた抜け番

※ここからは、香子きょうこちゃん視点です。第7局開始時点にもどります。

 いやはや、疲れた。初戦から持将棋模様になるんだもの。

 次が抜け番じゃなかったら、クタクタになるところだった。

 私はエレベータで一般会場へ降りた。

 さすがに日曜日だけあって、満員御礼に近かった。

 社会人もけっこう来ている。

 駒桜こまざくらのメンバーは……あ、いたいた。椅子に座ってる飛瀬とびせさんを発見。

 私は人ごみをかきわけて、飛瀬さんに声をかけた。

「飛瀬さん、おはよ」

「あ、おはようございます……抜け番ですか……?」

 さいです。

 手前のモニタをみると【しばらくお待ちください】の文字が。

「ここは捨神すてがみくん応援団?」

「はい……今日こそ応援していきますか……?」

「ごめんなさい、ちょっと観たい対局があるから……松平まつだいらはどこ?」

「観戦のふりしてデートちゃんですか……?」

 私は飛瀬さんのひたいに軽くチョップした。

「いたた……地球人はすぐ暴力を振るう……松平先輩なら1番モニタです……」

 おっと、観たい対局のところにいるのか。一石二鳥だ。

 私は1番モニタのほうへ移動──ぐはぁ、もう人だかりができてる。

 さすがに人気局だけあって、来るのが遅かった。

 私が隙間をさがしていると、

「おーい、ポニテの姉ちゃん」

 と言う不破ふわさんの声が聞こえた。

 みると、私のうしろでポケットに手を突っ込み、飴玉あめだまを舐めていた。

「不破さんもここを観るの?」

「んー、師匠戦を観るけど、ポニテの姉ちゃんが困ってるんでね、助太刀」

 意味が分からない──と思った瞬間、不破さんは、

「おーい、スタッフが通るぞぉ」

 と言って、道を開けさせ始めた。ちょっとちょっと。

 不破さんはスタッフじゃないでしょ。ところが、観客は私のほうをみて、

「あ、解説のお姉ちゃんだ」

「おーい、スタッフ来たぞ、空けてくれ」

 と言い、なぜか通してくれることに──申しわけないけど入らせていただきます。

 ススッとあいだを通ると、前列に松平が立っていた。

 松平は私を見て、

「スタッフって裏見うらみだったのか。現地解説もすることになったのか?」

 と言った。

 解説? 私がここで? ……ん? 周囲の視線が──

「生解説してくれるのか、いいねぇ」

「お姉ちゃんよろしくね」

 ちょっと待ってッ! 私がここで解説するのッ!? ひとりでッ!?

 スタッフ設定で割り込んだのは事実……いや、だけど……。

 私が困惑していると、うしろのほうで、

「ニャハハ、お困りのようですね」

 という、聞き慣れた声が聞こえた。猫山ねこやまさんが姿を現す。

 右腕に竹編みの籠をかけていた。お菓子を盛ってある。

 メイド服を着ていたから、スタッフだと思われたらしい。

 またスペースを作ってもらえた。

 猫山さんは犬歯をのぞかせながら、

「ふたりならだいじょうぶでしょう……あとでお菓子を買ってくださいね」

 と小声でつぶやいた。

 うーん、商売上手。とはいえ、これは助かった。

 そうこうしているうちに、画面に対局風景が映った。


【先手:囃子原はやしばら礼音れおん(O山県) 後手:六連むつむらすばる(H島県)】

挿絵(By みてみん)


 六連くんが後手か。

 対局はまだ始まっていなかった。

 正式な解説者は──将棋仮面と魚住うおずみくんか。

 これはあれですね、魚住くんが頼んだんじゃないかしら。

 私が憶測するなか、対局は始まった。

 ふたりの一礼する姿が、天井カメラに映ったのだ。

 7六歩、3四歩、5六歩、8八角成、同飛。


挿絵(By みてみん)


 うわッ、いきなり変則的な出だしになった。

 ここで将棋仮面のコメントが入る。

《ふむ……囃子原礼音はオールマイティと聞いているが、まさかの出だしだな》

 魚住くんは、

《昴くんがどう対応するか楽しみですねえ》

 と、ちょっとうれしそう。

 魚住くんは六連くんを個人的に応援してるっぽいのよね。

 まあべつに私情が入ってもいいとは思う。

「ニャハハ、解説の裏見さん、私たちも始めましょうか」

「あ、はい……現状の成績は、囃子原くんが全勝、六連くんが5勝1敗ですね」

 会場を出るまえに、ちらっと確認してあった。

 情報を仕入れといてよかった。

 猫山さんは、

「ここから5七角と打って、6八銀に2四角成が本線ですか。6八角は8四角成と逆に成られて損です。6八に角がいても組みにくいだけニャンですね」

 と、すらすら解説を入れた。

 猫山さんひとりでも大丈夫そう。

 そういえば猫山さんって、大盤解説のバイトもしているらしい。

 だとすればお手のものってことか。

 将棋仮面も負けじと(?)解説を入れてきた。

《ダイレクト向かい飛車を採用したのは、六連くんの研究を避けたものだろうか?》

《え、なんでそう思うんですか?》

《ヒーローの勘だ》

 適当仮面。

 あんまりガチで解説されるとハードルが高くなるから、助かると言えば助かる。

 本局は猫山さんの読みどおりに進んだ。

 5七角、6八銀、2四角成、8六歩、4二玉、8五歩、3二玉。


挿絵(By みてみん)


 うーん、解説しにくい。

 とりあえずそれっぽいことを言っておく。

「先手は馬を作らせた代償が必要ですね……角が手持ち、というだけでは足りないので、穴熊に組ませないようにするか……あるいは8筋を抑え込んでいるのを利用して、穴熊に組ませたうえで潰す感じでしょうか」

「ふむふむ……穴熊に組ませないのは、ちょっとムリかもしれニャイです」

 ですね。本命は後者。

 後手が穴熊の動きを見せたら、そのまま潰しにいくパターン。

 いずれにせよ、相当自信がないと指せない順だ。

 囃子原くんはスーツを着て、堂々とした対局姿勢。

 六連くんはラフな白地のシャツに、いつものツバ付きスポーツキャップ。すこし椅子に寄りかかるように座っていた。

 将棋仮面はこれをみて、

《六連くんの座り方は腰に悪いぞ》

 と、また将棋と関係ないコメント。

 うーん、わざとコントをしてる気がしてきた。

 そのあいだも局面は進む。

 6六歩、6二銀、6七銀、5四歩、6八金、2二玉、1六歩。

 端を突いた。これは私たちの解説通りになりそう。

 5三銀、4八銀、1二香、1五歩、1一玉。


挿絵(By みてみん)


 穴熊vs急戦──だけど、先手から仕掛ける余地、ある?

 じぶんで言っておいてなんだけど、ここから速攻はむずかしいような?

 猫山さんもマジメに考えながら、

「これは藤井システムの応用っぽいですが……居玉のままいくかどうか……」

 とつぶやいた。

 私は「居玉はさすがに危なすぎませんか?」とたずねた。

「そうですね……このまま5七銀と上がるとしても、4八玉とするのは危険です。先手は右辺をどうまとめるのやら」

「2四に馬がいるので、4六歩〜4七銀の組み合わせもできないですね」

「ええ、ええ、それに6八金とした以上は、5七銀の準備だと思います」

 猫山さんの予想は当たった。

 囃子原くんは5七銀として、2二銀、7七桂、4四銀、8九飛。


挿絵(By みてみん)


 そう来ますかぁ……なんか右玉っぽい方針?

 ただ、右に王様を移動する余地はない気がする。

 魚住くんもおなじことを思ったようで、

《将棋仮面さん、先手は王様をどうするんですか?》

 とたずねた。

《後手のかたちを無視するなら、4九玉と右に入りたいところだ……が、やはり藤井システムの応用だろう。研究を披露しているのは、どうやら囃子原くんのようだ》

《ほんとうに藤井システムもどきなら、5八玉ですかね》

 ん? 魚住くんの指摘、一理ある。

 藤井システムもどきなら、5八玉と一回立つかもしれない。

 私はこれに便乗して、

「5八玉と立って、地下鉄飛車を見せるのはアリですか」

 とコメントした。

 猫山さんも同調してくれた。

「ありえます。後手は角の打ち込みや馬消しを警戒しないといけないので、すんなり4枚穴熊へは持っていけません。そのあいだに地下鉄飛車まで組む余裕はあります」

 先手、一見めちゃくちゃなようでかなり合理的。

 これが囃子原くんの棋風か。

 私が感心していると、画面の向こうで魚住くんが、

《囃子原のあんちゃんの向かい飛車を、昴くんは想定してたかもしれないです》

 とコメントした。

 将棋仮面も反応して、

《これが想定の範囲内? ……どういう推理か教えてもらいたい》

 とたずね返した。

《昴くんはカードゲームであいての作戦を当てるのがうまいんですよ》

 カードゲームと将棋は違うような?

 よくわからない。ああいうのはやったことがないから。

 将棋仮面も《そうか》と言っただけで、具体的なつっこみを入れなかった。

 9四歩、4八金、9五歩、5八玉。

 やっぱり立った。

 3一金、3六歩、5五歩。


挿絵(By みてみん)


 おっと、いきなり仕掛けた。

 これには会場もざわつく。

 将棋仮面もうなって、

《予期しない段階で仕掛けたな……同歩、同銀、5六歩ならただの交換だが……》

 というコメント。

 魚住くんも、

《3七桂が先かと思いました》

 と言った。

 5五同歩、同銀、2六歩。

 5六歩で収める予想も外れた。ただ、この手で少し方針がみえてきた気がする。

「ニャルほど、だんだん分かってきましたよ」

「地下鉄飛車じゃなくて、2九飛の回り込みが本命っぽいです?」

「もう少し多面的な手ですね。2筋と5筋の両方を見ています」

「5筋?」

「4五桂と6五桂の両跳ねで殺到する順です」

 同時侵攻ってことか。でもそんな余裕ある?

 5筋は特に反動がきついと思うんだけど。

 囃子原くんはいったいどうまとめるつもりなのかしら。

 当然に六連くんも動き出した。

 3五歩と逆に仕掛けて、同歩、同馬、5六歩と収めさせる。

 以下、4四銀、4六銀、2四馬と進んだ。

 ここで囃子原くんの手が持ち駒に伸びた。

 駒音がスピーカーから響く。


挿絵(By みてみん)


 え? 2筋をじぶんで封鎖した?

《……なるほど、3六歩対策か》

 将棋仮面の一言で合点がいった。

 3筋が清算されてるから、3七桂に3六歩と打てるのだ。

 だけど疑問がある。魚住くんが代弁してくれた。

《3六歩を消すためだけに角を手放すんですか?》

《バランスが取れているかどうかだが……位置的には遠見の角だ》

《遠見の角? ……あ、1八角に打ったのと似てるってことですか?》

《そうだ。もしかすると狙いは左辺なのかもしれない》

 それはどうなの? 攻めるポイントがなくない?

 現時点で6三の地点を睨んでるけど、5二金でなんともないはず。

 私はさすがに疑問に思って、猫山さんに、

「4五桂と跳ねたときに支えるため、というのが尤もらしくありませんか?」

 とたずねた。

「うーん、それもありそうですねぇ」

 あいまいな返事。とりあえず様子をみる。

 5二金、3七桂、5三金、4五桂。

 後手は飛車の横利きを広げた。先手はそれを咎めたかっこうだ。

 5二金、6五桂(中央に殺到しそう)、3六歩、同角、3五銀、2五歩。


挿絵(By みてみん)


 こ、これは機敏だ。

 3六銀、2四歩の取り合いは後手が損。

 六連くんは3四馬と逃げた。

 以下、3五銀、同馬、3七歩で銀交換が成立する。

 六連くんは3四銀で桂馬を狙ったけど、これは4六銀で阻止された。

 4四馬に2九飛。


挿絵(By みてみん)


 先手、あっという間に理想的なかたちに組み替えた。

 猫山さんはニャハハと特有の笑い方をした。

「これは参りました。解説が当たらない展開です。この組み換えが5五歩の時点で見えていたとしたら、さすがとしか言いようがありません。とはいえ、六連くんの消費時間も気になるところです」

 私はのこり時間を確認した。

 画面上のバーに表示されている。

「先手が20分、後手が……おなじく20分ですか。まだたっぷりありませんか?」

「たっぷりあるのが不思議なんですね。先手の手が早いのは、そこそこ理解できます。準備してきた局面っぽいですからね。でも後手がそれについて来ているということは、事前に読めていたような雰囲気を感じさせませんか」

「……魚住くんが言うように、相手の戦法を事前に読めてたってことですか?」

「ありえなくはないと思います」

 う、うーん、それって人外の領域なのでは……いや、そうでもないか。

 プロでも初手でお互いの方針が分かることがあるみたいなのよね。

 過去の膨大な対戦状況から推測できる可能性はある。

 いずれにせよ、ここで後手が長考している。もう2分以上経っていた。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 攻めたッ! しかもかなり怖いところから。

 囃子原くんは5三桂左成として、同金、同桂成、同馬と清算した。

 これで金と桂2枚の交換。先手が損だ。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 会場が静まり返る。

 ほ、ほんとに遠見の角にするんだ。

《将棋仮面さん、当たりましたね》

《当たったが、まったく分からなくなった。形勢は互角のようだが……ひとまず、この手渡しに後手がどう応じるかだ。動かせる場所はほとんどない》

 また長考しそう? ……いや、すぐに動いた。

 六連くんが選んだ手は──

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