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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第42局 日日杯2日目(2015年8月2日日曜)
458/683

446手目 愛の逃避行

※ここからは、温田おんださん視点です。

挿絵(By みてみん)


 ……むずかしくなっちゃったの。

 互角だと思うけど、バランスを崩さないように指すのはたいへんっぽいの。

 もえちゃんは全勝中だから、ここで止めておかないといけないの。

 一番槍はみかんにお任せなの。

「5三銀なの〜」

「3五歩」

 盛り返す気なの? ……あ、もしかして5三角成って切るの?

 それならこっちにも考えがあるの。

「4四金なの〜」

 案の定、5三角成と切ってきたの。

 同金、4二銀、5二銀、3三銀不成、2三飛。


挿絵(By みてみん)


 ちょっとかたちが苦しいけど、先手も3筋は渋滞してるの。

 4四銀成、同金、7五歩、5七角。


挿絵(By みてみん)


 これで止めるの。

 萌ちゃん、ふーんって感じでこの手を見たの。

「さて、7筋は受かるのかな?」

 挑発禁止なの。かかってこいなの。

 7四歩、7五香、6八金。

 角は死んじゃってもオッケーなの。切り返すの。

「食らうの〜3九角成なの〜」

 同飛、2八飛成。

「7筋がガラ空きだよ。7三歩成」

 同桂、7四桂──これが詰めろなのは痛いの。

「7一銀なの〜」

 萌ちゃんは6九飛と逃げたの。ここは考えどころになったの。

 のこり時間は、みかんが12分、萌ちゃんが15分。

 10分切るまでに考えをまとめるの。

 まず、一番やりたいのは7七歩なの。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は温田おんださんの脳内イメージです。)


 狙いは単純なの。7八歩成、同金、同香成の詰めろ〜。

 これがあるから、みかんのほうが悪いとは思ってないの。

 問題はここで萌ちゃんがなにをしてくるかなの。

 例えば3七角で龍を消しに来るの? これは有力なの。無視して7八歩成だと、2八角で後手が寄りコースになっちゃうの。以下、8八と、同玉、7九銀、同飛、同香成に6二金、8一玉(同銀は8二飛から詰むの)、7一金、9二玉(同玉は8二銀から詰むの)、9四飛と上から打って、9三金、8一銀までなの。途中、7九銀じゃなくて6九とで飛車を回収するのは、先手玉が安泰すぎてアウトなの。

 というわけで、3七角には1八龍と逃げるか、6一金と受ける必要があるの。どっちのほうがいいかはむずかしいの。でもでも、1八龍は2七銀と捨てる妙手があるの。同龍、1九角で馬を抜かれると、みかんの王様は危なっかしいと思うの。

 だったら6一金と手堅く受けるしかないの?

 攻め駒が足りなくなるのは怖いけど──あ、10分切ったの。

「もう腹くくっていくの〜7七歩なの〜」

 萌ちゃんも考え込んだの。最善手だった気がするの。

 このあいだにお茶でリラックスするの。

 ダーリンも勝ってるといいけど……あ、今は対局に集中するの。

 

 パシリ

 

 3七角──応手が早いの。

 これ以上は時間差を作れないの。どんどんいくの。

「6一金なの〜」

「そっちか……」

 あれれ? また考え始めたの?

 3七角は見切り発車だったの?

 相手の出方を見ながら、読み筋を省略してるのかもしれないの。

 萌ちゃん、右手のひとさしゆびをこめかみに当てて瞑想中。

 みかんも読み直すの。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あ、動くの。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 考えたわりには普通の手だったの。

 たぶんこの次の手をメインで読んでいたと思うの。

 こんどはみかんが問い合わせる番なの。

「同馬でどうするの〜?」

「こう」

 萌ちゃんの右手がしなったの──7六歩。

 7六歩? これはなんなの?

 香車を吊り上げたら攻めが緩和される……というわけではないの。

 7六歩、同香、7九歩はただの一歩損なの。

 この攻めを防ぐには、根元から香車を取るしかな……ああッ! なのッ!

 もしかして7六同香に7五飛と打つつもりなの?

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は温田さんの脳内イメージです。)


 ……攻めが止まる気がするの。

 7八歩成、同金、同香成、同飛、6四馬でいい勝負なの?

 でも……8二金、同銀、同桂成、同玉、7四歩があるの。

 これは7筋がもたないかもなの。

 以下、7五歩、7三歩成、同馬、6五桂。


挿絵(By みてみん)


 (※図は温田さんの脳内イメージです。)

 

 これは厳しいの。

 な、7六歩がめちゃんこいい手なの。困ったの。

「……」

「……」

 ちょっとお茶を飲んで落ち着くの。

 ここで暴発はダメなの。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………よし、決めたの。7筋の攻めは放棄するの。

「同香なの〜」

 7五飛、7八歩成、同金。

 ここで香車は捨てるの。その代わりに桂馬をもらうの。

 6四馬、7六飛、7五歩、6六飛、7四馬。


挿絵(By みてみん)


 萌ちゃんは持ち駒をそろえながら、

「自陣の整備を優先したか……ちょっと長引きそうだ」

 と言ったの。

 一刀両断にはされないの。

 これで後手が悪いとも言えないはずなの。

 萌ちゃん、長考。

「……受けるのは性に合わない。攻めるよ。7六歩」

 同歩、8六金。

 ムリやりこじあけて来たの。

「みかんだって受けっぱなしでいいとは思ってないの〜7七桂なの〜」

 7六飛──あ、飛車を捨てるの?

 飛車馬交換は悩ましいの……けど、飛車がないと先手は寄らないの。

「応じるの〜6九桂成なの〜」

 7四飛、3八飛、2二角、5三銀、1一角成。


挿絵(By みてみん)


 ……決め手に欠けるの。

 6八成桂は寄らないと思うの。7七香と被せられるくらいで困るの。

 ただ、6八成桂じゃなくても、どのみち7七香だと思うの。

 だったら7筋を受けておくの。

「6二金なの〜」

「ボクも一回受けるよ、7九歩」

「……8一玉なの〜」

 もう先手は手がないはずなの。攻めて来そうなの。

「……7七香」

 ここで手順を尽くすの。

 まず7六歩、同香と吊り上げてから、7七歩と打つの。

 同銀に8二銀で手をもどすの。これで7五香打と重ねられても大丈夫なの。

一歩いっぷ一手いって稼いだか……8八銀」

 5七角なのッ!


挿絵(By みてみん)


 角を置けたの。

 7五香打、7九成桂、同金、7七歩。

「金を補充するよ。4四馬」

「無視なの〜7九角成〜」

 萌ちゃんは7七馬。

 みかんはもう1分将棋まであと10秒なの。


 ピッ

 

 なっちゃったの。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ! パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 端攻めに賭けるの。

 萌ちゃん、ここで最後の長考なの。

 

 ……ピッ

 

「わりとギリギリだったかな……9四桂」

 同香、同飛、9七歩成、9二金。

「このための脱出経路なの〜7一玉なの〜」

 8二金、6一玉、9一飛成、5二玉。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ!

 

「右辺が絶妙なバランスだった……4三銀」

 あ、う……なの。

 同玉、4一龍、4二桂、4四香。


挿絵(By みてみん)


 これを取れないのはツラすぎるの。

 同銀は同馬、同玉、4二龍、4三合駒、3三銀までなの。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ!

 

「負けましたなの」

「ありがとうございました」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………また負け越しになっちゃったの。

「途中からジリジリ悪くなったイメージなの〜どこがおかしかったの〜?」

「んー、後手が指しやすい局面もあったと思うけどね。例えば……」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「ここで1八龍と逃げられるほうがイヤだったかな」

「2七銀、同龍、1九角でどうするの〜?」

「2八歩で角を封印するのは、どう? 先手が忙しいと思う」

 ……なるほどなの。

 馬抜きで思考停止したのがよくなかったっぽいの。

 萌ちゃんはバンダナの位置をなおしながら、

「ただ、このあとも難しいな。ボクの予定では7七桂だった。みかんちゃんは?」

「深く読んではないけど……8四金で桂馬を消すかもしれないの」

「なるほど……ちょっと大胆だけど、7六歩、同香に6六角と打つかな」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 あうーん、意図がいまいちわからないの。

「どういう手なの?」

「8四の金狙いだよ。4四の金にも当たってるから、7四金とできない」

「あ、もしかして5五歩、8四角、同歩、7五金とするつもりなの?」

「正解。これなら後手の玉頭のほうが潰れるんじゃないかな」

 そうかもしれないの。うーん、だけどこっちのほうが良かったかもなの。

 そのあとは終盤も検討して解散になったの。

 気の重いインタビュータイムなの。

《もしもし、内木うちきレモンです》

「あ、レモンちゃん、こんにちはなの〜」

《お疲れ様でした。途中、受けが目立ったのは、なにか理由があったのですか?》

「7筋の反動が強過ぎて攻めきれなかったの〜でも一発勝負だから攻めたほうがよかったかもしれないの〜反省してるの〜」

《承知しました……伊吹いぶきさん、なにかありますか?》

夜ノよるの伊吹いぶきでーす。終盤、先手の2二角はヌルかった気がするんですが、そこで4三金と引いておけば良くなかったですか?》


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 これは検討してないの。

「馬引きが残って損じゃないの〜?」

《本譜でもけっきょく引かれたので、5三銀と不安定にする必要もなかったんじゃないかな、と。例えば、ここから1一角成、8二銀と補強しておいて、先手の出方を窺うのも手だったんじゃないでしょうか》

「理解したの〜先手が単に馬を引いても、そんなに固くならないかもしれないの〜あとで見直すとき参考にするの〜」

《伊吹さん、以上でよろしいですか? ……では、温田選手、インタビューありがとうございました。引き続き健闘を期待しております》

「ありがとなの〜」

 音声が途切れたの。

 はァ〜〜〜なの〜タメ息が出るの。

 負け越しと指し分けを行ったり来たりじゃダメなの。

 廊下に出て気分転換するの。

「……あ、ダーリンなの〜」

 ダーリンはいつ見てもいい男なの。

「みかんちゃん、どうだった?」

「負けちゃったの〜」

「そ、そうなんだ……みかんちゃんは強いから、ここから巻き返しだよ」

「うふふ、そう言ってもらえるとうれしいの〜ふたりで決勝に進出するの〜」

「がんばろうね……ところでみかんちゃん、お昼はどうするの?」

「ダーリン、チケットもらってないの〜?」

「もらってるけど……せっかくH島に来てるし、そとで食べない? この近くに美味しいお店があるらしいんだ。ど、どうかな?」

「あ、ダーリン、大会中にデートのお誘いはいけないの〜」

「そ、そうだよね、じゃあまたこんど……」

「もちろんオッケーなの〜みんなに気づかれないうちに、こっそり抜け出すの〜」

 というわけで、午後も愛のパワーでがんばるの。

 応援よろしくなの。 

場所:第10回日日杯 2日目 女子の部 7回戦

先手:萩尾 萌

後手:温田 みかん

戦型:先手居飛車穴熊vs後手角交換型向かい飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4二飛 ▲6八玉 △6二玉

▲7八玉 △7二玉 ▲4八銀 △3三角 ▲同角成 △同 桂

▲2五歩 △2二飛 ▲7七角 △4二銀 ▲3六歩 △5四歩

▲3七銀 △3二金 ▲4六銀 △7四歩 ▲3五歩 △同 歩

▲同 銀 △6四角 ▲4六銀 △4四歩 ▲同 角 △4五歩

▲3七銀 △5二金 ▲7七角 △4三金右 ▲8八玉 △2一飛

▲9八香 △3四金 ▲3八飛 △4三銀 ▲9九玉 △2四歩

▲同 歩 △同 飛 ▲3九金 △3六歩 ▲同 銀 △1九角成

▲2八歩 △6二銀 ▲8八銀 △9四歩 ▲5六歩 △9五歩

▲7九金 △4二金 ▲8六角 △5三銀 ▲3五歩 △4四金

▲5三角成 △同 金 ▲4二銀 △5二銀 ▲3三銀不成△2三飛

▲4四銀成 △同 金 ▲7五歩 △5七角 ▲7四歩 △7五香

▲6八金 △3九角成 ▲同 飛 △2八飛成 ▲7三歩成 △同 桂

▲7四桂 △7一銀 ▲6九飛 △7七歩 ▲3七角 △6一金

▲2八角 △同 馬 ▲7六歩 △同 香 ▲7五飛 △7八歩成

▲同 金 △6四馬 ▲7六飛 △7五歩 ▲6六飛 △7四馬

▲7六歩 △同 歩 ▲8六金 △7七桂 ▲7六飛 △6九桂成

▲7四飛 △3八飛 ▲2二角 △5三銀 ▲1一角成 △6二金

▲7九歩 △8一玉 ▲7七香 △7六歩 ▲同 香 △7七歩

▲同 銀 △8二銀 ▲8八銀 △5七角 ▲7五香打 △7九成桂

▲同 金 △7七歩 ▲4四馬 △7九角成 ▲7七馬 △9六歩

▲9四桂 △同 香 ▲同 飛 △9七歩成 ▲9二金 △7一玉

▲8二金 △6一玉 ▲9一飛成 △5二玉 ▲4三銀 △同 玉

▲4一龍 △4二桂 ▲4四香


まで141手で萩尾の勝ち

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