445手目 藤花トリオ
※ここからは、林家さん視点です。第7局開始時点にもどります。
いやあ、すごい人出。満員御礼ってか。
林家笑魅でがす。
今日は日日杯を観戦しに来ました。
琴音ちゃんといおりんも一緒。
いおりんはジャージ姿。もうちょっとTPOを考えろよ女子高生。
席取りのことも考えて、早めに来てよかった。モニタ前の最前列を確保。
琴音ちゃんを中心に、私が右どなり、いおりんが左どなり。
私たちが座っているモニタは、けっこう好カードなんだな。萩尾vs温田。
いおりんは売店で買ったコーラを飲みながら、
「萩尾ってこのへんじゃ有名人だけど、将棋は観たことないな」
というコメント。あっしもないでがす。
「琴音ちゃんは知ってます?」
「棋譜を拝聴したことはありますが、対局したことはありません」
まあそんなもんですよね。
ほんとは我孫子師匠が解説してるモニタを観たかったんですが、あっしの人間関係だけで決めるのもはばかられたので──と、始まりましたよ。
《それでは、引き続き解説を務めさせていただきます、内木レモンです》
《夜ノ伊吹でーす》
なんだかんだでレモンちゃんの解説を選びました。観てないって言ったら、あとで拗ねられそうですしね。まあそれはいいとして、この伊吹っていう相方がよくわかんないんだな。近畿のローカルアイドルらしいけど、棋力が尋常じゃないような。
「いおりん、この伊吹って子、ほんとに知りません?」
「それさっきの対局でも訊いただろ。知らないって」
んー、こんなに強かったら、有名人だと思うんだけどなあ。世間は広いってか。
とりあえずレモンちゃんの解説を聞きましょう。
レモンちゃんはタブレットを操作しながら、
《おふたりの対戦成績は、萩尾選手の1勝0敗です》
と、お決まりの選手紹介。
《へぇ、当たってるんですね。いつの大会の何回戦です?》
《昨年度の全国高等学校将棋トーナメントで、2回戦になります》
《温田さんのリベンジなるか、伊吹、興味津々です》
ここで両対局者、一礼。この後頭部が映るアングル、どうなんですかね。
7六歩、3四歩、2六歩、4二飛。
【先手:萩尾萌(Y口県) 後手:温田みかん(E媛県)】
おおっと、角交換型だぁ。
と驚いてみたけど、温田さんは振り飛車だからふつうですね。
6八玉、6二玉、7八玉、7二玉、4八銀、3三角。
ここでレモンちゃんは、
《先手からの交換を誘っているようです》
と解説しました。
先手からの交換なら、後手は向かい飛車っぽいですかね。
同角成、同桂、2五歩、2二飛、7七角。
角交換型向かい飛車、かーらーのぉ、角の打ち直し。
伊吹ちゃんによると、
《これは穴熊宣言ですね。2筋を牽制しないと組めないので》
とのこと。
ほんとか? この角打ちでそこまで読めるのか?
4二銀、3六歩、5四歩、3七銀。
これを見たいおりんは、
「ほんとに穴熊か? 速攻っぽくね?」
と言いました。たしかに速攻っぽいな。
解説求む。レモンちゃんも不審に思ったみたいで、
《急戦もありますか?》
というコメント。
これに対する伊吹ちゃんの返答は、
《後手を崩すのはムリだと思いますよぉ。仕掛けてもどこかで収まります》
とのこと。
ほんまかいな。
《即仕掛けなら4六銀〜3五歩ですが、後手の対応は?》
《それは3二金と引き締めておけば受かります》
ふむふむ、なるほど、3二金だとさすがに潰れないのか。
3二金、4六銀、7四歩。
レモンちゃんはこれを見て、
《この7四歩は……もしかして6四角打ちですか?》
とコメント。
伊吹ちゃんは、眼帯をつけていない左目を細めて、
《うーん……それっぽいですか。2一飛でも十分受かったと思うんですが》
と指摘。
2一飛はプロ好みな気がしますね。アマだと角筋で攻めたくなる。
ひとまず先手は3五歩の仕掛け。
同歩、同銀、6四角、4六銀、4四歩、同角、4五歩。
銀の追い返しが来ました。
私は琴音ちゃんに、
「ここまでの棋譜はだいじょうぶですか?」
とたずねました。
「はい、伊織さんに教えてもらっています」
「棋譜読み上げ機能とかないんですかね」
「スマホから中継サイトにログインすればあるようですが……」
それはそれでめんどう。
口で伝えたほうが早い。
3七銀、5二金、7七角。
レモンちゃんはタッチペンで盤面をあれこれしながら、
《先手、歩得の代償として手損ですか》
と指摘。伊吹ちゃんは、
《2手くらい損してますね。ただ、後手はいいかたちではないです》
と返しました。
私も後手は持ちたくないな。
居飛車党だから持ちたくないというのもありますが。
4三金右、8八玉、2一飛、9八香。
あ、ほんとに穴熊なんだ。
じつはちょっと疑ってたんです。解説陣、やるな。
いおりんから手順を聞いた琴音ちゃんは、
「ここから組めるのでしょうか? 後手はさすがに仕掛けると思いますが……」
とつぶやきました。
んー、たしかに攻めそう。
私は「攻めるなら3四金からの盛り上がりですかね」と言いました。
「おそらくそうです。後手の2筋突破は確実かと思います」
モニタの解説陣も、同じ順を検討し始めました。
後手のほうがいいのか? いや、まだそういう段階じゃないか。
パシリ
あ、ほんとに3四金でした。
以下、3八飛、4三銀、9九玉、2四歩。
後手は2筋突破を開始。これは止まらん。
同歩、同飛、3九金、3六歩、同銀、1九角成。
次に2九馬、同金、同飛成は後手優勢。
先手の萩尾さんは2八歩と受けました。
これがあるなら、後手の攻めもそんなに続かないか。
レモンちゃんも、
《後手は歩切れなので、継続手が難しいところです》
とコメント。
そうそう、そうなんですよ。歩切れだから2五桂〜3七歩とかもできない。
伊吹ちゃんは片肘を突きながら、
《後手は囲うのも難しいんですよね……銀1枚ですし……6二銀と上部を厚くするか、9四歩で王様の懐を広げるか、そのくらいでしょうか。そのあと3二の金を寄せて行くのが本命だと思います》
と、今後の展開を予想。
なるほどなるほど……っと、いおりん、持参した菓子に手をつけ始めた。
チョコレートの包みを開けて、ふたつ同時に頬張る。
「いおりん、それでもアスリートなんですか?」
「アスリートだから腹が減るんだよ。基礎代謝がちがうの」
ほんとぉ? とはいえ実際に引き締まってるしな。
「あっしにもください」
「ブラックとホワイトとミルク、どれ?」
ここはブラック一択。
琴音ちゃんはミルクをご所望。
もぐもぐ……ビターでおいしい。
そうこうしているうちに、局面は進んでいました。
6二銀、8八銀、9四歩、5六歩、9五歩、7九金。
穴熊が完成。
これは先手がいいか?
と思いきや、レモンちゃんは、
《先手、完璧に組めましたが……まだ互角に見えます。金銀が右にいるので、ここから3枚穴熊へは移行できません。2筋や3筋から反撃することもできないように思います》
と評価。
うーん、言われてみると先手も動きにくいか。
伊吹ちゃんは、
《ここで先手が手を作れないと、盛り上がられてしまいますね。温田さんの用意してきた作戦が、功を奏しているようにみえます》
と同調。
しかししかーし、これで後手がいいなら、だれも穴熊にしないってんだな。
後手はまとめるのがたいへんですよ、これは。
それに穴熊は固めてポンがありますからね。
どこかで大駒の交換になれば、すぐに打開できます。
パシリ
あ、寄りました。
「これは長引きそうですかね……いおりん、チョコもう1個ちょうだい」
「もうないぞ」
食べ過ぎィ! それともこれが日本のステルス値上げか?
囃子原グループ、ケチケチせずにお菓子くらいタダにして欲しいですね。
選手にはいろいろ配られてるっぽいのに。
「いおりん、せんべえを出してください。あとお茶も」
「ほい」
やっぱこの組み合わせが一番だな。
ボリボリ食べながら観戦。次の手がわからん。
「わりと玉頭戦もありなんじゃないですかね」
私の独り言に、琴音ちゃんもうなずきました。
「後手は銀1枚の守りですから、7筋を突っかけるのはありかと思います。ただこのタイミングではムリなので、なにか下ごしらえが必要です」
ですね。ここで7五歩、同歩、7四歩はちょっとヌルいか。
後手に歩を渡すと危ない。
パシリ
あ、指した指した。
ほえぇ、露骨な金狙い。
先手、その心は?




