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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第42局 日日杯2日目(2015年8月2日日曜)
454/682

442手目 帰省する解説者

※ここからは、筒井つついさん視点です。7回戦になります。

 やっほー、ついにホテルのロビーへ到着。

 ここが今年の大会会場か。いい場所借りてるねぇ。

 え? だれだって?

 やだなぁ、紫水館しすいかん高校OGの筒井つつい順子じゅんこちゃんだよ。

 H島で1番将棋が強い女。よろしくぅ。

 今は東京の晩稲田おくてだ大学商学部に通ってる。2年生。

「順子ちゃん、さっきからだれと話してるの?」

 となりから急に出てきたこの女は、ソールズベリー女学院OGの三和みわあまね

 H島で2番目に将棋が強い女。

 私と同期で、慶長けいちょう大学医学部2年生。医者の卵。

 私は薄緑のウールリネンジャケットに、ベージュのゆったりチノパンツ。

 三和っちは白の半袖フレンチスリーブに紺のカジュアルジーンズ。

 もうちょっとおしゃれして来たほうがよかったか。そうでもないか。

 私は、

「三和っちも呼ばれてたんだね」

 と言って、あいてのひじを小突いた。

「いや、呼ばれてたもなにも、招待状受け取ったって東京で話したよね?* 順子ちゃんこそなんでここにいるの? 招待状来てないって言ってなかった?」

 私は指をふりふり、

「マンションのポストに隠れてた」

 と答えた。

 三和っちはタメ息をついて、

「そのようすだと下宿先は汚部屋なのか」

 と言った。こら、そういう勘ぐりをするな。

 私は腕組みをして、

「だいたいね、私だって県大会で優勝してるんだから、呼ばれないわけないじゃん」

 と反論した。

「んー、そうだっけ?」

 いや、決勝の相手はあんただったでしょ。しばくぞ。

「三和っちは私に負けたのが悔しくて、記憶喪失になってるのかな?」

 三和っち、ここでなぜかスマホを取り出す。

 画面をまさぐり始めた。

《うわわあぁーん! 勝ったッ! 公式戦で初めて三和っちに勝ったぁあああッ!》

 私は真っ赤になってスマホをぶんどる。

「なに盗撮してんのよッ!」

「投了したら相手がいきなり号泣するって、いい思い出でしょ?」

 まったく、油断も隙もないんだから──っと、エレベータが来た。

 私たちはそろって乗り込む。

 私はボタンを押しかけて「何階だっけ?」とたずねた。

「20」

「了解」

 ポチっとな──エレベータが上がる。

 ガラス張りの壁から、H島城が見えた。

 私は爽快な景色を眺めながら、

「だれが優勝すると思う?」

 とたずねた。

 三和っちはポケットに手をつっこんだかっこうで、

「神のみぞ知るってやつかな」

 と答えた。

「医者の卵が神とか言ってていいの?」

「んー……ま、夕食のときにでも話すよ」

 あ、逃げるな、と言う前にエレベータは到着。

 降りると、ガラス張りの廊下だった。

 案内看板に従って進む──ここが解説者の部屋かな。

 ドアを開けると、クーラーのよく効いた部屋に、大勢の少年少女が集まっていた。

 もうみんな着席してるじゃん。

 遅刻したか? と思ってたら、入り口で男性スタッフに声をかけられた。

「三和遍さんと筒井順子さんですか?」

「「はい」」

「おふたりは11番テーブルでお願いします。機材の使用法は事前に連絡をさしあげた通りです。なにか分からないことがあれば、スタッフにお声がけください」

 マジ? 三和っちとなの?

 三和っちはとくに表情も変えず、

「どうも腐れ縁だね。よろしく」

 とのこと。

 うーん、ま、いっか。

 知らない後輩と組まされるよりはマシ。

 とりあえず着席。いい椅子使ってるねえ。晩稲田おくてだの講義室よりも快適。

 タブレットはすでに立ち上がっていた。ヘッドセットをして、アプリを起動する。

 私はタッチペンの具合を確認しながら、

「どこを観てもいいんだっけ?」

 とたずねた。

「んー、いいんじゃない。どっか観たいのあるの?」

「じゃあ知ってる選手……おはなちゃんは?」

「いいよ」

 お花ちゃんと私は2学年差だから、ギリギリ公式戦で当たる関係だった。

 けど、じっさいに当たったことはないんだよね。

「三和っちってお花ちゃんと当たったことある?」

「あるよ。私が中3のとき」

「勝った?」

「勝った」

 しばらく雑談をしていると、スタッフの合図が入った。

「それでは、第7局もよろしくお願いいたします」

 あーい。解説開始。

 

【先手:出雲いずも美伽みか(S根県) 後手:桐野きりのはな(H島県)】

挿絵(By みてみん)


 はい、対抗形。

 後手は向かい飛車かな。お花ちゃんの十八番おはこ

 私は三和っちに「ずばり勝敗予想は?」とたずねた。

「神のみぞ知る、かな」

 さっきとおなじやんけ。

「もう、三和っち、いつもの毒舌キャラはどこいったの?」

「いや、私はべつに毒舌キャラじゃないんだけど……そもそも県代表同士の一発勝負だから、どちらが勝ってもおかしくない。臆見おくけんなしで観戦したいね」

 くッ、なんかそれっぽいことを。

 とりあえずここまでの成績を調べる。

「えーと……出雲さんが3−3、お花ちゃんが……あ、6−0なのか」

「この段階で全勝者がいるなら、決勝トーナメントの進出ラインは11勝か12勝かな」

 そうこうしているうちに、局面はだいぶ進んでいた。


挿絵(By みてみん)


 私は「向かい飛車じゃないね」とコメント。

「2筋に振りなおすと思う。先手がどう対応するか気になるな」

くまっしょ」

 5八金右、7二銀、8六歩。

 マ? 左美濃?

「解説の筒井さん、いきなり外しましたね」

「だって左美濃にする必要イズ何?」

「そう言われるとそうだね。端の関係?」

 端を突き合ってても、アマならいくらでも組めるっちゅーの。

 それともあれか? 用意してきた秘策?

 ひとまず様子をみる。

 5四歩、8七玉、8四歩、7八銀、8三銀。

 後手もよくわからない動き。玉頭の位を取られるのがイヤとか?

 6六銀、7二金、7九角、2二飛。

 

挿絵(By みてみん)


 あ、振りなおした。

 私は盤面をにらみつつ、

「後手は銀冠かと思ったけど、左金は動かさない感じっぽい?」

 とつぶやいた。

「そうかもしれない。桐野さんのバランス感覚が問われそうだ」

 ここでヘッドセットにスタッフの声が入った。

《優勝経験者がいらっしゃる席なので、できれば過去のエピソードもお願いします》

 マジかぁ、それを私にやれってか。

 三和っちは前回の日日にちにち杯で優勝してるんだよねぇ。

 ちょっと腹立たしいけど、筒井さまも偏屈ではないのだ。

「えー、三和遍さん、前回優勝したときの回想をば」

「前回は予選をトップで通過して、準決勝ではY口の小早川こばやかわさん、決勝はK川の大滝おおたきさんと対局した。どちらも熱戦で、最後は指運で勝てた感じかな。そういえば小早川さんの妹の毛利もうりさんも、今回出場してるんだっけ。もし小早川さんが妹の応援で来るなら、あのときの対局をもういちど振り返ってみたいね。大滝さんも来るなら3人で」

 こいつ、用意して来やがったな。スムーズ過ぎる。

「ちなみに優勝したときの気持ちは?」

「嬉しくなかったといえば嘘になるけど……お祭りみたいで楽しかったよ」

 それは分かる。

 私もこっそり観戦に来てたしね。

 あのときのメンツで酒飲んで麻雀したいなあ──っと、進んでる。

 

挿絵(By みてみん)


 私は棋譜を追った。

「最後に見たところから7七銀引、4二角、6六歩、6四角、1八飛、7四歩」

「6五歩と突きたくなるね」

 同意。6筋の位は取っといて損はなさそう。

 

 パシリ

 

 あ、そう指したね。

 お花ちゃんは7三角と逃げた。

 6七金、5二金、8八玉、4五歩、5七角、4四銀と駒組みが進む。

 

挿絵(By みてみん)


 ……攻めたい。

「7五歩、行っちゃう?」

「順子ちゃん、過激だね」

「だって7五同歩、同角なら3一角成を狙えるじゃん」

「それは5三金で止まるよね?」

「3一角成はあくまでも見せ球。本命は8五歩からの玉頭攻め」

 三和っちはあごに手をあてて、すこしだけ考えた。

「……7六銀から8五歩?」

「そそ」

「それは2四歩から反撃したくなる。玉頭は破れないと思う」

 だんだん解説っぽくなってきた。

 

 パシリ

 

 おっと、動いた。

 本譜は7五歩。順子ちゃん、正解。

 同歩、同角、5三金、7六銀、7四歩、6六角。

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 三和っちも正解か。

 私はこの先も考えてある。

「次は8五歩っしょ。でないと手がちぐはぐになるから」

「そこは同意する。先手は玉頭戦に持ち込むしかない。以下、2五歩、8四歩に同角と取るだろうから、角交換も必然の流れだ。ただその次があるかな?」

「んー、ムリやり馬を作るなら5一角とかなんだけど、作っても冴えないよね。1八の飛車を生かしたいから、5八飛と回るっていうのはどう?」

 三和っちは3秒ほど考えて、

「それなら先に5五歩を入れたほうがよくない?」

 と言った。

 

【参考図】

挿絵(By みてみん)


 なるほど、納得。

「同銀、5八飛?」

「順子ちゃんの5五歩予想が正しいなら、ね」

 そういう言い方ズルくない?

 ま、いっか。

 

 パシリ

 

 あ、8五歩が入った。

 2五歩、8四歩、同角、同角、同銀、5五歩。

 よーしよしよし、また正解。

 私の解説優秀。

 以下、同銀に──

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 ん? 3七桂? ……あ、ふーん。

 三和っちも感心して、

「たしかにこっちのほうがいい」

 とコメントした。

 だね。5筋にプレッシャーをかけるにしても、こっちのほうがよさげ。

 後手のお花ちゃんが忙しくなったんじゃないかな。

 三和っちはペットボトルのキャップを開けながら、

「さすがに対局者のほうが読んでる。すこし勉強させてもらおうか」

 と言い、コップに水を注いだ。

 いやいや、私たちだって大学将棋で鍛えてるんだからさ。

 ま、ここは乙女の本気の勝負、見せてもらいましょうか。

*155手目 牌をつまむ乙女たち

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