442手目 帰省する解説者
※ここからは、筒井さん視点です。7回戦になります。
やっほー、ついにホテルのロビーへ到着。
ここが今年の大会会場か。いい場所借りてるねぇ。
え? だれだって?
やだなぁ、紫水館高校OGの筒井順子ちゃんだよ。
H島で1番将棋が強い女。よろしくぅ。
今は東京の晩稲田大学商学部に通ってる。2年生。
「順子ちゃん、さっきからだれと話してるの?」
となりから急に出てきたこの女は、ソールズベリー女学院OGの三和遍。
H島で2番目に将棋が強い女。
私と同期で、慶長大学医学部2年生。医者の卵。
私は薄緑のウールリネンジャケットに、ベージュのゆったりチノパンツ。
三和っちは白の半袖フレンチスリーブに紺のカジュアルジーンズ。
もうちょっとおしゃれして来たほうがよかったか。そうでもないか。
私は、
「三和っちも呼ばれてたんだね」
と言って、あいてのひじを小突いた。
「いや、呼ばれてたもなにも、招待状受け取ったって東京で話したよね?* 順子ちゃんこそなんでここにいるの? 招待状来てないって言ってなかった?」
私は指をふりふり、
「マンションのポストに隠れてた」
と答えた。
三和っちはタメ息をついて、
「そのようすだと下宿先は汚部屋なのか」
と言った。こら、そういう勘ぐりをするな。
私は腕組みをして、
「だいたいね、私だって県大会で優勝してるんだから、呼ばれないわけないじゃん」
と反論した。
「んー、そうだっけ?」
いや、決勝の相手はあんただったでしょ。しばくぞ。
「三和っちは私に負けたのが悔しくて、記憶喪失になってるのかな?」
三和っち、ここでなぜかスマホを取り出す。
画面をまさぐり始めた。
《うわわあぁーん! 勝ったッ! 公式戦で初めて三和っちに勝ったぁあああッ!》
私は真っ赤になってスマホをぶんどる。
「なに盗撮してんのよッ!」
「投了したら相手がいきなり号泣するって、いい思い出でしょ?」
まったく、油断も隙もないんだから──っと、エレベータが来た。
私たちはそろって乗り込む。
私はボタンを押しかけて「何階だっけ?」とたずねた。
「20」
「了解」
ポチっとな──エレベータが上がる。
ガラス張りの壁から、H島城が見えた。
私は爽快な景色を眺めながら、
「だれが優勝すると思う?」
とたずねた。
三和っちはポケットに手をつっこんだかっこうで、
「神のみぞ知るってやつかな」
と答えた。
「医者の卵が神とか言ってていいの?」
「んー……ま、夕食のときにでも話すよ」
あ、逃げるな、と言う前にエレベータは到着。
降りると、ガラス張りの廊下だった。
案内看板に従って進む──ここが解説者の部屋かな。
ドアを開けると、クーラーのよく効いた部屋に、大勢の少年少女が集まっていた。
もうみんな着席してるじゃん。
遅刻したか? と思ってたら、入り口で男性スタッフに声をかけられた。
「三和遍さんと筒井順子さんですか?」
「「はい」」
「おふたりは11番テーブルでお願いします。機材の使用法は事前に連絡をさしあげた通りです。なにか分からないことがあれば、スタッフにお声がけください」
マジ? 三和っちとなの?
三和っちはとくに表情も変えず、
「どうも腐れ縁だね。よろしく」
とのこと。
うーん、ま、いっか。
知らない後輩と組まされるよりはマシ。
とりあえず着席。いい椅子使ってるねえ。晩稲田の講義室よりも快適。
タブレットはすでに立ち上がっていた。ヘッドセットをして、アプリを起動する。
私はタッチペンの具合を確認しながら、
「どこを観てもいいんだっけ?」
とたずねた。
「んー、いいんじゃない。どっか観たいのあるの?」
「じゃあ知ってる選手……お花ちゃんは?」
「いいよ」
お花ちゃんと私は2学年差だから、ギリギリ公式戦で当たる関係だった。
けど、じっさいに当たったことはないんだよね。
「三和っちってお花ちゃんと当たったことある?」
「あるよ。私が中3のとき」
「勝った?」
「勝った」
しばらく雑談をしていると、スタッフの合図が入った。
「それでは、第7局もよろしくお願いいたします」
あーい。解説開始。
【先手:出雲美伽(S根県) 後手:桐野花(H島県)】
はい、対抗形。
後手は向かい飛車かな。お花ちゃんの十八番。
私は三和っちに「ずばり勝敗予想は?」とたずねた。
「神のみぞ知る、かな」
さっきとおなじやんけ。
「もう、三和っち、いつもの毒舌キャラはどこいったの?」
「いや、私はべつに毒舌キャラじゃないんだけど……そもそも県代表同士の一発勝負だから、どちらが勝ってもおかしくない。臆見なしで観戦したいね」
くッ、なんかそれっぽいことを。
とりあえずここまでの成績を調べる。
「えーと……出雲さんが3−3、お花ちゃんが……あ、6−0なのか」
「この段階で全勝者がいるなら、決勝トーナメントの進出ラインは11勝か12勝かな」
そうこうしているうちに、局面はだいぶ進んでいた。
私は「向かい飛車じゃないね」とコメント。
「2筋に振りなおすと思う。先手がどう対応するか気になるな」
「熊っしょ」
5八金右、7二銀、8六歩。
マ? 左美濃?
「解説の筒井さん、いきなり外しましたね」
「だって左美濃にする必要イズ何?」
「そう言われるとそうだね。端の関係?」
端を突き合ってても、アマならいくらでも組めるっちゅーの。
それともあれか? 用意してきた秘策?
ひとまず様子をみる。
5四歩、8七玉、8四歩、7八銀、8三銀。
後手もよくわからない動き。玉頭の位を取られるのがイヤとか?
6六銀、7二金、7九角、2二飛。
あ、振りなおした。
私は盤面をにらみつつ、
「後手は銀冠かと思ったけど、左金は動かさない感じっぽい?」
とつぶやいた。
「そうかもしれない。桐野さんのバランス感覚が問われそうだ」
ここでヘッドセットにスタッフの声が入った。
《優勝経験者がいらっしゃる席なので、できれば過去のエピソードもお願いします》
マジかぁ、それを私にやれってか。
三和っちは前回の日日杯で優勝してるんだよねぇ。
ちょっと腹立たしいけど、筒井さまも偏屈ではないのだ。
「えー、三和遍さん、前回優勝したときの回想をば」
「前回は予選をトップで通過して、準決勝ではY口の小早川さん、決勝はK川の大滝さんと対局した。どちらも熱戦で、最後は指運で勝てた感じかな。そういえば小早川さんの妹の毛利さんも、今回出場してるんだっけ。もし小早川さんが妹の応援で来るなら、あのときの対局をもういちど振り返ってみたいね。大滝さんも来るなら3人で」
こいつ、用意して来やがったな。スムーズ過ぎる。
「ちなみに優勝したときの気持ちは?」
「嬉しくなかったといえば嘘になるけど……お祭りみたいで楽しかったよ」
それは分かる。
私もこっそり観戦に来てたしね。
あのときのメンツで酒飲んで麻雀したいなあ──っと、進んでる。
私は棋譜を追った。
「最後に見たところから7七銀引、4二角、6六歩、6四角、1八飛、7四歩」
「6五歩と突きたくなるね」
同意。6筋の位は取っといて損はなさそう。
パシリ
あ、そう指したね。
お花ちゃんは7三角と逃げた。
6七金、5二金、8八玉、4五歩、5七角、4四銀と駒組みが進む。
……攻めたい。
「7五歩、行っちゃう?」
「順子ちゃん、過激だね」
「だって7五同歩、同角なら3一角成を狙えるじゃん」
「それは5三金で止まるよね?」
「3一角成はあくまでも見せ球。本命は8五歩からの玉頭攻め」
三和っちはあごに手をあてて、すこしだけ考えた。
「……7六銀から8五歩?」
「そそ」
「それは2四歩から反撃したくなる。玉頭は破れないと思う」
だんだん解説っぽくなってきた。
パシリ
おっと、動いた。
本譜は7五歩。順子ちゃん、正解。
同歩、同角、5三金、7六銀、7四歩、6六角。
パシリ
三和っちも正解か。
私はこの先も考えてある。
「次は8五歩っしょ。でないと手がちぐはぐになるから」
「そこは同意する。先手は玉頭戦に持ち込むしかない。以下、2五歩、8四歩に同角と取るだろうから、角交換も必然の流れだ。ただその次があるかな?」
「んー、ムリやり馬を作るなら5一角とかなんだけど、作っても冴えないよね。1八の飛車を生かしたいから、5八飛と回るっていうのはどう?」
三和っちは3秒ほど考えて、
「それなら先に5五歩を入れたほうがよくない?」
と言った。
【参考図】
なるほど、納得。
「同銀、5八飛?」
「順子ちゃんの5五歩予想が正しいなら、ね」
そういう言い方ズルくない?
ま、いっか。
パシリ
あ、8五歩が入った。
2五歩、8四歩、同角、同角、同銀、5五歩。
よーしよしよし、また正解。
私の解説優秀。
以下、同銀に──
パシリ
ん? 3七桂? ……あ、ふーん。
三和っちも感心して、
「たしかにこっちのほうがいい」
とコメントした。
だね。5筋にプレッシャーをかけるにしても、こっちのほうがよさげ。
後手のお花ちゃんが忙しくなったんじゃないかな。
三和っちはペットボトルのキャップを開けながら、
「さすがに対局者のほうが読んでる。すこし勉強させてもらおうか」
と言い、コップに水を注いだ。
いやいや、私たちだって大学将棋で鍛えてるんだからさ。
ま、ここは乙女の本気の勝負、見せてもらいましょうか。
*155手目 牌をつまむ乙女たち
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