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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第42局 日日杯2日目(2015年8月2日日曜)
452/682

440手目 敗者復活

※ここからは、内木うちきさん視点です。第6局開始時点にもどります。

 メイクよし、衣装よし、アクセサリーよし──アイドル、出陣します。

 私が会場入りしたとき、スタッフはだいたいそろっていた。

 扇状おうぎじょうにならべられた椅子。私は前から2列目の左端に座った。

 しばらくして2日目のミーティングが始まった。

 とちゅうで魚住うおずみ先輩がこっそり入室してきた。寝坊?

 説明が終わったところで、解説のペアが発表された。

「えー、内木レモンさん」

「はい」

「このあと新規のかたがいらっしゃいますので、8番テーブルでお待ちください」

 新参組とペアか。とりあえず8番テーブルへ移動。

 2日目から来るのは、大学生が多いと聞いている。

 日日杯優勝経験者とか、いろいろ。三和みわさんだといいな、と思った。

 ソールズベリー出身の三和さんは、東京の医学部に通っているらしい。

 H島の女流棋界では、超有名人だ。

 できればお手合わせなど──

「あれ? レモンちゃんといっしょなんですかぁ?」

 なんだかぶっきらぼうな声に、私は顔をあげた。

 前髪ぱっつんショートの、右目に眼帯がんたいをした少女が立っていた。

 黒いスカートに白い制服、赤いネクタイ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………夜ノよるの伊吹いぶきさんッ!?

「あの……なんであなたがいるんですか?」

 夜ノ伊吹(本名:忌部いんべ安子やすこ)は、あきれたように肩をすくめてみせた。

「ほら、アイドルの格が違うっていうか?」

 いや、オーディションに落ちたでしょ。

 不正? じつは囃子原はやしばらグループと話がついていた?

 困惑した私は、あることに気づいた。

「……もしかして県代表枠ですか?」

「ぎくぅ」

 やっぱりね。そういえばN良代表だし……って、それでもおかしい気がする。

 オーディションで落ちたのに別枠で参加? ズルくない?

 一方、ほかの解説陣は伊吹さんの登場にざわついた。

「TKY13の伊吹じゃないか?」

「ほんとだ、そういえばなんかの番組で指してたね」

 ぐぬぬぬ、私より目立ってる。

 伊吹さんは満面の笑みで、私のほうに上体をかたむけた。

「アイドルがそんな顔しちゃいけませんねぇ」

 むッ……それはそのとおり。

 私は平静を装って、

「お座りになられたらどうですか?」

 と返した。

「ハイハイ」

 ハイは一回。

 伊吹さんは私の右どなりに着席した。

 すると、七番テーブルに座っていた我孫子あびこ先輩が、

「伊吹ちゃん、レモンちゃんにいろいろ教えてもらうといいでやんすよ」

 と言って、扇子をパチパチした。

 ぐぅ、近畿勢は伊吹さんの正体を知ってるくせにぃ。

 とりあえず平常心。やることは将棋で変わらない。

 スタッフの合図があるまで、私は黙想した。

「あと1分で対局開始です。それでは本日もよろしくお願いいたします」

 私は目を開けて、タブレットを起動させた。

「伊吹さん、どこから観ますか?」

「そうですねぇ、個人的に観たいのは磯前いそざきvs梨元なしもとです」

「高校将棋界にお詳しいんですね」

 伊吹さんは、しまったという顔をした。

 けど、すぐにうまく言い繕った。

「出場選手の前評判くらいは調べてありまーす」

「以前指したことのある選手を挙げたのでは?」

「カウガールと指す機会なんかないですしぃ」

 中学の全国大会で当たったでしょ。把握済み。

 ま、このへんで。解説開始。

 

【先手:磯前いそざき好江よしえ(K知県) 後手:梨元なしもと真沙子まさこ(T取県)】

挿絵(By みてみん)


 だいたい予想通りの出だし。

 私は用意したメモを見ながら、

「公式戦での対局は1回、そのときは磯前選手が勝っています」

 とコメントした。

「ふぅん、四間飛車ですか。先手は熊さんですね」

 たぶん。

 ここでヘッドセットにスタッフの声が入った。

《せっかくですから、おたがいのアイドル生活なども、少々》

 もう、完全に芸人枠じゃない。

 とはいえ仕事だからやる。

「伊吹さん、TKY13のご活動はいかがですか?」

「そうですね、先週は東海のテレビ局にも呼ばれて、絶好調ってやつです」

 ぐッ……活動領域がちょっと広がってる。

 近畿のご当地アイドルは脱皮してるわけか。

「レモンちゃんはどうですか?」

「地域に密着したつながりのある活動をしています」

「ふむふむ、あの変態仮面さんとはどういうつながりなんですか?」

 変態仮面? ……将棋仮面のこと?

 なんで将棋仮面の話をするの? ……って、会場にいるじゃないッ!

 こっちに親指を立ててアピールしてきた。するな。

 伊吹さんはこちらにすりよってきて、

「彼氏だったりします?」

 とたずねてきた。

「伊吹さん、恋愛ネタはNGですよ」

「たしかに……あ、後手が変なことしてますね」

 ん? 私はタブレットを確認した。


挿絵(By みてみん)


 ……まさかの地下鉄飛車?

 梨元先輩は、あいかわらずカウガールのかっこうだった。

 あの衣装、何着もそろえてるのかしら。着回してはいないと思うけど。

 梨元先輩は常に自信満々なところがある。じつは一番将棋指しっぽい性格かも。

 私はそんなことを考えながら、

「ここから地下鉄飛車でも、先手の穴熊は間に合いそうです」

 とコメントした。

「松尾流までいけますかねぇ」

 どうだろう。6八銀のタイミングで8五桂がありそうだ。

「地下鉄飛車をみせられた以上、松尾流はさすがにムリでは……」

「だとすると3枚穴熊ですが、上から攻められると怖いですよぉ」

 なんだかんだで解説が的確。さすがは県代表。

 本譜は9八香、6四歩、9九玉と進んだ。

 ここで6二金直かな──


 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え? なにこれ?

 伊吹さんは、眼帯をつけていない左目をほそめた。

「あぁ……8四銀で端棒銀ですか」

「端棒銀? 成立する? あ、成立します?」

 伊吹さん、マジメに考え始める。

「んー……9五歩の速攻は成立すると思いますねぇ」

「速攻ということは4一飛〜9二香〜9一飛を入れずに?」

「4一飛は入れたいです。8四銀〜9五歩と仕掛けて、同歩、同銀、同香なら同香、9七歩、9一飛と回れます。まあそもそも9五同銀に同香としないでしょうけど」

 なるほど……ただ、ひとつ気になることがあった。

「4一飛と引いた場合、6八角の筋が出ます。すぐに、というわけではないですが、例えば5五歩〜5六銀〜6八角なら2筋突破が確定します」

「ああ、ふむふむ、じゃあ5五歩には4五歩から3筋の確保が必要です」

 3筋の確保、つまり4四銀と上がって、6八角に3五歩を用意するわけだ。

 本譜は解説をトレースするかたちで進んだ。

 先手は8八銀とハッチを閉めて、後手は8四銀。

 以下、6七金、6二金直、7八金、4一飛、5五歩、4五歩、5六銀、4四銀。

 ここから6八角と3五歩も当たった。


挿絵(By みてみん)


 ひとまず解説の面目躍如めんもくやくじょ

 私は、

「先手の応手にも依りますが、次に9五歩が本線です」

 と指摘した。

「どのみち9五角とは取れないんで、いっそ8六歩と突きますか」

 アリだと思う。

 9五歩と仕掛けられたあと、9五角と取る順はない。

 角が飛び出すと9一飛で狙われてしまうからだ。

 磯前先輩は、変則的な局面でも堂々とかまえている。

 私や伊吹さんみたいな中学生からみると、高校生はやっぱり年上という感じがする。

 伊吹さんはペットボトルの水をコップに入れ替えながら、

「8六歩に即9五歩と仕掛けた場合、同歩、同銀に同香とは取れませんね。おとなしく受けるなら9七歩です。以下、8四歩、8七銀に8五歩で仕掛けなおします」

「9七歩に代えて7五歩と突っ張るのはどうですか?」

「んー、攻めるのは危ないと思いますけどぉ……ああでも磯前さんなら攻めるかな」

 ここで磯前先輩が動いた。

 8六歩と突く。

 梨元先輩は駒音高く9五歩と攻めた。

 同歩、同銀。

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 攻めた。

 伊吹さんは水を飲んでひと息ついたあと、

「ここから同歩、7四歩が受からないわけじゃないですか。先手は桂得です。でも8四銀でいきなり端をひらく手があるんですよ。以下、7三歩成、同金に9七歩と受けられないんですね。先手は歩切れなので」

「となると9一香成、同飛に9八香でムリやり受けるしかないですか」

「もちろん9五香と重ねますよね。そこで先手が受かるのかっていう話です」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 ……たしかに危ない気がしてきた。

 私はタッチペンを動かしながら、

「同香、同銀、9八香と打ち直しても、9六香でどんどん前進されてしまいそうです」

 と解説した。

「ですです。先手は歩切れを解消する方法がないのでぇ」

 となると、磯前先輩の7五歩は賭けに出ている。

 8六歩のまえに長考した段階で、このあたりを見据えていたのかもしれない。

 梨元先輩はやや前傾姿勢になり、体を揺らしながら読んでいた。

 彼女の性格からすると「かなりおもしろい局面」なのは間違いない。

 

 パシリ

 

 7五同歩が指された。

 7四歩、8四銀、7三歩成、同金、9一香成、同飛。

 飛車が9筋に回った。後手の構想はひとまず成就した。

 9八香、9五香、同香、同銀、9八香。

 梨元先輩は10秒ほど追加して、9六香と打った。


挿絵(By みてみん)


 磯前先輩、ふたたび長考タイム。

 私は、

「単に9七桂かそれとも9七桂打かを比較していると思います」

 とコメントした。

「まあ、ふつうはパ……9七桂と跳ねて逃げ道を作りたいですね」

 今、パンツを脱ぐって言おうとしたわね?

「パがどうかしましたか?」

「……まあ、ふつうはパッと桂跳ねです」

 アドリブお上手。

 さて、マジメに考える。

「9七桂打は上から圧殺ルートに入ったときに若干危険です」

「うーん、9七桂打、同香成、同銀、9六歩、8八銀で一回収まると思いますよ?」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 私はすこしばかり思案した。

「9七桂と放り込むと……同桂、同歩成、同香、9六歩、9八歩、9七歩成、同歩……なるほど、こちらでもけっきょく脱げるので関係ないわけですか」

「なにが脱げるんですかぁ?」

 しまった。

「失礼しました。右に抜けるの言い間違いです」

「アイドルは滑舌かつぜつ大切ですよぉ」

 ぐぬぬぬ、ここは辛抱。

 なんてやっていると、うしろから声をかけられた。

「おふたりさん、おつかれさんでやんす」

 ふりかえると、我孫子先輩が立っていた。

 今日はカーキ色の着物で、すこしお香の匂いがする。

 私は「もう終わったんですか?」とたずねた。

少名すくなvs吉良きらを観てるでやんすが、吉良兄さんが大長考してて手が進まないでやんす」

 ヒマになったから離席してもいい、というわけでもないような。

 我孫子先輩はおかまいなしに、タブレットをのぞきこんできた。

「後手の地下鉄飛車でやんすか?」

 これには伊吹さんが、

「もどきですかね。9一香成に同飛と取ったかたちなので」

 と答えた。

 我孫子先輩は扇子で肩をペチペチやりながら、

「このアグレッシブなかたち、真沙子姐さん好みでナイスでやんす」

 と好意的。

 観戦者視点、おもしろい将棋ではある。

 私は我孫子先輩に、

「形勢をどう見ますか?」

 とたずねた。

 我孫子先輩は口もとを扇子でおおった。

「本局とかけまして、婚約相手の実家で夕食と解きます」

「その心は?」

「端(箸)の使い方がだいじです」

 おあとがよろしいようで……って、見たまんまじゃないですかッ!

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