438手目 朝寝坊
※ここからは、魚住くん視点です。
プルルル プルルル
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…………………
………………ん? 電話?
おいらは枕もとに腕を伸ばした……あれ? スマホがない?
目を開けると、いつもとちがう風景。
おいらの部屋、こんなに綺麗だったっけ?
……………………
……………………
…………………
………………ああッ!?
がばりと起きあがり、時計を確認──8時半じゃんッ!
ね、寝坊した。
プルルル プルルル
おいらは据え置きの電話をとった。
「も、もしもし」
御城のあんちゃんの声が聞こえる。
《魚住、まだ部屋にいるのか? スタッフのミーティングが始まるぞ?》
だぁあああああッ!
おいらは事情を説明した。
《了解。遅れるって伝えとく。走ってケガするなよ》
おいらは電話を切って、洗面所にダッシュ。
顔を洗って、かたちだけ髪を整える。
短パンとTシャツに着替えてから、サンダルを履いて部屋を飛び出した。
えーと……上だッ! 階段を駆けあがる。
廊下に出たところで、通行人とぶつかりそうになった。
捨神のあんちゃんたちだった。
捨神のあんちゃんはびっくりして、
「お、おはよう……どうしたの?」
とたずねてきた。
「ご、ごめんなさい、急いでて」
となりにいた囃子原のあんちゃんは、
「ハハハ、魚住くん、ランニングは屋外で頼む。ちなみにスタッフルームはあちらだ」
と言って、奥のほうをゆびさした。
あちゃあ、これは寝坊したのバレてるね。
おいらはもういちど謝ってから、スタッフルームにこっそり入った。
扇状にならんだ椅子から、みんなこっちをみてくる。みないで。
一番うしろの端に着席。
ちょうど解説メンバーを決めるところだった。
男性スタッフは順番にペアを組んでいく。
「えー、魚住太郎さん」
「はい」
「3番テーブルでお待ちください」
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…………………
………………あれ? 相方は?
「すみません、聞き逃したかもしれないんですけど、相方はだれですか?」
スタッフのひとは、クリップボードから顔をあげた。
「あとでいらっしゃいます」
ああ、今日現地入りする組か。
おいらは解説室の3番テーブルに着席。
しばらくして御城のあんちゃんがやってきた。
「魚住、朝は食べたのか?」
「ううん」
「飯食ってないならパンやるぞ」
御城のあんちゃんは、クロワッサンをくれた。
透明なビニール袋に入ってて、コンビニで買ったやつじゃないっぽい。
「いいの?」
「朝食会場でもらってきた。間食にしようと思ったが、まあいい」
ありがとうございます。
水のペットボトルはテーブルに用意されてるし、さっそく食事。
まだサクサクしてるね。一流ホテルのパンだけあって、美味しいや。
でもさすがに喉が乾く。
ペットボトルを開けようとしたところで、うしろから人影が伸びてきた。
「魚住くん、クロワッサンにはカフェオレのほうが合うぞ」
そう言って、カフェオレの缶が置かれた。
ふりかえると──将棋仮面が立っていた。
「ごほッ、ごほッ」
「おっと、食事中に話しかけたのはマズかったか」
「しょ、将棋仮面……さん、なんでここに?」
「私も解説に来た」
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…………………
………………もしかしておいらの相方?
「え、あ……よろしくお願いします」
「よろしく」
「このカフェオレ、もらってもいいんですか?」
「うむ、あとで飲もうと思ったのだが、考えてみると御面をつけたままでは飲めない」
うっかり仮面。
将棋仮面はおいらの右どなりに座った。
おいらは缶を開けて、ひと口飲みながらチラ見──おいらの知ってるひとじゃ、ないっぽい。昨日の将棋をみるかぎり、どっかの代表かな、と思ったんだけど。すごくスタイルがいいし、やっぱり役者さんかなあ。
「私の顔になにかついてるかね?」
「あ、いえ……将棋仮面さんって、高校生ですか?」
「……」
そこも教えてもらえないのか。
うーん、同世代な気がするけど。
そうこうしているうちに、スタッフから声がかかった。
「あと1分で対局開始です。それでは本日もよろしくお願いいたします」
よろしくお願いしまーす。
おいらはタブレットを立ち上げた。
「将棋仮面さん、どの対局にします?」
「ふむ……捨神vs鳴門はどうかね」
あ、指定してくるんだ。なかなか遠慮がないね。
そこは1敗同士の対決だし、おいらも観たいかな。
「じゃあそこで」
ボタンを押して、観戦開始。
【先手:捨神九十九(H島県) 後手:鳴門駿(T島県)】
捨神のあんちゃんが先手。
将棋仮面さんは腕組みをして、
「これはゴキゲンにみせかけた角交換型だろう」
とコメントした。
「将棋仮面さんもそう思います? 捨神のあんちゃんの棋風、よく知ってますね」
「ヒーローは研究に余念がない」
そうなのかな。
特撮番組のヒーローって、わりといきあたりばったりだと思うけど。
いずれにしても、局面は3四歩、2二角成、同銀、8八飛になった。
3三角、7七角の打ち合いになる。
おいらはこの手をみて、
「これ、角交換型にした意味があるんですかね?」
と疑問に思った。
「後手の3三角が牽制にみえるな。おそらく準備してきた手だろう」
「ふつうの向かい飛車にさせる作戦ですか」
後手もデメリットがあるね。3三角からの駒組みはけっこうむずかしいよ。
鳴門のあんちゃん、ここは勝負にきてる。
以下、慎重な駒組みが始まった。
4二玉、6八銀、3二玉、4八玉、6二銀、3八玉、5二金右、2八玉。
「先手、穴熊に組めなくもない感じですか?」
「……この順は穴熊をみせているな。意図的かもしれない」
「というと?」
「後手から角交換をしないと、先手は組み放題になる」
……あ、そっか、理解した。
後手の3三角を無効化する作戦か。
鳴門のあんちゃんもこれに気づいたのか、1四歩と打診した。
捨神のあんちゃんはノータイムで5七銀。
鳴門のあんちゃんは30秒ほど考えて、7七角成、同桂と交換した。
「将棋仮面さん、やりますね。ちなみにふだんはどこで指してるんですか?」
「バトルの隙間時間を利用して、敵の幹部や怪人と指している」
どういう設定なの。いや、そのほうが平和でいいのかもしれないけどさ。
とりあえずネット将棋なんじゃないかな、と思う。
日常的に対面で指してたら、正体を知ってるひとがいると思うんだよね。
そうこうしているうちに、局面は進んだ。
8五歩、1六歩、3三銀、3八銀、7四歩。
「将棋仮面さん、ここまでの評価は?」
「盤面のイニシアチブは捨神くんにあるが、私は後手を持ちたい」
「理由は?」
「居飛車党なのでね」
棋風の問題か。
おいらもこっから指せって言われたら後手かな。
先手はおいらじゃまとまらなさそう。
捨神のあんちゃんは8九飛、6四歩、6八金で自陣を整備した。
これは常套手段だね。
後手も6三銀、4六歩に2二玉で囲っていく。
「動くなら後手からですか」
「先手から動くのは……すこしむずかしいか。とはいえ千日手もありだと思う」
だね。鳴門のあんちゃんは千日手も視野に入れてそう。
3六歩、4四歩、2六歩、5四角。
ん……やっぱり後手から動きそう?
鳴門のあんちゃん、積極的。
「3六と7六の歩を同時に守る方法がないです」
「たしかに……守るなら3六だ」
「一歩得で後手のほうが動きやすい感じですか?」
「どうだろうな。8筋の突破はそれほど容易ではない」
うーん、なるほど。
後手は8六歩としても、同歩、8七歩の瞬間に8五歩で止められちゃう。
パシリ
あ、動いた。
タブレットをみると、2七銀が指されていた。
7六角、3七桂、3二角。
ん? これは?
「角を即引きしましたね……3二金かと思ったんですが……」
「私もそう思った。3二金、3八金、5四銀が本線ではないだろうか」
なにかイヤだったのかな。
5四銀が角の退路を断っちゃうから?
だけど7六の角を取りに行く手がないよね?
「5四銀のあと、後手の角が死ぬ順はありました?」
「ないようにみえるが……対局者のほうが深く読んでいるとは思う」
7六の角って、意外としぶといんだよね。
これを直接取る手はなかったんじゃないかな。
捨神のあんちゃん、ここで長考。読みを外されたみたい。
……………………
……………………
…………………
………………気まずい。なにか話題を。
「将棋仮面さんって、御面ライダーが好きなんですか?」
「もちろんだ。シリーズはすべて観ている」
え、すごい。たしか10シリーズ超えてたような。
「魚住くんは、今朝の最新話を観たかね?」
あ、しまった、めっちゃ食いついてきちゃった。
そういえば今日は日曜日だね。
どうしよう。じつは高校生になってから観てないっていう。
「今朝はその時間に起きてなかったので……」
「そうか、ネタバレはよくないから、この話はやめておこう」
助かった。
「では前回までのストーリーについて、どう思う?」
助かってなかった。
「す、すみません、今回のシリーズはあんまり観てなくて……」
「む、そうなのか。たしかに『御面ライダー幽玄』は御面ライダーシリーズでも好き嫌いが分かれる作品かもしれないな。従来のヒーローものとは異なりダーク系だ。伏線が多すぎてモヤモヤするという感想も多い。だが、エンターテイメントは常に進化する。現にパラレルジョッカーの怪人スーツはこれまでにない機能美を……」
うんたらかんたら。
めっちゃ早口でしゃべってる。
ど、どうしよう。変なスイッチ入っちゃったかな。
パシリ
あ、ナイスタイミング。
「即跳ねしてますよ」
「それに御面ライダーハッピーの登場回はいつも……ん? 指したのか?」
指しました。本業をお願いします。
将棋仮面さんはタブレットをちらりと見て、
「これも過激だな。3八金がふつうだ」
とコメントした。
「おたがいに突っ張りあってる感じですか」
「4二銀、4二金上、2四銀あるいは2四歩の4択だが……4二銀はない」
「4二銀は6六角、2四歩、4四角で、1二玉と粘ってもいいことなさそうですね」
「2五歩で桂馬を入手しても、玉頭がボロボロになる。これは後手負けだ。よって2四銀か2四歩か4二金上の3択。私なら金を立って銀桂交換を催促する」
それもありか……おいらだったら、どうするかな。
ちょっと考えてみる。
「……2四歩で催促するのはダメなんですか?」
「なくはないが、4二金上なら3三桂成に同金で形が安定する」
なるほどね、納得。
「後手が4二金上で先手は3八金ですか?」
「おそらく」
パシリ
あ、動いた。
鳴門のあんちゃんは4二金直だった。
「将棋仮面さん、当てますねぇ」
将棋仮面さんは御面に手をあてて、
「ヒーローは読みがするどい」
と、ご満悦。表情はわからないけど。
パシリ
あ、こんどははずれた。
「むむむ……6六銀か……」
「これはなんですかね? 7五歩の伸ばしに同銀の用意?」
「個人的に7五歩は怖くない。捨神くんとしてはなにかあるのかもしれないが」
将棋仮面さんはそこまで言って、ふと動きをとめた。
「……もしや5八金と寄せて行くのか?」
「銀冠まで組むってことですか?」
「6六銀と一番整合的なのは、それだ。現状で7五歩〜7六歩が怖くないのは、最悪7七歩成に同金と取れるからだ。しかし5八金と寄せるなら話は別になる」
なるほどなるほど、勉強になる。
やっぱこのひと強いや。おいらじゃ勝てないかも。
積極的に教えてもらおう。
「銀冠なら安定志向ですね。大会だからちょっとブルっちゃうとかあります?」
「ふむ……ヒーローといえども、捨神九十九の思考はさすがに読めない。ナレーションでも入ってくれればよいのだが……ひとまずCM」




