436手目 最強タッグの挑戦
会場がざわつくなか、吉良くんが挙手した。
「俺と捨神で挑戦する」
みんなの注目が集まる。
囃子原くんはニヤリとして、
《ほぉ……これは楽しみなペアが出てきた》
と言い、ふたりを舞台へあげた。
吉良くん、捨神くんの順番で登壇。
ふたりは将棋仮面と対峙した。将棋仮面は腕組みをして、
「なかなか手強そうなメンツだ」
とつぶやいた。
「将棋仮面はん、気合い入れんと持ってかれてまうで」
「ヒーローは常に手を抜かない……それではじゃんけんをしよう」
吉良くんと将棋仮面がじゃんけんをして、吉良・捨神ペアが先手になった。
指す順番は吉良くん→難波さん→捨神くん→将棋仮面。
難波さん手揉みをしながら、
「おふたりはん、居飛車党と振り飛車党のペアやけど、ええんですか?」
とたずねた。
吉良くんは「ハンデのつもりはない」と答えた。
将棋仮面はファイティングポーズをとった。
「では、尋常に……」
「おい、ちょっと待て」
吉良くんはいきなりストップをかけた。
将棋仮面をゆびさす。
「後方宙返りはどんな大会でも禁止されてるだろ。絶対やるなよ」
いきなりのお説教タイム。
将棋仮面はうなって、
「ううむ……吉良義伸のアドバイスなら、しかたがない」
と降参した。素直仮面。
囃子原くんは笑って、
《主催者としても、安全第一でお願いする。それでは対局を始めよう》
と言い、対局開始の合図をした。
吉良くんはポケットに手をつっこむ。
「よし、いくぜッ! 7六歩だッ!」
「手加減なしでっせ。8四歩」
捨神くんは、
「居飛車に誘導ってことか。じゃあ6八銀」
と、真正面から受けて立った。
内木さんの解説が始まる。
《矢倉でもかまわないということでしょうか?》
囃子原くんもマイクを手にして、
《この手だけではなんとも言えないな。見てのお楽しみだ》
と返した。
3四歩、7七銀、6二銀、2六歩。
うーん、居飛車っぽい。
陽動振り飛車ならできるけど、やらないと思う。メリットがない。
将棋仮面は7四歩でゆさぶりをかけた。
吉良くんは2五歩でかたちを決めた。
「ほんまに居飛車でっか……3二金」
7八金、7三銀。
吉良くん、小考。
「……開戦する。2四歩」
同歩、同飛。
将棋仮面は「ふーむ」とうなった。
「変則角換わりだな……8五歩」
吉良くんは3四飛で横歩をとった。
内木さんは、
《矢倉の出だしでしたが、力戦になりました。3四飛は強い手で、飛車をもどすのに手数がかかりそうです。後手の対応が注目されます》
とコメントした。
3三角、3五飛、2四歩、3六飛。
先手の動き、あんまりスムーズじゃないわね。
「ごっつ手損してまへん? 2二銀」
2六飛、2三銀で、後手は銀冠に組み替えた。
えーと……先手が3手くらい損してない?
手得を競うゲームじゃないけど、さすがに出遅れ感があった。
吉良くんが悩む。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3六歩」
《後手の歩切れを突いた手ですね》
対局者にも聞こえてるけど、このレベルなら問題なさそう。
難波さんは6四銀。
以下、3五歩、4二玉、3八銀に7五歩と仕掛けた。
《同歩でしょうか?》
《僕なら……おっと、さすがにこれは助言になるか》
囃子原くんはコメントをひかえた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
捨神くんは3七桂と跳ねた。
これは振り飛車っぽい感覚だと思う。
内木さんはあらためて、
《囃子原さんなら、なにを指していましたか?》
とたずねた。
《5八玉だな。先手は中住まいにしたい》
なるほど、それは捨神くんだと第一感に来なさそう。
将棋仮面は7六歩と取り込まずに、4四角と出た。
吉良くんはこの手をみて、
「7五歩なら、無視して3五角か……」
と、狙いを読んだ。
けど、手を変えようがないんじゃないかしら。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7五歩」
「ほな遠慮なく……3五角」
3六飛、4四角、4六歩、3五歩、2六飛。
ここで将棋仮面の手番。
「歩切れを解消する。7五銀」
バランスは……とれてそう?
よくわからない。
内木さんは、
《後手から8六歩、同歩、同銀、同銀、8八角成の強硬策もあります。先手がやや忙しくなったように思います》
というコメント。
吉良くんもポケットから右手を出して、ガシガシと頭をかいた。
「むずいな」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4五歩」
ん? 4五桂の余地を消した? ……あ、飛車の横利きを通したのか。
内木さんの解説にあった8六歩は、成立してたってこと?
「レモンはーん、さっきのはヒントちゃいますの?」
《あ、いえ、その……》
「ま、冗談ですわ。3三角」
4八金、8四飛、6六銀。
先手からぶつけた。
内木さんはさっきのことがあったからか、
《取るか取らないかですが……》
と、あいまいな表現。
うーん、余興だからいいと思うんだけど。
ここから同銀、同角、同角、同歩、8六歩なら決戦になる。
「取ってもええんやけど……」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「6四銀」
難波さん、取らず。
捨神くんはちょっと拍子抜けしたらしく、
「あ、うーん、取らないんだ……」
と、困ったような顔をした。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4七銀」
ここで将棋仮面は息をついた。
「ふむ、さっきのは取って良かったと思うが……」
「将棋仮面はーん、仲間割れはあとにしまひょ」
「失敬。7三桂」
吉良くんは5六歩と突いた。手筋だ。
中央に殺到されるのを嫌っている。
難波さん、あごに手をあてて小考。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「8六歩」
こんどこそ開戦。
同歩、同飛、8七歩。
難波さん、さらに攻勢に出る。
「7六飛や」
将棋仮面はパチリと指を鳴らした。
「難波くん、その手はヒーローらしくていいぞ」
《将棋仮面さーん、相談禁止です》
「あ、はい」
捨神くんは7七歩と打った。
6八玉でがんばるのは、5九銀のひっかけで即死する。
将棋仮面は7四飛と引いた。
吉良くんはつま先で床を小突いた。
「角を使うしかねぇな。7九角だ」
「ほな先に銀交換しまへんか。6五銀」
捨神くんは「これは取れないから……」と言いながら、視線を宙にさまよわせた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4四歩」
吉良くんと難波さんが反応した。
将棋仮面も微妙に反応した気がする。
吉良くんは、
「マジか?」
と言って、暗にダメ出しした。
「え、あ、疑問手だった?」
「おふたりさん、相談したらあきまへん」
難波さんはそう言いながら、すこし表情がよくなった。
絶対に疑問手だと思っている。
将棋仮面はこぶしを握って、グッとガッツポーズ。
「6六銀」
4三歩成は大したことがない、という手だ。
吉良くんはかるく左目をつむった。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「行くしかねぇ、4三歩成」
同金、6六歩、8八歩。
先手、痛打。
同角しかないけど──
吉良くんは両手を頭にあててのけぞった。
「同か……いやッ! 同金ッ!」
マ? めっちゃつっぱった。
「吉良はん、つっぱりたいお年頃でっか……6六角」
《先手やや不利にみえますが……》
《たしかに、これは後手を持ちたいな》
解説陣の意見は一致した。
先手はアンバラス過ぎる。
捨神くんは、
「次に6五桂跳ねで終わっちゃうから……角に当てるね。5五銀」
これまたトリッキーな受け方をした。
ふつうに6七歩もあったと思う。
「ヒーローはあせらない。8四角」
「あせってもらうぜ。4四歩」
「3四金。これで角は出られまへん」
捨神くんの手番。
これだけ乱戦になると、10秒でまとめるのはむずかしそう。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「6四歩」
難波さんは「ん?」という顔をした。
メガネの奥で、するどく目を光らせた。
「横利きの消し……4六飛狙いでっしゃろか」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同歩」
吉良くんは4六飛と回った。
将棋仮面は3二銀打を選択。手堅く受けた。
《先手は手を作るのがむずかしくなりましたか》
《しかし、意外と均衡したな。後手持ちなのは変わらないが》
ここで2二歩はありそうなのよね。
3三桂のあとに2一歩成とできないのがネックだけど。
捨神くん、かなり困っているようす。
こめかみに指をあてて、じっと宙を見つめていた。
ピッ、ピッ……
「ごめん、振り飛車っぽくいくね。5七角」
「「「!」」」
ほかの対局者が反応した。
「取るしかないが……しかし……」
将棋仮面、迷う。
おそらく角交換後の4三角を気にしている。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同角成」
「同金」
難波さんの手番。
受けるなら5二金、受けないなら7九角。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「受けまっせ。5二金」
捨神くんは6八玉と上がった。
将棋仮面は右足を浮かせかけた。けど、すぐにもどした。
「後方宙返りは禁止だったな……ならば盤上で舞おうッ! 6五桂ッ!」




