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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第41局 日日杯1日目(2015年8月1日土曜)
443/683

431手目 悪手の順序

 あッ……私はあわてて解説にもどる。

「これは……と金を寄せるのをあきらめたみたい」

「ちょいともったいないですわ」

 桂香は、と金じゃなくて飛車か角で取りたかったはず。

 大谷おおたにさんがこの手を選択した以上、形勢はまだ互角だ。

 温田おんださんは当然に7四角成。飛車を殺しにきた。

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 んー、遠見の角かぁ。

「7一龍、7二飛、同龍、同角?」

「歩があれば6八龍もありそうやけど、ないから7一龍やと思います」

 ですね。歩があれば6八龍、7二飛に7三歩で止められる。

 同桂としてきたら8三歩成で後手がアウトだ。

 本譜も予想どおりに進んだ。

 7一龍、7二飛、同龍、同角、8三歩成。

 ここで大谷さんは7九飛と打った。

 角を助ける攻防が始まる。

 8四馬、6一角、4一飛、6九飛成、7五馬、3一銀。

 後手は穴熊をととのえた。

 先手は駒の補充にむかう。

 8二と、3五歩、8一と、3六歩、同銀。

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 これは──

「後手が良くなったんじゃない?」

「さいですねぇ」

 穴熊の切った張ったをまちがえなければ、大谷さんの勝ちかな。

 陣形に差がある。馬と飛車の利きでは補えないはず。

 じわじわと評価値が離れていくパターンだ。

 温田さんにはもうしわけないけど、チャンネルを変えるタイミングかな。

二階堂にかいどうvs磯前いそざきにもどすわね」


挿絵(By みてみん)


 こっちも終盤だ。

「……パッと見、後手優勢?」

「1七歩成くらいでええんとちゃいますか」

 この予想はハズれた。

 磯前さんは2五歩で桂馬を殺しにいく。

 ちょっとらしくないかな、と思った。大会だから慎重になってるのかしら。

 3四桂、同金、3五香。

難波なんばさんの手のほうが、かえって安全だったかも」

「同金、同歩のあと、後手に決め手でもあるんでっしゃろか」

 んー、決め手云々なら、1七歩成だったのでは。

 磯前さん、変調に注意。がんばれ。

 

 パシリ パシリ パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 角出? 私はすかさず、

「3六桂狙いなのは分かるけど、先手がそこに先着するわよね?」

 とコメントした。

「先手から3六桂は、1七金、3九玉、6八龍が怖いんとちゃいます?」

 私はタブレットで検討してみた。

「……それだと寄らないと思う。6八同龍、2八銀、同馬、同金、同玉、1七角に、同桂でも1八玉でも詰まないんじゃないかしら。むしろ2四桂じゃない?」

「あぁ、たしかに詰まんですね。ほな形勢接近しとる気がします」

 いかん、磯前さん、本格的に変調。

 二階堂さんは前傾姿勢で読んでいる。

 すでに1分将棋だった。


 ピッ ピッ ピッ ピーッ! パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 え? そっち?

 私もその手は読んでいた。もしそのときの予想が正しいなら──悪手。

 

 パシリ

 

 3六桂が打たれた。そう、これがある。

 二階堂さんはアッとなった。

 難波さんも、

「同馬は馬筋が逸れますさかい、1七金〜6八龍がこんどこそ詰めろです」

 と指摘した。

 二階堂さんピンチ。

 しまったという顔で頭をかいていた。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ

 

 二階堂さんは59秒ギリギリまで考えて同馬。

 以下、1七金、3九玉、6八龍で、例の龍切りが成立した。

 二階堂さんは1七桂で詰めろを解除する。

 磯前さんは同歩成で再度詰めろ。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ! パシリ

 

挿絵(By みてみん)


「王手ラッシュ?」

「もありますけど、3三玉に2四金と捨てて、同玉、2五馬、同玉、3七桂、2四玉、6八龍狙いやと思います」

 あ、そういうことか。

 金と馬を捨てながら3七桂と王手。

 これで角筋を遮断できるから、6八龍で飛車を拾える。

 駒の損得もあまりない。

 磯前さんは10秒だけ考えて3三玉。

 二階堂さんは困ったような顔でひたいを押さえた。


 ピッ ピッ ピッ ピーッ! パシリ

 

 2四金が入った。

「金と馬、どっちか取らなきゃいいのよね?」

「さいですね。ここで4三玉とするか、あるいは2四同玉、2五馬に2三玉とするか」


 ピポ

 

 磯前さんも1分将棋になった。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ! パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 取る方を選択。

 以下、2五馬、2三玉、2四金、1二玉、1三金、同玉、1四歩、2三玉。

 二階堂さんの王手ラッシュが始まった。先手はもう助からない。

 私はタブレットの盤面を動かしながら、

「……詰まないかな」

 と判断した。

「駒が致命的に足らんですね。6三龍とも入れんのが痛いです」

 2四香、同角、同馬、同玉で角を消しても、2八銀で詰む。

 秒読みが無情に時を刻んだ。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ!

 

 二階堂さんが頭をさげた。

 ゲームセット。

 最後はバタバタしたけど、逃げ切って終局。

裏見うらみはん、感想はどないです?」

「途中は観てなかったけど、さばき合いで先手に誤算があったっぽいかしら」

「そのへんは、あとで確認しましょ。ほな、温田vs大谷を」

 おっと、忘れてた。

 私はカメラを切り替える。

 

挿絵(By みてみん)


 ……後手勝勢っぽい。

「さすがに大谷さんがいいわね」

「4七金と逃げても同角成で寄りにみえますわ」

 たぶん。4七金打と打つのも3八桂成〜4七角成でバラバラにされる。

 温田さんの表情もかんばしくなかった。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ! パシリ

 

 温田さんは単に4七金を選択した。

 大谷さんはお茶を飲んで一服。

 それからスッと腕を伸ばして、同角成とした。

 同歩、3八角。

 

挿絵(By みてみん)

 

「同歩なら2九龍で詰み、同銀は同桂成が必至かな」

 ここで温田さんが投了した。

 えーと……感想はどうしましょ。

 最後だけみたら大谷さんの圧勝なんだけど。

 わかる範囲でコメントしておく。

「大谷さんはこれで4連勝、初日全勝もみえてきた感じね」

「いやぁ、ほんまに強いですわ。ほな、インタビューに移りましょ」

 スタッフのひとから合図があるまで待機。

 10分ほどして、磯前さんの映像が映った。

《もしもーし》

「あ、おつかれさま」

香子きょうこちゃん、あたしの将棋好きだね》

 たしかに毎回観てるわね。

 まあ、それはおいておきまして。

「どのあたりから良くなったと思った?」

《んー、早紀さきが端攻めしてきたところかな》

 そこは観てないのでわかりません。

 磯前さんの話によれば、飛車角のさばき合いのあと、1五歩が入ったらしい。

 その端攻めにムリがあったんじゃないか、というコメント。

《ただ終盤の2五歩〜1五角は良くなかったね。ふつうに1七歩成だった》

 あ、やっぱりそこは反省材料なんだ。

 観てても疑問だったし。

 私は納得しつつ、難波さんにゆずった。

「おつかれはんです。終盤、3六桂と先着されたらどないでした?」

《1五角に3六桂だよね? それだと評価値がだいぶもどったと思う。あたしは2四桂の予定だったけど、うまく寄らなかったみたい。早紀さきの応手が3七馬で助かったよ》

 悪手は後に指したほうが罪が重い、ってパターンか。

 難波さんもそれ以上はつっこまなかった。私に司会をもどした。

「それじゃ、次が初日最後だから、がんばってね」

《了解。勝ち越しにしたいね。香子ちゃんも解説がんばって》

 次は二階堂さん。

《もしもし》

「もしもし、おつかれさま」 

《あ、おつかれさまです。その声は裏見さんですか?》

 私はそうだと答えた。

 敗者インタビューだから、あたりさわりのない質問に。

「途中、9四歩のところで5二飛成もあるかな、と思ったんだけど」

《はい、それは局後の感想戦でも出ました。5二飛成、9五歩、4三銀、4二桂、3二銀成、同銀のあと、千日手っぽくなる順ですよね。わたしは対局中にそっちだけ読んでたんですが、磯前先輩は3二銀成、同銀に4三金と打ちなおさないで、6八金とされるのがイヤだったそうです》


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「えーと……これはどういう手?」

《後手陣を1枚はがしてからの受け、ですね》

「なるほど……難波さん、なにかコメントある?」

「早紀ちゃん、おつかれさーん。千日手がイヤだったのはなんでなん?」

《あ、千昭ちあきちゃんも観てたんだ。んー、時間差があったからね》

「3分くらいならええかなあ、と思うたんやけど」

《磯前先輩あいてに3分差で指しなおすのは、ちょっとキツいかな》

「せやね、判断として批判してるわけやないでぇ」

 さて、それでは次のペアに。

 大谷さんからだ。

《もしもし》

「もしもし、おつかれさま」

《裏見さんでしたか。おつかれさまです》

「穴熊は最初から決め打ってたの?」

《はい、温田さんが飛車を振るという予想でしたので》

 でも梨元なしもとさんのときは、そうじゃなかったのよね。

 そのへんをつっこんだら、ダメなのかしら。

「……梨元さんのときに急戦だったのは?」

《あちらは梨元さんの棋風に合わせました。温田さんは対穴熊で組んできましたが、梨元さんにはそのような気配がなかったからです》

「なるほどね……難波さん、どうぞ」

「おつかれはんですぅ。次勝てば全勝ですけど、意気込みは?」

《まだ初日ですので、勝ち星は気にしておりません》

 いかにもなかわしかた。

 それじゃ、最後に温田さん。

「もしもーし」

《もしもし、みかんなの〜裏見先輩に2回も負けをみられて恥ずかしいの〜》

 いや、べつにプレッシャーをかけてるわけではないので。

「おつかれさま。端の突き越し穴熊は予定どおり?」

《あれはプランBで用意してあったの〜中盤の折衝がよくなかったの〜》

 なるほど、みんないろいろ準備してきてるのね。

 まあ当たり前か。

「難波さん、なにかある?」

「みかんちゃん、おつかれさーん」

《千昭ちゃんもおつかれさまなの〜絶対カラ口解説だったの〜》

「そんなことあらへんでぇ。最後がんばってやぁ」

《初日負け越し確定でテンション下がるけど、がんばるの〜》

 というわけで、第4局も終了。

 だいぶ明暗が分かれてきたわね。

 次は初日のラスト1局。手を抜かないようにいきましょう。

場所:第10回日日杯 1日目 女子の部 4回戦

先手:二階堂 早紀

後手:磯前 好江

戦型:先手三間飛車


▲7六歩 △8四歩 ▲7八飛 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲6六歩 △6二銀 ▲1六歩 △1四歩 ▲6八銀 △4二玉

▲4八玉 △3二玉 ▲5八金左 △5四歩 ▲5六歩 △5二金右

▲3八銀 △3三角 ▲3六歩 △2二玉 ▲5七銀 △4四歩

▲3九玉 △3二金 ▲7五歩 △5三銀 ▲5九角 △6四銀

▲6五歩 △同 銀 ▲6七金 △6四歩 ▲7七桂 △8六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲6五桂 △8九飛成 ▲7六飛 △6五歩

▲8六飛 △同 龍 ▲同 角 △8七飛 ▲7七金 △8八飛成

▲8二飛 △8五歩 ▲8九歩 △同 龍 ▲9五角 △9四歩

▲8四角 △4三金右 ▲8一飛成 △4五歩 ▲6八銀打 △6六桂

▲2八玉 △7八桂成 ▲同 金 △同 龍 ▲7三角成 △6六歩

▲6一龍 △7六歩 ▲2五桂 △4二角 ▲1五歩 △同 歩

▲6六龍 △2四歩 ▲1二歩 △同 香 ▲1三歩 △同 桂

▲同桂成 △同 香 ▲9一馬 △1六桂 ▲同 香 △同 歩

▲2六桂 △2五歩 ▲3四桂 △同 金 ▲3五香 △同 金

▲同 歩 △1五角 ▲3七馬 △3六桂 ▲同 馬 △1七金

▲3九玉 △6八龍 ▲1七桂 △同歩成 ▲3四桂 △3三玉

▲2四金 △同 玉 ▲2五馬 △2三玉 ▲2四金 △1二玉

▲1三金 △同 玉 ▲1四歩 △2三玉

まで112手で磯前の勝ち



場所:第10回日日杯 1日目 女子の部 4回戦

先手:温田 みかん

後手:大谷 雛

戦型:対抗形相穴熊


▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △8四歩 ▲7八飛 △8五歩

▲7七角 △6二銀 ▲6八銀 △4二玉 ▲1六歩 △3二玉

▲3八銀 △5四歩 ▲6七銀 △5二金右 ▲1五歩 △3三角

▲3六歩 △4四歩 ▲4六歩 △2四角 ▲4八飛 △4二角

▲8八飛 △2四角 ▲3七銀 △5三銀 ▲4八玉 △2二玉

▲3八玉 △1二香 ▲6五歩 △1一玉 ▲2八玉 △2二銀

▲5八金左 △4三金 ▲5六銀 △7四歩 ▲4八金寄 △3二金

▲1八香 △3三角 ▲1九玉 △4二銀 ▲3九金 △3一銀右

▲3八金寄 △7五歩 ▲同 歩 △7二飛 ▲6四歩 △同 歩

▲6八飛 △8六歩 ▲6四飛 △8七歩成 ▲6一飛成 △7五飛

▲6六角 △8五飛 ▲4五歩 △7八と ▲4四歩 △同 金

▲4二歩 △同 銀 ▲8二歩 △同 飛 ▲8四歩 △4三金引

▲3三角成 △同金寄 ▲8三角 △8九と ▲7四角成 △9四角

▲7一龍 △7二飛 ▲同 龍 △同 角 ▲8三歩成 △7九飛

▲8四馬 △6一角 ▲4一飛 △6九飛成 ▲7五馬 △3一銀右

▲8二と △3五歩 ▲8一と △3六歩 ▲同 銀 △3七歩

▲同 桂 △4四桂 ▲4五銀左 △3六桂 ▲同 銀 △3五歩

▲2五銀 △3六銀 ▲2九桂 △5二角 ▲5一飛成 △3七銀成

▲同 桂 △4六桂 ▲2九銀 △3八桂成 ▲同 金 △6一金

▲3一龍 △同 銀 ▲3九歩 △7八飛 ▲4五桂打 △7五飛成

▲3三桂成 △同 金 ▲4五桂打 △4六桂 ▲2八銀打 △7八龍上

▲4八歩 △7四角 ▲3三桂不成△同 桂 ▲5六歩 △同 角

▲4七金 △同角成 ▲同 歩 △3八角


まで136手で大谷の勝ち

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