430手目 ダブル対抗形
ふぅ……というわけで、休憩終了。
私は解説室にもどった。第4局もがんばりましょう。
えーと、スタッフのひとが言ってた席は──
「裏見はーん、こっちやでぇ」
おっと、難波さんを発見。こちらに手をふっている。
左奥隅のテーブルだった。
私は難波さんの右側に腰をおろす。
「よろしく」
「ほな、頼んます」
ヘッドセットをつけて、タッチペンでアプリを起動。
「どの対局にする?」
「裏見はんのお好きなところで」
丸投げかーい。
「午前中は磯前さんと大谷さんを中心に観たから、4局目もそれでいい?」
難波さんはオッケーだと言ってくれた。
じゃ、始めましょ。
【先手:温田みかん(E媛県) 後手:大谷雛(T島県)】
四国対決ですね、はい。
「温田さんが2勝1敗、大谷さんが3勝0敗か……」
「対抗形は予想通りでっしゃろか」
たしかに。温田さんは振り飛車党、大谷さんは居飛車党。
どちらかがトリッキーなことをしない限り、こうなる。
「温田さんは穴熊にしないつもりなのかしら。端が早いわね」
「んー、アマだからなんでもありなんとちゃいます?」
それもそうか。
序盤はさくさく進んだ。
3八銀、5四歩、6七銀。
藤井システムっぽい動きだ。三間ではあるけれど。
5二金右、1五歩、3三角、3六歩、4四歩、4六歩。
「後手は穴熊に組みそう?」
「5八金左が入っとらんので、2四角とのぞく気がしますわ」
……なるほど、2四角に4七銀はしにくい、と。
パシリ
あ、そう指した。
「さすがは難波さんね」
「いやぁ、まぐれですわ」
その飄々とした返事、どこか韜晦めいたものを感じてしまう。
とはいえ、手を指摘してくれるのはありがたい。
以下、4八飛、4二角、8八飛、2四角と牽制が続いた。
「4八飛で千日手かしら?」
「みかんはんから変える可能性はあります。先手やさかい」
この予想も正解で、温田さんは3七銀と上がった。
先手は美濃囲いを放棄。
大谷さんが一本取った……というわけでもないのかしら。
むずかしいわね。むしろ先手が穴熊に組みなおす可能性も出てきた。
「3七銀を活かすなら穴熊もあり……か」
「さいですね」
5三銀、4八玉、2二玉、3八玉、1二香。
後手は態度を明確にした。
6五歩、1一玉、2八玉、2二銀、5八金左。
先手もバランスは悪くないっぽい。
ただ穴熊にしないとキツいかな、とは思う。
4三金、5六銀、7四歩、4八金寄、3二金、1八香。
「やっぱり相穴か」
「大会らしくてええですわ」
持久戦になりそう。解説としてはたいへん。
気合いを入れていきましょう。
3三角、1九玉、4二銀。
後手は4枚穴熊へ移行。
大谷さん、2局目の梨元戦とはうってかわって手堅い。
先手も固めていくしかなくなった。
3九金、3一銀右、3八金寄。
ここで大谷さんの手が止まった。
「攻めを考えてるのかしら」
「角は3三のままでっしゃろか?」
「……それでも行けなくはないと思う」
私はタッチペンを動かしながら解説した。
「7五歩と突いて、同歩、7二飛と寄れば、先手も対応が忙しくなるわ」
【参考図】
「後手は4枚穴熊。先手はちょっと中途半端なのよね」
「勉強になりますわ」
またまた、わかってるくせに。
「難波さんだったら、どう指す?」
「うちなら7三桂です」
いかにもな手だ。そっちのほうが普通かも。
「そうね、7三桂、2八金上みたいな展開もあるか」
……………………
……………………
…………………
………………大谷さん、長考。
ここまでの進行は、かなり速かった。
まだ開始15分なのに50手近く進んでいる。
「二階堂vs磯前に切り替えても、いいかしら?」
「どうぞどうぞ」
【先手:二階堂早紀(K川県) 後手:磯前好江(K知県)】
こっちも対抗形か。
そういえば、早紀さんは振り飛車党だったわね。
うどん屋で指したから覚えてる*。
「もう開戦してるのね……同銀?」
「部分的に銀ばさみっちゅー狙いでっしゃろか」
「先手に歩があれば、同銀、6六歩で死ぬわね。でも今は持ってないわ」
「ほな、6七金〜7七桂と組み合わせますわ」
【参考図】
「銀得とはちゃいますけど、銀桂交換です」
あ、そういうことか。
いい構想にみえる……ん?
「8六歩、同歩、同飛のとき、8筋が止まらなくない?」
7七桂で角筋が遮断されてしまっている。
8八歩と打っても8七歩のこじ開けがあった。
「その瞬間に6五桂が飛車取りになりますわ」
「あッ……でもそれには8九飛成よね?」
「以下、7六飛、6五歩、8六飛で飛車も交換っちゅーのはどないです?」
ふむふむ、理解した。ただの銀桂交換にはならないようだ。
大駒もさばき合う展開。
「磯前さんの長考は、この斬り合いがあるからなのね」
「飛車交換が先手の利なら、5三銀と引くしかありませんわ」
パシリ
あ、動いた。
磯前さんは6五同銀を選択。
以下、6七金、6四歩、7七桂と進んだ。
さらに8六歩もすぐに指された。
「これはお互い、相当先まで読んでますわ」
難波さんのコメント通り、そこからはほぼノータイム。
同歩、同飛、6五桂、8九飛成、7六飛、6五歩、8六飛。
「同龍、同角、8七飛の打ち返しでしょうね」
「角金両取りやさかい、7七金の一手ですわ」
これも解説陣の読み通りになった。
8六同龍、同角、8七飛、7七金。
パシリ
……うまいッ!
この飛車成りは機敏だ。位置がすごくいい。
私はタッチペンで飛車をつつく。
「先手は8二飛と打ち返すでしょうね。そこで8五歩があるわ」
【参考図】
「同飛成なら後手の攻めが遅れる。9五角は9四歩、8四角、7七龍で金損」
「7七龍と取るには、8八に成っとかんといかんわけですね。せやけど、8九歩と打ったら回避できるんとちゃいます?」
「それが狙いなんだと思う。8九歩、同龍のあと、先手は歩切れになっちゃう」
二階堂さんもその順を選んだ。
8二飛、8五歩、8九歩、同龍。
なけなしの歩を捨ててから9五角と逃げた。
磯前さんは9四歩と突く。
「……」
「……」
ん? 二階堂さんの手が止まった?
8九歩と打ったんだから、さすがに端の読み抜けはないでしょ。
私は盤全体をみなおした。
「……もしかして5二飛成を考えてる?」
「あるんとちゃいますか。角金交換でも敵陣に迫ってますさかい」
私は考え込む──たしかに5二飛成もありそう。
どっちがいいのかは難しい。
「後手玉に迫れそう?」
「5二飛成、9五歩、4三銀、4二桂、3二銀成、同銀、4三金、3一銀……千日手っぽい気がしますわ。後手から手を変えるのはムリやと思います」
残り時間を確認する。
先手の二階堂さんが17分、後手の磯前さんが20分。
そっか、磯前さんとしては千日手歓迎なのか。
しかも二階堂さんの長考中だから、時間差はさらにひらく。
中継動画では、二階堂さんが悩んでいた。右手を頭にあてている。
私は難波さんに「千日手にすると思う?」とたずねた。
「時期はもう逸しとるんちゃいますか。この長考は微妙に感じますわ」
けっこうカラい評価ね。
じつは毒舌ちゃんですか。
パシリ
っと動いた。
千日手は回避された。
4三金右、8一飛成。
こんどは磯前さんの長考。
また局面が動かなくなった。
「温田vs大谷に戻すわね」
えーと……手順を確認しますか。
「最後に見たところから、7五歩、同歩、7二飛、6四歩、同歩、6八飛、8六歩、6四飛、8七歩成、6一飛成、7五飛、6六角、8五飛」
【途中図】
「ここで先手が4五歩」
「取らんで7八と、が速いと思いますわ」
正解。
以下、7八と、4四歩、同金、4二歩。
これは放置できないから同銀で、先手は8二歩。
この8二歩を見た難波さんは、
「同飛、8四歩が現局面ですか」
と言った。
そういうことですね、はい。
8二歩に対しては、無視して5五歩もあったかな、と思った。
本譜はすこしカラい指し方だ。
「後手はどうするのかしら? 8九とよりも6八ととしたいけど」
「4三金引で角ぶつけるんはどないです?」
……なるほど、交換するしかないのか。
「3三角成とさせて、同金寄の味がいいわね」
有力──おっと、そう指した。
4三金引、3三角成、同金寄。
パシリ
ふえぇ……ムリやり封鎖ですか。
「裏見はん、どっち持ちです?」
「若干後手持ち……かな」
明確に後手がいいとも言えない。
どこかで歩を入手して6四歩〜6三歩成になれば、先手もけっこう速い。
ここで大谷さんの長考。
「大谷さん、今のところ全勝なのよねぇ」
「優勝候補の一角だけありますわ。ちなみに、裏見はんの優勝予想は?」
そこはノーコメントで。
としたいけど、無視すると印象が悪いわね。
「んー、全員にチャンスがあるんじゃない?」
「その答え、いけずやわぁ」
いやいやいや、人間関係というものがですね。
「難波さんはだれだと予想してるの?」
「鬼首はんはけっこう穴だと思ってます」
あら、ピンポイントで指名するんだ。
しかも鬼首さんか。
すごく着崩したかっこうの子だったわよね。
ジャビスコ将棋祭りで会った記憶**。今のところ全勝者のひとりだ。
「で、裏見はんはどないです?」
うむむ、蒸し返される。
「……大谷さん、磯前さん、桐野さんあたりかな」
友だちをあげてみました、みたいなメンツになってしまった。
けど、ほかの子はあんまり知らないから、しょうがない。
あと早乙女さんも可能性ありそうなのよね。
飛瀬さんが団体戦で西野辺さんにボコられたらしい。
その西野辺さんは早乙女さんに勝てないと聞いた。
飛瀬さんは私に一発入る。早乙女さんはかなり強いと推測できた。
パシリ
*15手目 陽動された讃岐うどん
https://ncode.syosetu.com/n2363cp/17/
**56手目 休憩時間
https://ncode.syosetu.com/n2363cp/68/




