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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第41局 日日杯1日目(2015年8月1日土曜)
441/681

429手目 処刑用ティータイム

 内木うちきさんはこの手をみて、

《角が9四のままでは働かないので、この切りは自然です……が……》

 と、すこし間をおいた。

《が?》

《これで駒割りは対等になりました。後手は攻め切らないといけません》

《せやね。陣形は先手のほうがええからね》

 どうやら一直線の順に入ったようだ。

 六連むつむらくんは1分ほど考えて同金。

 吉良きらくんは6九飛と打ち込む。


挿絵(By みてみん)


《わりと続きそうやね……3九銀があるさかい……》

《はい、3九銀、1八玉、1五香となれば、先手は厳しいです》

《ほなら、指す手はひとつしかないな》

 解説の難波なんばさん、ちゃんと候補手をあげてください。

 とはいえ、有段者ならパッと見で5七角よね。

 3九銀を防ぎつつ、2四の飛車を牽制──あれ?

 その場にいる全員が、ほぼ同時に気づいた。

 最初に口に出したのは桂太けいただった。

「これ、後手の飛車死んでない?」

 死んでる……と思う。

 5七角のあと、5九金、8九飛成、7九金で飛車が詰む。

 5九金のまえに後手のターンだけど、この詰みを回避する方法はない。

 

 パシリ

 

 六連くんもそう指した。

 以下、4六歩、5九金、8九飛成、7九金。


挿絵(By みてみん)


《飛車が死んでもうたけど……》

《吉良選手のようすからして、見落としではなさそうです。おそらく端攻めに賭けているのではないかな、と思います。1五香に1七歩なら棺桶かんおけになりますし、1六桂からの追い出しの順もあります》

《せやけど、飛車を渡したら後手は危ないんとちゃう?》

 そこは難波さんに同意。

 飛車の打ち場所はいくらでもある。

 私も先手持ちになってきたわね。

 吉良くんは1五香と走った。

 六連くんは4六角で、飛車の態度決定をせまる。

 吉良くんの選択は7四飛。馬飛車交換の狙いだけど、六連くんは当然に拒否した。

 7五歩、同飛、7六歩。

 吉良くんのうでが盤上に映って、7九龍と切った。


挿絵(By みてみん)


 同角、1九香成、7五歩、1六桂、3九玉。

《先手は飛車2枚ゲットや》

《先手玉は一応3手スキですね。4五桂〜5七桂成が詰めろになるので》

 内木さんの予想は当たった。

 吉良くんは4五桂と跳ねたのだ。寄せを目指しているらしい。

《ほな、これで先手は2手スキっちゅーことや。後手に詰めろはかかる?》

 解説者も観戦者も、いろいろと考え始めた。

 私と松平まつだいらも検討する。

「第一感は1一飛よね?」

「いや、2一飛だな」

「桂馬に当てないの?」

「2一飛は詰めろだ。5七桂成なら、6一銀、5三玉、5二飛、4四玉、2四飛成」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 ……あ、そっか。私は納得した。

「1一飛だと、1四飛成、3四合駒、5五飛成、3三玉があるのね」

「そう、そこで1三龍と入っても、2三合駒の次がない」

 というわけで、後手に詰めろがかかることはわかった。

 解説陣も当然に気づく。

《2一飛が詰めろやね》

《2一飛、3一香までは確定っぽいです》

 ところが、六連くんの手がここで止まった。

 魚住うおずみくんは麦わら帽子をひとさしゆびでクルクルさせながら、

「さすがはすばるくん、ここは考えどころだもんね」

 と言った。

 たしかに……外野は2一飛で詰めろ、くらいまでの読みでいいけど、当事者はそうもいかない。吉良くんが2一飛の詰めろをうっかりするとも思えない。

 一方、桂太はやっぱり吉良くんを応援しているらしく、

「んー、なんかないかなあ」

 と考え込んでいた。私もコメントする。

「先手も危ないとは思うのよね……5七桂成が入ると挟撃だし……それに、2一飛、3一香と打ったら、先手陣に利いてるでしょ。2九成香、同銀、3七桂成も詰めろよ」

 これには桂太の背筋も伸びる。

「そっか、3一香は攻防だ」

「おいらならそこで1二飛と追加しとくけどね」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 むッ……2九成香、同銀、3七桂成には3一飛成か。

 根元の香車を食いちぎって、しかも後手は同銀とできない。

 六連くんは右腕をテーブルにつき、左手を眉のうえにあてて考えていた。

 かなりサマになっている。

 私は松平に、

「そういえば、六連くんのやってるカードゲームって、なんなの?」

 とたずねた。

「すまん、俺はああいうのはわからん」

 魚住くんが代わりに答えてくれた。

「『遊戯の王子様』っていう超人気トレカですよ」

「トレカってなに?」

「トレーディングカードゲームの略で、カードを集めてバトルするらしいです」

 なんか抽象的ね。

 魚住くんもあんまりわかっていないようだ。

 とりあえず、そのトレカとやらで全国レベルってことか。

 大会慣れはしていそう。

 

 パシリ

 

 あ、動いた。


挿絵(By みてみん)


 打ったわね。

《3一香、1二飛、2九成香、同銀のあとが問題ですか……》

《一本3八歩と打っとくんちゃう?》

《……なるほど、同玉なら3七桂成が王手になりますね》

《4九玉、4七成桂で安全に詰めろ継続や》

 ん? 意外と先手も危ない?

 桂太も元気になってくる。

「先手、寄る可能性あるね」

 魚住くんは、

「3八歩に同玉じゃなくない?」

 と反論した。

 たしかに、さっきのは後手有利な順を解説したわよね。

 3八歩の狙いは露骨なんだから、たぶん同銀だ。

 この予想は当たっていた。

 本譜は3一香、1二飛、2九成香、同銀、3八歩、同銀、2八金。


挿絵(By みてみん)


 さあ、これはさっきほど後手有利とは言えないわよ。

 駒を渡す可能性が高いから。

 のこり時間は、おたがいに5分を切っていた。

 最後の考えどころ。

 六連くんは1分使って4九玉と寄った。

 吉良くんも1分使って3八金。

 以下、5八玉、6五桂打、6七馬と進む。

 

挿絵(By みてみん)


 さすがに観戦席の雰囲気が一致してきた。

 桂太は頭をかいて、

「……ダメくさいね」

 とつぶやいた。

 同意。これは先手優勢でしょ。後手は切れている。

 とはいえ、投げる局面じゃないのがツラいところだ。

 吉良くんはさらに1分投入して、4八銀と打った。

 6五歩、5九銀成、同玉、5七金、同角、同桂成、同馬。

 後手は攻め続けるしかない。

 

 ピポ

 

 ここで吉良くんが1分将棋に。

 

 ……ピッ ピッ ピッ ピーッ! パシリ

 

 6五桂と跳ねた。

 以下、3一飛成、5七桂成。


挿絵(By みてみん)


 形づくり……かな。

 六連くんはお茶に手を伸ばす。

 桂太は「その儀式やめてくれぇ」とうめいた。

 処刑用ティータイム。

 

 ピポ

 

 六連くんも1分将棋に。

 

 ……ピッ ピッ ピッ ピーッ! パシリ


 5四香が打たれる。詰んだっぽい。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ!

 

 吉良くんは5三歩を選択した。

 六連くんは10秒ほど読みなおして6一銀。

 

挿絵(By みてみん)


《詰みです。6二玉、7二銀成、同玉、8四桂、8二玉、7一龍以下ですね》

《最後、一手違いやったねぇ。おもろかったわ》

 吉良くんは59秒まで考えて、それから投了した。

 桂太は後頭部に両手をあてて、大きくのけぞった。

「初日で黒星かあ、吉良先輩、残念」

 っていうか、六連くんが予想以上に強いのでは?

 あの守りの構想は、結果的に秀逸だったと思う。

 後手の攻めすぎを誘えた。

 しばらくすると、インタビューの中継も始まった。

 画面の左に六連くん、右に内木さんの顔が映った。

《六連選手、おつかれさまです。解説の内木です》

《おつかれさまです》

《切らして勝つ重厚な将棋で、観ていて勉強になりました。これは難波さんからのご質問ですが、どのあたりで優勢を意識されましたか?》

《そうですね……最後までわからなかったかな、という印象です。僕のほうが寄らないと思ったのは、3一飛成としたところです。それまではすこし危なかったですね》

《なるほど……では、私からの質問です。最後、6五歩と桂馬を払わずに、即3一飛成でも勝ちかと思ったのですが、六連選手のご感想は、いかがでしょうか?》


【検討図】

挿絵(By みてみん)


《そちらよりは本譜のほうが安全かな、と思いました。検討図だと、5七桂左成、同角、同桂成、同馬に7六角と打って、6七銀、5九銀成、同玉、4八銀、同馬、6七角成がたぶん必至なんじゃないかな、と》


【検討図】

挿絵(By みてみん)


《もちろん、5四香で後手は詰みます。5三合駒に4四桂以下です。ただ、本譜のほうが最後まで安全なので、全体の方針に合っていると考えました》

《わかりました。ご説明、ありがとうございました。では、吉良選手に切り替えます》

 左の画面が変わった。

 吉良くん、めちゃくちゃショックそう。

 じぶんのなかで整理がついていないみたいだった。

《吉良選手、おつかれさまです》

《おつかれさん》

《飛車をおとりにする攻めは、迫力がありました。序盤から積極策に出られたのだと思いますが、端の攻防については予定通りだったのでしょうか?》

《先手の1筋が弱いから、そこを突いたつもり……だったが、本譜は成立してなかったと思う。感想戦で6二角の筋が出てきて、たぶんそっちのほうがよかった》

《どの局面でしょうか?》

《1四歩、3五馬、4五歩、5八銀のあとだ》


【検討図】

挿絵(By みてみん)


《馬を逃げると殺到されるから、同馬、同金とするしかない。以下、7一角なら7二金、3五角成、6二角で千日手狙いになる。先手から打開は難しい。ただ、気づいても選択しなかったかもしれない》

《なるほど……ご説明、ありがとうございました。難波さん、なにかありますか?》

《レモンちゃんが完璧やから、とくにないわ》

《そ、そうですか……では、吉良選手、ひきつづきがんばってください》

《まだ3回戦だし、こっから挽回ばんかいするぜ》

《それでは視聴者のみなさま、いったん休憩に入らせていただきます》

 映像がオフになった。【しばらくお待ちください】の白抜き文字。

 私は黙って、モニタをみつめていた。

 すると松平が、

裏見うらみ、どうした? なにか気になることでもあったか?」

 とたずねてきた。

「私と一之宮いちのみやさんのインタビュー、もしかしてテキトウだったかな、と……」

 ここまでつっこんだ質問はしなかったし、単なる雑談になってたかも。

 反省。

 ところが松平はフッと笑い、前髪を流した。

「俺は裏見が画面に映ってるだけでうれしいぜ」

 バカ////// 桂太たちの視線が痛いでしょ//////

場所:第10回日日杯 1日目 男子の部 3回戦

先手:六連 昴

後手:吉良 義伸

戦型:居飛車力戦形


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3二金

▲7八金 △6二銀 ▲2五歩 △3四歩 ▲6八銀 △7四歩

▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △7三銀 ▲3八銀 △6四銀

▲6六歩 △5四歩 ▲6七銀 △4一玉 ▲1六歩 △7三桂

▲3四飛 △3三角 ▲7五歩 △同 銀 ▲5四飛 △8六歩

▲7四飛 △6四銀 ▲8六角 △7二金 ▲7六飛 △7五歩

▲同 角 △同 銀 ▲同 飛 △4二角 ▲7六飛 △8六歩

▲同 歩 △同 角 ▲4八玉 △7五歩 ▲8六飛 △同 飛

▲8七歩 △8四飛 ▲5三角 △4二銀 ▲1七角成 △4四歩

▲3九玉 △3三桂 ▲2七歩 △1四歩 ▲3五馬 △4五歩

▲5八銀 △7六歩 ▲2八玉 △7四飛 ▲5六歩 △4三金

▲6八馬 △1五歩 ▲同 歩 △5二玉 ▲8六馬 △2四飛

▲7六馬 △9四角 ▲7七馬 △5八角成 ▲同 金 △6九飛

▲5七角 △4六歩 ▲5九金 △8九飛成 ▲7九金 △1五香

▲4六角 △7四飛 ▲7五歩 △同 飛 ▲7六歩 △7九龍

▲同 角 △1九香成 ▲7五歩 △1六桂 ▲3九玉 △4五桂

▲2一飛 △3一香 ▲1二飛 △2九成香 ▲同 銀 △3八歩

▲同 銀 △2八金 ▲4九玉 △3八金 ▲5八玉 △6五桂打

▲6七馬 △4八銀 ▲6五歩 △5九銀成 ▲同 玉 △5七金

▲同 角 △同桂成 ▲同 馬 △6五桂 ▲3一飛成 △5七桂成

▲5四香 △5三歩 ▲6一銀


まで123手で六連の勝ち

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