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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第41局 日日杯1日目(2015年8月1日土曜)
435/683

423手目 最初の大一番

※ここからはプロローグの続きです。

 パシリ


「あ、取った」

 タブレットの局面が、パタパタと進んだ。

 2六同歩、同飛、2七歩、2二飛、6七銀、4四歩。


【先手:温田おんだみかん(E媛県) 後手:桐野きりのはな(H島県)】

挿絵(By みてみん)


 まだまだ序盤だけど、後手はすこしつっぱってる感じがする。

 とくに気になるのは居玉という点だった。このまま、ってことはないと思う。

「さすがに後手も囲うわよね?」

 一之宮いちのみやさんはじぶんのタブレットを確認しながら、

「あるていどかたちを決めるなら7二金、ぼやかすなら5二金左でしょうか」

 と言った。どちらもありそう。

 まあ、そのへんは単に順番の問題かな。

「先手は6五歩?」

「角道を開けるチャンスではありますが……やや危ないような……」

「6五歩のあと、7四歩、同歩、同飛、7三歩、7六飛で理想型じゃない?」

 私はタブレットを動かした。中間部分は、適当な手で埋めておく。

 私はタブレットを持ちあげて、一之宮さんにみせた。

 一之宮さんはちらりとみて、

「6五歩の瞬間に4五歩がありませんか?」

 と指摘してきた。

「4五歩? 3三角成、同桂……は損ね」

「さらに8五角もみえるので、先手は7四歩、同歩、同飛ができなくなります。この時点では、まだ6五歩とは開けられないと思います」

 さすがはH庫の県代表。一瞬で問題点を指摘してきた。

 ちなみに解説役として呼ばれているのは、九州あるいは近畿の県代表クラスと、中四国の高校竜王戦で優勝した人。私は後者の枠だ。

 温田おんださんは、ここで長考。

 ほとんど静止画状態になってしまった。

「……最初の対局にもどっても、いいかしら?」

「どうぞ」

 私は、磯前いそざきvs大谷おおたに戦に画面をもどした。


【先手:磯前いそざき好江よしえ(K知県) 後手:大谷おおたにひよこ(T島県)】

挿絵(By みてみん)


 え、こんなことになってるの?

 私はおどろいてしまった。

 さっきまではオーソドックスな矢倉だったのに。

「ちょっと変わったかたちね」

 私のコメントに、一之宮さんはうなずきつつ、

「どういう手順だったのでしょうか?」

 と確認を入れた。

「えーと……最後に見たところから、7三銀、1六香、8四銀、1八飛、7五歩、同歩、5五歩、同歩、8六歩、同銀、7五銀、同銀、同角、8六銀ね。先手の磯前さんがスズメ刺しをみせたけど、先行したのは大谷さんっていう流れ。いったん6四角?」

「6四角は4六銀と支えられてしまうので、4二角を推したいと思います」

 なるほど、端攻めをされそうだし、そっちを厚くしたほうがいいかも。

 本譜は一之宮さんの予想どおりに進んだ。

 4二角、4六銀、2四銀。


挿絵(By みてみん) 


 大谷さんは積極的に指している。スズメ刺しを銀で刺しにいった。

 先手からの攻めを、私はいろいろと読んでみた。

「……もしかして、先手動きにくくなってる?」

「そうかもしれません。単に1四歩では続かないような……」

 一之宮さんもふくめて検討。

 すぐに1四歩は、2四の銀と4二の角のシナジーで、潰れそうになかった。

 うーん、磯前さん、いきなりピンチ?

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 うわ、勝負に出た。

 私はこの手をみて即座に、

「2七銀は?」

 とつぶやいた。

 一之宮さんも同調した。

「ひとめ、そう打ち込みたいところです」

 羽生はぶゾーンってやつよね。

 私はタッチペンで2七銀と打ち込む。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「1七飛、3六銀成……4六の銀には、いちおう角のひもがついてるわね」

「それでも4七成銀だと思います」

 まあ、それはそうか。

「3六銀成の瞬間、一之宮さんなら、どう指す?」

「3七桂が第一感かと」

 桂跳ね──私はタブレットを見つめたまま、考え込んだ。

 2六成銀で上部を開拓していくのか、それともすなおに4七成銀とするのか。

「……後手は4七成銀〜5七歩の垂らしがあるから、攻めたほうが得かしら」

「先手に適当な反発があるのか否かが、争点になりそうです」

 大谷さんも、さすがに長考している。

 解説役の私たちは、ちょっと手持ちぶさた。

 局面を温田vs桐野に切り替えた。

 

挿絵(By みてみん)


 うわぁ、なんかごちゃごちゃしてる。

 局面を把握するまで、すこし時間がかかった。

「4六同歩に4五歩の狙い?」

「はい。以下、同桂、5六銀だと思います。後手は2五飛と走るしかないのでは?」

 それっぽい。2六歩は同角とできるから無効だ。

「先手も怖いかたちになるわね」

「後手も居玉のままでは戦えなさそうです」

 それはそう。最悪なにかのときに5三角成から一気に寄りそうだ。

 とくに、さっき読んだ2五飛の走りで、飛車の横利きがなくなった場合は。


 パシリ

 

 桐野さんは4六同歩と取った。

 以下、4五歩、同桂、5六銀、2五飛、4八金直。

 温田さんは自陣を整備した。

 桐野さんも6二玉で居玉を避けた。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ……え? 切った?

「切ってもだいじょうぶなの?」

 一之宮さんも、今回は即答しなかった。

「……4五同飛〜4七銀がみえますね。ただ先に7七角成かもしれません」

「角切り?」

 露骨に8五桂ってこと?

 それは飛車のほうを逃げられて、9七桂成、同香で意味がないような?

「7七角成、同飛、8五桂よりも4五飛のほうが厳しくない?」

「それは3七銀で受かってしまいます。7七角成、同飛、4五飛、3七銀、6五飛のスライドを狙うのは、いかがでしょうか。後手は角銀交換で損ですが、4六の拠点と飛車の働きでカバーすることは可能かと思います」

 ……あ、理解した。

 うーん、私が対局者だったら、これは思い浮かばなかったかも。

 やっぱりレベルが高い。

 本譜もそのとおりに進んだ。


挿絵(By みてみん)


 ここでまた動かなくなる。

「磯前vs大谷にもどってもいいかしら?」

 一之宮さんが了承してくれたので、そちらへ切り替え。


挿絵(By みてみん)


 むむッ、けっこう進んでる。

 私は棋譜を確認した。

「最後に観たところから、2七銀、1七飛、3六銀成、3七桂、4七成銀、4五歩、5七歩、同銀、5八成銀とすり込んだところね……4四歩?」

「はい、角は逃げないと思います」

「同金、4五歩で拠点をつくって、4三金引みたいな感じか……」

 私はお茶を飲んだ。

 そのタイミングで、ヘッドフォンにスタッフの声が入った。

《選手紹介もあるので、すこしコメントをいただけると助かります》

 ぐぅ、人使いが荒い。プライベートにふれるのはダメよね。私は思案した。

 間をもたせるため、磯前さんの選手情報をひらく。

 

 磯前いそざき 好江よしえ

  出身地:K知県

  学 校:南国なんごく水産すいさん高校(3年生)

  戦 歴:2010〜2011年度中学県代表

      2013〜2014年度高校県代表

  趣 味:釣り

  

「過去4回県代表は、さすがよね」

「5回以上はいませんから、最多ですか」

 私はうなずき返した。もちろん、磯前さんだけが4回というわけじゃない。県代表4回は、女子のなかに3人いる。それに、県代表の回数が少ないからと言って、弱いということにはならない。学年次第なところもある。

 このあたりの仕組みは、ちょっと説明が必要だと思う。日日にちにち杯に出場できる選手は、全国学生将棋トーナメント(中学の部or高校の部)の全国大会経験者だ。まず、4月から5月にかけて、全国の各ブロック代表を決める個人戦がおこなわれる。このブロックは、市町村単位なこともあれば、いくつかの市町村が合わさっていることもある。私の出身地の駒桜こまざくら市は、単体でひとつのブロックになっていた。

 このブロック代表になった選手は、それぞれの都道府県で県代表(あるいは都代表、府代表、道代表)を争う。この代表選抜戦が、だいたい7月下旬。そして8月に、全国大会が開催される。この全国大会に出場した選手が3年に1度、日日杯へ招待されるわけだ。但し、日日杯自体は非公式戦のイベントで、招待選手も、中国地方5県、四国地方4県に限定されていた。近畿勢や九州勢からは不満の声があがっているという噂も、ちらほら。でも、出資している囃子原はやしばらグループがそう決めているのだから、仕方がない。

「磯前さんの将棋について、なにか印象は?」

 おっと、私があんまり考え込んでいるから、一之宮さんに催促されてしまった。

「うーん……パッと一手で釣り上げてくる将棋、かな」

 磯前さんの趣味にひっかけてみた。

 一之宮さんもクスリとして、

「言い得て妙ですね。磯前さんは、そうとうな釣り好きと聞きます」

 と添えた。

 いやあ、釣り好きっていうか、釣りキチのレベルだと思う。週末は絶対に釣りをしているらしいし、水産高校だし、大学も水産関係がいいと言っていた。いまも、釣り用のジャケットで対局している。アウトドア派なのよね。私も元陸上部だから、将棋=完全インドア派というのは偏見。まあ、そういうひとも多いけどさ。

 私はそんなことを考えつつ、大谷さんの情報に切り替えた。

 

 大谷おおたに ひよこ

  出身地:T島県

  学 校:観音かんのん高校(3年生)

  戦 歴:2010・2012年度中学県代表

      2013〜2014年度高校県代表

  趣 味:八十八ヶ所巡り、読経、座禅

  

 うーん、この……非・女子高生オーラ……。

「大谷さんも県代表4回だから、やっぱりここが最初の大一番かな」

「大谷さんのご印象は?」

「……仏教系女子?」

 いや、そういうグループがいるのかどうか分からないけど、大谷さんは間違いなく、そうだと思う。今日もお遍路さんの格好で来てるし……でも、礼儀正しいし、そこ以外は普通かな……多分……見た目は、すっぴんでもカッコいい、ボーイッシュ(?)なタイプ。ソフトボール部のピッチャーを兼任していて、彼女もアウトドア派。


 パシリ


 駒音が聞こえた。

 私は盤面タブにもどす。

 4四歩が指されていた。

 同金、4五歩、4三金引と進んで、ここまでは解説どおり。

「ここでいったん角を逃げるか、それとも……」


 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 ん?

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