419手目 林家笑魅の夏休み
※ここからは、林家さん視点です。
いやあ、夏休みですねぇ。
林家笑魅でがす。
今日は駒桜の市民プールに来てるんですよ。
アウトドア。じぶんで言うのもなんだけど、落研らしくないな、これ?
駒桜の市民プールは、けっこうゴージャス。中央の50メートルプール以外にも、流水プール、こども用プール、小さなスライダーもあるんです。海に面してないから、その分を補ってるんですかね。瀬戸内海はすぐそこなんだけど。
目のまえでは、いおりんがバシャバシャクロール。
さすがに速いな、こいつ。バスケ部のエースだけのことはある。
わざわざ競泳用の水着まで持ってきてるし。
私はプールサイドで、琴音ちゃんのお守りです。
足だけプールに入れてのんびり。琴音ちゃんものんびり。
ふたりとも、体型カバーの露出少なめの水着。
「琴音ちゃん、泳ぐならサポートしますよ?」
「あとですこし泳ぐかもしれません。そのときはお願いします」
視覚障害者用のレーンがあればいいんですけどね。
さすがに駒桜みたいな地方都市じゃムリか。
あと、琴音ちゃん、すっごいパンダ日焼けしてる。気づいてないんだろうな、これ。
とりあえず日光浴をしていると、見慣れた集団が入ってきました。
虎向を先頭に、1年生集団がぞろぞろ。
私は手をふって、
「ここでがすよ〜」
とあいさつ。
虎向が気づきました。
「お、笑魅、先に入ってたのか」
「いおりんがさっさと泳ぎたいって言うんで、お先してるんだな」
「で、これからどうする?」
さあ、どうするんですかね。
そもそもこれ、発起人だれなんでしたっけ?
私が記憶をたどっていると、兎丸が、
「ごめん、僕から誘っといて悪いんだけど、好きなように遊ばない?」
と言いました。
みんなこれに賛成。
虎向は準備体操をしながら、いおりんに、
「おーい、俺と競争しようぜ」
と声をかけました。
いおりんは泳ぐのをやめて、
「虎向があいてじゃ、10メートルくらいぶっちぎっちまうかなぁ」
と、余裕綽々。
「そうはさせるかッ!」
虎向はプールにダイブ。
だーッ、水しぶきが飛ぶ。飛び込み禁止だろ、ここ。
ふたりは、スタートラインへ移動しちゃいました。
のこりのメンバーは散り散りに。
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…………………
………………あれ? 私って友だちいない?
悲しいなぁ、ってわけでもないんですけどね。集団行動苦手。
こうやって琴音ちゃんと、ぶらぶらしてるのが性に合ってます。
ぶらぶらぶらぶら。
そうこうしていると、目のまえに変なかっこうで泳ぐ少女が。
頭を水につけないで泳いでる。
市立のもみじちゃんでした。眼鏡をはずしてたから、一瞬わからなかったです。
「もみじちゃん、なんか変わった泳ぎ方してない?」
もみじちゃんは立ち泳ぎで止まって、
「あ、これ、古式泳法なんです」
と答えました。
「こしきえいほう……? 戦国時代の泳ぎ方?」
「戦国時代限定ではありませんが、日本式ですね」
なんでそんな泳ぎ方してるの?
もみじちゃん、常識人だけど、なんかときどきおかしい気がする。
「笑魅さんは、泳がれないんですか? 琴音ちゃんのつれそいなら、私が一時的に交代してもいいですよ?」
「ここでまったりしてるから、だいじょうぶでがす」
「そうですか。気が向いたら、声をかけてください。では」
もみじちゃんは、スーッと横ぎっちゃいました。
またぶらぶらするか。
ぶらぶらぶらぶら。
「おーい、歩夢、おせぇぞ」
「不破さん、急いでも反対側につくだけだよ」
天堂の楓ちゃん、市立の歩夢が、目のまえを通過。
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……………………
…………………
………………あいつら、つきあってるのかな?
ふたりでやたら一緒にいる気がする。
はあ、青春だねぇ。ぶらぶらぶらぶら……いッて!
後頭部にビーチバレーのボールが炸裂。
だれだぁ、いたいけな少女にボールをぶつけたやつは。
ふりかえると、升風の獅子戸が、
「いやぁ、わりぃ、ボールがあさってのほうに飛んだ」
と謝ってきました。
「気をつけてくださいよ。琴音ちゃんもいるんだから」
「すまん」
「ビーチバレーしてるの?」
「ああ、笑魅もやるか? 今のところ男4人だけどな」
コートのほうをちらり。
兎丸、五見誠、曲田勝己、ジョージの4人でやってるのか。
「ジョージたちとかけまして、ノブのないドアと解きます」
「? その心は?」
「押す(牡)だけです」
ジョージは腰に手をあてて、
「あのな、これは1年生会であって合コンじゃねーから」
と答えた。
「へっへっへ、旦那、下心丸見えでがすよ。ほんとは女子の水着見にきたんでがしょ」
「そのオヤジくさいのなんとかしろ。つーか、自動ドアかもしれないだろ?」
ぐッ……反論できない。
「おめぇ、私の大喜利をやぶるとは、なかなかやるな」
「で、ビーチバレーするか?」
私が返事をするまえに、琴音ちゃんが、
「笑魅さん、私はだいじょうぶなので、どうぞご自由に」
と言いました。
ダメですよ、こういうのは。
私が離れて琴音ちゃんになにかあったら、SNSで炎上しますからね。
女子高生、視覚障害の友人を放置してビーチバレーに興じる、とかなんとか。
世間は事情を考慮してくれない。
「私はここでぶらぶらしてるでがす」
ジョージは「そうか」とだけ言って、コートにもどって行きました。
じゃあ、またぶらぶらしましょうか。
ぶらぶらぶらぶら……あ、もう一組、ぶらぶらしてるペアがいますね。
市立のあずさちゃんとよもぎちゃんだ。
あずさちゃんは、体型カバーの赤い水着。
よもぎちゃんは、もうちょっとおとなしめの白いワンピース型。
なんかプールサイドをうろうろしてますね。ナンパ待ちか?
「そこのおふたりさん、あっしといっしょにぶらぶらしませんか?」
ふたりはふりむきました。あずさちゃんが、
「あれ、笑魅、なにやってんの?」
と尋ねてきました。
「ぶらぶらしてる」
「そっかぁ、あたしたちはタイミング見計らってる」
なんのだよ。目的語は明確に。
学校で習っただろ。
「なんのタイミングですか?」
「よもぎちゃんが兎丸くんに、『いっしょに泳いで♡』っていうタイミング」
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……………………
…………………
………………は?
よもぎちゃんは赤くなって、
「そういうことは言いません」
と否定しました。
なんだよ、この流れ。ノロケか? ノロケを聞かされてるのか?
だけど、兎丸とよもぎちゃんが付き合ってるって、ありえる?
笑魅、わかんない。女子高生の世界は複雑だ。
混乱する私をよそに、あずさちゃんは、
「じゃあ、そろそろ仕掛けてくるから」
と言い、よもぎちゃんの背中を押しました。
ふたりはコートのほうへ──ハァ、なんかイヤなもん見たな。
またぶらぶらしますか……いや、琴音ちゃんと会話するか。
「そういえば、新人戦の決勝は、もうしないんですかね?」
私の質問に対して、琴音ちゃんは、
「上級生からは、なにも連絡がありません」
とだけ答えました。
「ぶっちゃけ、琴音ちゃんは決勝戦やりたい?」
琴音ちゃん、即答せず。
「そうですね……古谷くんと決着をつけたい気はしますが、非公式戦ですし、1局だけのために大会を運営するというのは、むずかしいのかもしれません。公民館も、使用料がかかるそうですので」
「さいですか……」
んー、なんかもやもやするんだよなあ。
琴音ちゃんは、「それに」とつけくわえた。
「私が倒れた以上、ふつうは私の不戦敗だと思います」
「でも、琴音ちゃんの場合は、しょうがなくない?」
「将棋で視覚障害者に付与されるハンデは、駒などの道具だけです。対局スケジュールを変更して欲しいというのは、通らないのではないでしょうか」
「そりゃ前例がないからそうなってるだけで、ルール変えればいいと思いますがね」
まあ、辛気くさくなるので、この話はやめやめ。
そろそろ泳ぎましょ。
「琴音ちゃん、プール入りましょ、プール」
「ではエスコートしてください」
了解、と。
あっしが先に入って、琴音ちゃんの手伝い。
そこへ、いおりんも戻ってきました。
「おーい、オレも手伝うぜ」
「あ、いおりん、虎向との勝負は、どうなったんですか?」
「虎向ならあっちで足つって沈んだ」
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…………………
………………は?




