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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第40局 ぼくらの夏休み(2015年7月下旬)
430/682

418手目 辻竜馬の夏休み

※ここからは、つじくん視点です。

 ふいいい……あ、つじ竜馬りょうまです。

 今日も図書館でバイト……は、さすがにしていません。

 高校3年生の夏休みです。けんちゃんといっしょに、受験勉強。

 それにしても暑いですね。

 図書館の自習室が満席だったのは、誤算でした。

 屋外のテラスで勉強しています。日陰なので、なんとか。

 ここは図書館の敷地内ですが、垣根のむこうは車道です。けっこう騒がしいです。

 4人がけのテーブルを使えているのが、不幸中の幸いでしょうか。

 剣ちゃんもつかれてきたらしく、大きく背伸び。

「んー、わからんッ!」

 そうなんです。

 積分の問題がひとつ、解けないんです。

 

 挿絵(By みてみん)

 

 答えをみればいいんですが、どうしましょうか。

 これを解いて解散、という予定だったのですが、最後の最後で詰まっちゃいました。

「剣ちゃん、30分考えてわからなかったら答えをみる、っていうルールにしません?」

「詰将棋でも答えは見ちゃダメだろ」

 これは詰将棋ではないと思うんですが。

 まあ、じぶんの頭で考えるのはだいじです。

 とはいえ、剣ちゃんも参ってきたらしく、

「せっかくの夏休みなのになあ。受験勉強で、裏見うらみと海にも行けないとは」

 と愚痴り始めました。

 それはどうやって誘う算段になってるんですかね?

 受験勉強以前のハードルがあるような。

「くららんはいいよなあ。推薦で決まりなんだろ?」

「入試はまだ始まっていませんが、ほぼ決まりなんじゃないですかね」

 剣道推薦らしいです。関西の有名な私立だとか。

 剣ちゃんは「んー」とうなってから、

「しかし、くららんならふつうに受験しても受かりそうだよな?」

 と言いました。

 ですね。升風ますかぜはいちおう進学校ですし、くららんの成績は悪くありません。

「まあ、受けないほうが楽ですよね」

「チッ、けっきょくはそこか」

 剣ちゃんは大きくのけぞって、もういちど背伸び。

 こうしてみると、日本ってのどかですよね。

 いきなりストリートファイトが始まるわけでもないですし──

「そこのふたりぃ、ちょっといいかな〜?」

 ん? 女性に話しかけられた?

 ふりかえると、巨乳のお姉さん。髪の毛が真っ赤でした。

 ラフなTシャツとジーンズで、咥えタバコをしています。

 僕はうっかりバイトのときのくせで、

「あ、ここは禁煙です」

 と指摘してしまいました。

「ヘーキヘーキ、火はつけないから。それより、ふたりは将棋指せる?」

 えぇ……まさかのストリートファイト?

 僕が困惑していると、剣ちゃんは、

「すみません、俺たち、勉強してるんで」

 と、強気に返答しました。

 ところが、お姉さんは空いた席にいきなり座って、

「休憩中じゃないの? なんかしゃべってた気がするけど?」

 と、しつこく勧誘。

 剣ちゃんは困ったらしく、すこし考えてから、

「……この問題を考えてるんです。お姉さんが解けるなら、指してもいいですよ」

 と、逃げの手を打ちました。

 お姉さんは参考書をのぞきこみます。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ああッ!

 マズいですよ、この展開はッ!

 だって、このお姉さん、図書館で──

「ん〜、これを解けばいいの? ……解けたけど?」

 剣ちゃんはびっくり。

「マジですか? あてずっぽうはダメですよ?」

「π/4っしょ」

 剣ちゃんは参考書を返してもらって、問題とにらめっこ。

「……なんでそうなるんですか?」

「分子と分母を2倍すると、分子が2sinxになるじゃん? でぇ……」


 2sinx

 = 2sinx + cosx − cosx

 = (sinx + cosx) − (cosx − sinx)


「ってなるよね? 三角関数の微分はぁ……」


 y = sinx → y'= cosx

 y = cosx → y'= −sinx

 

「だからぁ、インテグラルの右を整理するとぉ」


 {1−(sinx + cosx)'/(sinx + cosx)}dx


「になって、あとは簡単じゃね?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………このお姉さん、できる。

 剣ちゃんも納得したらしく、

「すごいですね……」

 と感心。

 何者なんでしょうか、このひと。

 もしかして、どこかの技術者だったりします?

 ちょっと訊いてみますか。

「失礼な質問かもしれませんが、ご職業は?」

「ん? 仕事? べつにしてないよ?」

 え、まさかのフリーター?

 それとも、専業主婦だったりするんでしょうか?

 まあ、専業主婦が数学得意でも、問題はないんですが。

 もしかしてあれですか、猫山ねこやまさん系統ですかね。

 猫山さんも、大学生かと思ったら、どうも違うみたいなので。

 剣ちゃんは不思議がって、

「いえ、すなおにすごいと思います。これ難易度3つ星ですし……」

 と言いました。

「なんで? こんなの10歳くらいで習うでしょ?」

 めちゃくちゃ煽られてますよ、これ。

 僕らは小学生以下だった?

 困惑する僕らをよそに、お姉さんはマグネット式の将棋盤をとりだしました。

「どっちが指すの?」

 僕と剣ちゃんは、おたがいに顔を見合わせます。

 さすがにこれで指さないっていうのは、約束違反ですよね。

 剣ちゃんもあきらめたらしく、

「わかりました。俺が指します」

 と言って、引き受けました。

「10秒将棋でいいですか?」

「解いてあげたのに、それはなくなぁい?」

「じゃあ30秒で」

 

 パシパシパシ


【先手:松平剣之介 後手:赤髪お姉さん】

挿絵(By みてみん)


 あれ……あんまり強くないんですね。

 ちょっと意外でした。

 お姉さんは頭をぽりぽりしながら、

「うーん、強いねぇ。投了。どこが悪かった?」

 と、気軽に感想戦。

 こういうの、縁台将棋っぽくていいです。

 なにも切った張っただけの世界じゃないと思います、将棋は。

 剣ちゃんが5分ほど感想戦につきあうと、お姉さんは、

「そうだ、お礼にこれあげるねぇ」

 と言って、ポケットから飴玉あめだまをとりだしました。

 あ、図書館でもらったやつです。

 剣ちゃんは不審に思ったのか、

「けっこうです。お腹空いてないので」

 と、テキトウな理由でことわりました。

 その理由はちょっと説得力ないですね。

 案の定、お姉さんは、

「あとで食べればいいよ」

 と言って、テーブルのうえに2個置きました。

 そして、僕のほうをみます。

「じゃ、こんどはきみと指そうか」

 とりあえず指すしかありませんね、はい。

 ちょっと位置を調整して──と、そのとき、ひとりの少女が通りかかりました。

「あれ……松平まつだいら先輩、つじ先輩……」

 市立いちりつ飛瀬とびせさんでした。

 飛瀬さんは、僕たちにあいさつしたあと、お姉さんと目が合いました。

 ふたりとも、じーっとおたがいを観察。

 突然、お姉さんの顔色が変わりました。

「げぇッ!」

 お姉さんはいきなり将棋盤をつかむと、席を立ちました。

 ダッシュで逃走。

 え? なんですか? 飛瀬さん、なんかしました?

 いっぽう、飛瀬さんは僕たちに、

「あのひと、ここでなにしてました……?」

 とたずねてきました。

 かくかくしかじか。

 僕たちの説明を聞いた飛瀬さんは、

「その飴は食べないでください……持ち帰って解析します……」

 と言い、飴玉を没収しました。

 まさか、ほんとうに毒入りだった?

 あるいは、違法な薬物?

 このまえの飴玉、図書館の事務員さんに引き渡しといて、よかったです。

 それから飛瀬さんは、散らばった教科書やノートをみて、

「あ、勉強中にお邪魔しました……」

 と謝りました。僕は、

「いえ、だいじょうぶです。肝心な問題は、さっき解けたので」

 と返しました。

 飛瀬さんは、参考書をちらり。

「積分……π/4ですね……」

 えぇ……数学秒殺少女が、ここにもひとり。

 そういえば、飛瀬さんは成績がかなりいい、って聞きました。

 僕は、

「飛瀬さん、やりますね。積分は、まだ学校で習ってないんじゃないですか?」

 と褒めました。

「え……10歳くらいで習うと思いますけど……?」

 飛瀬さんはスマホを見て、「あ、行かなきゃ……」と言い、どこかへ消えました。

 あとには、かわいそうな男子高校生がふたり。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「剣ちゃん、僕らは地道に勉強しますか」

「だな……」

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