33手目 ポーン・佐伯ペア(2)
……なんだか、いろいろと勘違いしてたね。
将棋部員か……どうりで手つきがキレイなわけだよ。
「藤女のひとだったんだね」
「はい、昨年度は主将でした」
ってことは、相当な実力者。
馬を作らせちゃったのは、ちょっとマズかったかな。
どこかにアヤをつけないと。
「……1五歩」
「同歩」
「7五歩」
さきに仕掛けるよ。
「同歩、同銀、7六歩、8六歩?」
それは教えない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同歩!」
「8六歩」
「さきに8筋……同歩」
ここで、こう。
「銀出じゃない……?」
うん、見たまんまだよ。
「罠……?」
さあ、レモンさんは、どうするのかな。
「4五桂」
やっぱり攻めてきたね。
藤女は攻め将棋なんだよ。ほんとうだよ。
「5六歩」
2連続の歩突き。
「同歩で?」
「同歩で、っていうか、同歩しかないよね」
5七に、と金ができたら負け。
「……同歩」
「4四歩」
同馬なら、1五香だよ。
「そういう手順か……2二歩」
あ、厳しいのが飛んできた。
同金、4四馬で、今度は先手を取られちゃう。
とはいえ、放置はできないから……。
「同金」
「4四馬」
3三歩と止めるね。
「それ、受けになってるんですか?」
「30秒将棋なら、なんでもアリだよ」
「それも、そうですね……同歩成」
同桂、と。これを同桂成なら、同金で止まる。
ただ、そうはしてこないかも。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3四馬」
王手してきたね。ほんとに強いや。
「5一玉」
ちょっと怖いけど、これで耐えてるはず。
「4四角」
これも厳しいな……3三桂成、同金なら、同角成が詰めろ。同銀でも、3三角成、同金、同馬くらいで、僕が困るよ。次に1一馬と、香車を拾われちゃうからね。
丁寧に受けよう。
「5二歩」
《これは手堅いですね。金銀を渡すと頓死筋があるので、それを消してます》
猫山さんの、分かりやすい解説。
「速攻はないから……6八玉」
5七飛の筋がなくなっちゃった。
こっちも逃げよう。6一玉。
4六歩、7五銀。すこしは戻せたかな。
「7六歩」
ここで8六銀……なんかイヤな予感がするね。
8六銀、同銀、同飛、8七歩、7六飛、7七歩、7四飛……。
あ、そこで8一銀があるね。
(※図は佐伯くんの脳内イメージです。)
7一金は、同角成に同玉と取れない。
8二金は、5三桂成が詰めろ。同銀、同角成に同歩とできない。
でも、途中の変化は多そうだし……ほかになにか……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
6四銀と引いちゃった。弱気だったかな。
3三桂成、同銀、同角成、同金、同馬。3筋をようやく清算。
駒割りは、飛車と金銀の2枚換え。バランスは取れてるね。
「2八角」
「3七歩」
指し終えたレモンさんは、チェスクロを押しながら、僕を見つめた。
「思い出しました。捨神先輩を破って新人王になったのは、あなたですね」
「あれはね、捨神くんが頓死したんだよ」
「頓死だろうがなんだろうが、勝ちは勝ちです」
そうかもね……って、今の会話で、時間を取られちゃった。
残り10秒。
「3六歩」
「2九金」
あ、角が死んだ。
でもこれは、と金ができるからいいや。
3七角成、同銀、同歩成。
「4四桂」
……詰めろじゃないね。と金を寄るよ。
「4七と」
「5二桂成」
あれ? 捨ててきた?
同玉だと……2五角? と金を抜く気かな?
これは攻めの拠点だから、抜かれると困るね。
「7一玉」
「5一馬」
馬が入ってきたね……そろそろ反撃しないと……。
攻めるなら、5七桂かな。5七桂、5九金、5八銀と打ち込んで、同金なら6九飛の一手詰み。回避するには7九金くらいかも。そこで5九銀不成、7八玉、4八飛と下ろそうか。
(※図は佐伯くんの脳内イメージです。)
「5七桂」
僕が指した途端、レモンさんは「エッ?」という顔をした。
「それ寄りますよ?」
「え? 寄るの?」
僕はチェスクロを押しながら、盤面を確認。
詰むとしたら、6一馬、8一玉……あ、7二馬がある。同玉、6一角、8二玉、7一銀、9二玉、8二金、同飛、同銀成、同玉……6二飛。詰んだね。
「負けました」
「あ、一応、私の番なので」
レモンさんはそう言って、6一馬と寄った。
相手番のときに投了しちゃダメだったね。反省。
もう少し分かりやすいところまで指そうか。
8一玉、7二馬、同玉、6一角。
「今度こそ負けました」
「ありがとうございました」
僕が投了を告げると、オオッという歓声が聞こえた。
拍手が起こる。
《えーと、これは? タキシードくんの負け?》
《6一馬から寄りですね。8一玉、7二馬とされて、受けがありません。同玉は、6一角以下詰みますし、7二馬に9二玉と逃げるのは、7四角の捨てが妙手です》
【参考図】
《8三飛打としても、8一銀で詰みです。同飛と取れませんので》
そっちはまだ読んでなかったね。猫山さんって、やっぱり強い。
「最後、うっかりですか?」
レモンさんが話しかけてきた。
「うん、うっかり」
「8一玉と早逃げされてたら、難しかったと思います」
僕たちは、局面を戻した。
「6二成桂で、自信がないよ」
「ええ、私もその予定でした。6二成桂、8二金、7一銀みたいな」
「7一銀は詰めろ?」
「それは読み切れてないです」
30秒将棋だと、おたがいにキツキツだったかな。
ちょっと読んでみようか。5七桂と仮定して……。
「……詰まないね」
「そうみたいですね。では、5七桂と打ちますか?」
僕は黙って、5七桂と置いた。
5九金、5八銀、7九金、5九銀不成、7八玉、4八飛。
ここまでは、対局中も読んだね。
「ちょっと怖いですが……」
レモンさんは、2回ほど空打ちして、8七玉とあがった。
「危なくない?」
「具体的にどう迫りますか?」
僕は深く考えずに、8五歩と継いだ。
これが厳しいんじゃないかな。ノータイムで打ちたくなるよ。
「それ詰めろですか? 詰めろじゃないなら、6一馬と詰めろをかけます」
「詰めろだよ」
8六歩、同銀、同飛、同玉、8五銀、8七玉、8六金までだね。
金銀の順番は、どっちでもいいよ。
「……あ、詰めろですね。8七玉とあがらずに、6八角と受けます」
レモンさんは手をもどして、手堅く角を打った。
「これも寄らないかな? 同銀成で?」
同銀、6九桂成、同金、5七と。
「それは詰めろですか?」
詰めろかどうかの判定合戦になってるね。
「……詰まないかも」
「後手は、もう一回早逃げする必要があるんじゃないですか? 9二玉とか」
「4八飛と打つまえに? いきなり7四角がない?」
「ありえますけど、馬が遠いので……」
《レモンちゃーん、そろそろ次のイベント、いいかな?》
司会の声かけに、レモンさんは、にっこりと笑顔になった。
「あ、はい、すみません。熱中しちゃって」
《ハハハ、ほんとに将棋が好きなんだね》
レモンさんが席を立って、僕も席を立つ。
《では、おふたりに、もう一度拍手をお願いします》
パチパチパチ。
レモンさんは自分でも拍手しながら、僕に話しかけてきた。
「それでは、高校の先輩方によろしく」
「うん、よろしく伝えるよ」
舞台を降りると、次の抽選が始まった。
今度は、タオルなんかのグッズみたいだね。
ポーンさんのところへ戻ろうか。
「Aha, endlich kommt er zurück」
「ただいま」
「お疲れさまですわ……彼女、なにか言ってましたかしら?」
「藤女の将棋部員なんだね」
僕が答えると、ポーンさんは天を仰いだ。
「Oh, nein……今回の件は、忘れてくださいまし」
「え? どうして?」
思ったより、楽しかったよ。
みんな喜んでくれたしね。エンターテイメント。
僕とポーンさんが話していると、猫山さんも降りてきた。
「ニャハハ、お疲れさまです」
「解説、お疲れさまです」
「初手6二銀は、ニャン……なんだったんですか? 舐めプとか?」
「やっぱり、こういうイベントは、盛り上がりが大事だと思うんです」
僕の回答に、猫山さんはニヤリと猫口を作った。
「猫山さんの犬歯って、立派ですよね」
「私に犬歯なんか生えてないですよ」
「そこに生えてますよ?」
猫山さんは、やだなあ、という感じで、右手をくねくねさせた。
「これは猫歯というんですよ」
え……そんな日本語、聞いたことないかな。辞書で調べる必要があるね。
それにしても、猫山さんって、大学生なのかな? バイトばっかりで、単位が取れないと思うんだけど。それとも、楽な講義ばっかり知ってる、単位マスター? 僕はまだ高校生だから、大学生活って、想像がつかないや。
「犬の歯だなんて、けがわらしいものは持ってませんよ」
「Hmm……犬はカワイイと思いますが……」
ポーンさんの一言に、猫山さんが反応した。
「犬のどこが可愛いんですか? 人間に媚びを売る裏切り者ですよ。裏切り者」
どうしたんだろう。昔、噛まれたのかな?
まあ、メーテルリンクの『青い鳥』でも、犬は裏切り者扱いだけどね。自然に反逆して、人間に奉仕する生き物。そういうふうに書かれてるね。狩猟犬もいるし。
「では、そろそろ戻らないといけないので……八一をよろしくお願いします」
よろしくお願いされたよ。宣伝を怠らない、店員さんの鑑だね。
……………………
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…………………
………………
さてと、どうしようかな。
「Herrサエキ、そろそろレストラン街へ行かねばなりませんことよ」
え? もうそんな時間? ……あ、12時5分前だね。
「それじゃ、箕辺くんたちと合流しようか」
「Wohlan」
場所:アタリーの将棋イベント
先手:内木 檸檬
後手:佐伯 宗三
戦型:居飛車力戦型
▲7六歩 △6二銀 ▲2六歩 △8四歩 ▲1六歩 △8五歩
▲2五歩 △3二金 ▲7七角 △3四歩 ▲8八銀 △7四歩
▲7八金 △7三銀 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三歩
▲3四飛 △7七角成 ▲同 銀 △2五角 ▲3六飛 △同 角
▲同 歩 △5二玉 ▲3八銀 △7二金 ▲3五歩 △6四銀
▲3四歩 △5四歩 ▲3七桂 △7三桂 ▲6六歩 △4二銀
▲1七角 △1四歩 ▲7一角打 △8四飛 ▲2六角引成△1五歩
▲同 歩 △7五歩 ▲同 歩 △8六歩 ▲同 歩 △5五歩
▲4五桂 △5六歩 ▲同 歩 △4四歩 ▲2二歩 △同 金
▲4四馬 △3三歩 ▲同歩成 △同 桂 ▲3四馬 △5一玉
▲4四角 △5二歩 ▲6八玉 △6一玉 ▲4六歩 △7五銀
▲7六歩 △6四銀 ▲3三桂成 △同 銀 ▲同角成 △同 金
▲同 馬 △2八角 ▲3七歩 △3六歩 ▲2九金 △3七角成
▲同 銀 △同歩成 ▲4四桂 △4七と ▲5二桂成 △7一玉
▲5一馬 △5七桂 ▲6一馬 △8一玉 ▲7二馬 △同 玉
▲6一角
まで91手で内木の勝ち




